笹原 椿(ささはら つばき)
笹原 椿
僕は、とても裕福な家庭で産まれた。父親は産まれた時に、「彼はきっと立派になるだろう。」と、口にしたらしい。
―未来なんか、わからないくせに。―
僕はすくすく成長した。父母共に、顔立ちが良かったおかげか、僕も顔立ちには自身があった。
「椿、明日から幼稚園ですね。楽しみですか?」
食事中。母親から質問された。
「うん、楽しみだよ、お母様。新しい友達を沢山作るの。」
僕はそう答えた。
「そうか、お友達、沢山できるといいね。」
父親が微笑んだ。
幼稚園の初日、僕はすぐに友達を作った。
「やあ、君、暇そうだね。」
僕が声をかけたのは、1人で絵を描く、男の子だった。
「何?」
その子は怪しげに僕を睨んできた。
「なんだい?その顔は、まるで子供の狐のようだ。」
僕がそうからかうと、彼は抵抗してきた。
「お前こそ、顔がまるで猿だな。」
顔を馬鹿にされた。
「な…僕の顔を…!」
怒りが頂点に達した。が。
「猿と狐の動物コンビだ!いい友達になれそうだな!」
彼はそう言って肩を組んだ。彼が大声で笑うので、周囲の目が気になってしょうがない。
「ふふ。」
僕も思わず微笑んだ。
「ん、これ。」
そう言って見せてきたのは彼の名前だ。
汚い字で、当時読めるはずの無い漢字を、彼が書いていたのを覚えている。
「なんてよむんだ?わ…わからない!もういい、今日から君の名前は「狐」だ!いいな!」
とりあえず僕は読めない漢字を無視する。
「狐か!いいな!狐でいいぞ!なははは!!」
そして彼はまた大声で笑った。
家に帰って、家族にその話をしたのをおぼえている。
「幼稚園はどうだった?」
母親が尋ねる。
「友達が出来た。」
僕は食事をしながら答える。
「へえ、何という人?」
「狐。」
僕の答えに両親は首を傾げ、顔を見合わせて笑った。
次の日も、その次の日も、狐は僕に絡んできた。どうやら、彼以外に友達は作れない。そう思ったが、狐がどんどん他人に声を掛けていくので、そう困る事がなかった。
そして、幼稚園の3年間がおわった。
「よお、椿!楽しかったな!」
狐は笑いながらこっちへ来た。
「狐、卒園式は悲しむものだよ。」
僕は呆れた顔で狐を見る。
「そうなのか?椿は小学校、どこ行くの?」
狐は、将来のことを聞いてきた。
「僕は、隣町の久下山小学校。狐は?どこへ行くんだい?」
「俺?俺は、どこだったっけなー、たしかー、嵐山小学校、だったっけな。」
「そうか、じゃあ、別々だね。」
僕は少し寂しかった。やはり、別れというものは辛い。
「そうだな、小学校も卒園したら、また会おうな!」
狐が悲しそうな僕に向かってそう言った。
「そ、そうだね、絶対会おう。あと、小学校は卒業だよ。」
僕はさりげなくミスを正す。
「そうなのか!ははは!!」
狐は、またいつもの大きな声で笑った。
その時、僕は、狐の卒園証書を見て、漢字を覚え、家に帰ってそれを調べた。狐の名前は一部分しか見えなかったが、調べて分かった。漢字で「たいしょう」と書かれていた。
小学校では6年間、サッカーをたしなんだ。僕はそのチームのキャプテンとして活躍し、県大会決勝戦まで勝ち進んだ。
決勝戦の相手、そのキャプテンは、どこか見覚えのある顔だった。「たいしょう」と握手をする時、僕は微笑んだ。「たいしょう」もそれに気づいたみたいで、歯を出して笑った。
結果は僕達の圧勝だった。3―0。「たいしょう」はその後、静かにコートから出ていった。試合終了間際の天気は雨。とてもしんみりした雰囲気が、「たいしょう」を取り囲んだ。
中学校。本来であれば、近くである久下山中学を通う予定だった。しかし、「たいしょう」との約束を忘れられず、嵐山中学を受験、入学後、一目散に「たいしょう」を探した。
見つけた「たいしょう」は、あの頃の「たいしょう」ではなかった。「たいしょう」は、何かを拒み、封じられている感じだった。僕は声をかけられなかった。中学を2年も過ごしても、あの頃の親友に声をかけられないまま、時間がすぎた。
部活に入らなかった僕は、落ちこぼれ扱い。一体、どこが父親の言った立派なのだろうか。何もかも、上手くは行かなかった。
「ちょっと大翔、またペン無くしたわね!?」
音華に怒鳴られる大翔。
「ち、ちげーよ!俺じゃねえ!俺じゃねえ!」
大翔の焦りが顔に出ている。僕は、そこに割って入った。
「まあまあ、落ち着きたまえ、子狐、君がやったのだろう?」
「俺じゃねえって言ってんだろ!」
そこに竜也が戻ってきた。
「はいはい、ペン買ってきたから、もう喧嘩しない。」
竜也がペンを机に置いた。
僕は、今この時間が大好きだ。こんな楽しい時間は、あの日以来だ。そして、やっと「たいしょう」の本名も、知ることができて。
ありがとう。―――。