第三章 戦争と平和と国債とニート
はじめまして、嵩夜ゆうと申します。
角川、富士見文庫、電撃文庫、Dダッシュ、講談社などの新人賞に送り、毎回、三次審査までいくのですが、何か一歩踏み越えられないような自分自身の壁を感じまして、こちらの方に小説をアップすることにしました。
私自身、ライトノベルで難読症をある程度克服した経験から、そんな奇跡が起こせたらいいなと願いつつ、書き続けています。
書く速度はすごく遅いので、月一更新になってしまいますが、ストーリーのラストまで見守っていただければ、すごく嬉しく思います。
第三章 戦争と平和と国債とニート
ひとまず、執事やメイドたちには俺はまだ帰ってきていないことにしてもらい、エルフガーデンの大臣様は、客室で丁重にもてなすよう指示し、この状況を人間が理解出来る言葉で説明出来るであろうセレーナと、作戦会議をもつことをにした。
「つーか、何でこうなった!? 輸入品にかける税率も極めて適正だし、以前より少なくなったとは言っても、エルフガーデンからの輸入は一定量継続している。あいつらが怒る理由は何もないのに、いきなりなんで国債の全額償還なんて要求してきたんだ!?」
「理由は多分、これよ」
セレーナは地図を広げ、大きな木が描かれた一点を指し示した。
「これは、何なんだ……?」
「先の戦争でエルフガーデンの領土と我が国の領土は大きく変わったのよ。戦争前、エルフガーデンの領土は我が国のあちらこちらに、まるで飛び石のように存在していたのよ」
「成程な……戦争をガチでするんなら、そんな飛び石みたいな領土、守りきれるわけが無い。一ヵ所に固まった方が合理的だ」
「だから、エルフガーデンは戦術的に第二の聖地を捨てたのよ」
セレーナはどこか遠くを見るような目で、広げた地図の一点をただただ見つめていた。その表情はとても儚げで、男なら誰もが守ってあげたいと思うような、そんな表情だった――――だが、そんなことどうでもいい! 何が起きても微動だにしない市場に何の魅力があるんだ! 山があって谷があってこその市場だろうが!
俺は、そんなセレーナをガン無視して、まあ、背景程度ぐらいにはカウントして、今の状況を、つまりは、俺がハーレムニート王になることを妨害している現在の状況を分析した。
「つまり、こういうことか。今まで良質なものをこの国に輸出していたのは、このアホのげっ歯類が刷った紙切れ同然の国債を買い上げることが目的で、そして、国家が財政破たん寸前になった時に、この馬鹿デカい木が生えてる領土を奪還する布石だったってことか。なら、いい手があるぞ。こんなただデカイだけの木、返してやればいいじゃないか。この地図の大きさが実寸なのだとしたら、トトロの木並みにデカいぞ。こんな何の資源的な価値もない木、持ってても何の意味も無いだろうが」
俺がそう言った瞬間、セレーナは激怒した。
「クロト、何を言っているのよ! この木はね、精霊信仰の聖地なのよ! エルフガーデンに借金の方にとられました、なんて言ったら、それこそ暴動が起きるわよ!!」
「成程な……これで色んなことが解った」
「クロトクロト! 一体、何が解ったっていうのさ!?」
げっ歯類が人語らしきものを話しながら、俺の裾を引っ張っている……が、どう説明したら、理解出来るんだ? このげっ歯類は。
「そうだな……おい、げっ歯類。例えば、お前はどんぐりが欲しいとする」
「うんうん! って、あたし、リスでもネズミでもないってば!」
「そうだなそうだな。でも、お前が住んでいる場所は、木が一本も生えてない。食いものが無いと、困るよな?」
「うぅぅ……それ、困るぅ……」
「でも、安心しろ。場所はちょっと遠いが、どんぐりもひまわりの種も、たっくさんある場所に、親切な狼さんが住んでいる」
「そうなの!? なら、飢え死にしなくて済むね!」
「そうだぞ。しかも、その狼さんは、毎日お前にどんぐりとかひまわりの種とか、美味しいものをいっぱい届けてくれるんだ」
「親切な狼さんだね!」
「でもな、その親切な狼さんが足を怪我して、お前のところにどんぐりを持っていけないから、取りに来てくれって言われるんだ」
「そ、そうなのそうなのっ!? そりゃ大変だ! お見舞い持っていかないと!」
「そうだよな。でな、お前が狼さんのところに行くと、大きなかごの中にたくさんどんぐりが入っている。お前はそれを持って、どんぐりを運ばなきゃいけない」
「わかった! じゃあ、あたし頑張って運ぶよ!」
「でもな、かごの中に入った瞬間、ガシャン! とふたが閉められて、お前は閉じ込められることになるんだ」
「えー、なんでなんで?」
「誰もただで親切なことなんかしない。その狼さんは、お前と、お前の友達のげっ歯類と、そんなんがたくさん生息している土地が欲しくて、お前に親切にしていただけなんだ」
「そんなの酷いよ! 詐欺だよ!」
「あー……だから、この国デフォルト寸前になったんだなぁ……」
俺は頭を抱え、壁にもたれかかった。
この頭に尻尾が生えたげっ歯類が、俺の前任者? どう考えてもありえない……それに、エルフガーデンの戦略は、かなり長期的なものだ。通常であれば、様子を見るのがセオリーのはず。経済が急激に上向いたからと言って、それが中長期的に続く、などという予測が、この世界の人間にたてられるというのか? 仮にそうだとしたら、エルフガーデンは魔法や生産技術はもとより、金融工学やマクロ経済の長期的観測が可能な国家ということになる。このポンコツげっ歯類は論外として、俺ですら太刀打ちできないんじゃないのか?
