宙のかたすみ ~ 心旅 その一 (オリジン) ~
2014年3月22・23日、冷泉荘で開催された「第六回ミクロライブスペシャル」で“AI in SW”として上演した独り芝居を、小説風に書き起こしました。独り芝居ではSWのホームページにある各キャラクターのヴォイスファイル(英語)を使い、それに答える形の構成でした。今回基本的に独り芝居の台本を流用しましたが、本作ではキャラクターの声を英語ではなく日本語に訳し、なおかつセリフとして成り立つように変更しています。
コアなSWファンではない方には難解な内容だとは思いますが、あくまで自己完結、一連の私小説・独り芝居の始点であるとご理解・ご容赦いただいて楽しんでいただければ幸いです。
「ダゴバビールくれ。」
休暇で久々に訪れた馴染みの店で、俺はカウンターの中の背中に向かっていつものやつを注文した。
「この店をまだ覚えてくれていたとは嬉しいね。」
そう言いながら相変わらず手荒にグラスを置いた店主の背に向かって、コインを指で弾く。向き直りもせず器用に後ろ手でそれを受け取ると、顔だけ回し左側の頬で笑った。
大きく一息吐き口いっぱいに含み、グビリと飲み込む。懐かしい味だ。舌先がしびれるのと共に、青臭さと焦げ臭さが混じった香りが鼻から抜ける。宇宙広しと言えど、こいつを飲めるのはこの店だけだ。
人いきれでむせ返るような店内の片隅のテーブルに陣取り、ビールをちびちび流し込みながらあたりを見回した。狭いステージではオールディーズのバラード“オルディランの夕陽”を演奏しているが、客のほとんどはおしゃべりに夢中で聞いちゃあいない。
何人かは肩を抱き合って、どこの星のものか分からぬ言葉でギャァギャァと喚き散らしている。明らかに品は悪いが、あいつらとて宙を駆け回るアストロノーツ。ある意味、エリートなんだが。そんな一癖もふた癖もありそうな連中が、いろんな銀河からここに集まる。
やつらの興味はここで聞かれる出所の定かでない噂話、尾ひれの付いた体験談、危なっかしい儲け話だ。と言って、ヨタ話を肴に酒を飲もうと暇つぶしに来ている訳じゃない。そんな話の中には稀にお宝が眠っていることがあって、そいつで大もうけして楽に遊んで暮らそうという魂胆だ。
事実、一山当てて、密輸船の船長から反乱軍のトップにまで昇りつめたやつがいる。そう言やあ、ずいぶんと会ってないな。
「グロァ、ウォッ!」
聞き覚えのある声…もしやと思い振り向いた。
「おい、嘘だろ。久しぶりだな!ちょうどお前たちの事を考えてたところだ。」
「グァ、ウォッウォッ。」
人間同士でやるハグは、互いを強く抱きしめ相手への思いを伝え合う。しかしこいつとのハグは、注意しないと命取りだ。もともとウーキー族は大きいが、こいつはその中でもでかい。抱きしめられると長毛のじゅうたんに包み込まれたようで、息ができなくなる。
「ゴホッ、ゲホッ。あ、ああ、お蔭さんでな。毛むくじゃら、お前も元気そうだ。」
気分を害さないようにやつの腕をゆっくり解き、顔を腹の毛皮から離すと思い切り息を吸った。
「相変わらず羽振りがよさそうだな。俺に一杯おごっちゃあもらえないか?」
背中から聞こえてきた声の主。そうだ、こいつだ。将軍にまでなっておきながら、堅い仕事は性分に合わないと抜け出し、結局また密輸の片棒を担ぐことになった野郎だ。
「これはこれは大船長殿、お久しぶりで!密輸業でかなりもうけられたと伺っておりますが?」
「おいおい、そいつが久々に会う親友に対する言葉か。その密輸業に一枚かんでおこぼれにあずかった貴様からは、まだ礼のひとつも聞いちゃいねえんだがな?」
あいかわらず口が悪い。だが再会を喜んでいるのは、口元のほころびから見て取れる。
