表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

逃げるのやめた

 お金、地位や名誉の為に、「カミサマ」ごっこはしてはならない。




「莱伽。今度はちゃんとした研究をするよ」

「俺に言ってもしゃーないやろ? 秋に言ってやれや」

「秋に?」

「……久保ちゃん」

「……」

俺は、ゆっくりと目を開けた。そこには、この部屋の主である、タバコ好きないつもの男の姿があった。とても近い距離。冷蔵庫に顔を突っ込んで、顔を冷やして待っていた俺の額には、その男の手が乗っかっている。


 俺は、意識を取り戻していた。


 これは、ライガの提案だ。


 ライガが、「真実」を知りたければ言うことを聞け……というから、こうやって久保ちゃんを欺いた次第だ。

 正直なところ、久保ちゃんを騙すなんて行為、したくはなかった。だけど俺は、「本当」のことが知りたかった。「本物」を知りたかった。触れたかった。宙ぶらりんの生活は、もうイヤだったんだ。俺だけが置いていかれる生活にも、耐えられなくなって来ていた。

 久保ちゃんが、何かを隠していることは、薄々だけど感づいてはいた。そして、明らかに久保ちゃんは何かが「欠如」していて、そしてその「欠如」を埋め合わすために、「俺」を求めていることは、はっきりとしていた。


「不確かなもの」は、俺だけじゃなかった。


 久保ちゃんもまた、同じようなものだったんだと……知った。


 朝、具合が悪かったのは本当だ。めまいも酷かったし、とても起き上がる気力もでなくて、ぐったり横たわっていた。昨晩、唐突に現れた「笠原」という男も「会社に行く」と出ていき、それからはライガとふたりっきりだった。ライガは、出会ったタコ焼き屋のある商店街へ帰ろうとはせずに、俺の傍についていた。




 昼間……久保ちゃんが学校へ行っている間のこと。




「ん……」

「お、目ぇ覚めたん? 大丈夫か?」

目覚めは最悪。なんて言ったって、まだそこまでの仲ではない……それも、訳の分からないことばかりを抜かす紫の髪の少年、「ライガ」しか、この部屋には居ないんだから。俺が求めているのは、この「顔」じゃない。この「声」でもない。こんな、訛りのある喋りじゃなかった。

 標準語を喋り、どこか抜けているようで、でも、安心感を与えてくれる。そんな「声」が聞けることを、俺は望んでいた。それなのに……その声の「主」は居ない。

「……久保ちゃんは?」

「あぁ、藍? 藍なら、用があってちょいと学校へ行ったけど?」

「用って……なんだよ。あんな……!」

俺は、「相方」が酷い傷で帰って来たことを思い出した。銃で撃たれたとか、なんだとか……。そんな漫画みたいな話があるのかってくらいな出来事が、昨日一日で散乱していた。

「あんな怪我して……あの馬鹿!」

俺は起き上がって、相方の学校とやらに出向こうとした……けれども、身体が思うように動かない。力の入れ方を忘れてしまったかのように、身体は脱力しきっていた。

「なんで……何かしたのか? お前」

「いんや、俺はなんもしてないで? 俺は単なる傍観者や」

「傍観者?」

「せや……悪いな。あんま動かん方がえぇで?」

「……なぁ」

「ん?」


 このライガという少年は、必ず「何か」を知っている。


「俺」のことも、相方のことも……知っている。


「確か」なものを、知っている。


 俺は、知りたい。


 逃げたくない。


 笠原とかいう男に言われたから……じゃないと言いたいけど、きっと、あのおっさんが言っていた、「逃げるな」という言葉が、頭から離れなくなっていた。俺は、知らなくちゃいけない。「俺」のことを……そして、「久保田藍」という、男のことを。


 これからも、生きていきたいなら。


「秋月零治」として、生きていたいから。


 相方の隣で……これからも、道を築いていきたいから。


「教えてくれないか……俺のこと」

「えぇで?」

ライガはあっさりと物を言った。その顔は、どこか満足げであり、且つ、嬉しそうだった。

「中途半端はあかん。それに、神だけが除けものってのも、ようないし。真実知る覚悟出来たってことは、えぇことや」

「……そうだな」

「何から話そうか……」


 そこで、俺は自分が交通事故にあった少年「神」という名前で、十八年の人生を終えようとしていたこと。それを、「久保田藍」に拾われたことを知った。

相方が、大学でどんな研究をしてきていたのかも、はじめて知ることになった。あまりにも事が大きすぎて、俺の頭の中もこころの中も、苦しくて張り裂けそうで……息が詰まった。


「死なせてくれればよかったのに」


 そう思う自分。


「……だけど。まだ、生きたい」


 そう思う自分も、確かに居る。


「……大丈夫か?」

ライガは、顔色が悪くなった俺を心配し、ベッドで横になったままの俺のもとに、コーヒーを入れて持ってきてくれた。だけど、今は飲み物すら喉を通りそうにもない。ショックが大きすぎた。

 乙女とか思われるかもしれないけど、俺は、「運命」だって思っていたんだ。相方との出会いを……。それが、すべては相方によって仕組まれたことで、今ある記憶もまた、すべてが相方による操作のものであることを知り、こころが揺れた。

「なぁ、久保ちゃんは……俺が秋月って名乗るところまで、計算していたのかな」

今にも泣きたい心境だ。でも、そんな惨めな姿を晒したら、余計に「可哀想な奴」と思われそうで、耐えられなかったから必死に堪えた。ぐったりベッドの上に横たわりながらも、言葉を紡いでいく。

「どこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう」

「すべてがほんまのことで、嘘なんてあらへんやろ」

「どういうことだよ」

「だから、秋は秋。神は神ってこと」

まったくもって、訳が分からない。どういうことか、考える思考能力すら、手放したい気持ちだった。俺はこころから、絶望していた。

「俺の考えていることは、久保ちゃんには筒抜けみたいだった。それは、久保ちゃんが俺の脳を……記憶を、操作しているからじゃないのか」

「ん~……そないなこと出来るんかな? ほんまに。俺は、そこまではムリやって思っとるで?」

「……どうだろうな」

返答も、投げやりになる。声のトーンも落ちる。何も考えたくない、逃げてしまった方がどれだけ楽だったんだろうかと、後悔もする。

「寝る? 疲れたやろ……あんま、身体動かさん方がえぇ」

「死体だから?」

「身体の今の状態とかその辺のことは、俺にはようわからんけど……ほら、なんや顔色が悪いから。そういうときは、誰だって寝てた方がえぇやろ?」

「……なんでライガは、俺が神ってことを知ってたんだ。神時代に、面識があったのか?」

「ん~……微妙なとこやな。病院で、会うたんや。藍と教授と一緒に……脳死状態やった神を見た。せやから、商店街で秋を見たときに、すぐに気づいたんや」

「そっか……」


 それから少し、俺は黙った。思考を落ち着かせようとしたんだ。


「恨んどる?」

「……久保ちゃんのこと?」

「うん」

「……なんか、訳わかんなくなった」


 絶望しか無かった時間は過ぎた。


 今あるのは、混乱。


 俺は……肉親には金で見放され、相方には研究材料として拾われた存在。


 何を思えば救われるのだろうかと、考えてみた。


 でも……結論は見えなかった。


 相方が孤児院で、どんな生活をしていたのかも聞いた。それで、こころが飢えているっていうのも感じ取れた。やっぱ、何かしらの「愛情」っていうものは、ひとが生きていく上では欠かせないものなんだっていうのを、思い知った。だから、本気で相方のことを恨むことは、やっぱり出来ないって……感じた。

 俺の……実際には短かった路上生活。そのとき俺は、確かに寂しさから「愛情」に飢えていた。それが例え、相方によって植えつけられた「本質」だったとしても、やっぱり、寂しかった。いきがっていたけど、そこから連れ出してくれる「何か」を求めていたのは「本当」の気持ちだって思うから……思いたいから。


「……なぁ、ライガ」

「なんや?」

「相談があるんだけど」

「ん? 言うてみ?」

「……あのな」


 そこで俺は、提案した。


 俺を、死体のように見せかけて欲しい……と。


 相方の顔を、「本当」の顔を見るために。




 それで、身体を死人のように冷たくして、相方の帰りを待っていた。




「おかえり」

「……」

相方は、何も応えなかった。ただ、手の中にあるものをそっと、ズボンのポケットにしまうのが見えた。それが何なのかは、今のライガとのやりとりからだけじゃ、よくは分からなかったけど、あんまりイイものではないっていうことは、感じ取った。

「それ、なんだよ」

「……」

「久保ちゃん、聞こえてんだろ。俺の声。だったら、無視すんな」

「……」

「逃げんなよ、久保ちゃん」

「……莱伽。何を、どこまで話した?」

「久保ちゃん!」

俺は起き上がるとすぐに、相方の手を強く掴んだ。そして、睨みつけるように相方の目を見据えた。完全に視界に捉えると、俺はそのまま言葉を続けた。

「俺、もう逃げるのはやめたんだ。だから、久保ちゃんも逃げるな!」

「……」

「受け止めてやるから……久保ちゃんの歪んだ愛情。許してやるから、久保ちゃんの研究」

「……」

「埋めてやるから……久保ちゃんの、虚無感」

「……秋」

「俺に出来るのか分からない。死体だった俺にはもう、なんにも出来ないかもしれない。でも! それでも、秋として蘇ったことを運命だと信じて、今度は久保ちゃんの傍に居る……いや、居たいんだ!」

「俺には……そんな資格、ない」

「じゃあ、俺を殺せばいい。俺を生かすも殺すも、久保ちゃんの手の中なんだろ?」

「……ごめん」


こんなにも相方の辛そうな顔は、これまで見たことがなかった。


 俺は、道を間違ったのかもしれない。


 そう思えてしまうほど、相方は苦しそうだった。


 罪の意識に苛まれ、潰れそうなんだと悟った。


「久保ちゃん……もう、終わりにするか? 組織っていうのも、聞いた。追われてるんなら、俺を明け渡すなり、なんなりすればいい」

「……出来ない」

「やれよ。中途半端はダメなんだ」

「分かってる……だから……だから、俺は……」

俯く相方の目からは、涙が滲んでいるようにも見えた。相方がこんなにも小さく見えたのもまた、はじめてかもしれない。

「だから、何?」

「……秋を、戻す」

「神に? 要するに……」


 お別れってこと……か。


 相方から手を放した俺は、目を静かに閉じた。




 何故か、穏やかな心境だった。


 はっきりしたからかもしれない。


 俺は、はじめて「確か」な答えを得たんだ。


 この、「不確か」な相方から。


 口元が思わず、綻んだ。




 ザク……ッ。




 どす黒い音がした。




「させないわよ、藍」


 続いて、女の声。


「……!」


 目を開けると、そこには見覚えのある女の姿と、白かったはずのシャツを真っ赤に染める相方の姿があった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