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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第二話 キャスティウォーカー

 ピッピと、規則的な電子音が鳴り始めてから間もなくして、こめかみの辺りがぴくぴくと引きつりだした。胸の辺りがむず痒くなり、呼吸も乱れ始めている。

 後天的な音恐怖症の発作だった。電子音ならなんでもというわけではなく、特定の波長からなるピー音、特に長音に対して発症することが多かった。FAXの受信音なんかを聞かされるともうダメだ。

 やるべきことはわかっている。いつものようにまぶたを閉じ、しばらく息を止めればいい。理音はそう自分に言い聞かせ、目を瞑って口を結んだ。

 息苦しさが先に立ったが、目を開けたときにはどうにか落ち着きを取り戻していた。


 耳から遠ざかった音に構うことなく、理音は足元に横たわったままのMAGの解体作業に取りかかった。

 手すりにあるタッチパネルを操作して<高振動剣(ヴァイブレード>のアイコンをクリック。MAGが腰から剣を抜くと同時にスイッチを入れた。

 刃渡り3メートル強の大剣が、小刻みにぶれ始めた。震えは持ち手の方にまで及び、剣先から握っている右手首の先にかけて輪郭が曖昧になっている。外に出れば相当に耳障りなはずの高周波は、コクピット内ではほとんど聞こえなかった。



 ヴァイプレードとは、振動のvibrationと剣のbladeを組み合わせた造語だ。形状やサイズは斧や鞭剣など多岐に渡り、汎用MAGの標準的な武装となっている。

 タングステン合金を特殊加工した刃は強度と耐熱性に優れており、金属加工に使われることが多い。言うまでもないことだが、それは対MAG用としても使える切れ味を持っている。

 解体屋のMAGのヴァイブレードは大概が工事仕様になっており、刃先が他のものに比べて丸く加工されている。見た目は細長いチェンソーといった風合いだ。振り回せば危ないということ以上に、あまりに鋭利だとすぐに刃が欠けてしまい、仕事にならないからだ。


 掲げていた刃を右肩の鎖骨にあたる場所に押し当てると、大量の火花が高々と噴き上がった。吃音が鳴り響き、シートがかたかたと小刻みに揺れ、操縦桿を握っている手元にまで細動が伝わる。

 まもなく、切り込んでいる部位の両端が微かに熔け始めた。ほどなく、刃が機体に埋もれていく速度が上がった。摩擦熱によって切れ味が増したのだ。

 外装甲と内部骨格の部分。はたまたケーブルとでは当然切り応えが違う。必要以上に傷を増やさないように、理音はスイッチを切り替えつつ、操縦桿をミリ単位で動かしていく。そうしていくうちに、あたかも自分の手元に包丁があるような感覚に引き込まれた。

 ほどなくして、ガコンと乱暴な音が響き、MAGの足場が微かに揺れた。廃棄機体の右肩より先が胴から切り離されていた。


 今度は左肩の付け根に視線を移したところで、入電が入った。まっさらな空間型モニターが立ち上がったのを見て、理音はヴァイブレードの振動を止め、受信スイッチを押した。理音の網膜に、矢木のむっとした顔が映し出された。

 後ろの方では、両腕に機体の腕と換気扇(ファン)らしきものを抱えた矢木のタンカーが、クレーターの手前で停止していた。


「おいこら御柄、なにのんびりやってんだよ。そっちでも警戒音聞こえているはずだろ? 方位37度に複数の機体反応っ」

「あぁうん、鳴ってる、みたいだね」

「みたいだ、っておまえな」

「ごめん、二人とも先に町の方に戻ってて。こいつ意外と関節部がしぶとくて、もうちょい解体に時間がかかりそうなんだ。これを終わらせたら行くからさ」


 理音がそう言うなり、矢木が露骨に眉をひそめた。バカとかアホとか言われそうだと思っていたら、驚くべきことにその通りになった。


「アホかおまえは、賊に見つかったらそれどころじゃねえだろ。早いとこ持てるだけ持ってばっくれようぜ」


 理音は困ったように眉間を掻くばかりだったが、矢木の懸念もわからないではなかった。常識的に考えれば、仕事がはかどるよう工事専用の装備で固めた機体が、対兵器武装で身を固めている機体とやり合って勝てる道理はない。


