表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1 捨てる神あれば拾う神あり

 十五才のときだった。

 私は道路に突然現れた穴に落っこちて、異世界のとある王国へ行った。幸いにもお城の魔法使いたちが手をつくして、一か月後には日本に帰れた。

 けれど、お城に滞在する間に王子様を好きになって、彼と離れたくなかった。最後に一回だけキスをして、泣きながら別れた。私の初恋だった。

 そして、大人になった今。私は再び、この国へ来た。


 お城の図書室で、私はルーファスを見つけた。白い壁にもたれて、難しそうな顔で本を読んでいる。明るい茶色の髪も、濃い灰色の瞳も変わらない。ただ、体がとても大きくなっていた。

 そうだよね、ルーファスは今、二十二才。私だって去年、成人した。

 彼は人の気配に気づくと、本から目を上げた。視線がぶつかって、どきりとする。

「ひさしぶり」

 私は笑みを浮かべた。

「私を覚えている? 綾子だよ」

 ルーファスは無言だ。

「また異世界から落ちちゃって」

 彼はため息を吐く。

「わが国では二百年か三百年に一度、異世界から人がやってくるが」

 本をパタンと閉じた。

「十年もたたずに、しかも同じ人間が流れてくるわけがないだろ?」

 彼はあきれている。私は言葉に詰まった。

「母上がお前を、迎えに行ったんだな?」

 半分正解だけど、首を振る。

「すぐにばれるうそをつくな」

 ルーファスは本を持ったままで、こちらへやって来た。

「ロイが来てから、『綾子に会いに行け』と毎日うるさかったからな」

 ロイは、新しくお城にやってきた魔法使いだ。なんと十三才の天才少年。見た目は普通の子どもだけど、巨大な魔力を持っている。

 なので条件がそろえば、私の世界とルーファスの世界を行き来できる。よって、彼の母親と婚約者が私を迎えに来た。

「いつ帰る?」

 ルーファスは間近から、私は見下ろす。六年前よりもずっと背が高いので、威圧感があった。私は愛想笑いをしたけれど、彼は怒っている。迷惑そうだ。

「帰った方がいいよね?」

 弱気になってたずねると、ルーファスのまゆが跳ね上がる。ほおを紅潮させて、どなりたいのを我慢している。握りしめた拳が震えていた。

 こ、怖い。私は、じりじりと後退する。

 ルーファスは、優しい男の子だった。いつも笑顔で、毎日好きとささやいて抱きしめてくれた。思い出の少年と、今、目の前にいる彼が重ならない。

 彼が一歩を踏み出した瞬間、私は悲鳴を上げて逃げ出した。全速力で図書室から出て、廊下を走り三つ目のドアに入る。

 部屋では、ルーファスの婚約者であるリヴァイラと、王妃様が目を丸くしていた。

「感動の再会を果たした風には見えないわね」

 リヴァイラが紅茶のカップを、優雅に丸テーブルに降ろす。私はドアのそばで、へなへなと座りこんだ。

「顔色が悪いわ」

 王妃様がいすから立ち上がり、そばまでやってくる。手を貸してくれたので、私はすがりついて立ち上がった。

「ルーファスが別人です」

 王妃様は気まずげに目をそらした後で、

「あなたがいなくなってから、めっきり無愛想になって」

 ごまかすように笑う。

「照れているのよ。内心では喜んでいるにちがいないわ」

「そうは思えないです」

 私が言うと、リヴァイラがむっとして、ずかずかとやってきた。

「ルーファス殿下のことが嫌いになった?」

 ダイナマイトボディが仁王立ちして、私をにらむ。私は、ぷるぷると首を振った。

「なら、いいのよ」

 にーっこりと極悪な笑みをたたえる。金髪巻き毛のゴージャスな美女なので、迫力がある。

「私は政略結婚は嫌なの。加えて」

 リヴァイラは私を、びしっと指さす。

「忘れられない初恋の女性がいる男との結婚なんて、みじめだわ」

 私の鼻を、ぐいぐいと押す。

「私は、私だけを愛してくれる男性と恋愛結婚をするの」

 私の鼻を解放して、リヴァイラは手を胸に当てて宣言した。

「私の家名でも財産でもなく、私自身を求める人と!」

 だって私はこんなにも美しくて賢いのですもの、と高笑いをする。

「そのためには、手段は選ばないのよ」

 肉食獣のまなざしを、私に向ける。

「王子と結婚したくない私と結婚したいあなた。私たちは、友だちになれるわね?」

 気迫に押されて、私はうなずいた。

「強引なことをしてでも、あなたには私と殿下の結婚を阻止してもらうから」

 鼻息を荒くするリヴァイラに、あまり無茶はしないでと心配する王妃様。私は完全に巻きこまれている。正確には、リヴァイラが私と王妃様を巻きこんでいる。

 でも、いい。私には、私の打算がある。ルーファスをリヴァイラにとられたくない。二度と会えないと考えていた彼に会えたのだ。

 だから、あきらめたくない。ずっと彼のそばにいたい。今度こそ。

「がんばる。絶対にルーファスを落としてやる!」

「その意気よ! さっさと私から殿下を略奪してちょうだい」

 私とリヴァイラは、がっしりと熱い握手を交した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