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シリーズ外

ちょうだい

作者: 発芽


 黒板にチョークで書かれた日付を見て、何度目かのため息がこぼれる。

 今日一日、先生の書いた文字をノートに書き写す度に、嫌でも目の端に入ってしまう。

 

 考えないようにしても、考えてしまうのは、教室から、マドレーヌやクッキー、チョコレートといった甘い匂いが、朝からするせい。

 高校生にもなって、この日を気にするなんて、中学生みたい。自分でもそう思うのに、あの人の顔がずっと頭の中に浮かんでしまうのは、どうして?


 六時限目の終わりを告げるチャイム。

 それから少し長引いたHR(ホームルーム)から解放されると、急いで教科書をロッカーに突っ込んで、ピーコートを一旦着込み、足早で廊下に出た。向かう先は音楽室。

 でもその前に、ひとまずトイレに入ると、鏡を見ながら髪の毛を結き直した。後頭部の上でも下でもなく、真ん中辺りに結び目を作る。髪を伸ばし始めて、やっとポニーテールが様になったと思う。

 これでよし、と自然と嬉しくなり廊下に出た。放課後の部活は、好きだから自然と足は早くなる。


 音楽室の重い防音扉を開けると、既に何人か集まっていた。そこに一歳上の先輩もいる。と、言ってもあの人は私の兄である、神田律だけど。改めて、律はまた背が高くなったなって思った。

 親が再婚した連れ子同士で、血の繋がりはない。父も、向こうのお母さんも音楽が好きで、私も律も音楽が好きだから、すぐに仲良くなった。


 十一歳だったあの日から、四人での生活が始まって、もう五年ほど経つ。私もしばらく父との二人暮らしが長くて、急に兄ができるって言われた時は、びっくりしたけど。律は兄と言うより友達みたいだった。

 あっちも会ってすぐに、「兄とか付けずに、律でいいよ」なんて気軽に言うから、小学生だった私は深く考えずに、素直にそう呼ぶことにした。律も律で“音羽”と名前で呼ぶようになって、私たちでの間でそれはすぐに当たり前になった。

 それからすぐに、音楽の話も仲良くなったし、演奏の練習も親身に付き合ってくれた。

 

 私がクラリネットを吹けば、いつのまにか隣で律がトランペットを鳴らしている。クラリネットとトランペットは、音の相性がいいって聞いたことがある。私も、律がトランペットで、ちょっと嬉しかった。

 この時間が、私にとって特別だった。

 

 律のことはずっと友達だと思っていた。たまに律は、たった一歳違いなのに、なぜか少しだけ頼りになるなって思うこともあった……けど。

 いつからだろう。無邪気でいたのが嘘みたいに、話してる時のちょっとした沈黙にさえ、息が詰まるようになったのは。


 高校だってそう。律が入った学校を別に追いかけたわけじゃない。ただ、吹奏楽が強い学校を探していたら、偶然にもそこだっただけ。……たしかに、中学生の頃、律に「音羽もここにすれば?」って言われた気がする。でも、いろいろ見た上で、私が決めたこと。

 

 あの人がいる空間は、もう居るだけで胸が詰まってしまうようになった。その痛みは、家の中だけで十分だったはずなのに。なんで学校にいる時までこんな想いをしなきゃいけないの。ばかな選択をしてしまったなって、自分の先読みの無さに後悔したのは、入学して少ししてから。戻れることなら、違う高校を選んでたと思う。

 

 ――そして、さらに月日が流れて年が明けた、今日は二月の中旬の女子達の心が沸き立つその日となった。女子は友達とか、仲のいい先生にも簡単に渡してしまう生き物。○○ちゃんはお菓子作りが上手だねと、楽しそうにあげっ子をしている。

 こう言うのは、普段からお菓子作りが趣味な子の独壇場。私もその子のお菓子にあやかって食べさせてもらうけどね。私は、申し訳程度のスコーンを交換した。友チョコってやつを昨日、家で作ったこれは、はたして及第点の出来かは、聞かないことにする。


「ねぇ、もう誰かにチョコあげたの?」

「え?」

 個人練習の音に紛れて隣のクラスの佳奈ちゃんが、楽譜で口元を隠しながら、こっそりと私に話しかける。その言葉に思わず、クラリネットから変な音が出そうになった。リードに唇を付けてなかったことに、安堵する。

