偽神暗鬼
今日、俺の目の前で二人の男が死んだ。
一人は、俺が肝臓の半分を奪った男だった。
もう一人は、老いぼれだった。
家族と呼べるものもなく、たった一人で俺の前に現れた。
俺はそいつから、金と尊厳を奪った。
昨日は部屋から三人が消えた。
最初にあった時は血まみれでボロボロの女だった。
生きてるのがやっと、と言うよりかは、呼吸すらままならないほどに弱ったそいつに、とりあえず俺は刃を突き立て、肉を断った。
もう一人は、古くから部屋に閉じ込められたガキだった。
晴れてようが雨が降ってようが窓ばかりを見てる、そんな面白みもないガキだった。
数年前、俺好みのニュースが飛び込んできてから、俺はそのガキを見ていた。
朝だろうが夜だろうが関係なく、俺はそのガキを見続けた。
しばらくして、そいつは部屋からいなくなった。
昨日消えた奴らの最後の一人は、特にいうこともない男だった。
ごくごくありふれた、ここではそこまで異様ではない男。
そいつもまた、ごくごくありふれた顔で、当たり前のように部屋からいなくいなった。
一昨日以降にどんな奴らがどんなことでどうなったのか、俺は覚えていない。
記憶は鎖だ。思い出なんぞといえば聞こえはいいかもしれないが、過去の刹那に意識を囚われているに過ぎない。
俺がすべきことは、意識を奪い、肉を、骨を絶ち、一人ずつ一人ずつ、人生を狂わせていくこと。それだけ。
時折思うことがある。
自分は、神なのではないかと。
この手で、この目で、この頭で、誰かの一生を好き勝手に出来る。そんな、人の生に干渉できるのは、人の身に余る事だろう。
ならば、俺は神なのだ。
肝臓に悪性の腫瘍ができた男、あそこまで進行していても、俺はあの男の肝臓半分と引き換えにあいつに天寿を与えてやった。
家族もない、金もない。でも夜中に急患で運ばれてきた老人。
意識もなく、呼吸もしていない。でも脈はある。
俺にはわかった。何も出来ることはない。
各種チューブに繋ぎ、延命措置を施した。金はあとからたんまりもらってやる。だから、そのためにも生かすのだ。死なせはしないのだ。死なせて、なるものか。そう思っていたのに。
交通事故に巻き込まれた女。ひどく打ち付けられたのだろう、抱いていた赤ん坊こそ無傷だったが、骨という骨が折れ全身血まみれだった。傷口にはガラス片が入り、折れた骨も内蔵に傷をつける。
摘出手術が優先だ。
結果は、言うまでもない。 赤ん坊は、笑う目元が母親のそれに似ていた。
先天的に体の弱い子供がいた。 外で遊べないそいつは雨だろうが晴れだろうが、外をずっと見ていた。
俺はそんな退屈を好かない。
いつしかそいつは、外で遊ぶ子供たちの一員になった。
治療用の新薬の開発に成功したという知らせを受けてからの付き合いの子供だ。
感慨は、なかった。
もう一人の男は、この病院では本当にありふれた、骨折だった。
固定しておけばある程度放っておいても大丈夫だし、俺はそこまで気にしていたわけではない。
それなのに、こいつも、なんでかは知らないが、この病院を退院するとき、嬉しそうに、ありがとう、なんて言うんだな。
ここまで来るのに、俺は何度も失敗をしてきた。
ここまで来るのに、、目の前で多くの命を看取っていった。
記憶は鎖だ。患者がどんな表情だったか、遺族がどんなことを言っていたか、覚えていたらこの仕事はできない。
俺のすべきことは、そこで死ぬはずだった命を救い、その人生を狂わせることだけ。
神が人を創りたもうたのなら、神が人の生を弄ぶというのなら。
俺は今日も、神になる。
生と死を見つめ、心を捨ててしまえば楽なのかもしれないと思う中で、あなたはヒトをやめられますか?