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30分小説

作者: 雨月 嶽

アンティークの銀のスプーンに私は目を引かれた。

私は趣味でアンティークを集めている。

長年寄り添ってきた妻と、二人で始めた老後の楽しみだ。

骨董品店をあてもなくふらふらと歩き回り、心を惹かれたものを買う。

今日は、たまたま一人で近所をぶらついたとき、それは目に付いた。

私は、そのスプーンをまじまじと見つめた。

どうして私がそのスプーンに心を引かれたのか、わからなかったのだ。

僅かに曲がり、ところどころ錆びている細いもち手。

明らかに、スプーン曲げをした後だ。

その細いもち手から目をそらさずに、視線を横へ向けると滑らかな曲線が印象的な皿のようなものが付いている。

そこが三叉であったり、ナイフであってはいけない。

その皿が付いているからこそスプーンなのだ。

私はスプーンを手にとり、さらにじっくりと眺める。

なぜ……

なぜ私はこれに惹かれたのか……

私はスプーンの皿の部分にあるくぼみに、やせて皮膚のたるんでいる年老いた私の手を、指を、その腹を這わせる。

目ではなく、触覚で感じる。

錆び特有のザラザラした感覚が指を通して、脳へ伝わる。

柄の部分を持つ。

カレーを食べるときのように、鉛筆もちをする。

私はその時確かに、スプーンの上にカレーライスが乗っかっているのがわかった。

私には古びたスプーンが使われていた頃のように、ピカピカに光っているのが見えた。

スプーンを持ち上げ、口元へ持っていったその時、私は我に返った。

目の前のスプーンのカレーがなくなっている。

スプーン自身も僅かにさびの混じった、鈍い銀色に戻ってしまった。

これはスプーンの記憶だったのだ。

私がそのことに気が付くのに少し時間がかかった。

その時、私は唐突に悟ったのだ。

このスプーンはまだ働きたがっていると。

まだ働きたいというスプーンの意思が私を、骨董集めしか能がないこの老いぼれた人間を呼んだのだ。

骨董品は探すのではなく、選ばれるものなのだ。

そして私はこのスプーンに選ばれた。

私は銀のスプーンを握ると、レジへ向かった。

入り口から差し込む光がまるでスプーンを祝福するように反射した。

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