 

「えって。音ちゃん、あげてないの? 私は――」

 

 あげたも何も、友達以外にあげる人なんて居ないよ……。言おうとした言葉は、声にならなかった。

 その投げかけられた言葉は、私にとって本当に禁句で、身体はビクついた。なんて言うべきか分からずに、佳奈ちゃんの瞳から逃げる。目線のその先に、目に止まってしまったのは、どうしようもないことに、律の姿だった。

 無意識に助けを求めたのが、律だったのかもしれない。私はいつも、なにか困ったことがあると律に助けを求めてしまう癖がある。

 だから私だけが、目で追いかけてしまっただけだったら、良かったのに。まさかこのタイミングで、目が合ってしまうなんて――


 心臓も、時間も、息さえも止まった。

 見つめていたら、その瞳の海に、どこまでも深く吸い込まれそうになる。美しいのに、冷たくて、足を踏み入れたら二度と戻れないような。

 ねぇ。律。なんで、そんな瞳で私を見ていたの?

 

 指揮者と目が合った時みたいに、逸らせずにいると、律も何も言わずに私を見るから、視線が交い続ける。少ししてそっぽを向いたのはあっちが先だった。

 ほんの数秒くらいだったはずなのに、とても長く感じた。

「神田先輩を見てたの?」

 その声にハッとした。

「……たまたまだよ」

 友達から怪訝な目で見られた気がして、私はばつが悪くなってしまい、慌てて首を振った。

 

 佳奈ちゃんの声は妙に響いて、離れた場所にも関わらず多分、兄の耳にも入ったのかも。……だって、こんな、まるで、向こうも私が誰にあげるのか、気になったみたいに思ってしまうでしょ?

 そんな都合のいい解釈をしてしまう自分に、そんなわけないって首を振って言い聞かせる。けれどどんなに否定しても、律が私を見ていた、その事実だけは確かに残って、またあの深海のような瞳を思い出してまう。


 私は律に、気にされたことを嬉しいと思っている……?

 まさか、そんなはずは無いのに。

 跳ね上がり続ける鼓動の止め方を、私は知らない。

 

 それから、気まずくて集中できないまま部活は、終わった。練習はちゃんとできたのか、部長はなんて言ってたのかすっかり頭から抜けていた。

 ……あとで律に聞けばいっか。「聞いてなかったのかよ」って言われそうだけど。


 ただ平穏に乗り切れば、今日は終わってくれる。あと六時間の我慢。夕飯を食べて、宿題をして、お風呂に入って寝れば、いつも通りの明日が来てくれる。そればかりを考えてた。

 ……だけど部活の終わった冬の十八時はもう既に暗くて、当然兄と帰り道は一緒。私が残って遅い時間まで練習をしていた時も、ずっと音楽室で待っていてくれた兄は、今日も私を置いて帰ることもなく、夜道を付き添ってくれるわけで。一人で走って帰ることもできず、二人で歩いている気まずさは、一歩、足を踏みしめるごとに増していく。

「……」

「……」

 

 ねぇ。

 と、許してないのに口が勝手に言いそうになった。さっきの会話は本当に聞かれていたのか、なんで私をあの時見ていたのかなんて、聞けるわけも無くて。あの人の目線に私が、たまたまいただけの事。時計を見ようとして目が合ってしまった、ってさ、どうか期待が淡く芽生えてしまった私を、笑って否定して欲しい。

 

 ゆっくり、ゆっくりと、足音だけが微かにする。

 暗い静かな街路樹の道が、少しも怖くないのは、こうして律が、私の歩幅に合わせて隣りを歩いてくれているからだと思うと、ほっとしてしまう。

 

 なにもお互いに口を開かなかった長い長い沈黙の中――

 静けさを破ったのは律からだった。


「ちょうだい」

 と、笑ったように聞こえた。それでいて風にさらわれそうなほど小さな声で言う。

 

「……っ!」

 律、なんでそんな事、……言うの。

 それって?


