第一章性犯罪者から始めるマクロ経済学
はじめまして、嵩夜ゆうと申します。
角川、富士見文庫、電撃文庫、Dダッシュ、講談社などの新人賞に送り、毎回、三次審査までいくのですが、何か一歩踏み越えられないような自分自身の壁を感じまして、こちらの方に小説をアップすることにしました。
私自身、ライトノベルで難読症をある程度克服した経験から、そんな奇跡が起こせたらいいなと願いつつ、書き続けています。
書く速度はすごく遅いので、月一更新になってしまいますが、ストーリーのラストまで見守っていただければ、すごく嬉しく思います。
第一章性犯罪者から始めるマクロ経済学
――牢屋
「なんでこうなった!?」
「当たり前でしょうが! 札束が入った袋で局部を隠しながら歩いている人間なんて、不審者以外の何者でもないでしょうが!」
俺は茶色い囚人服のようなものを着せられ、俺の唯一の所持品である札束の入った麻袋三つをテーブルに乗せられ、何故か白いローブを着ている赤髪カチューシャの、すっげー気の強そうな女の子に逮捕され、尋問を受けるハメになっていた。
「きちんと隠してただろうが! それとも何か!? この国には、全裸で札束を持ち歩いちゃいけないっていう法律でもあるのか!?」
「全裸で外を歩いちゃいけないっていう法律なら、どこの国にもあると思うけど? それよりも貴方、名前は?」
「佐伯クロト」
「サエキクロト? 変わった名前ね……クロトが名前なの?」
「そうだ。で、そっちは名前なんていうんだ?」
「私? 私はセレーナ・ドゥ・モンクレーヌ……って、やっぱりないわね。ねえ、クロト。貴方、何者なの? 生体履歴の登録が無いんだけど?」
「なんだ? それ」
質の悪い紙をぱらぱらとめくるセレーナは、何度か俺の顔と紙を見比べた後、首を傾げていた。
セレーナが首を傾げるのも当然だ。俺はこの世界に来たばかりで、しかも気付いた時にはこの街の中にいた。登録なんてものは一切していない。
さて……この状況をどうするか……
「国境のゲートを通る時に、自動的に登録されるアレよ」
「なんかの手違いじゃないか?」
「そんなはずはないわよ。他の国ならいざ知らず、うちの国の市民階級は強制的に登録させられているし、ゲートを通らなければ国境は跨げない。貴方……まさかとは思うけど……」
ん……? この雰囲気は、ひょっとしたら、俺が異世界から来たって言っても、何の不思議もないっていうことなのか? だとしたら、話は早い。
「そう、実は俺――――――、」
「全裸で街中歩きたくって、わざわざ高位の魔法を使ってまで密入国してきた変態ね!」
「なんでそんな結論になるんだよ! 断じて違うわっ!!」
「じゃあ、なんで生体登録されてないのよ! なんで全裸で札束持って歩いてたのよ!」
「俺は、ただ――――――金が欲しかっただけなんだ!」
「嘘ね」
「なんでそうなる!? この国じゃどうか知らないが、俺が元いた世界じゃ、これ以上ないくらいの短絡的で、稚拙で、誰もが信じる言い訳だぞ!?」
「だって、この国のお金に価値なんてないもの。嘘を吐くなら、もっとまともな言い訳にしなさいよね……って、クロト。貴方……今、妙なこと言わなかった? 元いた世界って、どういうこと?」
「そ、そんなこと、俺、言ったか?」
「ええ、言ったわ」
「気のせいだと、思うぞ?」
「なら……はい」
セレーナは立ち上がり、俺たちの真横に設置されている鏡に手を触れると、少し前の状況がその鏡に映し出された。
しかも、ご丁寧にも音声付きで。
「こんなの反則だろうが!」
「取り調べの風景を時の鏡で残しておくのは、どこの国でも常識よ? それに、貴方が変態行為に及ぶ前に、服屋で、とてもこの世のものとは思えない服を売ったらしいじゃない」
