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ヒント1 秋斗さんは女子とイチャイチャしたい

 

 

 秋斗は、獲物を見つけた。

 何故か知らないが、学校の回りをビクビクしながら徘徊している少女。

 秋斗の目にも、彼女がそう(・・)である事は一目瞭然だった。

 これは、声を掛けねばなるまい。

 

 秋斗は、幽霊もびっくりな隠密機動を用いて少女の背後に立つ。

 そして、絶妙のタイミングで肩に手を掛けた。

 

「よっ、新入生!」

「ひゃああああああっ!?」

 

 絶叫が辺りに響き渡る。

 突然肩をつかまれるなど、思いもしなかったのだろう。

 女の子は悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。

 腰を抜かしたのか、その場でへたり込んだまま動かない。

 ただ秋斗の方を振り返り、口をパクパクさせるだけだ。

 

「なんだ? 金魚のまねか?」

「違いますっ!」

 

 涙目でこちらを睨む少女。

 華奢な女の子だ。折れてしまうのではと思うほど細い腕、細い腰。長い髪。その辺のオバちゃんに捕まったら「あらあら、ちゃんとご飯食べてるの? ちゃんと食べないとだめよ。でないと健康な子供が産めないから。あらやだ私ったらお節介オホホホホ」と弄られまくるであろう。

 

 やや細すぎる気はするが、見た目はすっごく可愛い。

 そして、誰かさんとは大違いの可愛らしい声。

 ほんとに、だれかさんとは、おおちがいの

 

「いだだだだだだだッッ!?」

「はーい、女の子を苛める外道は地獄に落ちようねー」

 

 アイアンクロー。

 男の子を苛める外道、瀬奈が得意とする必殺技だ。

 おもに、怒りゲージがちょびっと溜まった時に使用される。

 ちょびっとでこれだ。MAXまで溜まった時にどうなるかは、想像もしたくない。

 

 秋斗の顔面を解放した瀬奈は、ぱんぱんと手をはたきながら少女の方へと向き直る。

 中身は凶暴極まりない極悪非道な瀬奈であるが、外面は良いからだろうか。瀬奈を見た少女の方も、例に漏れずやや表情を緩めた。

 

 瀬奈は、同性にモテるタイプだ。

 さばさばした性格に、ショートカット。

 小柄ながら、いかにも運動部員ですといった雰囲気。

 友人が多かったのも頷ける。

 

 

 少女が緊張を緩めたのを見て取った瀬奈は、微笑を浮かべて少女と目を合わせた。

 うさんくさい、この笑顔。

 

「あなた、見ない顔ね。どうしてここに?」

「あ、はい! 一応、ここの学校の生徒ですっ。今までずっと入院していたので、一度も学校に来れませんでした!」

「んー? そういえば聞いた事あるなぁ。へぇ、あなたが」

「はい! 私、笹木(ささき)ハルカといいます。どうぞよろしくお願いします、先輩方っ」

「私は瀬奈。よろしくね、ハルカ……さん」

「俺は秋斗だ。ふふ、先輩。先輩か! いい響きではないか」

「秋斗。気持ち悪い」

「ひどっ!?」

 

 アイアンクローの傷も癒えぬ間に、今度はメンタルにダメージを受ける。

 ジト目の瀬奈は、容赦ない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「んじゃ、最後。ここが学食ね。ここの案内を最後にした理由は、見ればわかると思うけど。やっぱ昼飯時に来ないと、どんな所かわかんないわよね」

「うわ。うわわーっ。人、多いんですねぇ!」

 

 自己紹介を交わした後。

 二人は、ハルカに学校を案内する事にした。

 いちいち大げさに驚くハルカに、秋斗は思わず苦笑してしまう。

 いくらなんでも驚きすぎだろうとは思うのだが、初めて学校に来たというのなら、まぁこんなものなのかもしれない。

 

「あっ、何ですかこれは! なんなんですか!?」

「食券の販売機だよ。それでメニューを選ぶんだ」

「へぇー、ほぉー。チャリンチャリン……ポチッ……おお、すごいっ。自分で食事のメニューが選べるなんて! 栄養管理とか、知るかこのヤローって感じですね!」

 