 ほんとうに、ただそれだけで頬が熱くなってしまった。でも急激に冷えるように、からかいならどうしようと不安になる気持ちも襲ってくる。

 それから、やっぱり好きだと気づかれたくなくて、すぐに心を殺してしまう自分がいた。律の声が耳に残って、繰り返す。鼓動が早くなるのを抑さまるまで、律のローファーを見つめた。


 本当は聞き間違いなんじゃないかって思いたかった。だって、それは紛れもなく、私の心を探るようなものだから。俯いてた私は、その表情を見れるわけもなく、その言葉の意味を確認するのも怖くて。何か気の利いた返しを考えたくても、フリーズしてしまった思考は、空回り。

 だけど、勇気を出して顔を上げてみれば、律儀に兄は、手のひらをお皿みたいにしていた。手に乗せてくれと。「ちょうだい」って言ったことを、聞き間違いじゃないと言われたみたいに。

 

 もとより、ずっと前から渡さないって決めていたから、お菓子なんて用意してるわけもない。からかいにしろ、まさか、ちょうだいなんて、そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。動揺だけはどうしても見せたくなくて、うーんって考えるふりをして場を繋ぐ。それから渡せるものをなにか持ってなかったかと、咄嗟にコートのポケットに手を突っ込んだ。

 渡せるものは、なにも用意してない。だけどなにか、なにか律に渡さなきゃ。

 

「音羽」


 手探りで探していると、家でいつもするように律が私のローファーをコツンと、ちょっかいを出すように蹴る。まだ? って少し急かすように。

 

「ちょっと待って」

 

 あった。

 だけどこれで本当にいいのかな……?

ためらいつつも、それを私は手の平に閉じ込めて、ぐーのまま差し出した。数日前に飴玉をなめ、ゴミを捨て忘れてたままの小さな包み紙。

 

 律の開かれた手の平に触れる時、一瞬どきっとしてしまいそうになる顔を、見ないでと祈った。

 パサリと、律の手の平に包み紙が乗る。

 

「なにをくれるかと思えば。なんだ、ゴミかよ」

 って責めるわけでもなく、苦笑しながら。何事もなかったように、笑ってくれた。


「なにをって聞かないのか?」

 少しだけガッカリしたような律の声。なんで、そんなふうに言ってくるのか分からない。本当は、心の中で「なにを?」って私だって訊いたよ。「なんで、私からのチョコを欲しいと言ったの?」って、口から出かかって必死に止めたの。聞いた先に、なにが起きてしまい、なにが終わるのかを考えたら、怖くて言えなかった。

 

「返す」

「要らないの? やっぱり」

「要らないよ。ゴミは自分で捨てろって」

 

 私があげたものを、また兄の手から返ってきた。グーにしていた私の指を開かせて、律儀にまた手に乗せる。その時に触れられた事実がまた、私の身体に刻み込まれてしまうのは言うまでもなく。

 

「私だって要らないのに」

 そう言って、渋々受け取ったように、わざと口を膨らまして見せた。理由をつけたフリしてすぐに手を引っ込める。律だって私の指先に触れたことなんて、気にも留めてない様子。

「元はそっちのだろ」

「はーい」

 少しムッとしたように、律は眉を寄せた。それは、そう。私のです。仕方ないから出戻りの可哀想な包み紙は、私のコートのポケットに再び住んだ。

 

「昨日、なにか作ってなかったっけ?」

「……あれは友チョコだもん」

「ふーん?」

 

 律もそれ以上は、何も言わなかった。私からチョコを貰えるなんて、そもそも期待はしていなかったんだと思う。想定通りだったのか、律は動揺の欠片も見せなかった。やっぱり、ただのからかいだったんだ。

 だから、もう、それ以上会話は続くことなく、ぎこちない空気は私達の間にたちこめる。私は、真に受けてしまったことも、こうして空気をぎこちなくさせてしまっていることも、心の中で律に謝った。


 私は一人、後悔の渦がぐるぐると加速し続ける。「ちょうだい」と言った、あの言葉の真意を確かめるタイミングを完全になくしてしまった。

 本当は、「何言ってるの〜? 男子はみんな期待するよね」「貰えなくて、落ち込んでるの〜?」って、いつもからかわれてるから、私も少しくらいお返ししたって良かったのかなって。だけどそんな余裕なんて、少しもなかった。

 私が顔を真っ赤にして戸惑えば、あっちは「なに焦ってんだ。嘘だよ」って笑い飛ばしてくれたのかな。そんなことをいくら考えても、今さら遅いけど。

 それとも「なんで欲しいの?」ってちゃんと私が向き合って踏み込んだなら、あの人は「それは」と真剣な眼で私を見る世界線はあったりした……?