「ぐっ…………ああ、そうだよ! 何故か俺は平和なニートライフを送っていたのに、こんなハイパーインフレが起きてる、経済が壊滅状態の国に訳も解らず飛ばされてきた、異世界人ですよ! 全く……なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだか……ルイーダの酒場にいたキャラクターからぬののふく剥ぎ取って売って返して、また剥ぎ取って売って返してって繰り返した罪か? それとも、ガラハド殺して剣を売っぱらった罪なのか? おまけに、スタート地点の国が事実上経済破綻してるわ、国民のほとんどがそれに気付いてないわで……この国、本当にどうなってんだよ。大方、少し国の財政が傾いた時に、財政の裏付けも無しに紙幣刷りまくったんだろうけど、どんな馬鹿でも気付くだろ。そんなことしたら、インフレが止まんなくなって、ジリ貧になるって。ご利用は計画的にって、サラ金の窓口にも書いてあるだろうが……今ならまだ立て直しようもあるのに、それすらしないで単純に戦争しようなんて……この国の王様、一体何考えてんだ……?」
「ちょっと待って。クロト、今、なんて言ったのよ」
「ああ? だから、国家の資産と信用を大幅に超えた紙幣の発行なんかしたら、物価なんか上がり放題になるだろうって話」
「じゃなくて、その後よ」
「その後? ……ああ、今ならいくらでも立て直しが出来るにもかかわらず、単純に戦争やろうだなんて、頭わいてんじゃねぇのか? ここの王様」
「立て直すって、一体どうやってよ!?」
今まで座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がったセレーナは、何故か俺が言った当然のことに驚いているようだった。
「そうだな……まあ、方法はいくつかあるが、手っ取り早いのは通貨の切り替えだな。ただ、それをやるにはいくつか条件が必要だから、ひとまずは通貨の追加発行の差し止めと、段階的に国有財産から割り出した発行限度額を超過している分の通貨を十年利回りの国債か、国営企業の株式に変換するか、国有財産で移動が可能なものは他の国に売却するとかだが、この国の失業率は18%から23%くらいの間だろう。その失業者の雇用対策も問題になってくるわけだが、まあ、それは新しい産業を生み出せば、そこに需要と供給が生まれるから、すぐに解決できるからいいとして――――問題は、それを行う資金の捻出先だな。この国のぺんぺん草も生えない経済状態じゃ、どこかから借りてくるわけにもいかないだろうしな。この国のインフレがいつから始まったのか解らないが、あのふざけた0の数からいって、かなり短期間のうちに800倍から1200倍の間のインフレが起きたっぽいし。こんなこと起きたら、普通は暴動ぐらい起こすだろうが、それなのに、何故かブルーカラー以下は安穏と生活してやがる。これだけでも十分ガクブルな状況だが、更にとんでもないのが、人件費と人材のアンバランスから起きる優秀な人材の他国への流出で、これは流石にダンピング禁止法のような法的処置が必要になってくるかなぁ。あ、それと――――」
「ちょ、ちょっと待って。クロト」
「なんだ? やっぱお前も俺の話は難しすぎるのか?」
「そうじゃないわ。なんで貴方、そんなに正確な数字が言い当てられるのよ」
「ああ、それか。こっちの世界にも計算機とかあるか?」
「当然でしょ? だから驚いているんじゃない。貴方が今言った数字って、何人もの専門家が計算した数字を全て集めてやっと出てくる数字なのよ。それを貴方は、計算尺も紙すらも使わないで、どうやって計算したというの?」
「俺、ニートだからさ」
「にーと? もしかして、貴方の世界でトップクラスに優れた人材のこと?」
「いや、どっちかって言うとその逆で、廃人というか、二酸化炭素生成装置とか、呼吸する粗大ごみとか呼ばれてたりするけど……って、そんな話はどうでもいいんだよ! とにかく、俺は働きたくなかった。だから必死にベッドからも動かず、手足も極力動かさないで金を稼ぐ方法を勉強しようとしたんだが、紙と鉛筆と電卓を持っている時に、はたと気づいた。電卓打って数字を紙に書き込むのって、面倒臭くないか? 全部頭の中でやった方が早くね? で、気付いたらこうなってた」
「えっと……つまりは、こういうこと? 紙に数字を書くのがだるいから、頭で全部やろうとしたってことなの?」
「まあ、それ以前にも色々あってこうなったんだが、要約するとそんな感じだ」
「嘘でしょ……何かの間違いでしょ。こんな自堕落な人間が、しかも、街中を全裸で歩くような変態が……ありえないわ……」