「しかし貴様変わっちゃいないな。何時以来だ?えーっと…ああそうだ。皇帝と暗黒卿をエンドアの戦いで倒して里帰りしたコレリアで会ったのが最後か。あの帝国軍がケツまくってコルサントに逃げていく哀れな格好、昨日のことのように覚えてるぜ。」
「ああ、こっけい極まりなかったな。だが、一つ訂正させてもらってもいいか?皇帝たちを倒したのは、お前じゃなくて彼だ。人に話をするときは正確に事実を告げないと、誰に聞かれてるかわかりゃしないぜ。」
「お堅い事言うな。俺があの星のジェネレーターを爆破しなかったら、誰も殺人兵器を破壊する事なんてできなかったんだぜ。違うか?」
「あくまでも自分の手柄か、まあいい。ところでお前、たまには里帰りしてるのか?」
「いや、なかなか時間が取れなくてな。こう見えても俺は忙しい身なんだぜ。」
「ほう。そのお忙しい方が、今日はなんでこんな辺鄙な酒場なんぞにお越しで?」
「なに、ちょっとしたセレモニーさ。あそこのブラスター痕のいわく話、昔貴様に話したことあったよな?その横にサインをしてくれと、この星の執政官に頼まれたんだ。」
「ブラスター痕?…あーそうか、あんときここから二人と二台を乗せたのがすべての始まりだったな。それからとんとん拍子に出世して、あれよあれよと言う間に将軍様だ。しかもカミサンは、国家元首様ときている。ジャバに雇われたバウンティーハンターから逃げ回っていたあのお前がこんなになるとは、夢にも思わなかったぜ。」
「よしてくれ、将軍なんてお堅い仕事は俺には似合わんよ。宇宙を好き放題に駆け回る方が、性にあってるのさ。」
「まったく、お前は本当に運と他力に恵まれたやつだ。実力はないくせに。」
「ウゴッ、ウゴッ、ウゴッ!」
「おい相棒、お前まで俺を馬鹿にするのか」
「そう言えば、毛むくじゃら。お前の故郷キャッシークはいいとこだなあ。あの小さなジェダイマスターがお気に入りだった訳がわかったよ。」
そう言い終わらないうちに、小柄な節足人類が現れ彼に恭しく頭を下げた。
「コブラビネクネスタ、ジェネラール。」
「ああ、分かったすぐ行く。悪いが“セレモニーの主役“をお呼びのようだ。」
「わかった。せいぜい格好つけて来いよ。そっちが終わったら、ひさびさに昔話を肴に飲もうぜ!」
「ああ。だが覚悟しとけ。どれだけ俺に借りがあるか思い出させてやる。逃げんなよ。」
微笑みながらウィンクで返事すると、不似合いに背筋を伸ばして歩き去っていった。相変わらず、調子のいい野郎だ。えっ、俺が奴に借りがあるだと?冗談言うな、こっちのセリフだ。バウンティーハンター3人に追われていたところを、船もろとも艦に匿ってやったのは誰だ。さあて、どう返してもらおうか…
「困っておるようじゃの。手助けが出来るか、このわしで、ん?ん?ん?」
「マ、スター。どうしてここに?」
「お前が思うておることだけがすべてではない、現実のこの広い宇宙ではの。例えば、これを知っておるか?」
「え、なんですかこれ?」
「腹に収めい、いいから。妙案は浮かばんもんじゃ、空腹では。」
「そうですか…ううっ!まずい!」
「まずいじゃと、それが?贅沢を言うでない。修行者は我慢して食べ、周りのフォースを感じるのじゃ。」
「いやいや、フォースを感じろと言われても。いいですか、まず私はジェダイになる気がない。それに、この年齢では修業をする体力はない。つまり、私にとってこれはただのまずい食いものでしかありません。」
「確かに理にかなっている。」
立ち止まってこちらを見下ろしたのは、眼光鋭い軍人。
「あ、総督。あなたまで…で、今の、論理的ですよね。え、あなたの口から論理的って?あなたの場合論理で部下を従えたのではなく…」
「私への畏怖、か?」
「そ、恐怖ですよね。例の黒装束の方を部下にお持ちでしたし。あ、マスター・クヮ…お気をつけて。」
「ああ、ありがとう。お若いの。」
相変わらず忙しそうだ。今度は、どこでロケだ?