 ハルカは、目を輝かせてはしゃぎ回っている。まるで子供だ。

 

 ちなみに、ハルカは中学三年生らしい。

 秋斗や瀬奈の一つ下。今となっては、同い年とも言えるが。

 

「しかし、凄い喧騒ですねこれは。こんなに人が集まるなんて。人がゴミのようだごっこが出来ます」

「ゴ……? ん、まぁそりゃね。全校生徒の三割ぐらいは、ここに集まってるんじゃないかなぁ?」

「ここはかつて、俺の戦場だった」

 

 決め顔でそう告げた秋斗。

 パシンと頭を瀬奈に叩かれる。

 

 こうも気軽に頭を叩かれると、そのうち馬鹿になってしまうんじゃないかと秋斗は心配になってくる。が、すぐ忘れた。馬鹿になったって、いいじゃないか? もしかすると、もう既に馬鹿なっているのかもしれない。初めから馬鹿だったという説も濃厚だ。

 

「わっ!?」

 

 と、勢いよく接近してきた男子生徒にびっくりしたハルカが飛びのく。

 だが、飛びのいた先にも人はいるし。というか、人のいない場所なんてここにはない。

 あわあわしているハルカを見て、瀬奈は思わず吹き出した。

 

「あっはは、別に避けなくたっていいわよ。ぶつかったって、何にもなんないんだから」

「あ、そうでしたっ。すみません、私慣れてなくて。ずっと入院してたので!」

「ま、初登校だし仕方ないかな。そのうち嫌でも慣れるって」

「はい。がんばります!」

 

 ハキハキとした口調でそう言って、しゅたっと手を上げる。

 いちいち挙動が大げさだが、元気があって大変よろしいと秋斗は思った。顔、可愛いし。

 

「ついでに、私達もご飯食べちゃいましょうか。ハルカ、何か食べたいものはある?」

「え、私達も食べちゃっていいんですか……?」

「いいのいいの、どうせばれないし。何でも好きなものを選んでいいわよ」

「そうですか? じゃあ……これで」

 

 そう言って、恐る恐るハルカが突き出した手にのっかっていたのは、先ほどハルカが購入した食券。

 食券に書かれているメニューは、男子中学生に大人気。大盛りカレーだった。

 

「……か、カレー?」

「なるほど、お目が高い。カレーは基本だよな。俺もお勧めするぞ」

「なんか、予想と違うものを選択されたわ。私の観察眼もまだまだという事かしら」

「私、カレー食べた事ないんですよ。だから一度食べてみたかったんです!」

「「まじで!?」」

 

 秋斗と瀬奈の声がハモる。

 驚きだ。秋斗なんて、週に二回はカレーを食べていたというのに。

 

「あー、まぁ刺激物だし。確かに病院でカレーは出ない、のかなぁ?」

「出ませんでしたねぇ。や、無い訳ではないんですけど。私には出せないとの事で」

「へー、そっかぁ。大変だったんだねぇ」

「なら、たっぷり食わないとな。カレーのない人生なんて、コンニャクのないゼリーと一緒だぜ」

「いや、意味わかんないから」

「私、普通のゼリーの方が好きですね」

「お前らには失望したっ!」

 

 秋斗は怒りのままに米とカレーをよそおい、テーブルに置く。

 悲しみはカレーと共に流そう、胃の中に。カレーは飲み物。

 おかずは、お茶だ。

 

「え。私、カレー大盛りはちょっと。最近運動してないし」

「今更それ気にする? どうせ太らないんだし、いいだろお前。今日はカレー曜日だ」

「まー、いいけどさぁ」

「おお、いい匂いです。いただきます!」

 

 三人で手を合わせて、食事を開始。

 秋斗は安っぽいカレーの味を噛み締め、やっぱりここのカレーは最高だと確信した。そういえば、最近こうして食事を取る事がなかった気がする。せっかく学食があるのに使わないなんて、もったいない。

