第四章 エルフガーデンからの使者
はじめまして、嵩夜ゆうと申します。
角川、富士見文庫、電撃文庫、Dダッシュ、講談社などの新人賞に送り、毎回、三次審査までいくのですが、何か一歩踏み越えられないような自分自身の壁を感じまして、こちらの方に小説をアップすることにしました。
私自身、ライトノベルで難読症をある程度克服した経験から、そんな奇跡が起こせたらいいなと願いつつ、書き続けています。
書く速度はすごく遅いので、月一更新になってしまいますが、ストーリーのラストまで見守っていただければ、すごく嬉しく思います。
第四章 エルフガーデンからの使者
――――数日後
ちょっとした混乱はあったものの、エルフガーデンとの交渉が完全に決裂するまでは、俺たちを信じてくれる国民が大多数を占め、今では、あの日の混乱が嘘のように平穏を取り戻していた。
「あー……ホント、もう働きたくねぇ……この一週間でニート80億人分くらい働いてるぞ……?」
ベッドに横になりながら、指と目まで動かして必死に仕事をしているというのに、一向に俺の疑問が解決しない。
国家が出す数字がこんなにあわないなんて、ありえるのか? つーか、ニートの賃金高いんだよ。これ以上働かすな。まさかとは思うが、げっ歯類が数字を間違えてるなんてことはないだろうな。だとしたら、ただちに屠殺してやる、あのげっ歯類。
「クロト……貴方、馬鹿なの? ニートって、働かない生き物なんでしょ? 労働能力がそもそも0なのだから、何億かけても0でしょ」
「いや、ニートだってたまには仕事するぞ? ゲーム機周辺のホコリをウエットティッシュで拭いてみたりとか、かさね過ぎて、倒れそうになってるカップラーメンのどんぶりを片付けたりとか。あと、呼吸したりとか……そんな感じ」
「聞けば聞くほど、貴方の世界のニートって種族は、社会のゴミね」
「あ、大丈夫。全員自覚してるから」
「……それで? なんで何度も何度もエルフガーデンから来た要求書の金額と、積み上がってる国債の金額を計算し直してるわけ?」
俺は寝ながら、クッションに立て掛けて見やすくしているエルフガーデンから来た要求書と、げっ歯類がまとめた国債の発行高の金額を空中でエア計算機を使いながら、何度も計算し直していた。そんな俺をセレーナは疑問に思ったのか、ベッドに散らばっている書類を見ながら俺に質問してきた。
はぁ……どんな有事でも微動だにしない世界一安全な投資先みたいなカップの胸じゃなかったら、俺は全力で飛び起きるんだけどなぁ……そういえば、この前走ってた時も全くちっとも微動だにしなかったしなぁ……この胸で王女とか、ありえねぇだろ。
「いや、何度計算しても合わないんだよ。俺の計算だと、エルフガーデンが請求している金額が、ありえないくらい低い」
「具体的にはどのくらい低いの?」
「ざっと計算すると、本来、この金額の24倍は請求されるんだけどな」
「ベッドに寝ながら、紙もペンも使わないで計算してるから間違うんでしょ。ちょっと貸してみなさいよ」
セレーナは、俺が見やすいように、枕元においていたエルフガーデンの国債利回り計算書を拾い上げ、俺のベッドの横にイスとテーブルを持ってきて計算し始めた。
「ほら。あってるじゃない。それにしても、この金額は流石にドン引きね」
「王女のお前が言うか? それ。ちょっと見せてくれ」
俺はセレーナが計算した計算書類を、ベッドから腕を伸ばし、テーブルから引きずるように手に取った。
「おい、セレーナ。なに小学生みたいなミスやってるんだ? 福利計算が入ってねぇだろうが」
こんなんだから、お前AAAのまな板カップなんだよ。まったく……
トレーダーにとって、格付け会社の指標に、AAAの文字があれば、どの投資家でもリスクをヘッジするために目の色変えて飛びつくが、それがバストサイズとなれば話が全く違う! ただの使い道のない不良債権でしかない。
「小学生って、なに? それに、福利計算って、一体何なの?」
「お前より胸の大きい子供のことだよ」
「クロト……? 一体なんのことを言っているの……?」
やばい。本音が口から漏れてしまった。
俺はとっさに、殺気を向けるセレーナを全力で誤魔化すことにした。
「あー……そっか。ここは義務教育も何にも無い、ファンタジー世界なんだっけな。でもな、セレーナ。一国の王女が福利計算知らねぇとか、マジでありえねぇんだが」
「だから恥を忍んで、ベッドからピクリとも動こうとしない最下層の生命体に教えを乞うてるんじゃないの!」
「それが人にものを聞く態度かどうかは知らんが、ざっくり説明すると、この国債は、本来、長期利回りの金融商品であって、買う側のメリットとしては、国家という世界の最大単位の組織の借金の利息を受け取れるという点にある。個人や会社ならともかく、国家は倒産しない。一部の例外を除いては。で、長期の利回りの金融商品は、おおむね元本の返済は後回しになる。結果、福利が発生する。解ったか?」
「え、ええ……解ったわよ」
「おーい、そこのげっ歯類。今の説明で理解出来たか?」
