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ニートから始める異世界経済学  作者: 嵩夜ゆう
3/5

第二章 ハーレムニートへの道

 はじめまして、嵩夜ゆうと申します。

 角川、富士見文庫、電撃文庫、Dダッシュ、講談社などの新人賞に送り、毎回、三次審査までいくのですが、何か一歩踏み越えられないような自分自身の壁を感じまして、こちらの方に小説をアップすることにしました。

 私自身、ライトノベルで難読症をある程度克服した経験から、そんな奇跡が起こせたらいいなと願いつつ、書き続けています。

 書く速度はすごく遅いので、月一更新になってしまいますが、ストーリーのラストまで見守っていただければ、すごく嬉しく思います。


第二章 ハーレムニートへの道


――大臣室 クロトの部屋


 この世界に来て、数週間が経過した。

 俺は、この国の王女セレーナの懇願を聞き入れ、ありとあらゆる経済の知識を総動員し、この国を経済危機から救うため、寝食を惜しんで財務記録や国債の発行額、直近の問題であるインフレ率の計算などを行っていた。

 それは全て、この国の国民の生命と財産を守るために他ならない。


「おい、セレーナ。一つ重要な質問がある」

「何よ。そんな真面目な顔をして。もう数字のことについては教えたでしょ」

「市民が使う数字と、国家が使う数字は左右逆だってのはもう聞いた。そんなことはどうでもいい」

「じゃあ、何なのよ」

「俺はほとんど徹夜で、毎日のように働いている」

「休みが欲しいなら、そう言ってくれればよかったのに」

「そんなことじゃねぇんだよっ!! 俺は、俺はっ……いつになったら酒池肉林のニート性活に入れるかと聞いている!!」

「……はあ?」

「つーか、もうとっとと結婚しよう、セレーナ。俺、もう一生分働いたぞ? だから、早く愛人だらけの性活させてくれよ! だから、セレーナ。俺のお嫁さんになってくれ! 形だけでいいから!!」

「どんなぞんざいなプロポーズよ。というか、欲望むき出しじゃないの! まったく……この国が栄えてた時には、貴族同士での権力や門地を目的とした結婚なんてのがあったらしいけど、愛人目当てで国王の娘を口説くのは、建国以来貴方が初めてでしょうね」

「セレーナ。よく考えてみろ」

「何をよ」

「俺は不条理にも、この若さで手に入れた永遠のひきこもり性活を、お前が使った訳の解らない魔法か何かで取り上げられたんだぞ」

「そ、それは……悪かったと思ってるわよ。でも、貴方の話を聞く限り、前の貴方の生活が本当に意義がある生活だったと、人生だったと、私には思えないのよ」

「自堕落な性活の何が悪い。一日中食っちゃ寝してて、それでお金が入ってくる生活の一体何が悪いんだ」

「……返す言葉もないわね」


 そう吐き捨てると、セレーナは深い溜め息を吐いた。


「何を言ってるんだ、セレーナ。俺がエロいことだけを目的として結婚しようと言っていると、本気で思っているのか?」

「クロトの頭の中には、それしかないでしょうが」

「過去の資料を見ていて気付いたことがある。厳密には、俺はまだ王族ではない。だから、その断片しか解らなかった」

「まさか、クロト。貴方、財政を立て直す方法が解ったというの……!?」

「俺も薄々は、その可能性を考えていた。だが、それを裏付ける文献を見つけた時、まさに戦慄が走った」

「それじゃあ……!」

「この世界には、エルフ族がいるらしいじゃないか!!」

「は、はい……?」

「俺はエルフ好きなんだよ! 特に、高身長で豊満なエロくて艶めかしいエルフ族が好ましい! 最低でも十人は囲いたいな! だから、今すぐ結婚してくれ、セレーナ!」

「そんな最低なプロポーズ、誰が受けるもんですか!!」

「じゃあ、言い直そう――――――君の青い瞳はとても美しい。気が強くて、本音をすぐに言えないところもとてもチャーミングだと思う。そして、古来より俺がいた世界には、有事の際の金と並び称される言葉がある。安定のスイスフラン……君のどんな動作をしても微動だにしない、水平線の彼方のような、その穏やかなその胸は、まさに安定の象徴! だから、セレーナ! 俺と結婚してほしい!!」