「なあ、セレーナって言ったか? お前、多分ある程度は偉いんだよな? 腰に高そうな剣さしてるし。その割には手も爪も綺麗なまんまだし。ってことは、管理職級の偉い奴って思っていいんだよな?」
「だとしたら、何?」
「俺、この世界でもニートやる予定だから、戦争とか起こされたら困るんだよな。昼間まで寝ていたいし。元の世界に帰る方法は、人間が健全に生きれる為の、食う寝る遊ぶを潤沢に供給してもらえるようになってからにするとして、とりあえず、この国のハイパーインフレと失業者の雇用対策を今から紙にざっくり書いてもらうから渡してくれ。あ、あと、ここの牢屋、暗くて飯も上手いし、狭くていい感じだし、起きるのタルい時は小の方は寝ながらギリギリすませられそうなくらいだから、しばらく住んでていいか?」
この世界の字が書けない俺は解りやすくイラストで、雇用対策諸々を書き、セレーナに説明しようとしたのだが、説明の最中、また起きて欲しくないことが起きてしまった。
「佐伯クロト。貴方を釈放します」
――王宮 ゲストルーム
「だーかーら! なんでこうなった!?」
市場が動くのは秒単位。一秒先は天国か地獄。一分で数十万円程度の損失が出ることも普通にある。
俺には絢爛豪華な調度品も、寝心地の良いベッドも必要ない! 古来より日本人は、起きて半畳寝て一畳という信念を持った民族。ニートの生活は、まさに江戸末期の浪人に等しい。言い変えれば、ニートこそが、ジャパニーズサムライの正統な後継者と言っていいくらいだ。にもかかわらず、非情なセレーナは俺の抗議を無視し、巨大且つ、日差しが差し込み、絶対に昼間まで眠れないこの部屋に、ニートのこの俺を幽閉したのだった。
「なあ、セレーナ。一つ聞かせろ」
「何よ。釈放してあげた上に、王宮に部屋まで用意してあげて、衣食住すべて面倒を見てあげて、更には大臣の称号もあげるっていうのに、それの何が不満なのよ」
「根本的に、それがぶっとびすぎてるだろうが!」
「クロト、何が変なのよ。才能のある人間がそれなりの職責につくのは、当然のことじゃなくて?」
「おまえ、この国の警官か、兵士か、とりあえず、悪い奴を捕まえる仕事をする人間だろ? それが、なんで王族みたいな権限を持ってるんだ?」
「話をすれば長くなるわ」
「どんだけ長い話でも聞いてやるから、いいから話せ」
「この国には、他の国が知らないような膨大な魔法が存在するの。でも、四百年前。その多くの魔法の使用を禁止し、それに関わる魔道具や文献の類はすべて王家が没収した。今では、王族になったものしか入ることが出来ない禁書庫に厳重に封印されている。その中に、どんな願いでも叶えるという術式の文献を見つけた者がいた。そして、この国の経済を立て直して欲しいと願った。そして、現われたのが、貴方」
「ひょっとして、お前……」
この独特の嫌な感覚には覚えがある。投資家のほとんどが予想もしていないハプニング。いわゆる、地政学的リスク。そのリスク要因が発動するのではないかという、寒気にも似た悪寒。俺が起きて欲しくないことが起こりそうな前兆。最初から、この女はおかしいと思っていた。腰に剣を指しているのに、細くて白い手。書類を読むスピード。違和感だけはずっと感じてはいたが――――
「そう……この私がアーデン・エルデ王国第五十七代当主。つまり、この国の国王よ」
「って、やっぱり犯人お前かっ!」
俺は一も二も無く、セレーナに掴みかかった。
「なっ!? 何よ、いきなり!」
「いいから帰せ! ただちに帰せ! 今すぐ俺の牢屋に帰らせろ!! 俺はな、一分一秒も働きたくないんだよ! ニートってのはな、働いたら死んじゃう生き物なんだよ!」
「ご、ごめんなさい、クロト……私は、帰らせる方法を知らないの……」
「なん、だと……それ、本気で言ってんのか……?」
そのセレーナの俯きがちに涙さえ浮かべながら紡いだその言葉に俺は絶望した。
アニメやゲームなら、飛ばされる奴は不遇な人生を送るごくごく普通の人間で、お決まりのパターンとして、自分が理想としている世界に飛ばされる。だが、俺は違う。場所なんて関係ない。世界なんてどうでもいい。とりあえず、俺は働きたくないんだよ!