 私はただ怖くて、その場を誤魔化すことしか出来なかった。やり直したい。私の態度は一番中途半端で、そして逃げなんだ。だけど、多分ね。時間が戻っても私は意気地無しだから、逃げてしまうと思う。

 もし想いを伝えるなら、同じ屋根の下で過すのに気まずきて一人暮らしをしなきゃいけなくなるかもしれない。私は高校生だから、そんなのできはしないけど。


 何よりも、心が、あの人の真意を確かめてはダメだと、必死に私に訴え続ける。

 言えたら、どれだけ楽か。

 だけど、無理だよ。私たちは家族なんだから。


 血がつながってないって、そんなの関係ないよ。

 一緒に暮らして、同じ食卓でご飯を食べて、親同士が「兄妹なんだから仲良くね」なんて笑っている。

 中学生の時は「仲良すぎない?」って学校で変な目で見られた。

 周りはみんなそう思っているだって知った。私がこんな感情を持っているなんて、絶対に誰にも気づかれてはいけない事なの。

 

 からかいなら、紛らわしいことをしないで、いつものように笑い飛ばして欲しかった。

 いつもは、バカみたいなことをして、私の反応を見て楽しんでいる癖に。たとえば冷蔵庫の麦茶を飲みに行く時だってそう。通りすがりに私のスリッパをわざとこつんと蹴る。飽きもせずに、トイレやちょっとしたすれ違いで、毎回そうしては、くくっと笑ってそれだけやって去っていくの。私が「もう、やめてよ」って言うのが楽しいのか、まるで小学生みたいな遊びを高校二年のあの人は今もしてくる。

 

 最初は、ただそこに立っていたら、律が私のスリッパをグイグイ押してきただけだった。「邪魔だよ」って、軽く足でどけるように。私も「最初にここに居たの私なのに、邪魔扱いしないでよね」って言い返した記憶がある。

 それから律は、何も言わずに、私が邪魔じゃない場所にいても、足をそっとコツン、と当ててくるようになった。私もやられてばかりは不服だから、たまにやり返すこともあったけど。

 いつの間にか、へん

 な遊びが三年たった今も続いている。


 

「ただいま」

 二人の声が重なり、親は新聞から顔をあげた。

「付き添いありがとう」

「同じ家なんでね」


 律は何も無かったように、自分の部屋へとスタスタ入っていった。

 

 私も自分の部屋に戻り、スマホを開いてみると友達からメッセージが来ていた。『そう言えば、神田先輩にお菓子あげたんだよね』ってさらりと告白それた。

 ……そっか。いつの間に律は友達から受け取ったんだ。

「私には、関係ない」

 わざと言葉にして、噛み下す。既読をつけてしまったものの、返事を書ける気力がなくなって、画面を閉じた。うつ伏せになりベッドに顔を沈めた。うっかり、なんで私に「ちょうだい」って言ったのか、その意味をまた考えそうになって、首を振る。やめてよね、今は、律のことも、友達のことも、誰の気持ちだって考えたくない。

 

「……んー」

 

 ……でも、だめだ。どうしても浮かんでしまう。

 二ヶ月前の期末試験の勉強会を、私の家でした時に、友達が言った。「お兄さんってかっこいいよね」って。間をあけずに「でも義理なんだっけ?」と後から付け足された言葉が、胸に深く刺さった。

 佳奈ちゃんは悪気があったわけじゃないのは、分かってる。私が怖がってるだけ。中学生の時に仲良すぎない? って笑われたことがあった。律は軽く肩をすくめながら「妹っていうか、親戚みたいなもんだろ」って言うけど。みんなは納得して無さそうだった。みんな私たちを兄妹だと思っているんだって、はじめて知った。それからは、律との距離感は変なのかもしれないっていつも考えてしまう。

 