「…………ねえ、クロト。私、結婚する前に、未亡人になってもいいかしら……?」


 セレーナは、ヤンデレ-デレの目で俺をぼんやり見つめながら、腰の剣に手をかけた。


「ま、待ってくれ、セレーナ! 俺の何が悪かったというんだ!?」

「貴方、その年で女の子の扱い方も知らないなんて……! いいえ、それ以前の問題ね……一瞬でも迷った私が馬鹿に思えてきたわ……言っておきますけどね、何か大きな功績を挙げない限り元老院が納得しないのだから、相当画期的な経済対策でも打ち出さない限り、王にはなれないし、今は私の権限で臨時の大臣職に就かせてはいるけど、それもいつまでもつか……だから、国王になりたいのなら、即効性のある経済対策を考えなさい」

「おいおいおいおい。国家レベルの経済対策で、即効性って……あのな、セレーナ」

「何よ。急に真面目な顔をして」

「マクロ経済……あー……えーっと、国家とか、集団とか、とりあえず、大きな単位数での経済対策で、即効性があるものなんてありはしない。一見、効果が出たと思えても、実は数年前の経済対策がようやく効果を発揮してきたとか、即効性がある代わりにキックバック……えっと、副作用も強いような、すごく過激な経済対策くらいしかない。そして、そういった即効性と解りやすさだけを追求した国家が長命であった試しがない。これはもはや、俺の世界じゃ常識みたいな話だ。どおりで、過去の文献読み漁っても姑息療法みたいな経済対策しか出てこないわけだ」

「お使い行ってきたよー!」

「おー、サンキュー。リネア」


 俺が頼んだものを抱え、頭の尻尾を振りながら元気いっぱいにげっ歯類が入ってきた。


「でもさ、クロト。これ一人で食べちゃうわけ? 異世界人って、こんなに食事するの?」

「ちょっと、クロト。何なのよ、これ。二十人分くらいあるじゃない」


 俺がげっ歯類に頼んだものは、元いた世界で言うところのファストフード。つまり、労働者階級の昼食にあたるものだ。セレーナが驚くのも無理はなく、大きなオーバルテーブルの上に整然と並べられたそれらは、三人が食べきれる量をはるかに超えていた。

アニメなら、『撮影の後、スタッフが美味しくいただきました』っていうテロップが入るレベルだな、これは。


「俺の世界じゃ、市場調査とかマーケティングっていう概念があって、どんな商品であれ、どれだけの人数が必要としているか、それを全く調査されずにリリースされる商品は無い。仮にあったとして、そんな会社は五年ともたない」

「リリースってさ、魚釣りでもするの?」

「なんでこの世界は経済用語が全く通じないんだ……! リリースっていうのは、正式に常時売られる商品として、店頭に並ぶってことだ。それ以外の見せるだけのものを、コンセプトリリースとか、商品にするかどうか解らないものをベータリリースとか、プロットリリースなんて言い方もする。個人的には、半完成品を出荷してんじゃねぇよ! ってツッコみしたいが、まあそうやって小出しにすることで、買ってもらえるかどうか、いくらなら売れるか、作って採算が合うのか、を大量に作って売る前段階で調べるのがマーケティングだ」

「うん。よくわかんないけど、わかった」


 ……このげっ歯類が馬鹿なのは確定事項だから、もう放っておこう。一昔前でいうところの『想定の範囲内』ってやつだ。


「ねえ、クロト。そのマーケティングと、この労働者向けの携帯食料と、一体何の関係があるの?」

「俺が街を歩いていた時、主要四百品目の物価を大体調べてたんだ。それから食品の値段やら、宿の値段を調べようと思っていた矢先、俺は逮捕された。だから、食いものの値段と品質と需要と供給のバランスが本当に取れているのか、全く解らん。だから、買ってきてもらった」