「つまりクロトは、今までエルフガーデンが我が国の国債を二つ返事で買い続けていた目的は、聖地を獲得することが真の目的だったと、そう言いたいの?」
「そうだ。セレーナ、随分頭の回転早くなったじゃないか。でも、そのエルフガーデンの計画に、地政学的リスク……あー……つまり、予想を超えた異常事態が起きた」
「予想を超えた異常事態?」
セレーナはそれが一体何なのか、まるで解らないという表情で俺に視線を向けた。
「ほんの少し前まで全ての物品を輸入に頼っていた国家が、突然、急激な発展を遂げた。このまま野放しにしておくと、エルフガーデンの計画は破たんする。だから、突然、借金を取りに現れた。ここまでは解るんだが、俺の世界の金融システムでは、国債っていうのは十年とか二十年とか、下手すれば百年とか、そのぐらいの長さでちょっとずつ返す仕組みになっていて、間違っても一括で返せ、なんていう横暴な取り立てが出来ないようになっているんだが……この世界では違うのか?」
「いいえ、クロト。基本的には同じよ。でも、その国が借金を返せる見込みが薄いと判断した場合には、一定金額を棒引きして即日返還要求をすることが出来るのよ」
「おいおいおいおい。どこの闇金だよ、それ。じゃあ、何か? 例えば、ただちに返せっていう要求も可能だってことか?」
壁にもたれながら、げっ歯類がせっせと刷りまくった国債の残高と、国家の流動資産を見比べていた俺は、そんな横暴なルールがあってたまるかと心の中でツッコみつつも、ここは正真正銘の異世界で、元いた世界の常識が必ずしも通用しないという可能性を全く考慮に入れていなかった自分が、いかに寸足らずで、無能者かを思い知らされた。
元の世界で国家のデフォルト。つまり、国家の破産が滅多に起きないのは、国債には償還期限がついていること。そして、国債そのものが言わば金融商品であり、上手くインフレ率をコントロールすれば、一千兆円だろうが、二千兆円だろうが、返すことは可能。ただし、それは遠い未来の話であって、今すぐ借金を返せなどと詰め寄ってくる状況など無いからだ。
「ええ。でも、貸した八割は戻ってこないのよ?」
「あのな、セレーナ。国が作る借金の返済期限が恐ろしく長いのには、ちゃんとした理由が存在するんだ」
「金額が大きいからでしょ?」
「それは表向きの理由だ」
「表向きの理由ですって? じゃあ、本当の理由は何なの?」
「世界中で、貨幣であれ、紙幣であれ、どんどん刷り続けられていく。国の財政が許す限り、それは続いていく。げっ歯類はともかく、セレーナ。ここまでは解るな?」
「ええ、そんなの当然でしょ。その国に住んでいる国民だって、常に働いているのだから、資産は増えていくわ」
そう。生産活動が行われれば行われるだけ、資産、つまり、ものや情報の価値は常に上がり続けていく。少なくとも理論上では、それが逆方向。つまり、デフレに向かうということは絶対に無い。
「それを財政根拠として、国家は紙幣発行権を行使する。つまり、紙幣の追加発行をし続けられるということだ」
「クロト……貴方、私をげっ歯類と同類に扱っているんじゃないでしょうね」
「いいや、かなり高度な話をしている。そして、ここからが本題だ。さっき俺は表向きの理由って言ってたよな」
「ええ。だから、私はその本当の理由が何かと聞いているのよ」
「つまり、財政根拠がある限り、紙幣は増え続ける。一方、資源や商品の生産速度には限りがある。ここまでは解るか?」
「え? ええ……わ、解るわよ……」
「でだ、セレーナ。紙幣や貨幣は製造するのにさして時間はかからない。一方、希少な鉱物は何万年もの時間をかけて生み出されるものだし、優れた商品は基礎的な研究から始まり、まともな製品になるまで何年もの時間がかかる。このかかる時間の違いが、物価スライドを生み出す。あー……つまり、時間が経てば経つほど、お金の価値がどんどん無くなっていくという現象だ。ここまではいいか?」
げっ歯類は、俺の脳内ミスディレクションによって見えないリスかハムスターにしたからいいとして、セレーナ。なんでお前はこの程度のことが解らないんだ……!?
