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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第四話 逃亡幇助

 敵機の囲みを突破するべく、ティアラスが両肩をぐっと窄めて滑走を開始した。

 左右に陣取っていた数機のレイグが退路を阻もうと一斉射撃。それぞれの銃口から銃弾が放たれ、射線上にある木の幹を難なく貫きながらティアラスに襲いかかる。


 ティアラスは低い姿勢を保ったまま更に加速し、銃弾を置き去りにして下り坂を駆け下りていく。

 オレンジ色の射線が遅れずに追い、半透明の弾道を残しながら木々の間を飛び交った。猛威に晒された木の幹が木片を散らし、逃げるティアラスを追うように倒れていく。

 ついに無数に撃たれた銃弾のうちの何発かがティアラスの外殻甲を捉えた。動きが鈍った白い機体に、銃弾が立て続けに放たれた。肩甲の部分がものの数秒で金属破片と化す。


 外装の一部を犠牲にしつつもなんとか銃弾の嵐を掻い潜ったティアラスの足元で、今度はいくつもの榴弾が破裂し、炎の柱が上がった。どこから撃たれたのか、ヤハヴェイのいる位置からは見えなかった。

 爆風で真横に吹き飛ばされたティアラスが、背中から大木に叩きつけられた。幹が軋み、梢が大きく揺れ、枯葉が百に満たなそうな数を残して振るい落とされる。


 押し殺した悲鳴が耳に入り、操縦桿を握っている理音の手がぴくりと動いたが、ぐっとこらえた。すぐにでも助けに入りたいのは山々だが、ここで手を出してしまっては肝心の敵を撒く作業ができない。あくまで冷静に。自分は今できる最高の仕事をする。あとは、これまで包囲戦を持ちこたえたティアラスの機士の腕を信じるのみだ。

 

 側面から回り込んでいた敵機が勝機と見たか、未だ立ち上がれぬティアラスに接近。肩に担いでいた斧型のヴァイブレードを斜め上から振り下ろす。

 あわやというところで、ティアラスが低い体勢のまま膝間接を曲げ、腰のスラスターを噴射した。低い体勢で突出したティアラスの肩を斧の柄が打った直後、懐に入り込まれた敵機がバランスを崩して後ろに転倒。相手を突き放す反動を利用して、ティアラスがヤハヴェイの目指している方角へ転進した。


 見事な荷重移動に舌を巻きつつ、理音が敵の陣形が崩れていく様子を目視とレーダー両方で確認。タッチパネルを慌ただしく操作しながらアクセルペダルに全体重を乗せる。

 最後方にいたヤハヴェイが空気を押し開き、颯爽と戦線に加わった。ショルダーのパックが左右に開閉し、搭載されていた多弾頭弾が露出する。

 後方からの駆動音に気づいた最寄りの二機が、ようやくヤハヴェイの方を振り返った。それを待っていたかのように、ヤハヴェイの肩から橙色の弾が飛び出した。迫りくる多弾頭弾の煌めきを目の当たりにし、二機が爆発に巻き込まれまいと左右に散る。おそらくは周りの機体にも連絡を入れてくれたことだろう。

 宙に放たれた巨大な蜜柑の皮が一瞬で剥がれていき、房ごとに切れ目が入ったところで八方向へ飛び散った。煙を尻から吐き出すミサイルに、包囲陣形を組み直そうとしていた敵機の群れが、泡を食ったように散り散りになった。

 だが、弾に爆薬は詰められていなかった。地面に、あるいは樹木に接触した拳大の弾から噴出したのは爆炎ではなく、大量の白煙だった。


 閉ざされゆく視界の中で、理音がサーモグラフィで周囲を再確認した。目下の懸念は崖上に陣取っていたディグがティアラスの不意を突くことにあった。狙撃で足を撃ち抜かれでもしたら、救助は断念せざるを得ない。

 意を決した理音が左側にあるスロットルを押し上げ、脚部スラスターを起動させた。ヤハヴェイの踵から炎の羽が吹き上がり、機動力が瞬間的に上昇する。

 思惑通りにというべきか、煙の薄い場所に出た途端に上空から弾丸が飛来。すぐ後ろの地面を叩いた。狙撃手がこちらに狙いを定めたのだ。

 進路を予測した上での偏差打ちで当てられぬよう、ヤハヴェイが曲線を不規則に描きながら戦場を駆け巡る。コンマ数秒遅れて、ライフル弾がヤハヴェイの影を撃ち抜いていく。

 ステルスコーティングによってロックする類の武器は電波が届かず使用不能。なれば機士自身の腕で高速移動中のヤハヴェイに当てるしかないのだが、重い武器をほとんど乗せていない機体は速力も旋回性も半端ではない。煙幕で視界の悪い中ともなればそうそう当たることはない。


 ヤハヴェイが囮になっている間に、ティアラスが悪化しつつある視界の中から包囲網が破れた箇所へ突破を図る。その様子を確認した理音がナイスタイミングとばかりに唇を舐めた。