「ええ……そもそも、私が願ったのは、この国の経済を救うこと。まさか、それが出来る人物を全然違う世界から召喚してしまう魔法だなんて、思わなかったの。取り返しがつかないことをしてしまったと思っているわ……」
今にも泣き出しそうな表情で話すセレーナを目の当たりにした時、生まれて初めてこの子のために、他人のために何か俺に出来ることは無いのか。そんなことを考えている俺がいた。
「先代の王は大変偉大な方で、千人以上の愛人を囲い、毎日のように大臣たちと豪華な晩餐会を開いていました。ですが、ある日。ご高齢にもかかわらず、三十人の愛人と一夜を共にした無理がたたって腹上死……娘の私が跡を継ぎましたが、父のようには上手くいかず、この国はかつてないほどの危機に瀕しています。お願いです、クロト。どうか、この国を救ってくださいませんか?」
「だが断る!! つーか、もっとオブラートに包んで説明出来なかったのか!? そんな身も蓋もない話を聞かされて、労働意欲なんかわくか! いっそのこと、戦に倒れて死んだみたいな、適当な嘘吐かれた方がよっぽどマシだったわ!」
「で、ですが、お父様は、王の真の戦場は寝室だと仰っていましたし……」
「やかましいわ!! 夜のバットで三冠王とか、俺の性剣を湖に投げ込む時が来たとか、いらねぇんだよ! ってなわけで、俺大臣辞めるから。厚生年金と共済年金と退職金と天下り先寄越せ。ド変態王の娘が。渡りは三回までとか、そういう縛り無しな。一日おきに退職して、二十社くらいから退職金もらうから。なんだったら、何とか記念館名誉会長とか、仕事があるのかどうかすら怪しいような肩書きだけで金が入ってくる3セクの幽霊職でもいいぞ」
「……人がせっかく、しおらしいふりしてアンタみたいな全裸変態にお願いまでしてあげたっていうのに、その言いぐさは何よ!」
「おいおいおい。あっさり本性むき出しにするとか、交渉手段では下の下だぞ。変態王の娘なら、もうちょっと頑張ってみろよ。マゾ的な意味で」
「そうよ。私の父はド変態よ! 最低のゲスよ! 夜な夜なムチの音と女の子の悲鳴が聞こえたり、ある日寝室からお父様のうめき声が聞こえて、近衛が駆けつけたら三角木馬に乗ってたド変態よ!」
実の父親の愚痴を話し始めたセレーナは、俺を調べた時の凛とした表情でも、つい数分前のしおらしいお嬢様ふうの縁起でも無く、女の子が絶対に人前ではしてはいけない酷い表情をしていた。
「せ、セレーナ……ぶっちゃけるにしても、質と量は加減して欲しいんだが……」
「こんなの序の口よ! ある日王室のお抱えの店からピンクの可愛らしいドレスが届いたと思ったら、それは私のじゃなくて、お父様のだったのよ!?」
「あー……あの店にあった、俺が着れるサイズのアレって、そういうことだったのか……」
「何この程度で引いてるのよ! この際だから、洗いざらい――――!」
「セレーナ、もういい! やめてくれ! なんか精神的に何か吐きそうだ!」
事情と本人の性格はともかくとして、父親の急死で破たん寸前の国を救おうとする美少女。俺も父親を失った。そして、俺は逃げた。だが、セレーナは立ち向かおうとしている。
似たような境遇だからなのか、こいつの父親が天国で笑いながら娘を見守っている姿を俺は柄にもなく、想像してしまった。会ったことのないセレーナの父親が、ピンクのゴスロリドレスを着て、優しく微笑みながら見守る姿を――――って、なんておぞましいものを想像したんだ、俺は!