 俺はリネアがメモしてきた価格と、その店舗のおおよその利用者数を、皿に並べられた携帯食の前に一つずつ置いていった。


「うん……これはまずいな」

「何言ってるのよ、クロト。どれも美味しかったじゃない」

「それがまずいと言っている」

「食事が美味しいことがいけないことなの?」


 この絶望的な危機的な状況を全く理解していないセレーナは、ケバブなのかサンドイッチなのか解らない名状しがたいものを食べながら、これ以上ないくらい低レベルな質問をしてきやがった。


「はあ……セレーナ、よく見てみろ」

「何をよ」


 ここから先の話はげっ歯類にはおおよそ理解不可能だと判断し、頬袋に次から次へとひたすら食いものを詰め込んでいる元大臣様はいないものとして話を進めることにした。


「これらはどれもこれもが試行錯誤されてる。包み紙一つとってもそうだ。歩きながら食べれるように、出来るだけ食事の時間を短く出来るようにしてある。これは肉体労働者が多い場所からわざわざ買ってきてもらった五品目だが、どれも量が多く、少しだけ味付けが強い。こんな商品の偏りは、よほどマーケティングをしない限りありえない」

「クロト。何がありえないっていうのよ」

「いいか、セレーナ。こっちの木で出来たナイフとフォークがついているのが商業地区の商品。で、こっちの包み紙に包まれてるこれは……パンなのか。まあ、とりあえず、野菜や肉が挟んであるのが工業地区の商品。商業地区の人間は、食事中、手や書類がソースかなんかで汚れたら困る。だから、こういった簡易的なランチボックスに入っている。対して、労働地区の人間は、早く食事を終わらせたい。日が落ちたら土木工事は出来ない。だから、食事は短時間で終わらせる」

「言われてみれば、クロトの言う通りね」

「そう。その『言われてみれば』が問題だ。実際に本当にそう言う商品が求められているのかは調べてみないと解らない」

「だが一方で、この世界にはマーケティングという概念が存在しない」

「クロトは、たまたまだって言いたいの?」


 セレーナは疑問を口にしたが、その目は真剣そのものだった。


「違う。つまり、それだけ試行錯誤しない限り、簡単に淘汰されてしまうほど経済状況が悪化してるということだ。飲食店は、景気の影響を真っ先に受ける。不況が長期化すればするだけ安くておいしい商品が増えていく。それは一見、いいことのように見えるが、その逆だ。ある程度の商品でも生き残れるニッチ……あー、つまり、ちょっと変わったものを食べたい、という客層を保管出来る余裕すら、この国には無いってことだ。しっかし……参ったなぁ……そもそも、なんでこうなった……?」


 考えてみれば、この状況はおかしい。

 ハイパーインフレは、そもそも経済対策のなれの果てに起きる。消費者が先行きの不安感などという訳の解らん理由で物を買わなくなる。その結果として、様々な経済対策をするものの、一向に消費者は必要最低限の安いものしか買わず、とうとうブチギレた政府が「だったら、金撒いちまえ!」という安直な発想に陥り、起きる現象だ。

 だが、この国は違う。労働者は皆、繕った服を着て生活をしている。女性ですら着飾ることをしない。つまり、最低限以下の生活。そんな市場にお金をバラまくとしたら、通常は市民階級からまくのが定石。そうすれば、ここまでの状況にはならないはずだ。子ども手当? 地域振興券? 定額給付金? 元の世界でフルボッコにされてたゴミみたいな政策でも、この国では有効なはずなのに……何故だ?


「ホントなんでだろうね。あたしがいっぱいお札を刷りまくってあげたのにぃ……」


 ――――――…………犯人、こいつか!!