「すまみしぇーん、おにいさーん!」
「俺に話してるのか?悪いが、俺は店員じゃあねえ。」
「あ、すまみせん。ソウネ、ミーの間違いね。そんな無愛想な店員いないね。えーっと…」
まったく、頭のねじが緩んでるどころか、どっかにおっことしちまったんじゃないか。鳩のように首を振って行っちまいやがった。しかし色んな奴が集まるよなこのバーには、時も空間も越えて。
「…あいつもここに連れて来たかった」。
「どういう心況でその言葉が出たんだ?」
正面に腰をおろしたのは、四本の腕を持つ細い金属骨格のドロイド。胸のあたりにぼんやりと光る臓器が不気味だ。
「あ、将軍。いや、…ちょっと、昔を思い出していたんです。よかったらお付き合い願えますか?」
「まあ、よかろう。」
「ありがとうございます。友人、いや、彼女をここに連れてきてやりたかった、と。」
「誰の事か想像もつかんが。」
「ですよね。そもそもの始まりは、将軍もご存じのあの逆玉野郎が、今の船をベスピンの執政官から巻き上げた頃のことです。ナブーに定期巡回した帰りに私の船に乗り込んできたのが、防衛軍内部査察官、トワイレック族のミディアニスでした。大きな目、青い肌、家柄の良さを現す三つ編み。そうそう、惑星フェルーシアンで殺されたマスター・アイラ・セキュアと同種族ですよ。あのとき議長の出したオーダーによって、多くのジェダイとともにアイラも亡くなってしまった。」
「ああ、そうであったな。」
「そう、あなたがたには追い風でしたね。とりあえず目の前のたった一人を相手にすればよくなったのだから。ところで彼女、ミディアニスの事ですが、本当はオルディランに行くことになってたらしいんです。ところが、オーガナ議員が断ったのでコルサント、あ、今のインペリアル・センターに配属になったんです。ま、オルディランはあの総督、先ほど挨拶をしましたが、彼に翌年破壊されてしまったから、結果として命拾いをしたってことですけどね。で、上官に対する儀礼として私は彼女を士官用特別室での食事に招待しました。現場の事情をほとんど知らなかった彼女に、艦の中での実際の暮らしとか反乱軍との裏取引とかの話をしたんですが、目を輝かせて『それはどういうこと?』『で、どうしたの?』といろいろ尋ねて来る。新鮮で、嬉しかったですね。」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですか?実在でなくなった今でも、咳は続いているんですね。話を続けてもよろしいですか?ありがとうございます。コホン。彼女なら、何を話してもすべてを大きく受け止めてやさしく包んでくれるように思えました。それと同時にいとおしさを感じました。この人を護ってやりたい、いや、違うな。愛させてもらいたいと思った、と言うほうが近いですかね。」
「二兎を追うとは馬鹿ものだな。」
「やっぱりそう思われますか。あっちをほっとくなと。」
「あっちとは、どういう意味?」
少しヒステリックな声に右側を見ると、いつの間にか若い女性が座っていた。体が薄い緑色のオーラで覆われている。
「女王、いやパドメ!いつの間に。ああ、あっちというのはルシルのことですよ、女房の。あいつと出会ったのは、俺が初めてアウターリムのライロスに行った時。そう、何の偶然かトワイレック族の故郷ですよ。進んだクローン技術を持つ、陸地のない海ばかりの惑星カミーノの手前にある星。そこのスペースポートでハイパードライブの調子を見ている時、迷いこんできたのが彼女なんです。デビューしたての超売れっ子歌手。驚きましたね。何でも出番までの時間つぶしに基地内を見て回っているうち、元の場所への道がわからなくなったとか。で、彼女を控室まで案内しながら他愛もない話をしました。でも、この時点で、彼女はもう俺に落ちていましたね。」