「お父様はそんなマゾで、女装とSMが大好きな、建国以来最低の王様だったから、愛人が千人もいたにもかかわらず、即位しようだなんて子供もいなくって、全ての子供が継承権を放棄した程よ! だから、私がなったのよ! まったく……年頃の娘になんてもの見せてくれたのよ……! 究極はね、クロト」
「もういい! セレーナ、お前の気持ちは十分に解った!」
俺は自分が気に入ってる会社の株式を購入している。それで何度か敵対的TOBの交渉の席に座らされたことがある。早い話が、会社が乗っ取られないようにする為の交渉の席だ。そんな一ひきこもり学生がいたら場違いな席であっても、俺は決して自分の意思を曲げることは無かった。何故なら、俺の二次元嫁や3D嫁を作ってくれる会社を、ゲームのことなどろくに知らず、ただ儲かるからという理由だけで会社を買おうとしている金の亡者たちから、俺の嫁たちを全力で守りたかったからだ。だが、セレーナの脅しは、そんな大規模買収グループの脅しを、俺のサーキットブレイカーが起動するほど上回っていた。
「セ、セレーナ。お前の気持ちは十分によく解ったから。とりあえず、この世界の経済システムとこの国の人口、地図。それと、この国でとれる価値のある資源のリスト。それから、物価のデータと秘書が欲しい。用意出来るか? 変態娘」
「それだと私が変態じゃない! 変態はお父様なんだから、変態王の娘に言い変えなさいよ!」
「セレーナ。いいことを教えてやろう」
「何よ」
「その人間の性質特製の一部は、子供に引き継がれることがある。今はそうじゃなかったとしても、この先お前は一体どうなっていくんだろうな。そもそも、お前が母親の体に宿った時、二人はどんなことしてたんだろうな」
「ああああああああっ! いやいやいやいやっ! 聞きたくない聞きたくないっ! そんなの聞きたくないっ! 私も想像しなかったわけじゃないけど! それでも! だとしてもっ……!」
「セレーナ、お前が悪いんじゃない。君の父上が悪いんだよ。君の生まれの不幸を呪うがいい」
「呪いまくってるわよ! そんなの!!」
「んじゃあ、変態娘。俺が言ったもの、さっさと用意しろ。あ、四十秒でな」
「出来るわけ無いでしょうが! この露出魔! 今から用意するから、待ってなさいよ! ああ、少なくとも一、二時間はかかるから、その間どれだけ露出しててもかまわないわよ」
「ああ、全裸待機して待っててやるよ!」
そう吐き捨てると、セレーナは部屋から出ていった。
あのアマ……いつかエロ同人みたいな目に遭わせてやる……! それにしても、こんな経済的にもはやほとんど手の打ちようが無いほどボロボロになった国で、なんで俺が働かなきゃいけなくなっちゃったんだ……?
