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不確かなものたち

 一ヶ月のときが流れた。


 秋晴れの綺麗な日。


俺は、相方の部屋でライガと共に暮らしていた。


相方は未だ、意識が戻らず病室で眠っていた。


「秋、今日も行くんやろ?」

「あぁ、行く。毎日行かなきゃ、いつ目を覚ますか分からないからな! 目を覚ましたときに、独りぼっちだったらさ、寂しいだろ?」

「せやな……秋は、強うなったな」

「色々あったからな」

「まったくや」

洗濯物を干しながら、ライガはそういえば……と、銀紙を取り出した。あのときの、「初期化チップ」だ。

「これ、どないする? 秋」

「俺には、どうにも出来ない。ただ、これを求めてまた組織とかいうものが来るんなら、壊してしまいたい」

「せやな。燃やしてまうか?」

「……久保ちゃんが起きたら、聞いてみる」

「気長に待たなあかんかもしれんで?」

「構わない」

少しだけ、髪の毛も伸びた。前髪が目にかかる位……。それから、少し痩せた。元々太ってなんかいなかったけど、心配のしすぎで、神経磨り減ったんだと思う。

 今日は、午後から笠原のおっさんも休みらしく、面会時間に病院で待ち合わせしている。ライガは、一ヶ月も家を留守にして、いいのかと心配してたずねたが、「問題ない」の一点張りで、ここに居候し続けていた。

 ただ正直なところ、不安だらけな俺は今、独りで居たくは無かったから、ライガの存在を素直にありがたいと思った。

「そろそろ時間か?」

「今は……十三時半か。病院まで三十分。面会時間は十四時からやで、ちょうどえぇな。行こうか」

「うん。チップ、持ってるな?」

「任せとき。もし万一、組織がまだこれを狙っていたとしても、絶対に秋もチップも、守って見せるで」

「頼りにしてるぜ」

にっと笑うと、俺たちは明るい日差しの中へと向かい、アパートの鍵を閉めて歩き出した。


「おう、来たか」

先に着いていたのは、笠原さんの方だった。相方の病室は、五階の五十一号室。扉の前で、笠原さんは待っていてくれた。

「中、もう入ったん?」

「いや、俺も今着いたところだからな」

「それじゃ、入るか」

横開きのドアを開くと、まずはカーテンの仕切りがある。それをまくって、中に入っていくと、個室でベッドがひとつ置いてあり、酸素マスクをつけたままの相方の変わらぬ姿があった。もう、刺された傷口や、銃での傷は治りかけている。

 けれども、依然として意識は戻ってはいなかった。心電図からは、心臓が動いている証は見受けられる。でも、脳波はどうなんだろう。本当にこのままだったら……その先は、考えないようにしている。

