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朝カレンダーを発見した時からだろうか、モヤモヤとしたものがアイリスの頭で燻っていた。その時はあんまり気にしていなかったのだが、考えてみたら不思議な話だ。
自分はこの世界の言葉を聞けるし読める。話せるし、書ける。
当たり前だ、自分の世界と同じ言葉なのだから。
肌の色も、文化も、思想も違う様々な人種が、生まれを辿ると一組の男女に行き着くという宗教観、それを聞いた時の漠然とした不信感。本質はそのままで、それが限りなく大きな存在へと変貌して立ちふさがっているかのようだった。
時を越えただけなのだから、言葉を話せてもおかしくないという落とし所まで考えを持っていったところまでは良かったが、ならば何故自分は魔術を知らないのだろうと、アイリスもシシーたちと同じ疑問にたどり着いていた。
その疑問のきっかけ。肩掛け式のブックホルダーに留められ、一冊の魔術書が、アイリスの腰辺りで揺れている。
「どう? アイリスは理解できそう?」
シシーはアイリスの持つ魔術書——『蝶の黙示』をまじまじと見つめている。興味深いというよりは、書かれている内容に思いを馳せているだけの姿勢だった。
「わからないけど、この本の基礎について詳しく書かれた入門編も一緒に借りたし、私ならできるってアルマさんが言ってくれたから」
二人の歩く先でツバサとガルドが三弁あやめが彫り込まれた黒いカードを指でなぞっては何かしらを話している。
アルマとの用事はアイリスが思う以上に簡便で、アイリスの予想を大幅に下回った時間で終了した。その際、機密の問題で移動した先の書庫で彼女はその本を借り受けていた。蝶は好きだし、蝶がふらふらと飛ぶさまが何処か今の自分に重なって感じられたからだった。
丘に立つヴィネルマ図書館から下っている最中、アイリス達はカードと本の話に終始した。それはヴィネルマの属する国——マドニアの城下町に足を踏み入れてからも変わらず続けられたが、元の世界でもあまり城の外に出たことのなかったアイリスが、忙しなく首を動かしてはあれこれと説明を求めるようになっていた。
赤レンガを基調とする、温かみで統一された町並み。アイリスが歩く度、踵が柔らかい音を奏でた。
雪解けの水が育む瑞々しい野菜が店先の棚に並べられ、恰幅のいい女性が大きな声で客の気を引いている。
煙突から噴煙を昇らせ、汗を拭きつつ男性が金属を鍛えている。
天気は晴天。町中から見渡す分には、アイリスの世界と大して相違ないように見えた。
「ではでは、目的を果たそうではないか、新たな仲間、アイちゃんよ」
ツバサから返されたカードにはアイリス・フランロッドの名と、司書の肩書が金色で印字されている。このカードが今、彼女がヴィネルマ図書館に所属している証になり、この世界にいることの情報上での存在証明になっていた。
情報の上では、|何処か小さな町の町娘(、、、、、、、、、、)であるアイリスは、カードを一瞥して懐のカードケースにしまった。
「ぼくのお気に入りの服屋さんに案内するよ」
ツバサを先頭に、四人は人混みに紛れていく。
大通りをしばらく、脇にそれてから数度道を曲がる。その途中、本を大量に積み込んだ馬車を馬に引かせて、学者然とした青年と彼を守るように取り囲む武装した数人の混成とすれ違った。欲に目が眩んだような、やり遂げたような、または周りを威嚇するような顔ぶれ。共通して、これから先明るいことしか起きないと確信している表情を彼らは周囲に向けていた。
「新規の遺跡か」
「あの魔術書には何が書かれてるんだろうね〜」
ガルドとシシーは違う所に関心を向けている。ガルドは本を積んだ馬車が来たことの大枠に、シシーは守られている青年が抱える小さな本について言及する。アイリスはその時になってやっと、その本に気がついた。それ程に小さかったのだ。
「手帳にしか見えない」