自信無さげに目を泳がせながら答える王女様(?)を目撃した俺は、今すぐエルフガーデンに亡命したいと思った。だがしかし、そんなことをしたら俺はハーレムニート王になれない!
おお、神よ……! いるかいないか知らないが、貴方は何故、この俺にとんでもない無理ゲーと美味しい餌をお与えになったのですか……! 何故、神は俺に残酷な試練を与えるんだ……!
「え、えっと……そ、そんなこと常識でしょ。で、でも、クロト。その物価スライドと国債に一体どういう関係があるというのよ」
「つまり、こういうことだ。お金は物を買う為に使われる以上、その金額で何が買えるのかが重要なんだ。それがお金の本当の価値だ。だから、今お金を借りて十年後に返すとするならば、利子だけを返し続けてれば、事実上、借りた金額の何十分かの一の金額を返すのと同じだ。これが国債が長期返済になっている本当の理由だ」
「そ、そんなこと言われなくても解ってるわよ」
あー……絶対解ってなかったな、こいつ……
「今までの反応を見るに、俺の話が理解出来ていたのかどうかが極めて怪しいが、そこでエルフガーデンが要求してきている、この世界にしかない非常識極まりない金融システムが非常に問題になってくる。返す当てはある。ただし、それは未来の話だ。今現在の話においては、こっちには返す当てがない。つまり、領土や建物なんかの不動産で債務相殺するしかないという非常に困った状況にある。エルフガーデンは、このトトロの木と周辺の土地を返せって言ってくるだろうから、それを何とかできないものだろうかと、お前ら一人と一匹に意見を聞きたい。で、おい、げっ歯類!」
……返事が無い。ただのげっ歯類のようだ――――――じゃなくって!!
「おい! げっ歯類!!」
「ふ、ふへ!?」
げっ歯類Aは飛びあがった。
「てめぇ、俺の説明の間、冬眠してやがったな!」
「だってだって、クロトの話、難しすぎてぇ……」
「お前が冬眠していたことは、どうせ俺の説明を聞いても理解出来ないだろうからもういいとして、おい、げっ歯類。この周辺の土地と借金を取り換えたら、どの程度国民は怒る?」
「そ、そんなのそんなの、暴動になるに決まってるじゃん!」
「ねえ、クロト。そこの領土は、わが国でも聖地と崇める国民が多いのよ。にもかかわらず、そこを借金の方にとられました、だなんて言ったら、王家の信頼が失墜するわよ」
慌てふためくげっ歯類と、セレーナの深刻そうな表情を見るに、この馬鹿デカい木が生えてる領土は、ゴルゴダの丘の並みに価値があるらしい。つまり、金銭になんか変えようものなら、俺はハーレムニート王になれないどころか、とんでもない目に遭わされるということだ。
ん……? とんでもない目だと……!? そうか! この際、セレーナだけを民衆に差し出して、エロ同人みたいな目に遭わせるのも悪くない! あ、いや……やっぱ胸が無いと萌えないな……つーか、お姫様っていうのは、すんげぇ豊満な胸してるってのがファンタジーのセオリーだろうが! ツンケンしてて、身長普通で、胸が無い。そんな王女様のどこに需要があるっていうんだ! マーケティングって概念が無いのは知ってるが、あまりにも残念スペックだろうが! なのに、なんでコイツが王女様なんだろうなぁ……
「とりあえず、ある程度の情報はそろった。これから俺は、豊満でムチムチのハイエルフに会ってくる!」
俺は扉を勢いよく開け放った。
この状況。元の世界なら、完全にデフォルトだ。これ以上、悪くなりようが無い。おまけに宗教問題。本来であれば、妥協点など出るはずもない。しかし、妥協点が見出せなければ、即戦争になってしまう。さて、どうするかな……
「ちょ、ちょっとクロト!」
「どうせ役に立たないだろうけど、セレーナ。ついてきてもいいぞ」
「……なら、貴方も役に立たないようにしてあげましょうか?」
「せ、セレーナ……? な、なな、なんで視線を下に向ける? なんで剣を抜こうとするんだ……!? 俺の性剣エクスカリバーを切っても、お前の胸が大きくなるわけじゃないんだぞ!? 早まるな! セレーナ!!」
「去勢をしたら無駄吠えもしなくなるでしょうし、女性を心の清らかさや知性で判断できる人間に生まれ変われると思うのよ」
「すっ……すみませんでしたっ! ゆ、許してください! 一回も使ってない新品の大刀を折るとか、せ、セレーナは、そんな勿体ないことをする、悪い子じゃないよな……?」
「クロト。どうせ貴方のはダガーでしょ? それとも、キッチンナイフかしら? それも鶏も笑っちゃうような」
「お前、俺の性剣見たことあんのか!? 蛮解したらすげぇんだぞ!? 四キロ以上伸びんぞ!? コラ!」
「ふっ……大きさを張り合うなんて、子どもね」
俺にも自尊心というステータスがあったらしい。
髪を払い上げながら蔑むように放たれたセレーナの一言は、俺の心の何かを赤ゲージにするほど抉ってきやがった――――――――――――あれ?