俺はとりあえず、高々と積み上げられて見栄えだけはいい、価値がもはや紙切れ同然になっている札束を見つめながら、今後のことを考えた。
そう言えば、セレーナは言っていたな。この国の経済を立て直したいと願ったら、俺が現れたって。俺なんかよりも、ずっと金を稼いでいるトレーダーなんかは吐いて捨てるほどいるのに……なんで俺なんか…… それに、俺の専門は投資投企の類であって、マクロ経済はほとんど専門外と言ってもいい。
マクロ経済とミクロ経済とでは、そもそも概念が違う。トレーダーが自身の純利益を超える借入をするのは、論外中の論外だろう。マクロ経済では、その概念は当てはまらない。国債の発行量を常に赤字状態にしておくことによって、通貨の価値を下げ、対外貿易を有利に進めるという古典的な戦術から始まり、一部のセクターに優秀な人材が偏らないように、そのセクターに厳しい法律を作り、成長をわざと鈍化させ、人や資源が一部に偏らないようにするといった、トレーダーには縁もゆかりもない、繊細なコントロールが求められる。そして、無論、俺は生まれてこの方、そんな業務に携わったことなど、ただの一度もない。
俺は改めてここに飛ばされた原因になった手紙を、窮屈な服の内ポケットから出した。
「本当の自分、か……この世界でマクロ経済を勉強しろとでも言っているのか? この手紙は。それとも何か? 働けニートが! と、でも言いたいのか? どう考えても人選ミスだ、これは。なのに――――――――なんで俺なんだ……?」
俺は早く日本に戻りたいのにな…………待てよ。ひょっとしたら、経済を立て直したら、即行であの天空のひきこもり部屋に戻れるんじゃないのか? そう、セレーナが願ったのは、この国の経済を立て直すことであって、立て直してしまえばこの俺は用済み。つまり、この世界にいる理由はない。帰れる可能性は0ではない。
「露出魔の大臣。欲しいって言ったものと、あとご所望の秘書をつれてきてあげたわよ。これで満足?」
40秒とまではいかないまでも、わずか40分でこの広い部屋が狭くなるほどの膨大な資料と共に、セレーナが戻ってきた。
「はろはろー! 本日付けをもって財政大臣付き秘書官に任命されちゃった、リネア・スイベルですっ! よっろしくー!」
「すみません。チェンジでお願いします」
高身長で、長く艶やかな髪。グラマラスなボディに若干似合わないが、そのギャップがまた良い、眼鏡をかけた美人秘書がくるのを期待していた――――が、現われたのは、頭の足りなさそうなげっ歯類だった。
資料が入った木箱の脇から現れたそいつは、低身長で茶色いポニーテール、元気だけが取り柄ですっ! と言った感じの、大きなお友達から危ない視線を浴びせられそうなほどのロリっ娘だった。
「あのね、クロト。この子はね、昨日まで大臣だったのよ?」
「そうか。成程な。異世界なのに言葉が通じるのはおかしいと思っていたんだ。あれはどうやら一時的なものだったらしいな。すまない、セレーナ。君が何を言っているのか、よく解らないよ」
この頭からしっぽが生えた茶色い毛並みのちんまいシマリスみたいのが元大臣!?
「あっ、そうか。この世界、異世界なんだからリス的な極めてあったま悪そうな奴が大臣ってこともあるのかー」
「クロト、貴方ふざけてるの? あったま悪そうとか。クロトこそ、露出魔の変態じゃないのよ! 言葉はちゃんと通じてるわよ!」
「ふざけろよ! このちっこいシマリスみたいなのが、この国の大臣? あったま悪そうな返事して入ってきたこいつが!?」
「ちょっとちょっと。あったま悪そうってなにさ! セレーナお姉ちゃんに頼まれて、昨日まで、このあたしがこの国の財政を預かってたんだからね! それなのに、会って数秒でそんなこと言う? これでもあたし、元大臣なんだけど?」
俺はまるで迷子の子供に、『お母さんかお父さんか、危ないお兄さんはどこかな?』と質問をするような感じで目線の高さをシマリス……もとい、リネアに合わせ、質問をした。
「んじゃあ、質問な」
「なにさ」
「公共工事を行うとする。国の金庫に金は無い。お前はどうする?」
「お札をいっぱい刷るー!!」
「次の質問。税収が伸び悩んで、次の年の賃金が払えない事態が発生したとする。お前はどうする?」
「お札をいっぱい刷るー!!」
「最後の質問だ。これはすごく難しい問題だから、よーく考えて答えろ。そこに積み上がっている札束があるよな。今では、その量でちょっといい服を買って、外食して、宿に一週間も泊まれば無くなってしまうような金なんだが、こんなの持ち運ぶのにも支障をきたすよな? 紙幣というのは、金貨や銀貨を持ち歩くと重たすぎるので作られた制度なんだが、この状況では本末転倒だろ。お前はどうする?」
「確かに、これじゃあ重たそうだね。うん、わかったよ」
「答えを聞こうか」
「0の桁を増やしたお札をいっぱい刷るー!!」
「ただちにクビだ! 今すぐ帰れ! ……駄目だ、この国。もうどうしようもない……」
俺はわずか数十秒で絶望させられた。
本当にこの国、立て直せるのか……? これ、流石に無理ゲーじゃないか……?