 ドインフレを起こした挙句、何の経済対策も施さず、今現在も国費で市民の食事を食い荒らしているげっ歯類の尻尾を、俺は無意識に掴み上げていた。


「いたたたたっ! ちょ、クロト! いたいよぉっ!」

「おい、げっ歯類。まさかとは思うが、念の為聞いておく」

「クロト、なんなの!」

「まさかとは思うが、その刷りまくった金、雇用対策や人材育成にも使わず、金の流れもチェックせずに、ただ貴族にばら撒いてたとか言わないよな!?」

「えっ? そうだけど……だって、貴族が言うこと聞いてくれなかったら、国なんか成り立たないじゃない?」

「……おい、セレーナ。この国に保健所ってあるか?」

「あるわよ。危険なモンスターが街に入り込んだ時は、捕獲して殺処分しているもの」

「そうか。俺の目の前にこの国でもっとも危険なごくつぶしのげっ歯類がいるんだが、どうしたらいいと思う?」

「今すぐ殺処分すべきね。衛兵を呼ぶわ」

「まってぇぇぇぇぇぇぇぇ! やめてやめてぇぇぇぇっ! せめて人として扱ってぇぇぇぇぇっ!!」


 必死にセレーナに縋り付くげっ歯類を俺はぼーっと眺めながら、あれ? 俺が元いた世界の政治家って、割とまともだったんじゃないのか? などとそんなことを考えていた。

 ――――はっ! これがギャップルールってやつか!


「リネア……それは貴女のせいじゃないの? こんなに物価が暴騰するまでお札を刷り続けて、あまつさえ、それを賄賂のごとく貴族にばらまくだなんて、貴女、国家が発券する紙幣を何だと思っているのよ」

「おーおーおーおー。毎晩のように俺の執務の邪魔をして経済学を勉強したから、少しは解るようになってきた、のかな? だが、セレーナ。それは違うぞ。この輪転機回し続けるハツカネズミは問題じゃない。問題は全く別のところにある」

「別って……だって、クロトは紙幣を発行するには国家の財政の裏付けが必要だって教えてくれたじゃない。国家の財政基盤が脆弱なのに紙幣を刷り続けたから、国民の生活水準が悪くなってるんじゃないの?」

「経済っていうのは、そんなに単純なものじゃない。この国の場合、明らかに刷りすぎだが、本来緩やかにインフレしてかないと経済は回っていかないものなんだ。こんな0を数えないと、いくらなんだか解らない紙幣が発券される前の話だけどな」


 俺は、1,000,000,000,000の桁が刷られ、しかも、それが帯留めされたままで流通している札束を積み上げた札タワーの上から一つ取り、セレーナに見せた。


「クロト。それの何が問題なのよ」

「俺が元いた世界では、国家が人工的にインフレを引き起こすことをインフレターゲティングと呼んでいるんだが、仮に予想を超えてインフレしても市民生活に影響はない。問題は、なんでインフレが止まらない? なんでこのげっ歯類はアホみたいに輪転機を刷り続けた? そして、これだけ紙幣が流通しているにもかかわらず、経済状況は何故悪い? 賄賂まがいの金だとしても、最終的には市民階級のところまでいくらかは落ちてくる。一定量の経済効果はあってもいいはずなんだ」

「そういうものなの?」

「こんな状況は普通じゃどう見てもありえない。だから、俺はそのお金の流れを追いかけたんだが、国債をアホみたいに刷りまくって、それを国内外の銀行や投資家に買わせる。それを新たな財源として、このげっ歯類がまたアホみたいに札を刷りまくる。一万歩譲ってここまでは良しとしよう。問題はその先だ」

「クロト、その先って?」

「せっかく投資家や銀行を騙して、財政の根拠も無しに国債を発券して刷った金の行き先が、なんでほとんど国外なんだ? 借金も相当な額だが、貿易赤字の額が毎年毎年半端な額じゃないぞ」


