桜花の群れよ、されど私は何想う
私の役目は見守ること。
桜花に埋もれしこの最果ての地で、彼の者の訪れをひたすらに待ち続ける。
凡庸でなく、かといって非凡という訳でもない。
これが私に課せられた唯一の責務というのなら、私の存在は既に死に絶えているといっても過言ではありません。
救う事もできず、捨てる事すら許されない。
ただ見守る事しか許されない私の魂は――――もう限界を迎えようとしていたのです。
桜木の根元に男が現れました。
ここに来る者は総じて渡世に陰りを持ちます。
彼の者もつまりは、真っ当な死に方をしなかったのでしょう。
私はゆっくりと男の前へと歩み寄り、その顔を覗き込みます。
ずいぶん安らかな顔をしていますね。
壮絶なる人生劇を繰り広げたのか、はては壮大なる夢の果てに倒れたのか。
どちらにしろ、悪い夢には違いありません。
男は懐から煙草を取り出し、徐に火を灯しはじめました。
これはまた滑稽な話です。
灯火は燻り灰塵へと誘う。
それはまるで、今のあなたのようではないですか。
――ここは――何処だ?
その問いに答える義務はありません。
そもそも私には、それに回答する術がないのです。
――あんたは、――誰だ?
好きなように思ってください。
そもそも私には、それに回答する答えがありません。
――綺麗な――桜だな。
無論、最果ての地に咲く桜花に汚れはありません。
世情を憂い、現世を嘆いたあなたには、さぞかし美しく見える事でしょう。
――もう一度、――見たいと思っていた。
それは良かった。
意図せず訪れた幸運ですが、最期の一時にはこれ以上ない幸運となるでしょう。
――なあ、――あんた、――あんたはいつも、――そんな調子なのか?
言葉の意味は理解しかねますが、それにも答える義務はありません。
それに、そもそもそんな雑談で時間を使っている場合でありません。
薄々理解されているとは思いますが、ここはあなたの……
――知ってるさ。――そんな事は、――嫌というほど理解している。
それならば、なおのこと……
――俺はね、――たくさんの幸せを踏み躙ってきた。――たくさんの、泣き顔を見てきた。
…………
――だから俺にはこの桜が見れただけで、――十分、満足なんだ。
ならば好きなだけお浸り下さい。
ここにはご覧のとおり、絶え間なく桜が咲き誇っています。
――なあ、――あんたには、――この桜がどう見える?
この地で万月万年と咲き誇っている桜に、文句など付けようはずもありません。
無論、私の目にもこの桜は艶やかであり、雅に……
――それは、――嘘だな。
え?
男の口から煙草の灰が零れ落ちていきます。
そして、気付いた時には、もうそこに男の姿はありませんでした。
あの男がここを訪れてから、もう何年も月日が経ちました。
しかし、いまだに私には、あの言葉の意味が理解出来ていないのです。
今日も桜は咲き誇る。
桜花の群れよ、されど私は何想う。
誰ひとりとして、その答えは教えてくれないのです。