「ううん。全然さっぱり」
マジでか、このげっ歯類。森に追い返すぞ。セレーナもセレーナで、絶対解ってない感じだし、あれだけ毎晩教えてやってたのに、何を頭に入れてたんだ? こいつは。
「だろうな。この国債は、毎月利子がつく。そうだよな?」
「うーん? 多分? んで、それがどうしたの?」
「これだけ巨額な国債だ。当然、利息も残るよな?」
「だから、今うちの国、借金まみれじゃん。今更何言ってんのさ」
「借金まみれにした張本人のげっ歯類が何を言ってるんだ」
「うぎゅっ」
「でだ、お前が死ぬほど刷りまくった国債も、返済しきれていない利息にさらに利息が付く。これが福利だ。解ったか? 四足動物」
「そ、そんなのさぎじゃん!」
「セレーナ……こんなのが大臣で今までよくこの国大丈夫だったな」
「その、ね? クロト。私もそんな制度、聞いたことないんだけど……」
「うそ、だよな……セレーナ……今更、げっ歯類を弁護しなくてもいんだぞ……? げっ歯類の頭の中にどんぐりしか入っていないのはもうバレてる。だから、今更弁護は不要なんだぞ?」
「そうじゃなくて、クロト! 本当にそんな制度、この世界には存在しないのよ! 利息に利息を付けるですって? そもそも、借金というのはお金が無いから借りるのに、利息にまで利息をつけられたら、永遠と返し続けなければならなくなるじゃないの!」
「確かにその通りで、まあ、それが金を貸す商売の最大のメリットだ。というのは、俺の世界での話なんだが……こっちじゃ違うのか?」
確かに、福利という制度は、俺が元いた世界じゃ近代社会になって一般化した制度で、ひょっとしたら、福利が無い方がミクロ経済にとっては物流が加速して、プラスかもしれない。って、今更元の世界のこと考えて、どうすんだよ、俺。ん? ちょっと待て……あのセレーナのクリティカルヒットで、意識がもうろうとしていたが……
「成程。そういうことか!」
「クロト……? 急にどうしたの? 珍しく、ベッドから起き上がったりなんかして」
「クロトクロト! 体、大丈夫? ベッドに横になった方が……って、それじゃいつものクロトか」
「多分、いや、確実に、俺の予想は正しい。セレーナ。至急、馬車を用意してくれ」
「クロト、どういうこと? どこにいくのよ」
「今度はエルフガーデンに行って再交渉してくる」
「……クロト。ただ単に、あのシオンとかっていうエルフに会いに行きたいだとかっていう理由でエルフガーデンに亡命する気なら、この場で切り落とすわよ……?」
「は、早まるな! セレーナ!! 確かに、あのD+の胸は本物だと思うが、問題はそれ以外だ!」
「それ以外って……どういうこと?」
「しっかりと証拠を掴む為に、ちょっと用意して欲しいものがある。セレーナ。あと、げっ歯類。今から書き出すものを用意してくれ」
俺はそれぞれに必要なものをメモで渡し、どうすれば、この交渉の本当の理由を引き出せるかどうかを寝ながら考えることにした。多分、確実に俺の推理は間違ってはいない。だが一方で、俺が想像している目的でシオンが動いたという保証が無い。一歩間違えれば、即戦争。手筋を間違えての戦争。最大の難関は、シオンを名乗っている、あのエルフだ。俺とは全く違う分野の専門家。
「ねえ、クロト。ちょっといいかしら」
「なんだ? セレーナ。さっさと買い物に行ってこいよ」
「我が国の生産品を贈り物として持っていくのは解るわ。でも、この色やサイズ、レースやリボンの位置まで指定したブラジャーと下着とガーターベルトは、一体何のためにあるのよ」
「いや、布一枚っていうのも、流石になぁ……結局、友好国になったら俺は王様で、向こうは大臣だろ? パワーバランス的にちょっとやそっとセクハラしたって、問題無い。いや、むしろ、今まで働いてきた分を考えれば、当然の権利と言ってもいい。本当は、揉みしだかせろ! ……くらいは余裕で要求できるんだが、そこまでは勘弁してやろう」
「貴方……国債の早期返還を求められてる国の財務責任者に、一体何をしようとしてるのよ……」
「そうだなぁ……簡単に説明するとしたら、趣味と実益を兼ねた恐喝かな?」
「クロト……前々から思っていたけど、こういう時の貴方のアクティビティって、すごいわよね」
「ようやく、セレーナも俺のすごさが解るようになったか」
「誰も褒めてないわよ」
「とりあえず、そこに書いたものは、アイツを騙す為に必要なものだ。残りは俺がかき集めるから、至急、買い揃えてくれ」
「はいはい。解ったわよ、クロト」
「あ、あと、やっぱあの森、いらねぇな」
「はあ!? 何をとち狂ったことを言ってるのよ!?」
「セレーナ。大切なものを守るためには、色んな方法があるんだ。そのことを教えてやる」
「……行ってくるわ」
セレーナはしばらく黙っていたが、腰まで伸びた赤い髪を翻し、げっ歯類を連れ立ってお使いに出かけた。その表情は少し不満げではあるが、不思議なことに、俺への不信感は感じなかった。
それなりに信用されてるってことなのかな……?