 俺は質の悪い羊皮紙を手で叩いた後、ため息とともにテーブルに置いた。


「これじゃあ、市民の生活がよくならなくて当たり前だ。そもそも、0が数えきれないほどの金額がなんで毎年毎年他国に支払われているんだ?」

「ああ、それね。国がエルフガーデンから買った原材料の支払いよ。もっとも、支払いは紙幣ではなくて、ほとんど国債の形で払っていたみたいだけど」

「エルフ、ガーデンだと!? そこに行けば、俺が求めていたムチムチのエルフがいるのか!?」

「……クロト。いい加減にしないと、切り落とすわよ」

「せ、セレーナ。頼むから、腰の剣に手をやるのは止めてくれ」


 俺たちの横でもそもそと食べていたげっ歯類は、満面の笑みを浮かべながら自分が持っていた懐中時計をポケットから取り出して、自慢げに見せてきた。


「みてみて! エルフガーデンのものってさ、品質が良くて安いんだよ!」


 へー、懐中時計か……この世界にも時計ってあったんだな――――って、


「馬鹿な大臣かと思ったら、馬鹿な消費者でもあったのか、お前は!」

「な、なんでそうなるのさ!」

「仮にも国の代表なら、自分の国で生産したものを使えよ!」


 大統領だってな! 本当はイギリス車とか乗りたいって思ってんの! 国会議員だってな、我慢してエコカー乗ってんの! お前、俺のいた国の大臣だったら、ネットで袋にされた挙句、一週間もたないで罷免されるぞ!?


「そんなこと言われても、この国じゃ生産できない食品や金属とか、織物なんかもたくさんあるんだよ?」

「ちょっと待て、げっ歯類。おい、セレーナ。すごく聞きたくないんだが、一応聞いておく。この国はどんなものを、大体どのくらいの割合でエルフガーデンっていう国から輸入してるんだ?」

「これらのテーブルに並んでる食品の香辛料などはほとんどエルフガーデン製だし、そっちのベッドのシーツもそうよ。あとは、色のついた丈夫なガラスに、宝飾金属とかもエルフガーデン製よ。それから……」

「もういい。十分だ。解った……他国からの人口流入が少ないくせに、あの服屋の店主はどおりで俺を不審がらなかったわけだ……はあ……この国でも生産をしているが、原材料はほとんど100%他国に依存している。場合によっては、加工品まで依存している……よし、少し安直で乱暴な国策だが、これしかないだろ」


 俺、働きたくないんだけどな……なんでこう面倒臭いことしなきゃいけないんだ……?


「セレーナ。大臣代行として、王女に政策提言をする」


 誰もが理解出来、即効性があり、且つ、輸入依存型だが、技術力がある国で有効な経済対策か……はあ……これを行った結果、何が起きるか知っている俺は、頭を抱えるしかなかった。




――街中


「クロト。貴方、本当に前の世界で、その……ニートだっけ? 本当に働かないで、部屋からも出ないで、何の社会貢献もしないで、ただただ腐っていくようなゴミみたいな人生送ってたの? こんなすごいことが出来るのに」


 俺が渡ってはいけないルビコン川か、三途の川か、まあとにかく先のことを考えると、頭が痛くなりそうな政策を実施して以来、一ヶ月と経たずに街の様子は一変した。女性は皆着飾り、オープンカフェでお茶をする。男性も綺麗な服を着て、仕事に向かう。さながら、シャッター商店街だった商業地区には新しい店舗が乱立し、それでも今まで買えなかったものが買えるという大規模な需要には供給が追い付かず、グリーンスパンが言うところの良いインフレが起きつつあった。


「いや、俺は何にもしちゃいない。そもそも、この国には技術力自体はあったんだ。だけど、元自国領だったということと、物を作り出すことに魔法を特化させていたエルフガーデンは、より早く、安く、色んなものを作り出すことが出来た。だから、輸入量が過剰に増えていた。結果、第一次産業、第二次産業から仕事がどんどん無くなっていっていた。俺はそれを復興するきっかけを与えたにすぎない」


 俺が行った政策は、いとも簡単で、単純明快なこと。

 関税自主権の行使――――つまり、エルフガーデンから入ってくる、極端に価格帯の安い物品に対して、その品質相当の税金をかける。それだけだ。

 初めは一時的な物資の値上がりから混乱も起きたが、それらの代用品や簡単な製造方法を全ての国民に公開することによって、その混乱は収まり、国からお金を借り、新規でベンチャー企業のようなものを立ち上げる若者も増えていった。


「ねえ、クロト。あれを食べていきましょうよ」

「あれ……? うわっ、なんだ? あの人数……!?」


 当然のことと言えば、当然のこと。労働者人口が増えれば、街に人はあふれ返る。俺がこの世界に来た時は、数店の露店が広場にぽつりぽつりとあるだけだったが、今では昼食を買い求める客で、街の広場はなかばフードコート化していた。