 

「ん、おいしいです! 思ったより、甘い……かな?」

「こういう、安さを売りにしてる所のはね。香辛料って高いから。美味しく感じるのは、たぶん油分のせい……うっ、高カロリー……」

 

 がっくり項垂れる瀬奈を放置し、秋斗は久しぶりの学食カレーを堪能した。

 ハルカも満足したようだ。細っこい体なのに、大盛りカレーをペロリと平らげている。

 カロリーを気にする大食漢、瀬奈も当然のように完食だ。

 

「ああー、おいしかったです! みんなでこうして賑やかに食事するってのも、いいですねっ」

「それには同意するわ……ふふ。でも、まだ終わりじゃないわよー」

 

 にひひと笑い、テーブルの脇に置いた鞄をごそごそして何かを取り出そうとする瀬奈。

 

「お前、まだ食うのかよ。散々カロリーがどうのこうの言ってたくせに」

「うっさい。デザートは別腹なの」

 

 やがて瀬奈が取り出したのは、見慣れた包装。

 昔は瀬奈もよく食べていた、ここの名物。

 

「あっ、お前! それは女子生徒に大人気、売り切れ必死のここの名物。パフェアイスじゃないか!」

「解説ご苦労。こっそりゲットしておいた! 最近食べてなかったけど、ハルカが来た記念という事で。今日くらいはいいでしょー。やっぱり女の子としては、甘いものがないと締まらない」

「スイーツ(笑)締まるどころか緩まるお腹……あうちっ!?」

 

 机の下で、瀬奈の踵による強打を受ける。

 横に並んだハルカに気取られないポーカーフェイス。

 まるで潜水艦乗りのような、鋼の精神を持つ女。それが瀬奈だ。

 

「秋斗さん、どうかしましたか?」

「気にしないで。こいつは突然奇声を発する不思議生命体だから」

「ああ、なるほど。病院にもよくいましたよ、不思議生命体さん」

「ちょっと待って、俺は不思議生命体じゃないから。いや不思議生命体かもしれないけど、正常だから」

 

 必死の弁明。

 だが、女の子二人は華麗なスルー。

 その目線は完全にパフェアイスにロックオンされている。

 まるで、獲物を見つめる猫のように輝く瞳。

 

 秋斗は泣いた。

 パフェアイスに負けるのか、俺はと。

 

「わわ、すごい。おいしそうです!」

「こらこら、がっつかない。こういうのは味わって食べないと」

「俺、アイスは苦手なんだよなぁ。こう、もっとガツガツ勢いよく食べたいっていうか」

「私、アイス大好きです! アイスって良いですよねっ」

「だよね! アイス最高だよね! ちょうどいい、俺うまいアイス屋知ってるんだよ。今日の放課後二人で一緒にいってぇぇぇっ!

「えっ?」

「ハルカ、気にしなくて良い。こいつは変人・変態・天邪鬼な最悪男だから、こいつを気にする必要はいったぁ!」

 

 ハルカの視界の外で死闘が繰り広げられる。

 ハルカの視線を避けてゲシゲシとお互いの脚を蹴り合う様はまさに神業。

 秋斗と瀬奈は、いつもこんな事をしているのだ。

 

「勘違いするなよ。俺が嫌な奴になるのは、お前に対してだけだからな」

「何それ。ツンデレのつもり? 愛の告白なの? 告白はもっと、女の子にドキドキさせるようなセリフで頼むわ」

「ある意味ドキドキするだろう?」

「イライラでね」

 

 不敵に笑い合う二人。

 さすがのハルカも二人が何かやりあってるのに気づいたようだが、ハルカは二人のやり取りを見てふふっと笑った。

 心底楽しいといった表情だった。

 

「ああ、いいなぁ。こういうの、ずっと憧れてたんです。私、ずっと病気で学校来れなかったから……だから、自由に動き回れて。こうして学校に来て、こうやって話せるのが。楽しくて、楽しくて!」

 

