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3 あわてるカニは穴へ入れぬ

「湯女という習慣が、昔はあってね」

 脱衣所の隣にある控え室で、私はセーラにその衣装を着せてもらっていた。

「国王陛下が湯あみなさるときに、三、四人の若い女性が体を洗ったりしたの」

「このぴっちりした服を着て?」

 私は、なんとも心細い気持ちで問いかける。

 白い布一枚を、腰の帯で巻いただけの服だ。露出が激しいなんてものじゃない。背中は丸見えだし、スカートのすそは長いが両脇のスリットが深い。ちなみに下着はつけていない。

「そういう職業だったから、廃止されたのよ」

 セーラはため息を吐いた。それから、本当にやるの? と聞いてくる。あきらかに、私がおじけづくことを期待していた。

 私は迷った。しかし、ぐずぐずしていたら、ルーファスはリヴァイラと結婚する。

「私は行く!」

 が、セーラは心底情けない顔つきをしている。

「どうなっても知らないわよ」

「いざとなれば、助けを呼ぶから」

 私は、へらっと笑う。

「助けに行けるわけがないでしょう?」

 彼女はすねている。

「婚前交渉なんて、しかも浴場で、……外聞が悪いわよ」

 私は再度ためらった。でも結局、「平気だから」と根拠のないことを言いつつ、部屋を出ていった。無人の脱衣所を経由して、ルーファスがひとりでくつろいでいる浴場に入る。

「誰だ?」

 湯気の向こうから、けげんな声が飛んできた。

「私、綾子」

 私は、広い浴槽に浸かっているルーファスに近づく。

 彼はぽかんとしていた。浴槽は下にあるようで、低い場所から私を見上げている。すると、いきなり顔を洗った。再び私を凝視して、

「幻覚か?」

「本物だよ」

 私は、ルーファスのそばにしゃがむ。彼は、また洗顔した。

「夢だ、夢にちがいない、俺の願望が夢になって」

 つぶやきながら、浴槽の奥へ逃げる。奥にはライオンの像があって、口から湯が流れ落ちている。ルーファスはそれに、ものの見事に頭をぶつけた。

「大丈夫?」

 返事がない。

「私は背中を流したいだけだから、逃げないで!」

 彼は真剣な目をして振り向いた。結構な早足で、湯をかきわけて戻ってくる。

 どうしよう。今日のルーファスは挙動不審だ。いつになったら私は、彼と六年前と同じ関係に戻れるのだろう。

 ルーファスは浴槽の端まで来ると、体を持ち上げた。

「きゃぁああ!」

 私は悲鳴を上げて、背中を向ける。

「あ、悪い」

 彼は謝って、私の背後でごそごそした。

「おい、隠したから安心しろ」

 何を? とは聞けない。

「おけは、あそこだ」

 私は振り返って、彼が指さす方に目をやった。壁際に設置された棚の上に、木おけがいくつか置いてある。私はおけを取りに行った。

 彼は浴槽の縁に腰かけて、さぁ、背中を流せと待っている。歓迎されている様子だ。ちなみに、下半身には綿布を巻いている。

 私は浴槽の湯をすくって、ルーファスの背中を流した。

「気持ちいい?」

 彼はうなずく。私はご機嫌になって、二度、三度とざっぱーんとかけた。

「背中が広くなったね」

 六年前と比べものにならない。私はルーファスの背中に、ぴとっとくっついた。彼の体が、かちーんと固まる。

「ごめんなさい」

 私は離れた。

「いや、いい」

 彼は、ぼそりと答えた。

「ルーファス、聞いて」

 私はおけに湯を入れて、ちょろちょろと彼の肩に流す。

「私は、あなたが好きだから戻ってきたの」

 湯がなくなったので、おけを脇に置く。

「だから結婚をやめてほしいの。そして私と結婚してほしいの」

 彼は考えていた。やがて、たずねる。

「故郷へ帰らなくていいのか?」

「来月にいったん帰るけれど、すぐにお城に戻ってくるよ」

「そうか」

 言葉を落とすと、彼は浴槽に入った。また顔面に、ばしゃばしゃと湯をかける。なぜこんなに、顔を洗うのが好きなのか。さらに今回は、手までごしごしとしている。ルーファスは、こちらをじっと見た。

「一緒に入らないか?」

 一点のくもりもない誠実な申し出だった。が、

「服を着ているから」

 私は後ずさる。

「脱げばいいだろ」

 彼は湯から上がって、追いかけてきた。あっという間に私を捕まえて、帯を解く。服がすべり落ちた。

「あ」

 裸になった。とたんに、ルーファスが鼻を押さえて倒れこむ。

「どうしたの?」

 私は彼を助け起こそうとした。彼の顔から、ぽたぽたと血が床に落ちる。私は動転した。

「セーラ、助けて!」

 脱衣所に戻り、一糸まとわぬ姿のままで、セーラの待つ部屋へ飛びこむ。

「お医者さんを呼んで。ルーファスが、けがをした!」

 ぎょっとする彼女に、大声でさけんだ。

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