 そして、俺は何より、人ごみが苦手である。


「食べてくって……ここでか?」

「他にどんな意味があるのよ」

「いや……ニートって種族はな、基本的に外に出ない。モニターの中以外の群集に適性が無い。だから……」

「これもクロトの案でしょ。それに、こういうものは外で食べた方が美味しいって言ってたのも、クロトじゃない」

「それはギャルゲーの中の話であって、実体験じゃないんだが……あー……解った。ここで食べていくことにしよう」


 二人で並ぶこと約三十分。ようやくお目当てのものを買うことが出来、端の席に座った段階で、俺は妙なことに気付いた。


「お前、なんで群衆からもみくちゃにされてないんだ?」

「え? どういうこと?」

「セレーナは、この国の王族なんだよな……?」


 これだけの人間の物量の中に王女がいたら、普通は騒ぎになる。少なくとも、二次元ではそうだ。だが、こいつは平然と列に並び、普通に金を払い、初めて見るケバブをどうやって食べたらいいのか解らず格闘していた。


「それはね、クロト。この服のせいよ」

「服?」

「貴方が着てる服もそうだけど、この服は他人の認識を変えることが出来るの」

「認識を変える?」

「ええ。例えば、貴方を捕まえた時みたいに、私を一時的に王女と認識しないようにすることが出来る。これは王家に伝わる、たった一組しかない貴重な服なのよ?」

「それはまた、とんでもないものがあるな」

「とんでもないのは貴方の方よ。このケバブっていう食べ物とか、ハンバーガーっていう食べ物とか。それ以外にも、電池とか、印刷機とか。こんなすごいもの、普通の王なら市民に作り方を教えたりなんかしないわよ? しかも、無料だなんて」

「この国では、輸入した高いスクロールを使って電気、あー……雷の魔法って言ったらいいのか? それを使って金属の加工をしていたみたいだから、スクロールを輸入しなくてもそれが出来るようにしたかった。このケバブだってそうだ。自給率の高い食品ばかりを使って作れるものを主食にすれば、輸入に頼らなくても済む。つまり、貿易赤字……えーっと、つまり、国の借金が増えなくて済む。他にも色々とメリットはあるが、あまり話すと長くなるからこの辺にしとく」


 ニートトレーダーをやっていた時同様、ここでもニート特有の無駄な知識が役に立ってしまった。バグダッド電池と呼ばれている、古代ヒッタイト人が発明したとされる電池は、それこそ小学生でも製造可能で、三つ作れば12~15Vの電圧が発生し、その電圧はアーク溶接が出来るほどの電圧を生み出すことが出来る。他にも原始的なモーターや、油を使ったライター、経済史に残る数々の発明品の原理と設計図など、全てを一度に希望する市民に配布した。

 それらを配布した表向きの理由は、市民生活の向上という至極解りやすい理由にしたが、その本当の狙いは、産業セクター数の急激な拡大により、今まで財政の根拠無しに刷りまくられていた紙幣の流通を活発化させ、通貨の切り替えをせずに、このハイパーインフレ状態にブレーキをかけること。身も蓋もない言い方をしてしまえば、刷りまくられた通貨に後付けの財政根拠をつけることだ。


「あー……ジャンクフードあるのに、コーラが無いってのはさみしいなぁ……とはいっても、流石にコーラの作り方なんか知らねぇし……」

「決めたわ。クロト」

「は? 何を?」

「今なら解るの。貴方が何故ここに来たのかが。貴方が、本当はどれだけ聡明な人物なのか」

「セレーナ。お前、何言ってんだ?」

「もう隠さなくていいのよ。これだけのことが簡単に出来てしまうのだから、それを普段から見せていたら、権力者からそれを利用されたり、やりたくもない仕事を無理矢理させられてしまう。それを嫌っての言動だったのよね。よくよく考えてみれば、全裸で街中歩いてみたり、王様になったらハーレムつくって仕事しないなんて、そんな人間のクズみたいなこと、本気でやろうとする人が召喚されるはずないもの。もしクロトが本当にゴミ人間なんだったら、この世界の人間が召喚されるはずだもの。そうでしょ? クロト」

