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第二章 BLUE-COFFIN  作者: メル・ホワイト・プリンス・ヴェリール
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第十二節「黒き美術商」

憂いを払うようにメテウスは、美術商の店の古びた木の扉を開いた。


玄関の呼び鈴というよりは、木製の細い鳴子が乾いた音を疎らに響かせた。


表の明るさとは対照的に店内は暗く、ヒンヤリとした冷たい空気が漂っていた。


目が慣れない店内の暗がりに人気は無かった。





挿絵(By みてみん)





   第十二節 「黒き美術商」





「誰か、誰かいないのか?」



店の奥から遠く声が返った。



「おや、お客さんかね?」



いくらもしないうちに慌てる様子もなく、店主らしき男が奥の部屋から顔を覗かせた。



「ああ、いらっしゃいませ、ちょっとお待ちを・・・」



店主らしき初老の男の、些か緩慢な応対であった。


ただ、常日頃から庶民を観察し理解していたメテウスには、己が身分を隠していればこんなものだろうとしか感じていなかった。


しかし、その店主の正体は魔女エリス配下の魔導師ロッドバルであり、その奥の部屋では本物の店主が既に死体と化していた。



店主らしき男は、臙脂色のベストのボタンを閉めながら、何事もなかったように奥から出てくると涼しげに言った。



「すみません、ちょっと休憩をしていましたもので・・・」


「いやいや、こちらこそ、休んでいたところすまない・・・」


「で、お客様、今日は何か、お探しですか?」


「いや、店主・・・、つかぬ事を聞くが・・・、お主、メガラの傀儡師を知っているか?」


「ほおぉ、お客様、御目が高い・・・」



メテウスにしてみれば、してやったりの想いだった。



「知っているのか?」


「知っているも何も、ファイストといえば、今評判の人形師・・・」


「そんなにすごいのか?」


「ええ、そりゃあもう・・・」


「しかし店主、実際に、その者が作った人形を見た事はあるのか?」


「勿論で御座います、これでも西はシュガールから南はカタロニアまで・・・」


「おお、古の国々のモノもか?」


「ええ、逸品珍品、不思議と呼ばれる類まで扱っておりますから・・・」


「おお、それは話が早い、して、その人形の出来栄えは?」


「おや、お客様は御存じない・・・」


「残念だが、私は見た事がないのだ、だから尋ねている・・・」


「それはそれは、おそれいります・・・」


「で、どうなのだ?本当に生ける人のごとくか?」


「ええ、肌はしなやかに柔らかく、唇には吐息を携え、瞳には魂が宿っております・・・」


「なんと、魂があるというのか?」


「はい、まさに生ける人がごとく、生身の人間と区別がつかぬほど・・・」


「それはすごい、しかし・・・、それは一体どうやって?」


「さあ、残念ながら、それは私にも分かりかねます・・・」



その言葉を聞いて、メテウスは少し声の調子を落とすと静かに問いかけた。



「店主、大きな声では言えぬが、お主も禁呪の事は知っていよう?」


「勿論で御座います、しかしお客様・・・、こう言ってはなんですが・・・」


「なんだ?かまわん、はっきり申してみよ」


「はい、我々の仕事は、お客様が望むモノ、喜ぶモノを仕入れて売るだけの商売・・・」


「それは分かっている」


「それが禁制の品と知っていれば手も出しませんが・・・」


「禁呪の品ではないのか?」


「考えても御覧ください、お客様の言う禁呪とは柘榴の木の事で御座いましょう・・・」


「むろん、柘榴の木は王家所縁の神木ゆえ、だから禁制とされている・・・」


「そう、ですから市場には出回っておりません・・・」


「その通り、柘榴の木は門外不出のモノだ・・・」


「ですから、手に入らぬモノであれば、それを使って人形を作る事も出来ません・・・」


「それはそうだが・・・」


「それに、この世に不思議なモノなど山ほどありましょう?」


「ま、まあ・・・」


「それらが全て柘榴の木かどうかなど、一々確かめようもないとは思いませんか?」



もっともらしい店主の言葉にメテウスは口ごもった。そんな彼にダメ押しをするように店主は続ける。



「まして、ファイストの技が何か?それを彼が教えてくれるなら誰も苦労はしませんでしょ?」


「確かに・・・、お主の言う通りだが・・・」



悉く正論な、いや、これも商人の口の巧さかとメテウスは思った。



「では、そのファイストなる者の品は、何か置いていないのか?」


「ああぁ・・・と、そういえば丁度いいモノがあります、人形ではないのですが・・・」



そう言って、店主はカウンターの下に顔を沈めると、その中から黒い木箱を取り出して見せた。



「お客様に見せる為に彼から借り受けていた宝石箱です・・・」


「おお、これは見事な・・・」


「そうで御座いましょう・・・」



それは掌に余る大きさで、短い四肢がある長方形の宝石箱だった。


蓋には幾何学模様のような細かい彫細工が施され、丁寧に漆で塗りあげたような黒い光沢があった。



「そうだ、お客様、ファイストの所へ行くのならば、私が紹介状を書きましょう・・・」



まだ、そうと決めた訳でもないメテウスに店主は言葉を続けた。



「そのついでと言ってはなんですが、この宝石箱を彼に渡しては頂けませんか?」


「いや、私は・・・」


「彼も忙しいでしょうが、私からの紹介だと分かれば融通も利くでしょう・・・」



そう言って店主は、戸惑うメテウスにもお構いなく、すらすらと紹介状を書き始めた。



「いや、店主、私は・・・」


「いやぁ、私もコレを返す手間が省けた・・・」



未だ心の決まらぬメテウス。


しかし、紹介状を書き終えると店主は、彼の手を取り半ば押し売りのごとく宝石箱と一緒に手渡した。




その時だった。


メテウスの手に宝石箱が触れた途端、彼の脳裏に昨夜まで見続けた悪夢が鮮明に甦り駆け巡った。


悪夢は眩暈を引き起こすようにメテウスを捕らえ、それは仮面舞踏会での出来事までも記憶の奥底から呼び起こした。



・・・・・ これは国王様、その王家の為になされること ・・・・・



どこかで聞いた女の声。


頭の中で繰り返す囁き。


それらに拘束されたようにメテウスは、手にする宝石箱を見詰めながら立ちつくした。


そして、何かに取り憑かれたように表情を変えると、小さく呟いた。



「そうだ・・・、この箱を届けなければ・・・、私には人形が必要だ・・・」



そんなメテウスを、不気味な笑みを浮かべながら眺める美術商の店主、いや、魔導師ロッドバル。


あの舞踏会の夜。


リツァル伯爵夫人に成り替わったオネイロス。


彼女が魔の棘に忍ばせた三つ目の魔力、最後の仕掛けが今芽吹いたのだった・・・。

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