「大きさ……比率……ちょっと待て」
「クロト? どうしたのよ。真面目な顔をして」
「セレーナ。俺は異世界人だ。そして、この世界の経済学は俺の世界の領域まで達していない。俺の世界には、PBRというものが存在している。国家間の交渉だと思うから間違いだったんだ。これは敵対的TOBに過ぎない」
「敵対的TOB? それって、一体何なの?」
「敵対的TOBってのは、つまり、商品として売られている会社を所有する権利を、会社の実権を握れるだけその権利を買って、元の所有者を会社から締め出してしまうという買収手法だ」
「つまりつまり、どゆこと?」
げっ歯類はこの深刻な状況を全く理解出来ていなかった。
エルフガーデン側が、ここまで強硬な手段に出て来たということは、まずは聖地を取り戻し、いずれはこの国全土を占領するつもりだが……
「あー、説明は長くなるから後だ。とりあえず、げっ歯類。エルフガーデンと交わした国債の契約書を一式全部持ってこい。それぐらいは出来るよな?」
「く、クロトっ! あたしを何だと思ってるのさ!」
「言葉を話すリスかハムスターだと思ってる。どうせ札刷る輪転機だって、お前が中に入ってガラガラガラガラ回してたんだろ?」
「んなわけないってば! んじゃあ、これ、一式持っていくよ! まったく……」
おそらく、いや、確実に向こうの出方は……今ここで話せばセレーナは委縮し、げっ歯類、もとい、リネアも大騒ぎして交渉どころではなくなってしまう。
げっ歯類は、もはや俺の頭に入っている大量の書類を持ってむくれていたが、横にいるセレーナは、俺が何かを隠していることに気付いている素振りだった。
「ねえ、クロト。貴方は経済の天才よ。エルフガーデンとだって、対等に交渉出来るわ。自信を持って交渉に臨んで」
「勿論だ。俺を誰だと思ってんだ。ハーレムニート王になる男だぞ!」
セレーナのたった一言が、俺の委縮した思考回路を解き放ってくれた。
国家間の政治や宗教を絡めた交渉事なら、俺に1%も勝ち目はない。だが、国債も株式も極論で言ってしまえば、信用を担保にした借金に過ぎない。そして何より、ここは俺が元いた世界ではない。なら、この勝負、絶対に勝って見せる!!
何故ならば、俺が、俺こそが――――――ハーレムニート王だ!!
――王宮 客室 扉の前
「いい? クロト。貴方はあくまで仮の暫定的な役職にすぎないのだから、あまり前に出過ぎないこと。それと……ああ、もう大丈夫そうね」
「は? 何のことだ?」
「ふふっ。それでこそクロトよ。そうでしょ」
綺麗にもほどがある笑みを浮かべたセレーナは、そう言って扉を睨んだ。
こちらは極めて劣勢。即時、返済を求められれば、返済しないわけにはいかない。というありえないルールが存在する以上、返還する手段をこちらが提示しなければならないが、エルフガーデンは聖地を真っ先に要求してくるに決まってる。おそらく、それ以外の領土や物品を提示したとしても、はねつけるだけだろう。そして何より、乗り込んできた以上、とんでもない切り札を持ってきてるに違いない。この世界の経済ルールは、微妙に俺がいた世界と違うことが今回の交渉の一番のリスク要因になっていることに、俺は不安感を隠しきれないでいた。
大扉の前に立っている近衛が恭しく扉を開けると、そこには――――
「お初にお目にかかります。わたくしは、エウリア。エルフガーデン財政全権委任者です」
そこには俺が期待していたとおりの出てるところが出て、しまるところがしまってる、高身長の、セレーナとは正反対の、完璧にエロくてエロいエロすぎるエルフがそこにいた。
「キタコレー!!!!!!」
「は? ええっ!? い、いきなり、この方は何を仰っているのですか!?」
「俺はクロト。この国の財務大臣だ。ところで、エウリアさんは彼氏とかいるのかな? 休みの日は何をしてる? 下着の色は……って、その露出じゃどう見てもつけてないか。まあ、パンチラは男のロマンとは言うが、この際、この豊満なボディが布一枚で隠されているというのも悪くない。いや、むしろそれがいい!!」
キンッ!! ――――――ぐちゃっ……!
「いってぇぇぇぇえええぇぇぇっ!! セレーナ、てめぇ! 俺の宝玉を蹴るとか、一体何を考えてんだ、てめぇ! つーか、いてぇ…………すまん、げっ歯類。腰をとんとんしてくれ。どんぐりやるから」
「クロトクロト。そこ蹴られると男の人ってすっごい痛いってよく聞くけどさ、これで痛み、治まるの?」
今までこのげっ歯類を散々馬鹿にしてきたが、セレーナにサッカーボールか何かを蹴るみたいに蹴られた俺のアレを心配そうに快方してくれてる――――俺には解る! このげっ歯類は、とてもいいげっ歯類だ!!