「何を根拠に、そんな思いあがった事が言えるの!」
この女性に欠点があるとすれば、まじめで正義感が強すぎて融通が利かないことだ。
「目ですよ。ドアの前で『次回からはお伴を連れて歩くように。』、と忠告すると、『このお礼をしたいのでもう一度会いたい。』と言いました。潤んだ目で。あなただってジオノーシスのアリーナに引き出される時、彼に同じ眼をして告白したでしょう?」
ジェダイと国家元首との禁じられた恋と片付けるのは簡単だが、本人たちにとってみれば自分の感情を押し殺して傍目のために忍ばなければならなかったという辛い思いだ。
「確かにそうだったわ。大きな声を上げたりしてごめんなさい。」
「それから一ヵ月後、インペリアルシティーのジェダイテンプルの下で待ち合わせて芝居を見て食事しました。お互いの生い立ちや身の回りの話やらで盛り上がったのですが、正直、私は少々気まずかった。と言うのも、ライロスからの帰還途中でここに寄った時、キャプテンと喧嘩し殴り飛ばして身分保留処分をくらっていたんです。話そうかとも思いましたが、嫌われるようなことは…」
「それは違うわ。」
「素直に話すべきでしたか?ま、彼女も何となく感じてたようですけど。」
「いやあ、元気かい?」
今度は左側から声が聞こえた。あの人物だと分かったが、髪はふさふさでかなり若い。
「ま、マスター。いらしてたんですか。お若いころのその姿がお気に入りなんですね。話を続けても?ありがとうございます。で二日後、突然連絡をよこし復職できるようになったという。つてを頼って根回ししてくれたようです。しかし復職したとは言っても2階級降格、当然給料は減りもちろん副官手当てもなくなった。それまでの暮らしを維持するだけの稼ぎがなくなったんです。結局私は彼女に拾われる格好で一緒になり、彼女の収入で暮らした。髪結いの亭主、って訳ですよ。」
「クックックッ。」
「力関係はどうあれ、お陰で楽な暮らしでした。いい家に住んでうまいものを食べ、最新のスピーダーにも乗れた。でも、それで満足かときかれると、決してそうじゃない。」
「ほう、それは何故かな?」
「興味おありですか?彼女はずっとトップスターで走り続け、私と一緒にゆっくりできる時間なんてなかった。無理するなと言っても、自分は好きなことができているから楽しいんだという。」
「大した女性だな、彼女は。」
「ええ。銀河のあちこちへコンサートに行き、戦争孤児のチャリティーや文化遺産の修復に協力したり。本当によく働く。人間として尊敬できる女性ですよ。」
「と言ってはいるが、内心すこしイラついてやしないか?」
「いや、イラついてはいません。不安なだけです。子供たちが巣立ったあと、ふと思いました。彼女にとって私は何なんだろうかと。彼女の喜びを自分の喜びと出来ているのか。私にできることは、たまに愚痴を聞いてやり静かに頷くことだけ。私が問題を抱えていたり悩んでいたとしても、その感情をぶつけては彼女に迷惑だ。彼女は私を必要としていない、面倒な愛など感じてなんかいられない。」
「そうとは思わないが。」
「そうですか?愛ほど厄介なものはないと思いませんか?あなたのパダワンがダークサイドに落ちたのは、愛する彼女を救いたかったからでしょう?」
愛する女性が苦しんでいる夢。あまりに現実的すぎて、彼は自分が未来を見たのだと思った。ならば特殊な力を身につけ、そうならないようにして見せる。それがダークサードへのひと転がり目だった。
「あぁ…、確かにそれはそうだが。」