「な、なあ、セレーナ」

「どうしたの? クロト。そんなに青ざめて。具合でも悪いの?」

「い、いや……大丈夫だ」


 俺は以前、ネトゲで問題を起こし、さらし首にあったやつを見たことがある。それこそ、百人単位の罵倒の嵐。だが、それでも尚、そいつはそのゲームに居続けていた。その時は解らなかったが、今なら解る。あの晒し首にあったプレイヤーの本当のすごさが。こんな程度の精神的リンチで若干死にそうになっている俺が、いかに脆く、脆弱な存在であるかが。


「そうよね。この程度の群集で青ざめたりとか、未来の私の旦那様がするわけないでしょ?」

「ちょ、おまっ……!」


 笑いながらそう言ったセレーナは、今まで座っていた椅子の上に立ち、羽織っていたローブを脱ぎ捨てた、その瞬間、街の群衆全員の視線がセレーナに向けられた。


「私はアーデンエルデ王国第五十七代セレーナ・ドゥ・モンクレーヌです。本日はおわびとご報告をさせていただくために、ここに参りました。私の父の治世以来、国民の皆様には大変つらい日々を過ごさせてしまったことを、亡き父に代わり、深くお詫びをさせていただきたく思います。ですが、これからこの国は良い方向へと変わっていくでしょう」

ちょっと待て、セレーナ。何をとち狂ったのか知らないが、この状況は絶対にまずいぞ。

「そんな証拠がどこにある!」

「今の景気だって一瞬で終わって、結局、ツケ払わされるのは国民だろうが!」

「そもそも変態王の娘のくせして、王女名乗ってんじゃねー!」

「女装変態王の娘がデカい口たたいてんじゃねーよ!」


 セレーナに浴びせられる罵声。投げつけられるゴミ。近衛兵を制止する合図を送り続けるセレーナ。あのピンク色のドレスを見る限り、変態王の娘だということは動かしがたい事実だが、この景気が長期化する保証が無い。まあ、言われてみればその通りか。国家レベルでやれることは、所詮景気対策止まり。それを持続させるかどうかは、その国民が決めることだ。ということは……うん、至極真っ当な意見だ。放っておこう。


「じゃあ、セレーナ。お疲れー。俺、先帰るわー」

「クロト……私が貴方の行動パターンを解っていないと思っているの?」

「なん、だと……?」


 さっきの近衛への手の合図は、市民へ危害を加えないで、ではなく、絶対にクロトを逃がすな、という命令だったらしい。俺は羽織っていたローブを剥ぎ取られ、犯罪者のようにセレーナの横に連れてこられた。


「私にはこの国の未来が明るくなるかどうかは解りません。この国の景気が何年持続するかも私には解りません。ですが、私は信じてます。東の国からニートという他人とは違う人種だということで差別を受け、我が国に亡命し、生まれ故郷でないにもかかわらず、この国のため、寝食を惜しんでこの国の経済を立て直すため、今回の経済対策を立案した、ここにいる佐伯クロトの実力を、そして、私の夫となり、この国の新たな王となる方の実力を私は心から信じております」


 セレーナ、テメェ……口からデマカセいうのも大概にしろ! 心から信じてる人間に、なんで脱走防止の兵士つけてんだよ! それに、この流れだと確実に罵声が俺にくるんじゃないのか?


「今度のごくつぶしは、お前かぁぁぁあああああぁぁぁっ!!」


 や、やっぱりきたぁ……


「お前は愛人何人囲うつもりだ!?」


 いやぁ、四十八人くらいの予定だけど、そんなに体力もつかなぁ、俺……


「愛人と財産目当てじゃなきゃ、あんなまっ平らな胸の娘と結婚するわけねーよなぁ!?」


 あ、うん。まったくもってその通りなんだよね。


「お前も女装趣味の変態か!? それとも、王女様に鞭で打たれたい口なのか!?」


 まあ、将来的にはそういう方向性も探求してみたくないわけでもないが、流石にまだ早いだろう。


「国家相手に詐欺働くなんて、たいした奴だよなあっ!!」


 は、働く、だと……?