 ティアラスの向かう方へ先回りすべく、理音は再びヤハヴェイを煙幕の中に移動させる。機影を完全に見失ったのだろう。息の長い狙撃の銃声がぴたりと止んだ。

 一方で、視界を奪われた他の敵機もサーチを行っていたのだろう。飛び交う銃弾のいくつかがティアラスの走る辺りで火花を散らした。これには肝を冷やしたが、幸いそのまま体勢を崩すことなく煙幕を突き破ってきた。

 理音が再びタッチパネルを叩きつつ操縦桿を握る。サーモに切り替えて敵の位置情報を更新。こちらに接近してくる敵は最寄りの二機のみ。

 迫り来る敵が背を向けて逃走するティアラスに銃を向けるより早く、理音に操られたヤハヴェイが腰のホルスターから銃を素早く引き抜き、躊躇なく引き金を引いた。

 サイレンサー付きだったが、コクピットの中にまで衝撃音が伝わった。太い銃口が二度三度と火を吐き、手甲を撃たれた衝撃で敵機が武器を取り落とす。

 遅れること数秒。突進してきたティアラスとの接触を避けるべくヤハヴェイを横に引かせ、道を譲った直後に理音が声高らかに叫ぶ。


LHレフトハンド、スプレーガン換装! 並びにRSライトショルダー、射高75度方向<誘導体デコイ)>射出!」


 今まさに目の前を通り過ぎようとしているティアラスの前方に向け、ヤハヴェイがステルス粒子の詰め込まれたスプレーガンを噴射。霧状の粒子が球状に散布されたところにティアラスが突っ込んだ。

 一方で、ヤハヴェイの右肩から打ち出されたデコイが煙の尾を引きながら上空に向かう。


 それ以降、ティアラスの方に向けられていた射線が見当違いの方向へとずらされ始めた。ステルス粒子を纏ったティアラスの電波が一時的に感知不能になり、代わりに敵の感知センサーに反応したデコイの光点を銃撃しているのだ。

 高度が表示される三次元モニターならいざ知らず、二次元モニターではパネルに映る光点の位置が優先的な判断材料になる。そして、対空砲火や市街戦での戦いでなければ三次元モニターを使うことはほとんどない。

 射高に細かい注文をつけたのはレーダーに映るデコイの光点速度を、少しでもMAGの移動速度に近づけるためだった。崖上のディグがデコイを見止める可能性はあったが、発見されたとしてもそれをすぐ仲間に伝えるかは怪しい。


 理音は後方に退いたティアラスの方に向かうべく握っていた操縦桿を回し、アクセルを踏んだ。

 退却途中、バックモニターに追手と思しき機影は、ついに現れなかった。



 それから数分も経っただろうか。戦場となっていた場所よりやや開けた山間で、前方に先行していたパールホワイトの機体を視認した。

 後ろから敵機が追ってきていないかをモニターとレーダーとで確認し終えたところで、理音がようやく一息ついた。ヤハヴェイにハンドガンを仕舞わせ、ティアラスを斜め後方から追走した。


「もういいぞ、一旦そこで止まれ。そちらの機体を適当なところに隠す」


 再びティアラスの回線に強制接続した理音がそう申し入れた。間もなくガス欠になるという話を聞かされていたからだった。

 だが、先ほどとはうって変わって、スピーカーからは声が返されなかった。もしや、所属を明かしたこちらをまだ味方だとは思っていないのだろうか。それとも、そもそも燃料切れというのがプラフだったのだろうか。


「おい、おっさん。聞いているのかよ、ストップだ」


 理音が気持ち苛立たしげにいったが、やはりティアラスの速度は落ちなかった。最高速というわけではなさそうだったが、止まる気配も感じられなかった。

 もしやこのまま自分からも逃げる気だろうか。燃料がまだそれなりに残っているのなら有り得る話だ。それならそれで構わないのだが、ここまで援護したんだから礼のひとつくらいは聞きたいのが人情ではないか。

 ついでにいえば、というかむしろこちらが本命だが、消費した弾薬分くらいは補填して欲しかった。頭の中で札に羽が生えて飛んでいく映像がリアルに浮かぶ。


 まあいいか。予想外の出費にはなったが、トラブルになるよりはましだ。懐が温かくなければ強引にでも止めていただろうが。

 理音がヤハヴェイを停止させようとした瞬間だった。ティアラスが道端の木の幹に、強かに肩をぶつけた。ブレーキを踏みかけた理音の足がぴたりと停止し、そのままアクセルを踏み直した。