 毒気を抜かれるような笑顔。

 二人は一瞬顔を見合わせた後、バツが悪そうに視線を逸らした。

 

 

 

 パフェアイスを食べ終えた三人は、今度は学校の外の案内に移る。

 中でもハルカが興味を示したのが、ペットショップとカラオケだ。

 

「病気を貰うといけないからって、動物に触らせてもらえなかったんですよね。ふふ、可愛い。家畜どもよっ、ケモナーの私の手で果てるがいい! なーでなでなでなで」

 

 そう言い、ハルカは犬を撫で回す。

 反応が無いのが少し寂しいが、それでもハルカは嬉しそうだった。

 

「あは、犬といえば。秋斗が昔」

「わーわーわー、聞こえなーい!」

 

 秋斗の妨害活動。

 幼馴染の瀬奈は、秋斗の弱みを盛大に握りまくっている。

 自身の恥を拡散されるわけにはいかない。男の子として!

 

 

 だが、その活動は無駄だった。わかってはいたのだ、女の子の噂話を止める事などできないと。

 カラオケで秋斗が一人熱唱している間、秋斗は心で泣いた。

 トイレから戻ってきた二人の視線。それだけで、秋斗は自らの恥ずかしい過去が拡散してしまったと確信する。

 どうして女って、集団でトイレに行くんだろうな。そもそも、トイレに行く必要があるのか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「今日は、ありがとうございました。私、楽しかったです!」

「ん。楽しんで貰えたようなら何より」

「俺も楽しかったよ。良かったら、明日も来てくれよな」

「はい、是非!」

 

 眩しい笑顔。

 この子は、どうしてこんなに笑顔になれるんだろうと秋斗は不思議に思った。

 普通、こんなにすぐ笑顔になれるはずがない。

 楽しく遊びまわれるはずがない。

 

 でも、それを問いかけるわけにもいかず。

 秋斗は割り切った。わからないのなら、考えたって無駄だ。

 秋斗の歩んできた世界。秋斗の常識の外で、ハルカは生きてきたのだろう。

 そんなハルカが、楽しいというのなら。楽しみたいというのなら。

 楽しませてあげたいじゃあないか?

 

「秋斗さん、瀬奈さん。また来ますね!」

 

 夕闇の中。

 三人は、別れの言葉を交わす。

 ハルカは、この上ない笑顔だ。

 それを見送る二人も、笑顔を絶やさない。

 

 日が落ちる。

 夜の帳が落ちる。

 もう、夜だ。暗い暗い、闇の世界。

 

 

 

 ハルカの姿が消えてから。

 瀬奈は、表情を沈ませた。

 

「楽しい、ね」

 

 ぽつりと呟く。

 思わず零してしまったといった様子だ。

 

「あの子。昼食の時に、自由に動き回れるのが楽しいって言ってた。これが自由だって、そう思ってる」

 

 これを自由と呼ぶなんて、ずいぶんと悲しい話だと。

 瀬奈は、そう言いたげだった。

 以前に同じような表情でそんな事を呟いたのを、秋斗は今でも覚えている。

 

「いいじゃねぇか、自由。素晴らしい響きだ」

「……私には、とてもそう思えないけど。でも、あの子が喜んでるなら、それでいいか」

 

 瀬奈にとっては、現状は不自由極まりないのだろう。

 たしかにそうかもしれない。友人が多く、隙あらば授業中だろうとコソコソお喋りしたり携帯で謎の活動をしていた彼女だ。

 それがもう出来ないのは。日常を失ったのは、不自由と言っていい。

 秋斗には、瀬奈の気持ちがよくわかる。

 

 秋斗も。

 もしここに瀬奈がいなかったのならば、同じように表情を闇に沈めていただろうから。

 

 

「よし、俺たちもさっさと帰ろう。夜の町は、怖いから」

「……そう、ね」

 

 建物の影が二人に伸びる。

 もうすぐ、夜だ。

 

 秋斗は家路に着く。

 瀬奈も、秋斗の服の裾を掴み。それに付いていった。

 

 

 

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