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三、秋

 秋が来て、街中で奴の歌が聞かれることが増えた。

 普通はデビュー一年も経つと話題性がなくなるもの、というのは後輩談だが、そこからすると、奴の才能はやはり本物らしい。

「よせ、なんか照れる」

 電話口で言うと、焦った声色で返してくるのが面白い。

 オリコンチャートとかいうのもチェックし始めると、奴の曲がそこそこな順位にいるのを見つけた。

 すごいのか、と聞くと、

「すごいに決まってるじゃないですか」

 少し苛立った後輩に、出張先で怒られた。

 所属部署は四人体制に、パート事務のおばちゃんを加えた人数で回せている。

 業務に方も拡大し、他部署と同格になったため、先輩の言葉は半年違っていたこととなる。

「だからお前が働きすぎなんや」

 また有給を取らされそうになったので慌てて逃げた。

 つくづく悪い方向にホワイトな会社だと溜め息をつく。

 月に一曲二曲送られてくる奴のCDに、「枯れ葉」とか「早い雪」の歌詞が入るようになると、仕事が忙しくなり、連絡は疎かになってきていた。



 そんなこんなで、太平洋側に珍しく雪のちらつく十二月初旬。出張帰りの中継地に訪れた名古屋駅。明日は休みを取ろうかと、音楽プレイヤーに入った奴の曲を聞こうとした時だった。

『~♪ 今週のオリコンチャートランキング!』

 駅前の巨大な電光掲示板で、ハイテンションなナレーターの声とともにランキングがカウントダウンされていく。

 ああ、今週は何位だったか。一週間忙しくて、なにもチェックできていない。

 そう思いながら、水筒のお茶を口に含み、電光掲示板を見上げた。

『――今週の一位は、ガハラの『lovely Saint Nicholas』!』

 お茶を噴いた。

 スーツがお茶まみれになり、慌ててハンカチで拭く。

 電光掲示板には、実際より三割増し見掛けがよくなったヤツが、小雪の舞う雑踏で佇んでいるプロモーションビデオが流されていた。

 どうなってんだ、とあたふたしながら電話を掛ける。ヤツにだ。

 コールが何回も続くが出ない。留守電に切り替わろうとした時にようやくヤツが出た。ことの次第を問い質す。

「俺も今さっきマネージャーから聞いたところなんだよ! このタイミングでオリコン一位とか全く予想してなかったんだ!」

 曲自体は前に貰っていた。今聞こうとしていたのがそれだ。

「お前には発売の一週間前に渡してある。ネットには流すなよ」

 そんなこと考えたこともない。

 だがともあれ、

――おめでとう。

「ありがとう。照れるな」


 結局、その場では祝いを述べるだけになったが、驚愕の事実はそれで終わらなかった。

 それは、そこから約一ヶ月後。正月元旦の朝のことだった。

 アパートの郵便受けを覗くと、各方面からの年賀状が届いていた。取引先からの格式ばった堅いものと、実家、地元の知り合い、職場の後輩から。

 何枚かは、結婚報告やこどもが出来たの報告が書かれており、俺たちももうそんな歳かと月日の流れを実感した。

 その中で、一つだけ投函が別にして入れられていたものがあった。差出人は、『岡原 健治』。ヤツからだった。

 忙しかったから出すのが遅れたのだろうか、と思って裏面を見た。

『結婚しました』

 噴き出した。

 年賀状に唾が飛び、字面が唾で滲む。

 そこの写真には、お台場かどこだったかの巨大クリスマスツリーを背景に、ヤツと『弦楽器担当 たかはた』さんが、指輪をした手を交差させながら笑っている様子がプリントされていた。

 何も聞いてないぞと思っていると、ケータイがなる。もちろんヤツからだ。

 いつそういうことになったんだ。

「…五日前」

 その声は憔悴しきっていた。

 十二月二十五日。クリスマスか。

「写真のところでプロポーズした。もっと報告はあとでするはずだったのに、何故かアイツが年賀状で報せたい、って言い出してな。お前のだけでも間に合わせた」

 しかし何も、こんなタイミングでプロポーズする必要もなかっただろう。

「…夢だったんだよ。自分の作った曲で、クリスマスにプロポーズするの」

 なんとも乙女趣味だ。

「ほっとけ。アリにはわかんねぇよ」

 キリギリスはそもそもクリスマスまで生き残らないだろうに。

「…で、俺がお前に電話した理由なんだが、」

 なんだ?

