第二十節「パンドラ」前篇
‘傀儡の禁呪’によって、命を繋ぎ止め蘇ったオディエット。
しかし
それは前回同様、エリスでも、オディエールでもなく
また
オディエットでもない。
例え
携える魂と記憶、その想いは彼女のままだとしても・・・。
第二十節「パンドラ」前篇
喜びとも哀しみとも分からぬ涙が頬を伝う中、抱き合うファイストとオディエット。
しかし、その再会も束の間。
朝靄の静寂に男の声が木霊する。
「ファイスト殿、ファイスト殿はおられるか?」
開く家の扉。
二人の従者を従え、その声と共に入ってきたのは風の国の大臣メテウスだった。
明るさを取り戻した外の光が、逆光のように彼らの輪郭を浮かび上がらせている。
オディエットを抱きしめるファイストの顔を見て、また静かにメテウスは口を開いた。
「すまぬな、鍵が掛かっていなかったので入らせて貰った・・・」
その声に我に返り、振り返るオディエット。
その彼女の顔を一目見て、メテウスは思わず声を上げた。
「ロ、ロセルナ・・・」
「・・・メテウス、大臣・・・」
「おお、私が分かるのか・・・、きっと国王も、お喜びになるに違いない・・・」
その言葉はファイストとオディエットを事更に現実へと引き戻した。
これから起きるであろう不幸を予期させ
着々と別れの時が近づいているのだと・・・。
そんな二人に構わず、何とも言えぬ想いを抑えるかのように
メテウスはオディエットに歩み寄った。
彼は膝を落とすと更に顔を寄せ、オディエットに見入った。
「何ということだ、しかし、これ程までとは・・・」
メテウスにしてみれば、それは当然の驚きであった。
また、彼でなくとも、蘇ったオディエットの美しさは驚愕であった。
王女ROSELUNA同様、やわらかな頬に白金の髪を揺らし、優しさに薫る瞳。
それは確かに本物と見間違えるほどの出来栄えで
正に生ける人の如くであった。
「さすが、メガラの傀儡師と噂されるだけのことはある・・・」
そんなメテウスにファイストは、僅かな抵抗を試みる。
「いや、大臣、彼女は、この人形は・・・」
そのファイストの態度を悟ってか
メテウスは彼から視線を逸らすと、スッと立ち上がり微かに声を荒げた。
「手放すのが惜しくなったか・・・」
「いえ、そうではなく・・・」
「よく耳にするが、人形師は自ら手塩に掛けた人形を我が子のように思うという
これ程の出来栄え、お主の気持ちも分からんではないが、約束は約束・・・」
「いえ、その、お金なら返します・・・」
「何が不服か?それとも、他に問題でも?」
「いえ・・・、その・・・」
「確かに、人情で言えば幾分心苦しくもあるが、こちらにも譲れない事情がある・・・」
「・・・・・」
そうして、口ごもるしかないファイスト。
すると、今まで後ろにいた従者のうち、黒い帽子と外套に身を包む女が
家の入口からメテウスの背後に進み出ると耳打ちした。
「大臣、あまり、お時間を掛けられては・・・」
「おお、そうだった、外にある馬車も目立つしな・・・」
その帽子を目深にかぶり、横目に視線を流す女の顔を見てファイストは驚いた。
「こ、これはリツァル伯爵夫人・・・」
彼が驚くのも無理は無かった。
それもその筈で、これまで大臣の従者だと思っていた女が
自らの住むメガラからコリントス一帯の領主として君臨する伯爵の婦人だったからだ。
その薄く笑みを湛える伯爵夫人にオディエットも反応した。
しかし、彼女の場合、それはその艶のある聞き覚えがある声にだった。
ふと、彼女は家の入口で逆光の中に佇む、もう一人の従者の顔に目を凝らした。
「あっ・・・」
「んっ?彼がどうかしましたか?」
「いえ、なんでも・・・」
問い訪ねるメテウスに、取り繕うかに視線を逸らすオディエット。
その黒い外套に身を包む大男。それは間違いなく魔導師ロッドバルであった。
この瞬間、オディエットは全てを理解した。
エリスの魂のカケラからオディエールとして生まれて以来
あの春雨降り頻る真夜中に、不幸を装いファイストの家を訪れた時も
傀儡の禁呪でオディエットとして生まれ変わり、妻として過ごした日々も
そして、再び禁呪で王女の生き写しとして蘇った今も
自分は魔女エリスたちの掌の中にいるのだと・・・。