言葉にするならば、これが最適だった。
「手帳の形してるだけまともだよ、世の中には意味の分からないゲテモノ魔術書が転がってたりするし」
その後ツバサは読ませる気あんのか〜と叫んだ。シシーもガルドも頷いていて、これは彼らの総意だろうとアイリスは察した。
「それにしても、嬉しそうでしたね」
学者然とした青年が嬉しそうにしているのは分かる。馬車に収まっているのは知識の宝庫だ。けれど、まわりの集団まで同様に喜んでいるのはどうしてだろうか。アイリスはそう考えていた。
「あの人数でも全員が何年と遊んで暮らせる金が入るかもしれないんだ、頬も緩むだろ」
ガルドの答えで漸く合点がいく。
「なるほど、ヴィネルマ図書館が買うのですね。思い至りませんでした」
「お金をあんまり意識しなさそうだもんね」
言外にお姫様だねとツバサに言われたアイリスは頷いて。
「そうね。こうやってお金を握るのも初めてだし」
ツバサが本気で渋面を表して、軽く突き出した舌を歯で挟んだ。
「信じられない」
「真っ先に襲われそうな利権よね。ヴィネルマって」
竜巻みたいだなとアイリスはヴィネルマを評価していた。
新規の魔術書を見つけた探索者たちはたいていヴィネルマに持ち寄るのだそうだ。そのほうが圧倒的に金になるからだという。そしてヴィネルマは集まった魔術を汎用化して多数の分野からより巨大な利益を上げていく。伴って魔術書の独占に掛けられる予算が増していき、結果魔術書は吸い込まれるように集まっていくのだ。この循環は上限知らずに立ち昇り、ヴィネルマは国という括りすら突破した高みに押し上げた。立場上横一線に並び経済を見下ろすべき集団が、横一線で見上げているという異常。
これでヴィネルマ|図書館(、、、)だというのだから笑えてくる。頑固に整列した石頭の上でダンスを踊れる気概と小回りの良さでも発揮してるのだろうか。
だから、危ない。——はずなんだけど。
「まぁそうなんだけど。そういうのはぼくが生まれる前に終わってるって。ヴィネルマに戦争ふっかけた結果がここだよ」
「マドニア?」
アイリスは信じられず、半目でツバサを見やる。
ヴィネルマが世界で初めて魔術書を発見してからまだ一世紀とちょっとしか経っていないというのに、戦争の悔恨がそんなに簡単に薄れるものだろうか。国の目と鼻の先に敵の象徴が憚らず建っているのに、こんなにものほほんとした空気が町を満たしていていいのだろうか。
ところが。と、ツバサがいきなり胸を張る。翼の髪飾りが羽ばたいた。
「上層部を除いて犠牲者ゼロ。どころか怪我人すら出てない。政治に関わる人間がするりとヴィネルマの息がかかる人間に入れ替わる形でマドニアは一度滅んでるんだよ」
し か も。大袈裟な手振りで、説明は止まらない。
「市政から見れば戦後一週間も経たずに戦前以上の復興を見せるなんて異常事態で、大衆が立ち直るまでにヴィネルマの反感は消えたんだ」
今までアイリスの様々な質問に答えられず、悔しげにシシーやガルドに話役を譲っていたからだろうか。言い切った直後のツバサの満足気な顔と言ったらなかった。
「気持ち悪いわね、それ。魔術ってほんとに何でもありなのね」
アイリスはといえば、戦争というよりもむしろ規模の混沌とした剥奪に心底身震いしていた。
「魔術が浸透していなかった時代だからこそのなんでもありだろうね〜。今はそんなことにはならないよ。魔術への理解が進んで対抗策も出ているだろうし、ヴィネルマの感知しない魔術も他国は競うように収集してる。ただ、敵対行動を起こせるほどの戦力は保持してないね。相変わらず魔術はヴィネルマ一強だよ。中立を保っているし、魔術を一部とはいえ公開している現状、襲って滅ぼされるくらいならそれを傍受したほうが絶対国のためでしょ?」
「そうね」
けれどそれは前提があっての話。人の走りを魔導二輪で振り切るような速度差でヴィネルマが魔術革新を行っているという前提。ヴィネルマの栄光だって時とともに築かれた。