「私は、セレーナ・ドゥ・モンクレーヌ。第五十七代王女です。本日はどのようなご用件でいらしたのですか? エウリアさん」
さっきの瞬殺の金蹴りがまるでなかったかのように外面モードに戻ったセレーナは、さっさと会話を始めてしまった。
っていうか、いてぇ……この世界に泌尿器科あるかなぁ……
「エルフガーデンが所有している、貴女の国が発行した国債の即日返還要求に参りました。即日返還の見返りとして、借金の90%の返還は不要とします。要求は以上です」
初手は強気に出て来たな。沈黙は金。最低限の言葉しか語らないことで、こちらを威圧していることは明らかだ。90%間引かれたところで、本来であれば、国土の三分の一ぐらい持っていかれかねないくらいの金額だ。あー、この世界にも路線価とか、評価額とか、あればよかったのに……しかたない。出方は見えているが、ここは順手で様子を見るか。
というか、意識が朦朧として来た……マジで潰れたか……? 国のデフォルトなんかより、よっぽど強大な恥政学的リスクが発生したんだが……
俺は痛みを必死にこらえながら奮起し、この国の有利な条件を話し始めた。
「我が国は現在、急速な発展を遂げている。GDPはうなぎのぼり。このままいけば、40%以上は上がる。貿易黒字は、ここ50年間のふがいない状況を、10年内に相殺出来る。更に言えば、技術革新も目覚ましい。この時点で我が国にその程度の借金を返済できないという明確な数字を示してもらいたい」
国債の早期返還要求を行うには、国債を長期的にも返せる見込みがない。つまり、デフォルト状態であることを証明しなければならない。だから、寸前のところで俺が食い止める。さて……どんな屁理屈並べてきやがるんだ?
「まずはGDPの伸び率ですが、これは一過性のもの。ご祝儀相場のようなものだと思っております。貿易黒字に関してですが、これも、流入してくる外国の物品に対し、高額な税金をかけたことによって、生み出されたものであったり、おおよそ実態が伴っているものではありません。長期的には貿易国の反感を買い、より高い税率をかけられることになってしまい、長期的にこの貿易黒字を維持することは出来ないと考えております。クロトさん、と仰いましたか? これだけのことを短期間でやってのけた貴方様なら、当然、その点もお解りかと思いますが、いかがですか?」
エウリア、てめぇ……ちょっとエロい体してて、綺麗な太ももしてて、滑らかなふくらはぎしてるからって、いい気になるなよ。そもそも、俺はマクロ経済素人なんだよ! そんな先々のことまで考えて、ニートが生きてるなんて思うなよ、コノヤロー!!
「それでは、即時債務の返済という形で宜しいでしょうか。返還対象は、『大樹を含む元エルフガーデンに属していた土地全て』ということで」
「正気なの、貴女!? そんなことしたら、戦争になるわよ。この四百年の平和が無駄になるのよ。それでもいいというの!?」
「エルフガーデンにとって、聖地を取り戻すことは悲願ですから、それに、大変失礼な言い方をさせていただければ、金属製の剣や鎧が魔法に対して何の意味があるでしょうか。武力を使うというのであれば、お好きになさってください」
「アーデンエルデ王国では、魔法は衰退の一途を辿っているとお聞きしております。勝てる見込みは万に一つもないと国民に周知徹底することこそ、国民の生命と財産を預かる王女の責務だと、わたくしは思うのですが、いかがですか? セレーナ王女?」
おかしい……ここで、あえて武力オプションのカードを切る必要はないはずだ。しかも、こいつは財務の責任者。エルフガーデンの政治体系が民主主義である以上、単独で乗り込んできて、武力のオプションをちらつかせるなんて権限はこいつには無いはずだ。何かを意図しているのは解る。だが、俺はそれが何なのか解らない。くそっ……こんなことなら、マクロ経済も勉強しておくんだった。
「衰退ですって? 私たちは、あえて魔法という、極めて危険な戦争の道具になってしまうような、そんなものを使わないで生きていくことを、あえて選択したのよ! 貴女たちがそう出るのであれば、私も王家の禁忌を犯す覚悟をするわ」
やべぇ……セレーナのなんかのスイッチが入った。おそらく、王家の禁書庫のことだろうが、俺を召喚したくらいのぶっ飛んだ魔法がごろごろあるんだとしたら……
俺は一瞬、呼吸を整えた。目に浮かぶのは、街で幸せそうに買い物する人々。目新しいファストフードに行列を作る国民。そして、俺にこの国を救ってくれと懇願したセレーナの表情とその先にある、まだ経験したことが無い酒池肉林のハーレムニート生活……戦争なんか起こされたら、ニートやれなくなるだろうが!
