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淡白な人生

 罪悪感からではなかった。




 ただの、興味本位。




 ただの、観察。




 どこへ行ったのか、見当もつかなかった。だから俺は、別に追うこともしなかったし、新しく探せばいいと、思っていた。しかし、偶然なのか……はたまた、それは必然だったのか。俺は、再び出会った。それが、俺にとって幸いだったのか、相手にとって幸いだったのかどうか。今はまだ、分からないことだった。




「何やってんのよ」

「ん?」

秋が目を回して倒れてから、俺はとりあえず何か手当てをするべきかと、知り合いの女をひとり、家に呼んだ。俺には、信頼を置ける相手なんて、これといっていなかったし、親とも、特に係わり合いを持ちたいとは思っていなかったから、それ以外なら誰でもよかった。とりあえず、俺に代わって秋を診てくれる人材を、数少ない携帯アドレスメモリから選んだ。それがこの、栗色の長い髪をゆるく巻いた今時の女、榊さんだった。色白で長髪、くっきりとした二重の瞳に、ピンクがかった赤い口紅。俺よりいくらか年上の女。大学の先輩だった。いくらか……というのは、彼女は大学院生なのだが、何年か浪人生活を経ての今があるため、学年と年齢は一致しない。

「ん……じゃなくて。あんた、最近研究室にも顔出さないで、こんなところでウロウロしていたわけ?」

「ウロウロ……ねぇ」

榊は呆れた顔で溜息をついたかと思えば、不意に俺の頬に手をあてた。それだけの至近距離に彼女を許していたことを、少し面倒に思ったのだが、わざわざ遠方からこのアパートまで呼んだのだ。少しぐらいのサービスはしてもいいかと思い直した。

「相変わらずつれないわね」

目を閉じると、彼女は当然というように更に俺との距離を縮めると、息遣いが伝わるほど顔を密着させ、一度だけ、俺の唇に口付けを交わした。

「……満足した?」

「ほんと、嫌味な男ね」

「どーも」

頭を掻きながら、俺は寝室の方を指差した。床で寝かせておくわけにもいかないと思い、秋の身体はベッドの上へ移動してある。今は特に異常は見られないし、呼吸は落ち着いている。それは、榊を呼ぶ前からそうだったのだが、俺はなぜか、他の誰かにこの状況を知っておいてもらいたかったんだ……と、思う。自分のことを分析することほど、難しいことはないと、俺は思っている。

「あんたは、神様って信じる?」

「?」

榊さんは唐突にそう呟いた。服装はカジュアル。ジージャンに黒のタンクトップ。そして、白のミニスカート。殺風景な俺の部屋には、なかなか馴染んだ容姿だった。

「榊さん、そんなことより秋を診てくれない?」


 人間が、神になれるわけがない。


 なぜこのとき、榊さんがそう俺に告げたのかは、後に分かることとなる。


「診て……って言われてもねぇ。私、医者じゃないんだけど」

「知ってる」

俺はソファーに腰を下ろすと、キャビンのタバコを取り出しおもむろに吸いはじめた。それを見て、榊さんは寝室から離れ、俺の胸元にしまわれていたキャビンの箱を、取り上げた。それを嫌な顔もせず見守ると、彼女は一本取り出し、彼女自身のライターでそれに火を点けた。

「一服してから考えましょうか」

「そーだね」




彼女が何を望んでいるのかは、分かった。




「これが目的で、ここに来た?」

「それが九割」

肌蹴た姿でソファーの上に横たわる彼女は、満足げに答えた。下着を付け直している様子を、煙をふかしながら眺めていると、その視線に気づいたらしく、俺に微笑みかけてきた。そして、再び軽く頬に口付けを交わすと、俺から距離を置き、寝室のほうへ足を進めた。それを見て、俺もしわのついたシャツを着ると、秋の眠る寝室へと向かった。