 ぶつかった反動でティアラスの体勢が傾きかけたが、そのまま慣性に従って姿勢が戻った。おそらくは意図的に戻そうとしたわけではなく、ただの偶然だ。

 気絶している。その可能性に思い至った理音がはっと前方に目を移した。確かこの先は――


 断崖絶壁だ。全身から血の気が引いていくのを感じた。



LHレフトハンド、<マグニティアンク>!」


 舌打ちの入り混じった音声にもコンピューターはしっかり反応した。スプレーガンのスロットが下向きに回転して奥の方に仕舞われ、入れ替わりに上から出てきた牽引用のワイヤーがセットされた。

 装着変更からコンマ数秒でティアラスの腰椎部目がけてワイヤーを射出。チタン合金で作られた鉤付きワイヤーが接触した金属面と反応、高圧電流を流すことによって瞬間的に磁場を形成する。

 引力が生じてキュアラスの速度が弱められると同時に、両足裏側のスラスターを最大出力で噴射させる。たわんでいた極太のワイヤーがピンと張り詰め、足からはみ出す炎が土を勢いよく焦がす。

 だがそれでも、ティアラスは止められなかった。


「うげ、まじでっ? これでも止まらないのかっ!」

<スペリオル、まずいです。この機体、3000に近い総計出力(eshp)が計測されています> 

「なんだそりゃ、軽装甲の人型が重装機兵以上あんの!? こいつ、量産機に扮した新型か! ……すげぇ、一体どんなエンジン積んでるんだろっ!」

<いや、いや、そのようなことを言ってる場合では>


 いわれずともわかっている、と理音が表情を引き締めた。ヤハヴェイは低速で、しかし確実に崖の方へ引きずられている。

 ワイヤーを放してしまえと悪魔が囁いたが、即座にその考えを振り棄てる。こちらだって少なからず危険を冒したし、値の張るスプレーガンに加えてデコイまで撃った。助けた報酬も得られず勝手に死なれては明日からの夢見が確実に悪くなること請け合いだ。恩着せがましいと思われようが知ったことではない。一人暮らしの男子のがめつさを甘く見てもらっては困る。

 しかし、このままでは埒が明かないのも確かだ。前向きになって最大出力で引っ張ればと考えてみたものの、さすがにそこまでやるとワイヤーの方がもたないだろう。燃料切れが訪れればすべては丸く収まるのだが、そう都合よく事が運ぶとも考えにくい。


 理音がタッチパネルをなぞりつつ、操縦桿を淀みなく動かす。

 ヤハヴェイがワイヤーから右手だけを放し、ホルスターから先ほどとは違う銀色のハンドガンを取り出した。

 透過型モニターに赤い照準マーカーがモニターに映し出される。狙いはティアラスの両脚関節部。電源ケーブルが埋まっているだろう場所をマーカーが示したところで、射撃ボタンを押した。

 先端の重量を増し、矢のように尖らせた80ミリ徹甲弾が脚部に命中し、ティアラスの膝裏辺りから火花が散った。しかし、未だ止まる気配はない。

 硬い。さすがはブラン・メタリア社に並ぶ世界有数の軍需企業タテミネ社。薄くとも素晴らしい装甲だ。細部まで行き届いたいい仕事をしている。

 などと言っている場合ではなくなってきていた。


 合金でできた黒い爪先が足元の土を削り、岩盤に乗り上げていく。たび重なる縦揺れで狙いがどうにも定まりにくい。

 ずるずると引きずられている最中にもヤハヴェイの指が、何度となく銃の引き金を引いていた。前から崖が迫ってくるのがわかる。もう200メートルを切っているだろうか。

 ナビの地形データを見る限りでは、そこを過ぎれば50メートル下の谷川まで真っ逆さまだ。単体のスラスターで生じる浮力だけではどうにもならない。運が良ければパイロットは助かるかも知れないが、MAGはスクラップ確定だ。なにより、先ほどの物騒な連中が墜落の音に気づいてしまうだろう。

 空になったマガジンの入れ替えを行う理音の横で、キャスが網籠の中から顔を出した。


<スペリオル、コクピットを開けていただいてもいいでしょうか?>

「一応聞いておくけど、なんでだ」

<外の空気が吸いたいナゥ>


 そういうキャスの円らな瞳は必死にクロールしている。理音はカメムシを見るような目で小動物を見下してから、何も言わずに前を向いた。



 木々が途切れて両側の視界が開けた途端、右手に細い滝が姿を現した。 

 ボタンを押し込むカチカチという音が、やたらと大きく聞こえ始めた。途中から何発撃ったかもわからなくなっていた。


 崖と空のラインが少しずつはっきりとしてきた。とにかく踵からのスラスター噴射さえ止めてしまえば。ワイヤーを持っている方の手首を当てがい、弾丸が尽きたマガジンをスライドさせる。

 頼むから早く。早く止まってくれ。

 背筋に薄ら寒さを、脇の下に汗を感じつつ、理音が懸命にボタンを連打する。

 その傍らでは、我慢しきれずに籠から飛び出したキャスが、ぴくりとも動かない開閉レバーを相手にじゃれついていた。

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