 その瞬間、俺はブチギレた。


「詐欺であれ何であれ、俺が労働したくてしたいと思ってるのか!? ニートってのはな、一日中暗い部屋にいないと死んじゃう生き物なんだよ! だけどな、俺が来たばかりのこの国じゃ、そもそも経済破綻寸前で、ニートなんかやってる場合じゃなかったんだよ! だから、この国を食っちゃ寝してても怒られない程度の経済大国にするために、他国から入ってくるものには税金をかけて、その税金は国内の新しい産業を育てるための財源にした。それを繰り返していけば、雇用も物価も安定して、いずれは国内だけじゃなく、国外でも商売が出来るそういう国になってもらわないと、俺、マジで過労死するぞ!? ここで商売している奴なら、誰でもいい。王宮よりもデカい家建てれるくらいの画期的なビジネスモデルを考え付いた奴がいるなら、好きなだけ貸し付けてやる。もし、商売に失敗しても、アホみたいな借金作る前なら、国家主導で事業計画の見直しをしてやる。労働者にアホみたいに労働させた挙句、ケチな賃金しか払わねぇ、そんなブラックな商売やってる奴がいたら即死刑な。余暇時間っていうのは、そもそも消費してもらうための時間なんだから、それを労働者から取り上げる企業は売国奴だ。最後に、これだけは言っておく。先行きの不安感とか、貯金が趣味とか言って金使わないでため込んでいる奴はアホだ! 全員があるだけ使えば、お金も物も早く回る。この国の国民全員が馬鹿デカい家に住むことだって、原理的には可能だ。全員で浪費すれば怖い物なんて何もない! 何故なら、使えよ国民! 欲しいものがあるなら今すぐ買え! 給料日まで我慢するな! 大臣佐伯クロトは、これより浪費を消費する!」


 正直、もうどうなってもいいと思った。後ろには物騒なものを持った近衛。前には俺の苦手な群衆。頼みの綱のセレーナは、もうとっくにいねぇし。状況がこれ以上悪くなりようが無いので、言いたいことだけ言って袋にされることを覚悟した。


「あの、クロト様。さっきのお話ですが、国が商売の手助けをしてくれるということなのですか?」

「当たり前だろうが。特に何かを輸出したいという者には、それなりのバックアップをする」

「く、クロト様は労働者の権利を守って下さるのですか?」

「働く時間と余暇時間のバランスが悪い国家は、必ずと言っていいほど慢性的な景気悪化を抱えることになる。労働者を守る以上に国の金の回りを良くする為に、無駄に働かせるブラック企業は国で没収して国の財源に回す」

「クロト様っ……!」


 ヤバい……質問が止まらねぇ。どうしよう……そもそも、ニートの俺が労働者の権利とか、国家の財政とか――――そんなこと知るかっ!! はぁ……早くニート生活に入りてぇ……なんでこんなに人いんの? なんで太陽光ってんの? なんで俺外にいるの? なんで俺、まともな経済学語ってんの? 国家の企業って、ブラック並みなわけ? ニートの俺、働かせるとか、人権侵害通り越して虐待だぞ。これ。


「クロトクロトクロトクロトぉっ! 大変大変大変大変!!」


 あー……げっ歯類の鳴き声の幻聴が聞こえる……俺、死ぬのかなぁ……


「ねえねえねえねえっ! よく解んないんだけどさ。エルフガーデンの大臣がいきなり乗り込んできてさ、今すぐ借金返せって言ってきてるんだけど。すぐに戻ってきてよ!」

「はあ!? おい、げっ歯類。詳しい話聞かせろ!」

「えっと、だから……国債の束持ってきて、現金か土地か、物品で返せって言ってきてんだけど……」

「はぁ……お前に聞いた俺が馬鹿だった。そんな説明じゃ何にも解らん。とりあえず、王宮に戻るか……」


 げっ歯類の説明では何が起きているのか、さっぱり解らないまま、若干なりとも状況を把握している人間を頼るべく、俺はげっ歯類と一緒に王宮に戻ることにした。





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