「エウリアさん。確かに、我が国にあなた方の聖地があること自体、エルフガーデンの国民にとっては不満だと思います。それに加え、俺がかけた輸入税。それも不満かと思います。ですが、真にエルフガーデンの国民が願っていることは、本当に血で血を洗う不毛な戦争でしょうか? 少なくとも、俺はそうは思わない。笑って毎日汗水たらして労働した酒の味をエウリアさんは知っていますか?」
俺、ニートだから労働したことないし、未成年だから酒飲んだことも無いんだけどな。
「休日に友人たちと連れ立って買い物に出かける。そして、ほんのささやかなものを買ったり、プレゼントしたもの。それは一生の思い出になる」
ギャルゲのイベントとかではあるけど、俺、友達いないからなぁ……
「俺は、平民出身の身ですから、知ってるんですよ。ささやかな生活が、どれほど得難いものかを。ですから、一度この話は持ち帰っていただき、再度、検討していただければと思います」
やべぇ……口からデマカセにもほどがある。そうなると、労働が……いや、労働してませんが、何か? 友達と連れ立ってショッピング? 友達なんかいませんが、何か? 国民の生活? ささやかな幸せ? んなもん、どうでもいいんだよ。お前らがドンパチ始めたら、困るんだよ。だから、頼む。エロいエルフのエロリアさん。この辺で降りてくれ……!
「クロトさんは、なかなか交渉がお上手ですね。ですが、こちらにも立場というものがあります」
エロリア! じゃなかった、エウリア!! ここは折れるところだろう! っていうか、折れろ! もしくは、えぐれろ! って、やっぱもったいないから、それはいいや。あの豊満なエルフの胸がえぐれてしまったら、エルフガーデンの国宝級の美が失われてしまう! っていうか、もったいなさすぎだろ! エルフガーデンは、ガチで戦争する気なのか? それとも、外交カードか?
下腹部の痛みとほぼ同等くらいの違和感を感じた俺は、その後の言葉を繋げることが出来なかった。
「クロトさん、セレーナ王女。近日中に譲歩案をまとめますが、こちらの書面に記した要求を呑んでいただいた方が時間の節約になります。用件は以上です。失礼いたします。ああ、それと、この会談が行われているのはアーデンエルデの国民も知るところとなってしまったようで……一体どこから情報が漏れたのでしょうね。ふふふっ」
エウリアは不敵な笑みを浮かべながら、出待ちしていたエルフガーデンの護衛と去っていった。それを追うように、セレーナは一応国賓待遇の借金取りを見送るべく、部屋を後にした。
この会談情報を、あらかじめ漏らしてただと? そんなの、反則だろう……!
マクロ経済は勿論、外交なんかは完全にド素人な俺は、ボコボコにやり込められた。エウリアが帰った後、俺は暫く椅子から立ち上がれずにいた。
「なんで俺なんか召喚したんだよ……無作為抽出にもほどがあんだろ。はぁ……」
この会談の情報が漏れていた……と言うことは、まず、国を内部分裂させ、その混乱に乗じて奇襲するつもりなのか? いや、それとも王家の信頼を削ぎ落してから再交渉するつもりなのか……? これは政治力学だ。そんな単純な手筋なわけが無い。ことここまで来ると、完全に俺の守備範囲を超えている。一体、俺はどうすれば……
俺が頭を抱え、微動だに出来ずにいるところに、セレーナが血相を変えて飛び込んできた。
「クロト! 今すぐ一緒に来て!」
「は? どうした? セレーナ」
息を切らしながら、走り舞い戻ってきたセレーナの顔は、今まで見たことが無いほど不安げな表情だった。
「エルフガーデンが聖地を金で買いに来たって、町中で噂になってるのよ!」
「は? こんな短期間にどうやって噂を流したんだ? 内通者がいるのか? それとも、商業取引をする間に、ちょっとずつ時間をかけながら噂を流してたのか……」
「そんなことは、この際どうでもいいのよ! 軍の一部が暴走して、私の指揮下を離れて、今、国民の支持を集めているわ」
「それ、完全にクーデターじゃないか!」
「だから、私たちも早くそこに行かないと!」
国家の非常事態に便乗したクーデター。元いた世界じゃ、それこそどっか他の世界の話くらいにしか思ってなかった。
俺とセレーナは、人気の少ない夜の街を足早に集会場まで急いだ。
「セレーナ。俺、今とんでもないことに気付いた」
「何? クロト。ひょっとして、この一触即発の状況を打破する案でも思いついたっていうの?」
「いや、そんなレベルの話じゃねぇ。もっととんでもないことだ」
「何よ、とんでもないことって」
「俺――――――今、走ってる!!」
「は? はあぁっ!? ちょっ、クロト!? 非常事態なのよ!? 走るのは当たり前でしょ!」
「いや、俺さ、基本ニートだから、リアルで走ることなんか間違ってもありえねぇし、ゲームでもソーサラーとか、ロングスナイパーだから、こんなに高速移動したの、ぶっちゃけ初めてなんだけど」
「クロト、貴方……どれだけ怠惰な生活を送ってきたのよ……」
「正直言うと、もう走れないくらい……」
俺は力尽き、よろけるようにへたり込んだ。
つーか、もう動くの無理……走るとか、ニートの業務内容に入ってねぇ……!