「こうして見ていると、寝てるだけなんやけどなぁ」

ライガが相方の頬をそっと撫でた。何の反応も、返っては来ない。それにはもう、いい加減慣れていた。


 俺たちの声は、相方に届いているんだろうか。


 相方は、何を思いながら今、眠っているんだろうか。


「久保ちゃん……俺、まだ生きてるぜ。勝手に死人みたいに扱いやがって……今じゃ、お前のが死人じゃん」

そう言いながら俺も相方の顔を覗きこんだ。血色が悪く、青白い。生きているとは、あまり感じ取れない。


 コンコンコン……。


 ドアをノックする音がした。てっきり、往診の先生かと思って俺は気に留めなかったが、笠原のおっさんが、表情を変えた為、予想が外れたということを知った。

「田原教授……」

「あぁ、笠原氏かい? 久保田くんの一応の保護者になる……ちょうどいい」

何がちょうどいいんだろうかと、俺は内心ざわめくのを覚えながら、大人ふたりのやりとりを見守っていた。

「キミは……あのときの、被検体だな」

「!」

この男からは、いい匂いがしない。胡散臭い、嫌な感じしかしなかった。

「俺はそんな名前じゃない。秋月だ」

「ほぅ……自我を完全に持ったというのか? 研究はどうやら、完成したようだな」

「教授かなんや知らんけど、藍と秋にこれ以上関わるんやない。出ていき!」

ライガが食ってかかった。その目は真っ直ぐで、強い光を放っている。

「秋はもう、神やない」

「そのようだな。面白い」

「ひとの命を、面白いとか言うなよ……俺は、精一杯生きてるんだ!」

「今しがた、脳死判定が出た」

「な……っ」

俺は思わず息が詰まった。ライガも、硬直している。笠原のおっさんは、俯いていて表情が読み取れない。


 脳死。


 俺と……「神」と、同じ状況。


「……諦めへん。俺は、藍は蘇ると信じとる!」

「そうだ! 久保ちゃんはこんなところで、死んだりなんかしない!」

「笠原氏。久保田くんを被検体として引き取りたい」


 教授の目には、俺たちのことなんてまるで目に入っていなかった。


 胸が、苦しくて苦しくて。


 息が出来なくなった。


「命を……なんだと思っているんだ」


 途切れ途切れになりながらも、俺は言葉を紡いだ。


「何よりも、尊いんだよ……命は。何よりも、重いんだよ」


 身体の中から、熱いものがこみ上げてくる。


「だから大切にするし、したいし……一緒に、歩みたいって思うんだ」


 視界がぼやけてくる。


「諦めたくないんだよ、最期まで……足掻いて、抗いたいんだ」


 涙が溢れ、溜めきれなくなったそれは頬を伝っていく。


「奇跡を、信じたいんだ。だってまだ、久保ちゃんの心臓は……動いてるんだから!」


 俺の言葉を黙って聞く「教授」と呼ばれた男は、うすら笑いを浮かべた。俺の言うことなんて、戯言のように捉えているのかもしれない。一度は死んだこの身体。相方によって、蘇った俺が言っても、説得力はないのだろうか。

 でも、そんな稀有な経験をした俺だからこそ、言えることがあると思うんだ。相方が、必死に守ろうとしてくれたこの命。今は大切にしたいと思っている。それに今度は、俺が相方を守らなきゃいけないっていう思いもある。

「……愚かだな。莫大な金、富は欲しくはないのか? そんな死にぞこない、生かしておいても金が要るだけだぞ?」

「命は金では買えねぇって言ってんだよ! 損得で計算するものじゃない!」

「金で助かった命の分際で、何を言うんだね?」

「……っ」

返す言葉が無くなった。確かに、俺は金で買われた存在。「被検体」にならなければ、そのまま死んでいたかもしれない。

 ただ、こんな背徳が許されるものか。俺はイレギュラーだ。これ以上、俺の「兄弟」のような存在を、増やしてはいけない。


 私利私欲で、命を左右させてはならない!


「渡さない……絶対に、渡さない」

「笠原氏。どうするのかね? リーマンのキミに、維持費は払えるのかね?」

「……教授。悪いが俺は、秋の意見に同意させてもらう。藍とは血の繋がりはないが、大事な息子、弟……家族だと、心底思っているんでね」

笠原のおっさんは、顔を上げると教授を哀れんだ目で見た。わずかに開いていた窓からは、爽やかな風が吹き、カーテンを揺らした。

「……藍?」

ライガだ。窓際に立っていたライガが、眠ったままの相方の顔を覗き込んで、名前を呼んでいる。

「……」

「藍……藍! 意識、戻ってるんやろ!?」

「え……っ?」

「確かに今、指先が動いたんや! 見間違うはずない!」

俺は教授から視線を外すと、相方の手をそっと握った。冷たい……けれども、硬直はしていない。

「久保ちゃん……生きて、生きて、生き抜いてくれ。俺を生かしたように、今度は自分を生かしてくれよ」

「……」

「今、目を覚まさないと……マジで、久保ちゃん解剖とかされちまうかもしれない。そんなことされたくねぇよ、俺……見たくない」

「……」

「俺、やっと分かったんだ。確かなものを見つけたんだ」

「……」

「久保ちゃん。それは、久保ちゃんという存在だ」


 風が舞う。


 心地よいほどの秋風は、相方の髪を揺らした。


 静かに横たわっている相方は、倒れて一ヶ月、はじめて反応を示した。


 俺の手を、弱々しく……でも、「確か」に握り返してきた。


「……っ」


 思わず、相方の名前を呼び、強く、しっかりと手を握り返した。







「えぇ~と……もやしと、キムチと、卵と、豚肉と」

今晩の飯は、手軽で美味しい豚キムチ。生活力は、割とついてきた方だと思う。もっと凝った料理も、たまには作るようになった。

 桜が咲く季節を巡り、今俺は買い物を終えて、ひとり街中を歩いていた。特に用はない。買い物が終わったから、すぐに帰ればよかったんだけど、今日はなんとなく、遠回りをして帰ろうと思ったんだ。