「…結婚披露宴の、スピーチしてくれないか?」

 気が早いな。

「アイツが、何故か手続きを早くしたがってな。入籍はもう済ませた。今でも同棲状態だから住居関係はあまり考えなくていいが、けじめをつけときたくてな」

 いつだ?

「来期になったら確実に忙しくて何も出来なくなる。早すぎてもダメだし…で、三月の第四週になる予定だ。それ以外は無理。身内で小さくやる気だ。来れるか」

 手帳で予定を確認した。ちょうど一週間と少しの海外出張が入ってしまっている。

「…なら、仕方ないな」

 …文面だけで良いなら送るぞ。祝電もだ。

「おお、頼む。実のところ、お前以外にスピーチをしてもらいたくないんだよ。こっちで会って数年のヤツや、高校から会わなくなったヤツを友人代表なんて言いたくない」

 なんとも胸がムズムズとする。こっ恥ずかしい。

 しかし、ストーカーの一件から察するに、尻に敷かれそうだな。キリギリスは、交尾のあとで雄は雌に食われるんだったか。

「それはカマキリだ。キリギリスは食糧難で共食いする」

 アリは雑食だから心配しなくていいな。

「何の心配だよ」

 何はともあれ、

――おめでとう、これで人生の墓場にまっしぐらだな。

「うるさい。…ありがとう」

 クク、と喉で笑う。

「お前も、良い相手ぐらい見つけろよ?」

 俺は…まだいい。仕事で忙しくてなっていたい。

「社畜どころか、そのまま働きアリだな。気になっている相手ぐらいいないのか」

 言われ、少し言葉に詰まった。いることは、いる。というか、向こうがこっちを気にしている――後輩だ。

「職場の部下か…やりにくそうだな、仕事」

 やりにくいことこの上ない。

 告白、というか、思いを打ち明けられたのが先月。回答は保留ということにしてあるが、断る気も応える気もない。

 一緒に仕事をして、信頼を築いた――後輩はそれが恋愛感情にスライドしたが、俺の場合は友情に似た信用に変わっていた。

「あー、それはやりにくいな」

 断って関係が気まずくなるのも嫌だし(というか仕事に支障が出る)、それで付き合いのも何か違う気がする(こっちでも支障が出る)。

 頼りにしてはいるし、仮に交際や結婚をしたとしても、良いパートナーになれるだろうとは思っている。

 悩んでいる内容が少女漫画のようだ。

「三十路手前のおっさんの少女とか、誰が得するんだ」

 違いない。

 そこまで言った時に、電話口の奥の方から、ヤツを呼ぶ女性の声がした。やや高めの元気な声だ。それに返すヤツの返事は「車はもう出したから乗っておけ」だ。

――『たかはた』さんか? いや、入籍したから名字も変わったのか。

「ああ。まあ、認識はそれであってる」

 正月に、クルマを使う範囲で出掛けか。初詣なら東京は徒歩か電車の方がいいだろう。

「いや、山梨。リカ…嫁の実家だ」

 実家帰りか。いや、入籍は五日前じゃ…?