 秋の為なら、身体ぐらい売ったって構わない。


 それが、せめてもの懺悔。


「じゃあ、一割は秋のため?」

意地悪げにそう言うと、榊さんは「まぁね」と笑みを浮かべた。寝息も立てずに横になっている秋のところへ、二人で近づいた。俺がそっと秋の髪をかきあげると、長髪に伸ばしたメッシュ入りの猫っけのある髪がさらさらと指に馴染んだ。

「意識、急に失ったきり……このままなんだ」

「どうして病院に連れて行かないの?」


それは、俺に対して意地悪な質問だった。


「知ってるくせに、ねぇ?」

俺はにやりと不適な笑みを浮かべると、タバコの火を消し秋の額を撫でた。汗はかいていない。だが、冷たくもない。微かにだがぬくもりを感じた、生きている証拠だ。

「とりあえず、お姫様のキスでもしてみる?」

「あぁ~……それ、お姫様探す間に、秋が力尽きるわ」

「酷い男ね。こんないい女を前にして、言う言葉かしら?」

くすくすと笑っているところを見ると、別に怒ってそう言葉を発しているわけではないことがうかがえた。

 しかし、いつまでもこうして榊さんの欲求に付き合っている時間もない。いい加減目を覚ましてもらわないと、本格的に秋の命に危険が及ぶ……そう、感じたからだ。

 人工呼吸でもするべきかとも思ったが、男とキスをする趣味はないし。だからといって、女とそういう行為をすることが好きかと問われれば、そうでもないのだが。


 人と関われば関わるほど。俺は、どれだけ淡白で、どれだけ自分に無関心なのか、思い知らされた。


 だからこそ、俺はこれまで独りで生きる道を選んできたのかもしれない。独りで居れば、人間の温もりを知ることも出来ないが、人間同士の争いに巻き込まれることもないし、人間関係で頭を悩ませる必要もないのだ。

 

どちらが幸せな道なのかは、通った人間にしか判断できないと思うが、俺はこの淡白な人生で、正直なところ満足していた。


 そう、満足していたはずなのに……どうして俺は、あの日、秋を拾ってしまったのだろうか。


「なに考えてるの。藍」

「ん? 内緒」

髪をかきあげ、興味を俺に戻した榊さんは、秋を指差してまるで他人事のように冷たい言葉を言い放った。いや、本当に他人事であるし、彼女のほうが実は温厚であることは、知っている。誰よりも冷徹で、冷酷なのは他でもない。俺だった。


「いっそ、このまま眠らせてあげたら」


 俺は、返答に少し困った。いや、迷ったというべきか。頭の中で、彼女の言葉を反芻した。だんまりを決め込んだかのように見える俺を見て、ついに見かねたのか。彼女は「嘘」と言って秋の髪を撫でた。その様子をやはり黙って見守っていた俺は、今になって、自分は間違っていたということに気付きはじめた。

「秋くん。起きないと襲っちゃうわよ」

「変な趣味うつさないでね、俺の秋に」

「へぇ、俺の……秋、ねぇ?」

目を細め、面白げにそう俺の揚げ足を取った彼女は、弱り疲れている秋の身体に色白で細い指を沿え、まるで、人形を扱うかのように秋の服を脱がしはじめた。白いシャツのボタンを、一番上から器用にはずしていく。華奢で骨が目立つ秋の身体は、美しすぎるものがあった。

「……このまま見てる? 別に、私は構わないけど」

彼女が何をするのか想像が付いている俺は、目を閉じ後ろを向いた。現実と、向き合いたくなかったからだ。俺はまだ、夢を見ていたい。そう感じた瞬間、おもむろに夕方、電化製品店にて流れていたアニメの映像が、脳裏をよぎった。子ども向けアニメにしては、ある意味奥が深いものがそこにはあった。少なくとも、俺はそう感じた。まるで、自分を責め立てるかのような、そのアニメのワンシーンは、ほとんどのことに興味を持たない俺のこころを奪い去った。




 『ママのママは、ダレ?』


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