「はぁ? 貴方の世界のニートって種族は、使えないゴミみたいな奴らばっかりなの?」
「ばっかりだと思う。俺なんかマシな方で、壁とか床とか叩いて、親とか兄弟に食事運ばせてる猛者もいるらしい。ていうか、マジで足少しつってきたんだけど。少し休ませてくれ……」
「あーもう! ここで待ってなさい!!」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ……
「セレーナ? 家畜用の荷車なんか持ってきてどうするんだ?」
「勿論、つっかえない家畜を運ぶためよ!」
「家畜? って、ああ、俺か。これに乗ればいいのか?」
「貴方……自分が人間だってこと、忘れてない?」
「いや、俺、人間じゃなくて、ニートだし」
「あーもう! なんでこんなダメ人間なのよ!! 自分が家畜扱いされてることすら肯定するだなんて……!」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ……っ!!
「セレーナ! 速い速いっ!!」
セレーナは前もよく見えない日が落ちてきた町中を、荷車を押しながら爆走した。
つーか、マジ怖ぇ! この速さ、ちょっとした物に当たっても、大参事じゃないか!? それと、セレーナ。王女が荷車引くとか、ありえないんですけど! ただでさえ、萎えてる俺の好感度をどれだけ下げたら気が済むんだ!? 俺の中のお前の好感度、ストップ安比例配分だぞ!?
「はい、着いたわよ」
「着いたって……群衆は遥か彼方だぞ? あんなところまで歩けるか。家畜状態にも慣れてきたから、このまま連れてってくれ」
「あのね、クロト。国民の前に荷車で運ばれて登場する国王なんて、一体誰が尊敬するっていうのよ?」
「俺、他人の尊敬とか、いらねぇんだけどな……」
「あら、そうなの? でも、この内乱を鎮めなければ、貴方は国王にはなれないし、そうなると、側室も持てないわよね。まあ、私は荷車に乗った家畜と結婚しなくてもいいから、願ったり叶ったりなんだけど」
セレーナの一言で、俺は立ち上がった。色んな意味で。俺はまっすぐ、悠然と群衆の中を歩き、中央に辿り着いた。と、そこには雄弁に民衆に語りかける鎧を着た兵士と、ピーピーと鳴くげっ歯類がいた。
「だーかーらー! 聖地を売り払ったりなんか、してないってば!」
「ならば、何故、エルフガーデンとの外相交渉を、国民に秘密にしていたのだ!?」
あー、げっ歯類が頑張ってんなぁ。って、今はそんなこと傍観してる場合じゃない! このままだと、俺のハーレムニート生活が! だが、この俺に何をしろと? ただのトレーダーニートだった俺が、暴動の鎮圧? ムリムリムリムリ! ばっさり斬られるって、絶対!
「ならば、国王に代わり、我々は聖地を守るため、決起する!」
「だーかーらーっ! 何回も言ってるってのにぃ……聖地は売り渡さないってー」
あの兵士は何をごちゃごちゃとまどろっこしいこと言ってるんだ? だから外交とか政治っていうのは、何十年単位の交渉が必要なんだよな……あ、そうだ。俺は所詮、ニートでトレーダーの佐伯クロトだ。国家間の外交問題なんて、大きい話で考えるから、頭が回らなかったんだ。
げっ歯類と、アカ真っ赤にしてる兵士の不毛なやりとりを見ていた俺は気付いた。
「俺は佐伯クロト! この国の次期国王だ! 日も落ちたこの時間に、この国の国民が集まっているのはありがたい! この集会に俺も交ぜてもらえないだろうか!」
「次期国王よ! 率直にお聞きしたい。聖地を売り渡したのか、否か。もし、我らの聖地を売り渡したのであれば、次期国王と言えども、ただでは済まさん!」
その兵士は、おそらく、この国なら死罪に値するであろう行為。次期国王に剣を向けるという、とんでもないスタンドプレイをしやがった。ここで斬れないのは、百も承知だ。まだ民衆だって全員が全員、決起しているわけではなさそうだし、俺の首が落とされることは、日本がデフォルトする並みの確率で、ありえない。
でも――――――――――超怖ぇ! ほ、本当に俺のこと斬らないよな……? あんな大剣、どこにあたっても即死するよな……!?