「ちょっと、クロト! なんでこの子がクビなのよ!?」
「そうだよ! いくらなんでも酷くない!? セレーナお姉ちゃん、本当にこんな横暴な奴と結婚するつもりなの? いくら財政が傾いてるからってさ、セレーナお姉ちゃんくらい可愛かったら、男なんかいくらでも寄ってくるのに」
「おい、ちょっと待て」
「なにさ」
「ちょ、ちょっとリネア……! まだそのことは話してないのよ……!」
「は……お、おい、セレーナ。今の話、詳しく聞かせてもらおうか」
け、結婚って、なんだ……? リア充どもの終着駅で、別名 人生の墓場と呼ばれる、あれか? つーか、なんでセレーナは顔を赤くしながらもじもじしてるんだ……?
「えっとね、クロト。この国では、財務も政務も外交も、王家だけが行わなければならないのよ。こんな状況じゃなければ、こんな非常手段とりたくはないんだけど……王族と、その側近から順に国を出るなんて異常事態が起きてるから、外交、内政ともに人材が足りなさすぎるのよ」
「つまり、俺は今は大臣だが、それは結婚を前提とした仮の役職ということか?」
「王族の結婚相手が、どこから来たのかよく解らない、身分がいやしい者なら、国の信用にかかわるでしょ」
「ということは、俺は次期国王ということでいいのか?」
「わ……私と結婚するわけだから、そういう認識でいてもらえると、その……助かる、わね……」
「よっしゃキタコレーーーー!!」
セレーナのその一言は、ニートである俺の労働意欲をストップ高まで押し上げるに十分すぎる一言だった。
「く、クロト……? あ、あくまでも、形だけよ……?」
「正妻がこいつだというのはまさに悪夢だが、俺が国王になったら千人ではちょっと体力がもちそうにないが、これから下半身のトレーニングを続ければ、厳選して四十八人の奥さんをもってもかまわないということだよな? まあ二次元には、既に嫁が三百人ほどいるんだが……それに、セレーナの話を総合するに、どうもちょっとやそっとのゲスなことは許されるらしいし。それと、先代の王は事実上、仕事をしていなかった。衣食住、そして、女の子。全てがそろう……まさか約束の地カナンがこんなところにあろうとは……! よし結婚しよう! ただちに結婚しよう! 元の世界のリア充どもめ! 俺のスーパーリア充ハーレムっぷりに、嫉妬の弾幕を浴びせるがいい!!」
「ちょっとクロト! 正妻が私で悪夢って、どういうことよ!?」
「いや、体つきはフィボナッチオ数列から割り出される値にかなり近い。顔の造作もかなり整ってはいるけど、その気が強そうな目は好みじゃないな。それに性格もなぁ……アレだしなぁ……あと一ヵ所だけ……黄金比からまるでド外れしてる、スイスフランの一日の動きの棒線グラフみたいになってる箇所……これは問題だな」
「……貴方が何を言っているのかよく解らないけど、その視線から私の体の一部を馬鹿にしていることはよーく解ったわ。もうっ……なんでこんな男が、この国の救世主なのよ……! なんで形だけとはいえ、結婚しなきゃいけないのよ……!」
「セレーナお姉ちゃん。あたしが言うのもどうかと思うんだけどさ、本当に考え直した方がよくない?」
「仕方がないのよ……このゴミは、ゲスで変態で露出魔だけど、これ以上ないくらいクズ発言するような最底辺のサルだけど、経済の天才なのよ。この国に来て、たった数時間で国家の状況を把握出来るような、とんでもない天才なのよ……」
「俺は、ここに宣言する!」
「何を宣言するの。この変態。露出魔」
「ハーレムニートに、俺はなる!!」
「……もう好きにすればいいわ……」
セレーナは項垂れていたが、形だけの正妻なんてどうでもいい!
俺は、ハーレムニート王になってみせる!!