つまりは時の魔術書が他国に渡っただけで、ひっくり返ってしまう前提だ。気持ち悪いのはこれだった。文化の基板をぐにゃぐにゃと粘土細工のように変えてしまえそうなこの全能感こそが、魔術の最も気持ち悪い部分だった。
モヤモヤとしながら歩いていると、Y字路の手前でツバサがいきなり駈け出した。そして、一つの建物の前で振り返り手を降り始める。別れた二つの道の間に建つ、少し露出の多い服をまとった人形が軒先に並ぶこじんまりとしたお店こそが目的地だった。
不意にアイリスは不安に駆られた。
今自分は黒のドレスを着ている。洗われていたドレスが帰ってきたと同時に着替えたからだ。
軒先に並ぶ人形が纏う服は、その時に脱いだ服と同じ空気を纏ってはいないだろうか。
逃避気味にアイリスは語尾を上げてみたが、確実にその通りだった。その時点でアイリスの歩幅は非常に狭いものになっていたが、後ろから追い越してくるガルドの視線と、背中に当たるシシーの手に押され、アイリスは足を止めることが出来なかった。
そのシシーが一緒に店の中に入ってすぐ、顔をりんごのように赤くして飛び出していった時には少し清々した。なお、ガルドはそも建物に入っていない。
シシーが飛び出していったことに清々したアイリスは、すぐに後悔する。採寸後、ツバサと服飾店の女主人は苛烈に議論し始めた。飛び交う言葉やデザイン画は羞恥のナイフとなってアイリスを突き刺した。
シシーやガルドがいればそれを理由に抜け出すことも出来たかもしれない。……いや、仮に二人がこの場に居座ったとしてもツバサ達ならやりかねない。
鬼気迫る顔でミシンを動かす女主人の姿が彷彿として湧き上がり、アイリスは暗澹たる心模様を疲れた顔に重ねている。日は傾き始め、伸びた建物の影に群衆が塗りつぶされる。特に目的もなく、物見遊山の体相を醸してマドニアの城下を行く四人は城下の正門辺りで不意に足を止めた。
人集りが騒がしい。何事かと思案するアイリスを前に、集団から飛び出した女性は血に濡れたタオルを抱えていた。
まず、シシーとツバサが集団の中に飛び込んでいった。続いてガルドが手首に巻かれた通信機でブックに連絡を取りながら状況をつぶさに観察し始めた。アイリスはどうしていいのか分からずその場でおろおろするばかり。
近づこうにも野次馬が邪魔で、近づくどころかその中で何が起きているのか見ることすら叶わない。つま先で立っても眼前の野次馬の肩にふけが散らばっているのを確認できただけだった。
無理やり割り込んでいく気は全く起きず、アイリスは諦めて集団に背を向ける。その時、アイリスの脇をすり抜けるように男児が集団から駆け出した。横顔は興奮からか上気して、脇目もふらず何処かへと向かおうとしている。その手にはまたしても血塗れたタオルが握られている。
脇をすり抜けていく男児を目で追い視線を下げていたから、アイリスは反応が遅れた。気づいた時には遅かった。
少年が一人、肩掛け鞄を片手で抑えながらアイリスに向かって駆けてくる。アイリスにはそう見えたが、実際には彼女の背後の集団に向かって少年は突進していた。彼は、あまりに急いでいたのであろう、ぶつかりそうになった男児を避けた際に足を縺れさせ、走る速度そのままにアイリスと衝突した。弾き飛ばされるアイリス。体格差から押し負けたのは彼女の方だった。
幸い、ガルドがアイリスの手をとったおかげで、彼女が地面に倒れ込むことはなかった。
代わりに、ドレスの何処に入っていたのか、小物袋が飛び出して地面に落ちた。菖蒲の刺繍が施されたその袋にアイリスは見覚えがなく、けれど少し綻んだ袋口から覗いた琥珀のような石片には非常に強い既視感を覚えた。
何処で見たのか、何時見たのか。琥珀に関する記憶は全くなく、アイリスには判断つかなかった。しかし、その澄んだ琥珀の中に、揺蕩う光をそのままに閉じ込めたような線が走っているのを以前どこかで見ていたような、懐かしさに似た感覚が彼女の中に去来した。