「私はその愛情の表現に戸惑った。ルシルはとても繊細な女性です。傷つくことも多い。そんな時いたわってやりたい、抱きしめてやりたい。でも、そうしてしまうと彼女はもう二度と外の世界に出ていけなくなる。不安でした、いや寂しかった。」
「そんなに自分を責めないで、落ち着きたまえ。」
「そんな時、ミディアニスと出会ったんですよ。わたしは渇きをいやすように彼女を愛した。彼女におぼれた。愛しくて愛しくてたまらなかった。ははは、分別のあるいい歳した妻子持ちが、若い娘にうつつを抜かしてみっともない、とお思いでしょうね?」
「傍目にはそう映る。」
そう言いながら、独特な呼吸音とともに正面にゆっくりと座った黒い影。そう、彼は・・・
「あなたらしいはっきりとした答えですね。しかし、考えてみてください。分別があるということは、世間体に縛られて、思っていても言えない・出来ないことが増えてしまったってことなんです。増え過ぎて、心の中には様々な感情が渦巻いている。あなたが感じたような悔しさ、怒り、ねたみ、寂しさ。どちらかと言えばマイナスの感情です。じゃあ、それらに潰されてしまわないためには、どうしたらいいんです…バランス、ですか?」。
「その通り。」
「つまり、マイナスに傾いた心のレベルをゼロに持っていけと。わかっていましたよ、そのことは。だから心が軽くなるような楽しく明るいプラスのことをすればいい。私にはそれが人を愛することだったんです。」
「違うな。マイナス側の左右でバランスをとればよかった。“怒り”と“技”という。」
「あなたほど、ダークサイドに身を染める勇気はありませんでしたよ。だから、私は寂しさを埋めるために彼女を愛したんです。そして彼女はそれに答えてくれた。ルシルがいない時はほとんど一緒いたし、慰問や公演で長期留守の時は旅行にも行った。そんな中で訪れたキャッシークでの夜、ロシュアの木の上で降り注がんばかりの星を眺めていると、彼女がそっと体を預けてきた。本当にいとおしく思いました。あんなに幸せを感じたことはなかった。彼女といると、どんな嫌なことも忘れられる。この人のためだったら、何でもしてやれる。彼女を愛することで、私の心はとても満たされていました。」
黙ってこちらを見据えたまま、深い呼吸音が二回聞こえた。
「いけないことですか?人を愛してはいけないのですか?若い頃なら、誰にはばかることなく愛情を表現できたのに、今はやってはならないことだと?歳だから、結婚しているから、世間体が悪いからという理由で、満たされない心を持ったまま生き続けていかねばならないのですか?だとしたら、人生はなんて残酷なんだ。心を持って生れた人間でありながら、成長していくにつれその心を閉ざしていかねばならぬとは。」
「それが運命というものだ。」
「違う、運命なんかじゃない!私は嫌だ。自分を潰したくない。人を愛し続けたい。どうして許されないんです?なぜ愛することをやめなければならないんですか?愛する人と二人でゆっくりと過ごし、同じ体験をし、二人で語り合う。私は…お互いの感動を共有し、いたわりながら生きていく人が欲しい。あなたがそばにいてくれてホントによかった、と言ってくれる人が欲しい。自分の存在を認めてほしい。生きていてよかったと実感させてほしいだけなんです。」
「勝手にすることだ。」
その言葉とともにスーッと姿が薄くなり、正面の客の背中だけが見えた。
「ミー、戻ったね。」
「はぁ〜。おまえはほんとに悩みがなさそうでうらやましいよ。ノーテンキって言葉は、お前のためにあるんだろうな」
「ちょっとしちれいじゃない?」
垂れ下がった耳を大きく揺らして抗議した。
「あ〜、ちょっとばかしやばい事になる気配ね。」
そそくさと彼が消えていくのと入れ替わりに、トーキー越しの声が聞こえた。
