第三十ニ節「死神の囁き」前篇
風の国の国王王妃の侍女として、パンドラが白羽の城で働き始めてから
日々は瞬くように過ぎて行った。
そして、繰り返す毎日がひと月も過ぎた或る日。
その日も彼女は、一人夕暮れの森に足を運んでいた。
鬱蒼と生い茂る柘榴の森を照らしゆっくりと落ちてゆく夕陽。
その消えてゆく茜色の輝きを嫌うように
彼女は森の奥へと歩く。
やがて、開けるデケリアの湖畔。
その水面からも、穏やかな風に漂い煌めいていた色は遠ざかって行く。
暮れる夕日が空を赤く染め上げ、紫色に沈むまでの僅かな時間。
何時もの様にパンドラは、誰もいないデケリアの湖畔で佇んでいた。
その湖を見渡す水辺に腰をおろし
黒い水面に何を想い映すのか
時折に流れる夏風だけが
彼女の髪を静かに揺らし
優しく頬を撫でていた・・・。
第三十ニ節「死神の囁き」前篇
そんな時間の終わりを悟り、彼女が腰を上げた時だった。
これまで波一つ立てず穏やかであった水面がざわめく。
同時に一陣の強い風が木々を揺らしたかと思うと
舞う木の葉と鳥達の震えに森が一瞬嘶いた。
驚き立ちすくむパンドラ。
その喧騒に紛れるよう
目前にあった水面が水柱の様に膨れ上がって行く。
しかし、音もたてず、重々しく立ち上がるそれは
みるみる内に黒い塊を人の形に変えると
湖面に浮き上がり姿を露わにした。
色も暗く瞳を向ける顔。パンドラは更に強張った。
「ロッドバル・・・」
それは魔術によって水に映し身を作りだした
魔導師ロッドバルであった。
「やあ、オディエール、いや、今はパンドラか・・・」
「どうやってここに・・・」
「私も魔と呼ばれる者のはしくれでね
ただ、このカラダは似せてるだけだがね
私の本体じゃない、この方が
君が話しやすいんじゃないかと思ってね
残念ながら
これ以上はマーリンに気づかれてしまう・・・」
「何しに来たのです・・・」
「そういう言われようは些か心外だな・・・
こうやって危険を冒してまで
君に会いに来た私としては・・・」
「私に会いに・・・」
「そう、心配しているのだよ・・・」
「心配・・・?嘘・・・」
「嘘じゃないさ・・・
同じ魔の者として同情しているのだよ、君には・・・」
「魔のもの・・・、同情・・・」
「まさか、君も忘れちゃいないだろ
君はエリス様の分身とも言える存在
即ち、同族なのだよ、我々は・・・
そう、エリス様も酷い・・・
実の魂を分けた君に対して、これまでの仕打ち・・・
ま、私は言われた通りにやるしかないがね・・・」
「だから、また、お姉さまに、エリスに命令されて・・・」
「お姉さま?
あ~ぁ、そう言えば昔、君がオディエールの頃に
エリス様が君を妹と言った事も・・・
そう、確かに、君は妹といっても可笑しくない・・・
ならば尚の事、私が心配しても不思議じゃないだろ・・・」
「そんな・・・、信じられない、本当の目的は何です・・・」
「目的?そんなものはなぁい、自分で言うのもなんだが
私のような下っ端にはエリス様が何を考えているかなんて
私はただ、君が何か困ってやしないかと思ってね・・・」
「私が?」
「そう、可愛そうな君に
せめて何かしてやれないかと思ってね・・・
私に出来る事があればしてあげたいと・・・
何でもいいんだよ、例えば
何かを食べたいとか、誰かに会いたいとか・・・」
「誰かに・・・、会えるの?会わせてくれるの?」
「ああ勿論、誰でも、君の会いたい人に、ここで
でも魔族はダメだよ、マーリンにバレてしまう・・・」
「お願い、彼に、彼に会わせて、ファイストに、ファイストに会いたい・・・」




