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一、春

すでに完成済みを分割投稿。一、二週間掛けて、五話構成。

 キリギリスが死んだ。

 キリギリスの名は、岡原 健治。親友だった。



「俺をキリギリスとするなら、お前はアリだな」

 高校時代、昼休みの喧騒に包まれた教室で奴は言った。

「俺は人生を夏にかけた。お前は冬を越えるために蓄えた」

 高校三年の冬。窓の外では、積もりもしない雪が舞っていた。



 俺達はことごとく正反対だった。

 俺は確実性のみを信じ、着実な準備によって物事を進めていく。よく言えば慎重、悪く言えば鈍重だ。日々をこなすことは何よ

り得意だが、思わぬ事態に手間取る。

 一方、奴は予定は未定を地で行く人間で、だからこそあらゆる事態に柔軟に対応できた。それぞれの場面にすぐさま適応するが、日常ではどうしても味が薄くなる。

 同じところをあげるとすれば、どちらも将来の具体像だけははっきりしていて、お互いの生き方、暮らし方を、それもまた一つの形だと認め合っていたことだ。

 どちらも優秀だった。

 無論、学力や知識ではこちらが上だった。しかし、人間として、歩み方として、奴は俺と同じように、あるいはそれ以上に、優秀だった。



「大学には行かず、曲を作ってメジャーデビュー、一世を風靡するミュージシャンになる」

 それが奴の語ってくれた「夏」だった。

「叶うかどうかなんてわからない。夏にたどり着けるかどうかもわからない。たどり着けたとしても、冬を待たずに消える運命だ」

 奴は自嘲的に笑った。

「博打の夢だって言うのはわかっている。だけど、一度きりの人生なんだ。悪い賭けじゃないだろ?」

 一度、奴の曲を聞かせてもらったことがある。俺は音楽に少しも興味も知識も持っていなかったが、その俺でさえ「良い」と感じるものだった。

「お前にそんなことを言われると、脇の腹辺りがむず痒くなる」

 言うと、奴は決まって照れたような恥ずかしいような返答を返してきていた。



 俺の夢。いやそれを夢と言っていいのかよくわからない。あえて言うなら「将来の設計図」だろうか。

 可能な限り良い大学に入り、出来る限りの会社に就職し、安定した生活を手に入れる。

 恐らく、これを夢だと語れば、あらゆる人に嘆かれるだろう。そんな人生で良いのか、と。

 こんな人生でないと行けないのだ。皆が思い描くような、「普通」に憧れていた。

「いいじゃないか、お前らしくて」

 小学校、中学校からの仲だ。こちらの家庭状況を知っていた奴は、今度はきれいな笑顔で笑った。

「本当、お前はアリだよ」

 誉められているのか貶されているのかよくわからない。

「誉めているに決まっているだろう」



 高校を卒業すると、俺は大学進学のため別の都市圏に引っ越し、奴は上京した。

「年賀状と、新曲ができたら郵便で送る」

 引っ越し先の住所をお互いに交換し、別々の電車に乗った。

「頑張れよ。頑張るから。アリがキリギリスに負けるんじゃねーぞ」

 駅で交わしたそのやり取りが、奴と直接話した最後となった。



 よく言えば何事もなく、悪く言えば色のない大学生活を送っていた俺は、よくも悪くも順調に夢へと向かっていた。遊びに溺れることもなく、ほどほどの青春を味わった。

 奴から来るメールでも、路上ライブを始めた、ライブハウスで聞かれるようになったとか書かれており、着々と前に進めているようだった。

 幸いにもそこそこの大学に入れていた俺の夢は、少しずつ変化してきていた。

 自分の能力を活かしたい、ただ今だけのために生きたくない。

 それは、持つには少し遅く、だが真っ直ぐな夢だった。

「働きアリが適材適所を望むようになったか」

 電話口、からかうように言った奴に、うるさいと照れ隠しに言う。

「いいじゃないか、自我を持った働きアリ。生物学的には超稀少種だろうが、俺は応援してるぜ」

 ありがとうと返すと、当たり前だと快活な笑いが聞こえた。曲を誉めたときの奴の感覚をそのとき知った。なんとも言い様のないくすぐったさだ。

 そっちはどうなんだと聞くと、やや気分の上がった声で返答が来た。

「インディーズだが、出してるCDがある程度売れてきてる。まだまだ小金が入ってきた、のレベルだけどな。こんな嬉しい気持ちはガキの頃にアリの観察記録をつけて以来だ」

 俺の観察日記でもつけていたのかと聞くと、本物の方らしい。

「なんかの教材についてた『身近な昆虫観察キット』だ。近所で捕まえたアリを入れて、チョコチョコ動いているのは気持ち悪いが面白かった。ただ、奴らキットに入れるなり、こっちの餌を待つようになってな。子供心に働けこいつらと思ったよ」

 お前の方がよっぽど「アリ」してた。――五月蝿い、からかうな。


次は明後日。

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