「きょ、今日は無礼講ってことで、とりあえず、結論から言えば、聖地は売り渡してはいない」
「……次期国王の言ならば、誠であろう」
そういうと、その兵士は剣を鞘に収めた。
さて、ここからどうするか……この集まってる人数から察するに、聖地を借金の方にとられたら、マジで内乱になる。セレーナはこの際どうでもいいとして、このままだと王家の信頼が無くなるのは確実。そうなったら、エルフガーデンと俺が交渉することが出来なくなるし、エウリア曰く、戦争になれば剣や弓では太刀打ちできないらしい。最終手段として、セレーナしか入れない王家の禁書庫の魔法を使うという手段もあるが、そもそも、王族であるセレーナが失脚したら、その選択肢はとれない。今から武装させようにも、この状況じゃ何の抑止力にもならない。
「ねえねえねえねえっ! クロトクロトクロトっ!! 何を黙り込んでるのさ! あたしが一生懸命、クロトが来るまで抑え込んでたっていうのにー!」
「クロト。事ここまで来たら、止むを得ないわね」
鋭い目線を俺に向けて話しかけたセレーナが、何を言おうとしているのか、俺には解った。
エルフガーデンとの全面戦争……って、そんなことしたら、あんなエロ可愛いエルフがいるっていうのに、勿体なさすぎだろうが!
「なあ、げっ歯類。ちょっとこっちに来てくれ」
「なになに?」
「お前、元大臣だよな」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「お前にしか出来ない、大切な仕事があるんだ」
「あたしにしか出来ない仕事!? するするっ! 何でもするっ! 何でもいいから言って言って!!」
「そうかそうか。いい子だなー」
俺はげっ歯類の頭を撫でてやり、そして、襟首を掴み、高々と持ち上げた。
「市民諸君、聞いてくれ! 確かにエルフガーデンに国債の早期返還を求められているのは事実だ! だが、そもそも、その国債をアホみたいに刷りまくったげっ歯類は、どこの誰だ! 姑息療法を繰り返して、短期間にドインフレを起こした馬鹿のげっ歯類はどこの誰だ!?」
刈り取った獲物を群衆に見せつけ、そして、問いかけた。
「そこの元大臣のげっ歯類だ!」
反応早ぇ……どうやら、こいつがげっ歯類だという認知も、国債を刷りまくっていたという認知も、俺が問いかけるまでも無く、国民にはあったらしい。ああ、よかったよかった。
「その通りだ! だからこそ、俺は王女セレーナと国民を守るために、今ここにいる。戦争になり、もっとも犠牲になるのは、国民だ。その証拠に、セレーナ王女以外の王族は、一人としてこの国に残ってはいないではないか!」
「そうだそうだ!」
「あえて言おう! このげっ歯類はカスであると!」
すまん、げっ歯類。俺のニート生活と、お前の命。悲しいことだが、比べるまでも無い。
熟慮した末、俺はこのげっ歯類を見捨てることにした。
「ちょっと、クロト! それじゃ、リネアがあまりにも可哀想よ!」
あー……いらんところで横やりが入ってきたー……このままげっ歯類を悪者にして、群衆の中に置き去りにすれば、一日二日は時間が稼げると思ったのになぁ……
「聞いてください、国民の皆さん。我が国の国債の発行高は、確かに巨額です。今までなら、到底返せる額ではありませんでした。ですが、あの明かりを見てください」
セレーナが指し示したのは、原始的な水力発電で、不安定に光る電球だった。
「あの明かりは、輸入したスクロールで光っているのではありません」
キンッ……ボッ……
「このライターの火も、魔法で生み出されたものではありません。四百年前、私たちは魔法という、とても便利で、ですが、一方では、とても危険なものを捨て去りました。その結果、国家の生産力が落ち、輸入品に依存する経済体系が作られました。それが、この国家の本質です。ですが、クロトは、次期国王になるお方は、スクロールに依存しない生活を私たちに示してくれました。その結果、経済が上向いているという実感を、国民の誰しもが感じているはずです。もし、戦争になれば、確かにお金は動くかもしれません。戦争に勝てば、聖地もエルフガーデン全土も我が国の領土になるのかもしれません。ですが、長期的に見れば、それはお互いの国民にとって、不幸な結果を招きます。国家間の物流があるからこそ、両国の生活インフラが成り立つのです。エルフガーデンを併合してしまえば、共通のインフラを整備するため、魔法と発電、両者のバランスをとるため、何年もの時間と多額の費用がかかります。この財源を支払うことになるのは、国民一人一人なのです。エルフガーデンとの交渉は、確かに厳しいことなのかもしれません。ですが、私は、国民一人一人が笑って生活出来る、そんな国家にしたいと思っているのです。ですから、お願いです。エルフガーデンとの交渉が終わるまで、軽率な行動を控えていただきたいと思います。一人一人が笑って暮らせる国家を創る為に、どうか、どうか――――――」
セレーナの演説で浮き足立っていた国民は、一瞬で落ち着きを取り戻し、それぞれの帰路についた。
内乱は治まったものの、エルフガーデンとの交渉は難しいなんてレベルをはるかに超えている。早急に打開案を俺が思いつかなければ、内乱は今回の規模をはるかに凌駕する規模で起きるだろう。安心した様子で帰路につく国民を見ながら、今更ながらに俺は思った。
ハーレムニート王への道はまだまだ遠いなぁ……