アイリスにぶつかってきた少年は、多分に恐縮して頭を下げた後、小物袋と琥珀を拾い上げて彼女に手渡した。アイリスに怪我がないことを確認してから再度深く頭を下げて、少年は人集りの中に入っていく.。その際、少年の薬師ですという声に人集りが綺麗に割れた。シシーが地面に倒れている人物に両手を掲げていて、その周りでツバサが野次馬達を一定距離まで押し返している。
少年が怪我人の側に膝をついて鞄の中を漁りだした。少年の背中越しに怪我人までの視線が通って、アイリスは初めて怪我人を注視する事ができた。
脇腹から腰にかけてごっそりと削られていた。多少離れているのに分かってしまうほど大きな傷跡だった。血気盛んそうな大きな図体が血の気を失って土色に変わっていて、十分も保ちそうにない。
少年が肩掛けの鞄からタオルや瓶入の液体を取り出しては処置を行なっていたが、どうにも効果は薄そうだった。
はらはらと不安から睨みつけていたアイリスに、ガルドは大きな手で彼女の目を覆うようにして気を散らせた。いつの間にかガルドは連絡を終えていて、今は空を見上げている。それどころか周りにいた野次馬たちも頻りに空を気にしていた。
アイリスも顔を上げる。
見たことのない魔導二輪が三台浮かんでいた。その内の一台に跨っているのは見知った人物だった。桃色の髪と白衣を靡かせてアルマが降りてくる。それだけで周りのざわめきが一層強くなった。
アルマの引き連れてきた二人はヴィネルマの医療棟に勤仕する人たちに配られる白衣を纏っていた。野次馬と同じように目をパチクリさせていた少年から患者を引き受け、医療班の二人が高速にヴィネルマへと飛んで行く。アルマだけは現場に残って場の鎮静を促していた。体感だが、ガルドの連絡からまだ十分も経っていない。非常に素早い対応だった。
怪我人のいなくなった現状、未だざわめきは止まず、人々は口をそろえて魔導二輪の事を話す。
「珍しい物を見たような反応ね」
「未知の乗り物を見たからな」
その言葉が信じられなくて、アイリスが眉間にしわを作った。ガルドは苦笑して、
「魔導二輪は今朝初めて公表された技術だ。むしろお前が好奇の目にさらされる側だったんだからな、今までは」
そう諭した。それでアイリスは腹に落ちたが、渋面はそのままにアルマが歩いて来るのを待っている。
魔術というものを初めてみた日にそのまま空を飛んだ記憶は深く頭に焼き付いて、洗練された形状とそれらを軽々と使いこなす人たちが身近にいて、それが一般に認知されていないなどと考えることはなかった。そういえば、先ほど馬車とすれ違ったではないか。
町中では馬車が道を行き、その上をヴィネルマの魔導二輪が行く。
やっぱり、どこか気持ち悪い。
順当な発展の上でこのシチュエーションが出来上がっているとは到底思えないものだった。高い高い技術格差の山に魔術が満たされていると考えると、そのあまりの高さに、魔術の持つ不気味さが浮き彫りにされていた。形は判らない。不安と希望を煽る蠢きだけを、その浮き彫りから感じ取ることが出来る。
「医療班が言うには、主要臓器の幾つかが傷ついているとのことです。かなり危険な状態だそうで、一命を取り留めるか、または取り留めても障害が残るか判断が付きません。ただし、薬師の兄妹がかなり早期の段階から生命保全を行ってくれていたようなので、生存の確率は飛躍的に上昇しているとのことです」
合流次第にアルマは言った。
「彼らに感謝だな」
ガルドが薬師と呼ばれた先ほどの少年たちを見遣ると、対象が怪我人から魔導二輪へと移った野次馬たちを背景に、薬師と呼ばれた少年と車椅子に腰掛けた少女が同時に頭を下げてきた。それを見てアルマが頭を下げ返す。
薬師の少年はそれから少女の座る車椅子を押して、人の流れに紛れてしまった。
「傷口には肉食動物の歯型が見受けられました、非常に大型です。現場は正門の外、殊の外近い所で、傷害発生時負傷者の悲鳴を聞きつけた目撃者の話では、振り返った先で一瞬、どす黒い四足動物が物陰に隠れるのを見たとのことでした」
