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歯車の賭け

作者: 零夜

 どこまでも続くのは灰色の世界、空も地面も灰色だった。なぜ生きている意味が分からずただ彷徨い歩く旅人。

 何も考えずに歩いていると視界にきらりとした何かが入る。


 立ち止まりゆっくりと視線をめぐらせる。旅人の佇む場所から数歩離れた場所。

 そこには金色に輝く歯車が一つ。


 ゆっくりと歩み寄り旅人は薄汚れた指を伸ばしてそれをつまみ上げる。指と同じように薄汚れた掌にのせて、不思議そうに見つめる。


 その歯車は世界に色を(とも)す鍵となる。

 

 だが、旅人はそれがただの歯車にしか見えなかった。それでも、手に取った。歯車が呼んでいた気がして。ぼんやりと見つめていれば鈍い輝きが何かを訴えてくる。

 旅人はその場を去る。その歯車を必要としている場所に向かうため。


 手の中で歯車が訴えるように輝く。こちらだ、こちらにきてくれと。輝きと熱を発しながら促してくる。

 ただ目的を達成するため、旅人は導かれるままに……。うつろな眼差しには徐々に光がともり始め、しっかりとした足取りでただ歩き続ける。


 声ならざる声は響く。私のもとに来てくれと。

 生きる意味をなくしていた旅人は、死ぬ前の一興だ。と自嘲の笑みを浮かべて足を運ぶ。やがて…

旅人は辿り着く。朽ちた塔へと。

 空を貫くように伸びた塔を見上げて、ここなのかとつぶやく。果てしなく伸びる塔はくらりとするようなめまいを覚えるほどに高い。


 金の歯車は訴える、ここの天頂へと連れていけと。果てしなく伸びる空をつく朽ちかけた塔。

 旅人はそれを見上げ、呟いた。


「これが私の最期の生きる目的となるのか」


 果てしなく伸びる塔、ゆっくりと塔に近づいていく。近づくとまるで誘うかのようにぽっかりと開いている扉が。細かな装飾のされた石の扉を押し開けば、きしみながら内側に開く。

 誘われるかのように旅人は塔の中へと入る。


「お待ちしておりました」


 塔の中に進めば、天高い場所から降り注ぐ光によって明るく染められている。しんとしてはいるがどこか荘厳な空気の中、ひとりの少女が声をかけてきた。


「さあ、こちらへ……」


 彼女は丁寧に旅人を階段へと誘う。白く細い指と愛らしい微笑を伴って。


 少女はどこか儚い雰囲気をまとっていた。触れれば今にも崩れそうな砂の城のように。雪のように解けてしまいそうなそんな淡さも。旅人は誘いには乗らず自分の意志で階段に足をかける。


 一段一段を踏み締めながら旅人は階段を上り始める。少女はその後ろをただ微笑を浮かべながらついてきていた。何もせずただ変わらない微笑を浮かべながら。


「なにを考えて登るのですか、あなたは」


 少女の柔らかい声が問うてくる。だが、旅人は答えない。口を開こうとすると歯車が熱を持ち、なにも言うなと訴えるのだ。

 何もと答えようとするのだが、ほかの答えを言いそうになるのを拒絶するかのように明滅も繰り返す。


 少女はそれをわかっていながら聞いてきたのか……。そんな疑問がふとよぎったが、旅人にはわからない。

 わかりたくもないと淡い微笑を浮かべてゆっくりと自分のペースで登っていく。


「あなたはどうして登るのですか」

「登りきった先に何があると思いますか」

「どうして私の問いに答えてくださらないのですか」


 少女の問いには答えずただ歯車が促すままに足を運び続ける。答えないというよりも、上ることに集中しているため聞こえないといったほうが正しいのかもしれない。

 不思議なことに全く疲労を覚えない。ぐるぐると永遠にも近い階段を上り続ける

 終わりがないのでは……、と疑問に思ったところで巨大な扉が目の前に現れた。


「開けるのですか?」

 

 少女の少し固い声を無視して、ゆっくりと扉を押し開ける。陽の光に染まった暖かい空気が迎えてくれた。初めて旅人の表情が緩む。暖かな空気に包まれて、柔らかな光が目に染みて涙が一粒だけこぼれた。


 ぐるりと視線をめぐらせて、空間の中央には巨大な鐘があるのを見つけた。歯車と同じ金色の、大きな大きな鐘。どんな音がするのだろう、初めて疑問が胸に宿った。鐘の向こうには灰色の空が広がっている。なぜかそれが今になってとても悲しく思った。