 だからつい「家族だからありえないでしょ」と佳奈にも、自分にも言い聞かせるように言った。あれは友達との二人だけの秘密のはずだった。

 でも廊下にいるかもしれない律に、聞かれてもいいつもりで。むしろ聞かせるつもりで言った気もする。そしてまた今も、こうして私は律本人に、中身のない包み紙を渡してしまった。自分の気持ちも、これからの関係も、まるごと、否定するように。捨ててしまってもいいと気持ちも込めて。

 


 やっぱり、既読スルーはよくない。

 明らかに動揺しているって、気づかれてしまう。枕元に置いていたスマホに、のそりと手を伸ばす。画面を点けて、「佳奈、勇気出してすごいね!」と、顔文字も付けて入力し、一拍。手が止まった。

 このメッセージ、普通に見えるかな。それとも、繕ってるように見えちゃう? 何度か読み返したけど、分からなくなって。もういいや、と思って送信ボタンを押した。

 それから、私も何も無かったようにご飯をたべて、お風呂に入って、寝た。


「おはよう」

 って朝、部屋から出てきた律に言ったら「ん」と短く返された。その違和感を覚えたのはすぐ。

 

 ――あの苦しかったバレンタインデーの次の日の朝から、律は子供じみたあの遊びをやめた。私の足をコツンと蹴ることなく、むしろ接触しないように避けながら、横を素通りしていく。一日に何回やられたか分からないくらい、しつこくされてたのが、嘘みたいに、綺麗さっぱりと。廊下ですれ違う時の、楽しそうなあの顔は今はもうどこにもなくて、律は静かに目を伏せる。

「宿題やった?」とかそんな些細な会話ですら、言えなくなった。この沈黙の中で、わざわざ聞くほど事でもないと思ってしまい、ますます私たちの間の静けさは深まっていく。

 

 私が何度も「やめてよ」って言った小さなお願いを、やっと聞きいてくれたはずなのに。なぜか心に穴が空いたようで、虚しくて泣きそうになる。律の足音を気にしてしまうようになった。気配を感じるたび、素っ気ない態度を取られるたびに、あの人のことを好きだということを思い知らされてしまう。

 ……泣くなんて、そんなの私には許されないのに。溢れそうになる涙を止めたくて、まばたきすら我慢した。

 

 やめてよ、なんてうそ。本当は、こそばゆくて笑ってしまい、恥ずかしかっただけ。ずっとそんな子供みたいな遊びがずっと続けばいいのにって思ってた。中学生の時から始まったあの三年間。毎日、続いた私たちのこのルーティンは、律の足が大人になったから、きっと、昨日の夜でおしまい。

 少し大人になり始める十三の時、どんどんと惹かれていってしまったのは、ちょっかいをしてきたあの軽い足のせいだ。

 

 これ以上、好きになりたくなくて。何も変わってほしくなくて、背を向けてしまっただけなのに。なぜかバレンタインデーの前よりも、気持ちが込み上げて、心に染み付いて来るようになった。


 

 それから一ヶ月以上経っても、律の「ちょうだい」って声があの時よりも緊張感を増して、私の耳の奥で鳴っている。律が本当は、勇気を出してくれていたのかなって、今さらになって考える。

 律は、また誰かに笑れても、それでも乗り越えられるの? 私はまだ怖い。

 

 私は誰かに「変じゃない」「大丈夫だよ」って言って欲しい。お母さんに全部話したら、言ってくれるのかな? そしたら私だって、おどおどしないで「親戚みたいなもん」って言えるようになれるかもしれない。

 

 律の奏でるトランペットのメロディラインが、好き。

 本当は、律に好きだよって、伝えられたらいいのに。

 

 伴奏が多いクラリネットだって、音色を響かせて、旋律を奏でる時がある。だから、私にも乗り越えられる強さが欲しい。


 もし、今。律を見て、律が気づいて瞳を合わせてくれたなら。

 今度こそ私から勇気を出して律に――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嘆いて酔ってるとは思いませんでしたよ! 思春期の女の子のもどかしい心理描写をうまく書かれていると思いました。 連れ子同士…法律上は大丈夫でも、世間体がありますし… 高校生くらいで一般的な常…
2018/01/22 21:00 退会済み
管理
[良い点] 主人公は自分の心に背いており、不幸ぶるが、法的に違法でない選択の権利が自身にはあるのだということを知らない、そういうことを調べようともしない辺りが、ちょっとリアルです。 [気になる点] た…
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