 今となっては見慣れた景色。この、緑地公園を越えて行くと、アパートがある。「俺の」アパートだ。

俺は今、ひとり暮らしをしていた。過去を断ち切るために……俺が、新たな人生を歩めるようにと、笠原のおっさんが敷金礼金を用意してくれた。あとの家賃は、バイトをしながら払っている。今のバイトは、コンビニの店員だ。正直なところ、接客は俺には向いてはいないみたいで、四苦八苦している。ただ、生きていくにはそれなりに「お金」は必要だし、いつまでも「相方」を引きずっていてもいけないと思ったから、心機一転、頑張って続けている。

「なんか、いい天気だな」

生きているって、それだけでもう「尊い」と思うようになった。空気を吸えるその喜び、夢を描けるその喜びを噛み締め、今を必死に生きている。

 笠原のおっさんからは、「組織には気をつけろ」と言われているけど、その「組織」とやらも、あの一件のみで、攻め入ってくることもなかった。俺は今、「自由」を謳歌している。

「今日の夕飯は、豚キムチ?」

「……」

後ろから、不意に声をかけられた。その声の主を、俺は顔を見なくても言い当てることが出来た。

「あぁ、そうだぜ。いいだろ?」

「うん、そうだね」

振り返るとそこには飄々とした男が、シャツ姿で立っていた。黒の運動靴にスラックス。髪は黒髪で、ウルフヘアを少し長めに伸ばしていた。ただし、手入れはあまりしていない様子。変わらない男のスタイルだった。

「まだ、外泊許可出てないんじゃなかったっけ?」

「そうだったかな。ところであのアパートには、今は莱伽がひとりで住んでいるらしいね」

「そうそう。俺は、ここ抜けたところに、ボロくてやっすいアパート借りてる」

男は俺に手を伸ばし、不敵な笑みを浮かべた。

「人間が欲しい」

「……」

「いや……温もりが欲しい」

「……」

「はじめから、そう言えば良かったのかな」

「……だな」

俺は笑みを返した。そして俺に向けられた相手の手を、しっかりと握り締める。

「おかえり、久保ちゃん」

「……ただいま」




 人生とは、「不確かなもの」だ。


 いつどこで、何があるのか分からないのだから。


 だからこそ、人間もまた「不確かなもの」であり続ける。


 ただ、そのおかげでひとは「温もり」を求め、「繋がり」が持てる。


 それは、人間の断ち切れない「連鎖」とも呼べる。




 記憶操作だとか、そういうことは「禁忌」だ。


 ひとが、施してよいものではない。


 そういう領域に、踏み込んではいけない。




 命の尊さ、儚さ。




 それを知ることが出来た俺の人生は、最高だと言える。


 気づかずに通り過ぎるより、何度でも立ち止まって知っていきたい。




 「不確かなもの」は、そこから成長していける。




 まんざら……悪いものではない。


 こんばんは、はじめまして。小田虹里と申します。


 昨年の夏からあたためてました、「不確かなものたち」が、無事に完結に至りました。少し違った設定のもの、完結のものを、公募に出していた為、こちらの投稿が遅くなってしまいました。それでも、こうして無事に終わりを迎えられたことは、少しでも読んでくださる方、感想などを残してくださる方が、いらっしゃったことが大きいです。ありがとうございました。

 藍は、小田を映し出した鏡でした。小田のファーストキスの様子や、タバコの味を知った感覚。(あ、小田はタバコ吸いませんけれども)、こういうような少年「秋」もといい、女性に会ったことや、榊さんのような存在と知り合ったこともありました。

 「え、小田ってそんな危ない研究やってるの?」という声は、聞こえてこないと思いますが、一応大学では遺伝子は触っておりました。ただ、遺伝子配列などを見るくらいで、詳しくはありません。特に、私は大学生活中に病んでしまった為に、思うような研究もできませんでした。ゼミの先生が、とても優しい方だったので、なんとか卒論として認めていただけて、四年で卒業することは出来ましたが、その内容と言ったら、思い出したくもないほど、酷いものでした。