「野犬の仕業……とするには不服そうだな」
アルマは殆ど表情を変えていなかった。微笑みを浮かべ、自身の思いはその裏に隠している。けれど、ガルドはそれを看過していた。
アルマはいえと前置きしながら、人差し指の第二関節を下唇に当てた。
「被害者は遺跡探索者でした。一噛みで鍛えられた男性の輪郭を大きく変えてしまうような生物が、この付近に生息していたのかと思いまして」
「人為的な、魔術的な事件かもしれないと?」
「わかりません。けれど、警戒を促すくらいはした方が良いかと思われます」
「そこは国警に働いてもらおう。俺から連絡しておく。目撃者の拘束と、魔術が絡んでいる可能性がある以上、国からの要請にすぐ応えられるようヴィネルマの人員確保をしておいてくれ」
「了解しました。ガルド様」
アルマがガルドの元から離れていく。
彼らの遣り取りからは、いかにヴィネルマ図書館が国に対して高い影響力を持っているのかが伺えた。あるいは、魔術が文明に対して強い影響力を持っていると言い換えられるかもしれない。
アイリスはブックホルダー越しに『蝶の黙示』の表紙を指でなぞった。
この世界は魔術が文明基板の大きな部分を占めている。自分が魔術に対して感じている不安感は、すなわちそれに対する無知からくるものだとアイリスは考える。
勉強しよう。この世界について。幸い自分が置かれている環境ならばそれが可能だ。遺跡の中でシシーとガルドに出会えたのはこれ以上ないほどの幸運だったと、今ならば分かる。
「ねぇねぇ、これ何? さっきまで持ってなかったよね」
手をつつかれる感触がして、アイリスは自分の手を凝視するツバサとシシーに気がついた。野次馬の中に消えていった二人はいつの間にかアイリスの背後に移動していた。
「私にも分からないの。ドレスの何処かに入ってたみたい」
「アイちゃんのじゃないんだ、でも袋に描かれてるのって菖蒲だよね?」
「そうね。多分、これは誰かが私にくれたものだと思う」
菖蒲は自分の名前の由来であり、小物袋に描かれている紋様は城の中で自分の持ち物に名前代わりに印される物だった。
ツバサは変なのと呟いて、それ以上の追求はしなかった。代わりにシシーがひどく思案気な顔になって、より一層注意深く小物袋の観察を始める。
「何が入ってるの〜?」
シシーに促され、アイリスは手のひらに袋の中身を取り出した。思案げだったシシーが一転、瞳から星でも飛ばしそうな勢いで表情を明るくさせて、出てきた琥珀に手を伸ばす。
ただし、シシーが目的を果たすことは出来ず、上からひょっこり伸びてきたごつい手のひらが琥珀を素早く攫っていった。あぁと言葉にならない吐息を漏らすシシー。ガルドが空に琥珀を透かしていた。
「琥珀か?」
「ちょっと、ガル〜」
シシーがガルドの前で飛び跳ねて取り返そうとしているが、身長差がそれを阻んでいる。それでも必死に飛び跳ねているシシーに、ガルドは悪いと一言言って、琥珀を手渡した。
カッティングは施されておらず、琥珀の形状はそこいらに転がっているものと大差はない。
「確かに琥珀みたい。でもなんだろうこの線。本当に光ってるみたい」
シシーは気が済むまで琥珀を転がして、ありがとうとアイリスに返した。
受け取ったアイリスは改めてまじまじと琥珀に目を落とす。
一瞬、琥珀が違うものに感じられアイリスは瞬きした。
手のひらには変わらず琥珀がある。その内には亀裂が入ったように四本の線がより合っており、そこで光が屈折するのか、光って見える。
「どうかしたの〜?」
「……ううん、なんでもない」
違和感の原因は見当たらず、アイリスは観察を止めた。
「さて、探索者を襲った奴はまだ捕まってないんだ、お前たちはもう帰れ」
言うが早いか、ガルドは少し離れた所でアルマに足止めされていた人物と二、三言葉を交わして、そのまま城の建つ方角へと歩いて行く。
それを見送って、アイリス達は帰路についた。