「…まだ、先方に挨拶行ってないんだよ」

 入籍と披露宴の予定を決めてから挨拶か。順番と仕来たりがメチャクチャだな。

「なんでも、向こうの親が過保護で、結婚なんて許してくれるものじゃないらしい。で、退けないところまで行って、承諾するしかないようにしたかったらしい」

 それでその声色か。

「ああ、昨日から胃が痛い。紅白歌合戦がまともに見れなかった」

 それは御愁傷様だったな。

「あっと、そろそろ行ってくる」

 おう、頑張ってこい。負けるなよ。

「何と勝負すりゃいいんだよ」

 お互い乾いた笑いを言って電話を切った。



 結果的に、挨拶は何とかうまく行ったらしい。証拠に、披露宴では双方の親がしっかりと顔を会わせることとなった。

 予想外の結果として、自分の作ったスピーチが、思いがけずヤツの好感度をあげたことだった。

 エピソードと人間性を冗談混じりに言っただけのつもりだったのにそうなると言うことは、それだけ自分達が親友とかいうものに似かよっていたと言うことか。

「凄かった。向こうの両親はガン泣き。うちの親ですらウルッときてた」

 プラス効果が出たなら幸いだ。

「今度俺の曲の歌詞書かないか。お前なら十万枚単位で売れると思うぞ」

 誰が書くか。

 電話先のヤツの声が本気染みていて怖かった。


「お前もさっさと返事したれや」

 結婚式のことを酒の席で言うと、先輩がやや苛立った口調になった。

「腐れ縁の歌手やゆーても、その結婚式で親連中感動させてる暇あったら、自分の恋愛どうにかしたれよ」

 五月の新社員歓迎会。その二次会で、二人だけで居酒屋の個室に入っていた。

「第一、何をお前はこんなとこで男と飲んどんねん。ここはお前んとこの後輩を酔い潰して送り狼やろーが」

 この頃になると、自分と後輩のいざこざは社内の大半が知ることとなっていた。大方の予想では、いつか根負けした俺が了承するだろう、といわれている。

 どういう噂がたつかわからず、迂闊に返事もできない。

 一応、相手もそれはわかってくれているらしく、まだ待てる、という情報をちらほらと聞いている。

 が、逆にアプローチはこれでもかというほどされており、どう扱えば良いか困っている。

「お前それでも男かい。なんでやねん」

 悪酔いした先輩に、小一時間説教をされた。

 そんなことがあった数日後。結局、返事をすることとなった。

 自分の返事をまとめるなら――嫌いな訳じゃない。信頼しているけど、多分恋愛的なものじゃない。付き合えないけど、関係はそのままがいい。

 どこまでも少女漫画のようだ。

 聞いた後輩は溜め息を一つついて、

「なんで仕事は良くできるのに、プライベートはそんな優柔不断なんですか」

 知るかそんなこと。

「わかりました、今は諦めます」

 だけど、と後輩は前置きした。

「変わらずに先輩のこと狙います。酔わせて無理矢理襲って、既成事実の後デキ婚、なんてのも狙っちゃいますよ」

 私、日本酒一瓶ぐらいなら軽くいけちゃうんですよ、と後輩が不適に笑った。結果的に、会社関係で気安く酔い潰れることが出来なくなった。



 歳を取ると月日の流れが早くなるとはよく言われるもので、仕事に忙殺されていると、すぐに次の冬が来た。

 ヤツはその年もまた紅白歌合戦はまともに見れなかった。正しくは、見る側にいなかった。

 オリコン一位とやらになってから楽曲の評価がうなぎ登りになったらしく、ヤツの予想通り一年はずっと多忙を極めていたらしい。その忙しさは、年末に紅白歌合戦に出場、という形で還元された。

「NHKだぜNHK。日本放送局」

 そんな当たり前のことを言っていたヤツは、記者会見でガチガチに緊張してほとんど喋れていなかった。

 結婚生活はまあまあ順調で、奥方とはたまに喧嘩するぐらいらしい。

「最初の結婚記念日は、やっぱ特別なことした方が良いか? 俺としてはアイツに良い思いしてほしいんだけど」

 惚気話は、告白をうやむやにした自分には少し痛いものがあった。まだあれから飲み会で酔い潰れたことはない。

 ヤツは、恐らく人生で最絶頂期にいるのだろう。

「よせ、それだとここから落ちていくだけみたいじゃないか」

 それは悪かったな。

「まあ、あながち外れちゃいないかもな」

 転落人生が、か。

「違う。因果応報というか、信賞必罰的なことだよ」

 よく意味がわからない。

「良いことと悪いことは交互に起こるし、良いヤツは報われて悪いヤツは罰せられる」

 それがどうした。

「俺は多かれ少なかれ、近い将来、今より人気や成果が落ちるんだろうし、悪いことが起こるってことだよ」

 逆に、とヤツは言って

「お前はここから上がり調子になる」

 はあ?、と変な声が出た。

「俺は、お前以上に努力して、苦労しているヤツを知らない。お前が幸せにならずして誰がなるんだ、ってぐらいだ」

 だから、

「お前は絶対に幸せになる。俺が保証する」

 喜んで良いのかよくわからない。

「喜べ喜べ。披露宴するなら一曲作ってやるよ」

 予定はないから安心しろ。

「それは残念だ」

 ともあれ、

「幸せを望めよ、働きアリ」

 お前は俺の親か、と突っ込んだ。

「そうみたいなもんだろ」

 数秒、間を置いたあと、二人で噴き出した。


 今思えば、あのときが俺たちがお互いに会う最後のチャンスだったのかも知れない。


次は明後日。

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