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第二章 BLUE-COFFIN  作者: メル・ホワイト・プリンス・ヴェリール
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第九節「仮面舞踏会」

日没と共に始まった舞踏会。


華やかに着飾った貴族の紳士淑女たちが、流れるワルツに花を咲かせて舞っていた。





挿絵(By みてみん)





   第九節 「仮面舞踏会」





‘風の国’の国王と王妃両陛下は、自分たちの事を思う臣下メテウスの強い勧めで舞踏会へと顔を出した。


しかし、日毎に重く募っていた寂しさから、相変わらず心が晴れる様子は見られなかった。




その浮かぬ表情の二人を、遠目に眺めては胸を痛めるメテウス。


忠義に厚く気真面目な彼もまた、どうしたものかと一人思案に暮れていた。




そんなメテウスに艶やかな声が耳打ちする。



「大臣閣下、国王様のことが御心配で?」



不意の言葉に我に戻るメテウス。


声の方向に振り返ると、傍らに赤紫と黒の艶やかなドレスを纏った貴婦人の姿があった。


その美しい赤毛の巻き髪と首筋から甘い香りを漂わせ、黒光する蜘蛛の巣のような刺繍の仮面で目元を覆う女。




その仮面の奥の瞳を見てメテウスは、彼女が舞踏会場前の一本道で擦れ違った黒馬車の女主だと気付いた。



「ああ、貴方は先程の・・・」



そう短く挨拶を交わすメテウス。



「はい、御無沙汰をいたしております・・・」



特に仮面と銘打って開催されている舞踏会ではなかった。


ただ、公式行事以外で無礼講の色合いが強い舞踏会では仮面を付ける事が許されていた。




この場合、頻繁に顔を合わすような間柄では、その仮面の奥の素性は分かり切っていたものだった。


それでも、そうすることによって誰彼構わず一夜を楽しむというのが社交界での暗黙のルールとなっていた。


都合の良い大人の火遊びを正当化する為の、揉め事を最小限にする為の知恵と皆は考えていた。




メテウスの性格上、王城を訪れた者の顔と名前は一通り覚えているはずだった。


本来であれば、警備上の事も考慮し、まず全員の顔を確認しているはずだった。


国王の身を案ずるあまり、何時もは行っている作業を、その機会を思わず逸していたのだ。


その上、顔の半分を仮面で隠されているせいもあってか、やはり彼女が誰であるかは分からなかった。



「ああ、いや、その失礼ですが・・・」



「無理もありませんわ、普段はリツァルも私も、このような華やかな場所へは顔を出しませんから・・・」


「おお、貴方は‘リツァル伯爵’の御婦人であられましたか・・・」


リツァル伯爵家。


それは王家の遠縁にあたる家柄であった。


‘アッティカ’の西外れにある‘コリントス地峡’一帯の地方領主であり、その重要守備を建国以来受け継いでいる辺境伯である。



----- どうりで -----



メテウスは心の中で頷いていた。




伯爵の堅物さは有名だった。


確かに、この手の催し物に顔を出した事は一度もなかった。まして、その夫人ともなると分からないのも当然だと。


その事を伯爵婦人、いや、彼女に扮する‘魔の女騎士オネイロス’は熟知していた。


それも‘魔女エリス’の策略の一助となる要素として計算されたものであった。


オネイロスは魔女エリスの命令を受けて、リツァル伯爵諸共、既に婦人もこの世に亡き者としていた。


そうとは露知らず、一人合点がいく中で納得顔のメテウスに伯爵夫人が言う。



「王女様の事は私も聞いております・・・」


「なるほどそれで・・・、はるばるコリントス地峡からお出で下さいましたか・・・」



疑う余地もなくメテウスは会話を続けた。



「お年のせいか、最近、少し気弱にも・・・」


「さぞかし寂しい思いをされているのでしょう・・・」


「ええ、それで王家血筋の者から養子なども、御伺いを立ててはみたのですが・・・」


「それは名案で・・・」


「いや、ところが国王様は王女様が帰ってこられる事を信じておいでで・・・」


「分かりますわ、でも、それならばなおさら・・・」



そう言って伯爵夫人は笑みを浮かべると、優しくメテウスの手を取り皆が踊る中に彼を引き出した。



「貴方様まで、そんなお顔をされてては、せっかくの舞踏会が台無し・・・」


「ま、まあ、そうですが・・・」


「お相手を願えて?」


「いや、私は・・・」



政事や学問に係る事であれば右に出る者が居ない程のメテウスも踊りは苦手であった。


及び腰の彼に伯爵夫人は呟くように言葉を投げた。



「それに、国王様をお慰めするのに妙案が・・・」


「妙案?」