「IDを見せてもらおう。」
接近戦用のブラスターを手にしたスノートゥルーパーが、目の前に現れた。
「おいおい、いつから酒飲むのにIDなきゃあいけなくなったんだ?」
「お前に質問する権利はない。」
「やれやれ、外のスピーダーの中だ」
「わかった、案内しろ。」
ったく、融通の利かねえお固い野郎だ。
外に出ると、既に暗くなりかけていた。遠くにモス・エスパの明かりが見える。
「あの街、暗黒卿が小さい頃母親と暮らしていたところだ。今じゃすっかり寂れているが、かつては年に一度開かれるポッドレースを観に、近くの星から人がわんさか訪れたもんだ。で、こっちの二つの太陽が沈んでいる方向に、スーパーヒーローが育ったモイスチャーファームがあった。かわいそうに、育ての親である彼の叔父と叔母は帝国軍に殺され…」
突然。激痛を感じ思わず膝をついた。
「っつ!何を…」
痛みに耐えながら手を回し右腰を探ると、何かがホルスターベルトをまたぐようにして身体に刺さっている。それが皮膚を切り裂くのを我慢しながら引き抜くと、先端が立体的に三つに分かれた鏃だ。
「カミーノ・セーバーダート…人相を替えられるクローダイト族のザムをコルサントで殺したやつだ。お前、ルシルに雇われたな。俺が顔を使い分けてるって言う皮肉か?」
幸いダートの中心の毒針はベルトのビスに当たったのか、皮膚に届くことなく折れていた。
「皮肉だな。ミディアニスとは三日前に別れた。いや、彼女から別れを告げられた。『これ以上一緒にいると、あなたのすべてが欲しくなる』『あなたを永遠に自分だけのものにしたくなる。』とね。やさしい言葉だろう?生まれてからあれほど愛されたことはなかった。あんなすばらしい女性、二人といない。愛しくて愛しくて、あいつのためだったら何でもしてやれた。いつまでも離れたくはなかった。だが、結局俺の身勝手な愛に嫌気が差したんだろう。結局彼女を苦しめることになってしまった。」
直接毒針は刺さらなかったが、折れた針先から漏れた液が鈎状の鏃でえぐられた傷口から染み込んだようだ。体の力が抜けてきた。思わず右手を壁につき体を支えた。
「はは、おかしいとは思ったんだ、将校様が職質するなんて。」
短めの鮮やかな緋色のマントをまとっているが、それは指揮官の証だ。
ん?ヘルメットとマントとの隙間から見覚えのあるものが覗いている。
「お前、その三つ編み…」
ゆっくりとヘルメットを脱ぎ地面に落としたのは、紛れもなくミディアニスだった。こちらを見つめている顔に、悲しげな笑みが浮かんでいる。ほほを伝う涙を拭いもせず、小さく絞り出すような声が聞こえた。
「え…待ってるから?おい、やめろ。ブラスターを胸から外せ!やめろ!やめ…」
いとおしげに瞳をこちらに向けたまま、ブラスターの引き金を引いた。鈍い音。何か言いたげに唇が動いたが、ゆっくりと膝を崩して倒れ、やがて眼を閉じた。
「くそっ、なんて事を!」
見ていることしかできなかった。守ってやる事が出来なかった。所詮俺は自分に都合のよい事だけをやってきたわけだ。
だんだん力が抜け重くなった体を支えられず、ついに膝が崩れて地面にあおむけに転がった。これで俺も終わりか?星が空に満ち始めている。そこへ今にも落ちていきそうだ。
瞼が重くなってきた。頭の奥が痺れる。『カズ』と俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、神経毒は色々な感覚異常を起こすらしい。ふらっとここに来たんだ。俺がこの星にいる事を知ってるやつがいるはずはない。
辛いな、こんな宇宙の果ての砂漠の星で一人寂しく死んじまうなんて。
「ああ…ルシ…ル。」
続