 ゆっくりと旅人は一歩を踏み出す。少女が止めようとするかのように声を響かせる。


「あなたの時は終わってしまうかもしれないのですよ」


 旅人は振り返らずに答えた。


「このような灰色の世界がこのまま続くというのならば、私に時など必要ない。ただ私は色の点ったこの世界を一度でいいから見てみたいのだ。そのためならばこの命も惜しくはない」


 とても穏やかな声がこぼれた。もしもここで自分の命の時が止まったとしても、満足できるとなぜか思ったのだ。

 鐘に近づけば歯車が一つだけかけた機械が。ぽっかりと空いた穴が歯車を誘うように、明滅を繰り返す。旅人はそっと金の歯車を穴に近づける。


 カチリという音をたて、歯車はピッタリと穴に嵌まった。旅人はそれを確認すると、目の前に人が一人入れるほどのガラス張りの扉が。ゆっくりと扉を押しあけて中へ……。中もガラス張りの空間。ゆっくりと進んでいけば、中央に一つのスイッチ。


「待って!」


 少女の切羽詰まった声がわんわんと部屋の中に響く。それに少しだけ振り返る。今にも泣きそうな少女が背中に抱き着いてきた。


「お願い、やめて」

「なぜ?」

「それは……」

「私の意志は誰にも邪魔することはできない」


 少女を振りほどき、ゆっくりとスイッチに指を押し当てて押し込んだ。カチンという音を立てて、機械が動き出す音が聞こえた。

 ふわっと旅人は暖かな光に包まれる、瞬きをすればいつの間に鐘の前に立っていた。


 カラーン、カラーンと鐘が鳴り響く。世界の果てにまで届けと言わんばかりに澄んだ音色を奏でる鐘。はらはらとなぜか涙がこぼれていく。


「私の選択は間違っていないのか?」

「あぁ、間違ってはいない」


 声の主を探せば、自分がはめ込んだ歯車がひときわ強い光を放ち旅人の目の前には歯車と同じ色の目と髪の色をした男が立っていた。

 男はついっと視線を旅人の後ろで涙をこぼしている少女に向け、荘厳な声を響かせる。


「賭けは我の勝ちだ」

「賭けとは?」

「人よ、人の子よ。汝は未来に進むか、過去にとどまるかのどちらかを選ばさせられていたのだ」

「どういう意味だ」


 涙をこぼしながら心からの疑問を言の葉にして空気に溶かす。男はゆったりとした微笑を浮かべて、すっと腕を伸ばして外を見るように促す。

 鐘の向こうに広がるのは、心を震わせる青い空が広がっている。柔らかな風が頬を撫で、心地よさに目を閉じる。


「我らは賭けをした、人の子が先の見えぬ未来を選ぶか平穏な過去を選ぶか」

「私はどちらを選んだのだ?」


 男は鐘を見上げてふわりと微笑む。


「我は歯車、未来を紡ぐ歯車」

「後ろにいる少女は?」

「彼女は過去、過去を語る少女」

「私は未来を選んだということか?」

「そうだ」


 何かが崩れる音を聞き振りかえれば、少女が泣き崩れていた。どうしてと繰り返しているのを聞いて、思ったことを口にする。


「あなたの言葉は心に届かなかった。ただそれだけだ」

「我の言葉は届いたのか?」

「わからない、私は私の思うままに歩んだだけ」

「やはり人は強い。自ら未来を切り開くことができるのだから」


 男は光に包まれる。白布を主体にし金と銀の装飾のなされた服と繊細な飾りのつけられた杖を手にしていた。

 

「ならば我は人のこの未来を見守ることにしよう」

「彼女は?」

「我とともにいる。人が『今』を振りかえるために彼女はいる。人が『今』を進むために我はいる」

「そうなのか」

「さぁ、帰れ。汝のあるべき場所へと」


 男が杖を振る。シャラシャラという美しい音が響くと同時に目の前が真っ白になる。地面が固いものからやわらかいものに変わるのを感じる。


 ゆっくりと視界が戻ってくる。旅人は世界を見据えた。

 彩りのある世界を。


「未来も過去も『今』が生み出すもの」


 そっと彼はつぶやいて、新たに生じた世界を歩き始める。


 あてもなくただ、「今」を生きるために。

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