その一言に釣られて止むを得ず踊り始めるメテウス。


ぎこちない動きを伯爵夫人にリードされ、されるがままに歩を踏んだ。


それでも、ようやく彼の踊りにも余裕が出来た頃。



「ところで伯爵夫人、その、先程の妙案というのは?」


「妙案?そう・・・、例えば・・・」



伯爵夫人はメテウスの肩に置いていた左腕をスルリと首に回すと、彼に抱きつくように耳元で囁いた。



「メガラの傀儡師、大臣閣下は御存じで?」



その言葉と共に彼を包み込む甘く誘惑的な香りに、一瞬硬直するメテウス。



「ああ、あの最近うわさの・・・」


「ええ・・・、なんでも、生ける人形をも作れるとか・・・」



その言葉を聞いてメテウスは立ち止った。


そして、伯爵夫人を少し引き離すと顔を強張らせて言った。



「しかし、それは禁呪の法を犯す事に・・・」


「まあ、恐いお顔・・・」


「い、いや、失礼・・・」


「例えばのお話ですわ・・・」



そう上目づかいに笑みを浮かべる伯爵夫人は、気を取り直すように再び体を寄せると踊り始めた。



「もしそうだとしても、これは国王様、その王家の為になされること・・・」


「それは確かに、しかし・・・」


「あくまで、例えばのお話・・・」



メテウスは少しのわだかまりと理性の狭間に複雑な表情を浮かべていた。


そんな彼をよそに、伯爵夫人は艶のある微笑みを再度浮かべると視線を合わせ言う。



「でも今は、今宵を楽しまれては・・・」



確かに今は彼女の言う通りかもしれない。


そうメテウスも半ば納得しかけた時だった。


彼の首筋にチクリと刺さる、それも辛うじて感じる事の出来るような痛みが走った。


思わず、小さく声を発するメテウス。



「んっ・・・」


「どうかなされまして?」


「ああ、いや、なんでも・・・」



気のせいかと思うほどの微かな痛みに、何事もなかったように笑顔を見せるメテウス。


ただ、それはメテウスの首に回した伯爵夫人の指先、オネイロスの人差し指から伸びる魔の棘によるものだった。



一見、何事もなく踊り続けるメテウス。


場内に響き渡るワルツのメロディー。


そして、曲が終わり音が途切れた時、踊り終えた彼を微かな眩暈が襲う。


よろめくメテウスに伯爵夫人が声を掛ける。



「大臣閣下・・・」


「いや、大丈夫、ちょっと眩暈が・・・」


「まあ、それは大変・・・、誰か・・・」



そう言って伯爵夫人は、メテウスを近くの椅子に座らせると、給仕に水を持って来るように命じた。




目に映る世界が回っていた。


煌びやかな灯は赤紫に霞み、まるで飴が溶けて行くように歪み回っていた。


メテウスは給仕から水を受け取ると、暫く椅子で項垂れていた。




それから、どれくらいの時間が経っただろうか。メテウスは自分の名を呼ぶ声で我に返った。



「大臣、メテウス大臣、いかがなされた?」



正気を取り戻すメテウス。


彼の目の前には賢者テオゴニアの姿があった。



「おお、これは賢者殿、いや、ちょっと目が回ってしまったようで・・・」



メテウスにしてみれば、それは僅か数分の、些細な事に思っていた。



「お恥ずかしい・・・、踊りには不慣れなもので、それより賢者殿こそ、いかがなされましたか?」


「いや、微かだが、何か魔の力の気配を感じたのだが・・・」



そう言って、テオゴニアは華やかに踊りが続く舞踏会場へと目をやった。


「それはそれは、しかし御覧の通り、つつがなく・・・」


見回す場内にオネイロスが化ける伯爵夫人の姿は既に無かった。


その事にメテウス自身も気付いてはいなかった。


というよりは、伯爵夫人の記憶自体が彼の記憶の奥底に深く眠らされていた。


それはオネイロスが魔の棘に忍ばせた三つの魔力のうち一つ目が為したものだった。




踊る紳士淑女を眺めながら、何やらいぶかしげな表情のテオゴニアにメテウスは言葉を続ける。



「取り越し苦労では?それとも来賓の方々を、お一人ずつ御調べにでもなられますか?」


「・・・・・」



その問いに無言で答えるしかない賢者テオゴニア・マーリン。


この時、既にメテウスが魔の者の術中に落ちているとは、さすがの彼にも見破る事は出来なかった。




その後、何事も起こる事無く風の王城で行われた舞踏会は幕を閉じた。


隣国‘華の国’での出来事を踏まえる賢者テオゴニア・マーリンも、感じた一抹の不安を己の杞憂と思い直すしかなかった。


しかし、この時に彼が感じた予感は、やがてメテウス自身も気付かぬままに、オネイロスが仕込んだ二つ目の魔力‘時限式の悪夢’に犯され、‘魔女エリス’が企てる悪しきシナリオの演者となっていくことで芽吹く事になる。

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