 ただし、勉強はとても楽しいものでした。小田の大学生活は、ものすごくハードであり、「大学生なんて、遊んでるんでしょう?」と思われるそこの未来ある方。違うのです。夏休みも、二カ月あるなんて、思ってはいけません。小田の夏休みは、二カ月のうち、たった一週間しか実質はありませんでした。毎日、毎日、朝から夜まで、授業があったのです。

 ただ、卒業するだけならば、こんな苦労は要りません。色々と、資格を取ろうとすると、こうなります。でも、せっかく大学へ入るのならば、やれるだけのことはしたかったし、取れるだけの資格、免許はとってやろうという、野望もありました。

 そんなこんなで、大学生の「藍」という存在が生まれたワケです。


「不確かなものたち」というテーマは、割と早い段階から決まっていました。小田自身、母を亡くしてから、よく、考えるようになったのです。自分の存在意義についてや、母親になること。父親になること。その前に、人間であること。人間として、自分はこの世界にどんな貢献が出来るのか。出来ないのか。あるとしたら、どんなものなのか。


 いえ、きっと。病んでいる自分を、必要としてくれる「人間」が、欲しかったんじゃないかなと思います。「藍」は最後、「温もりが欲しかった」と言いなおします。小田もまた、そういう寂しい人間になっていたのではないかと、今は思います。


 ただ、最近書き出した「いつの日か。」を読んでいただけると、伝わるかもしれませんが、子どもの頃は「夢」や「希望」に、溢れていたはずなんですよね。

 弟も可愛かったし、母も元気なひとで、いつも一緒に居てくれて。よく笑って、たくさんお菓子を作ってくれて。父も、忙しいながらにレジャー施設に連れて行ってくれたり、会社仲間と一緒にだけど、毎週のように魚釣りへ連れて行ってくれたり。他の子が経験していない、自然とのふれあいを、とってもたくさんさせてもらった気がしています。

 夏休みには、テントを張って、野生の動物が来るようなところで寝たりもしました。そういうところでは、やっぱり釣りは欠かせません。岩場で遊んでいたら、小さかった弟が、急流に足を取られて川に流され、それを間一髪のところで弟の腕をつかみ、必死に引っ張り上げたという、小田の功績もあります(笑)


 懐かしいものです。


 人間とは、不確かなものでいいんだって。この作品を書いていてたどり着いた答えは、それでした。不確かだからこそ、補い合える。不確かだからこそ、求めあえる。きっと、完璧な人間なんていやしないし、もし、居たとしたらそのひとは「孤独」なんじゃないかな……とすら、思えてしまうのです。


 負け惜しみでしょうか?


 たとえ、そうだとしても、私はそれならそれで構いません。


 藍には、「秋」という存在が必要でした。秋には、「藍」という存在が必要となりました。


 ただ、それだけなのです。


 余談ですが、今回の小説に出てきている「ライガ」という少年。彼は、「破滅の戦士」という全く違う作品の中に登場するはずの、キャラクターでした。同じ時間軸上に存在しているんだよー……というアピールをしたくて、なんとなく登場させてしまいました。ライガは、なんと「宇宙人」なんです。「あぁ、だから強いんだ」なんていう、変な納得をしていただけると、ありがたいです。


 H28年熊本地震から、一ヶ月となりますね。甚大な被害が出ております。地震が起きる一週間前まで、益城町あたりを車で走っていた小田は、他人事には思えず、九州に住んでいる祖父母のことも、とても心配でした。倒壊した建物の戸数に比べれば、命は救われた方だとは思えるのですが、「命」は数で勘定するものではありません。ひとつの命でも、奪われるとやはり胸が痛みます。少しでも早く、傷が癒えますように。復興、復旧しますよう、願っております。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。感謝致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても丁寧に登場人物の感情を追っておられますね。 その中で作者さんが模索する姿も伝わってきて、読む側も一緒に考える、そんな体験ができる素敵な作品だと思います。 序盤の謎めいたセリフの一つ一…
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