 国が形ばかりのものになってからは治安維持も体をなさなくなってくる。町に近い場所であれば警備機構(ギャリソン)が飛んでくるが、それもせいぜい半径10キロ圏内のこと。MAGや重火器で武装した無法者が跋扈している昨今、不必要な戦闘は極力避けるのが鉄則だ。さもないと、命がいくつあっても足りない。

 自衛のためには危険な場所に近づかなければよいだけなのだが、生憎とMAGを見つけ出すことが出来るのは警戒区域に指定されている場所ばかり。そういった事情を理解しているのか、数に物を言わせた横取りも横行しているし、場合によっては解体屋の機体そのものを強奪するような過激な連中も後を絶たない。


 理音もそういった事情は理解していたが、ここを動く気になれないのも事実だった。中途半端なところで終わらせるのは性に合わなかったし、何よりそんなくだらない連中のために移動させられるのが癪に障った。


「でもほら、やつらがこっちに来るとは限らないんだしさ」

「あのな、組んでからそれなりにはなるんだし、いい加減連帯感ってやつを重視してくれても」

「もういいだろう、本人もそう言っていることだしほっといてやれ」


 いつものことだと言わんばかりに、窪塚が素っ気なく口を挟んだ。理音がそうそう、と言わんばかりに頭を上下に動かした。

 二対一。これ以上は無駄だと思ったのか、モニターに映っていた矢木の顔が遠ざかった。

 モニターに割り込むようにして、空間モニターがもう一つ立ち上がった。窪塚の気難しそうな顔が映し出されたが、これが普段の顔だった。心なしか見上げるような、頭頂部がなるべく映らないようなカメラ配置になっているようだったが、気のせいだと思うことにした。顎周りに生えた髭を褒めるべきか、少し悩んだ。


「一応電探は起動しておけ。わかっているとは思うが接近してきたら」

「ああ、ちゃんと引き返すよ。心配いらない」

「というわけだ、矢木。先にいくぞ」

「まぁ、クボさんがそう言うんなら仕方ないっすね。こっちで解体したパーツは先に工場に搬入しておくからな、あんまり無茶すんなよ」


 理音のMAGが泥だらけの手を掲げたのを見届け、矢木のMAGが方向転換し、もう先に進んでいた窪塚の後を追った。

 小さくなっていく2機を尻目に、理音が解体中の機体に目を向けた。言われた通りに電子探知機を起動させると、目線のやや下にある液晶モニターに機体反応の光点が映し出された。

 レーダーは円状の形だった。左下、中央から南西の方に遠ざかっていく2機は窪塚と矢木のもの。中央を軸にしてほぼ反対側には――かなり距離が離れているが――機体反応が複数見受けられた。光点は2人を抜かして12、と数えた矢先から、密接していた2点の片割れが消失した。

 撃破されたか、とひとりごちながら、理音は再びヴァイブレードを振動させた。



 解体をするに当たっては切り分ける箇所によって難易度が違ってくる。例えば、外装部分や手足のパーツであれば比較的安全に取り外しができる、といったように。

 使われている金属の質によって値が決められるため、粗悪な金属であれば二束三文にしかならないが、製造量の限られているクロムやチタン系合金であれば相当の売上が見込める。

 一方で、一番高価なはずの動力炉に手を付ける解体屋は非常に少ない。生半可な知識で切り出そうとすれば、水素爆発を起こしかねないからだ。


 MAGの動力は近年小型化が進んでいる重水素分離炉から供給される。以前は核融合炉などとかなりおどろおどろしい名前で呼ばれていたこの動力炉であるが、有害な放射性物質を撒き散らす核分裂炉とは全く違う代物だ。

 核分裂炉がプルトニウム鉱を使うのに対して、核融合炉、今現在重水分離炉と呼ばれているものに必要なのはその名の通り重水素、詰まるところ海水である。太陽光、風力、水力などの自然エネルギーによって電気を起こし、海水から分解しやすい軟水を取り除いていく。そして最後に残った重水を電気分解して重水素を作るという寸法だ。

 作られた重水素を一億度以上に加熱すると、水素と中性子に分離する。この際に発せられるエネルギーは、水素分離時、加熱時にかかる電力の何千倍もの供給量だ。これを循環させ、あるいは蓄電器に貯め込むことによって動力と成す。これまで人類が得られていたエネルギー量と比較しても隔絶したレベル。何十トンもの金属の塊を長時間稼動させるにも十分過ぎるものだ。


 重水素分離炉を売り物として扱える解体屋はシズ・シティでもごくごく一握りで、八木も、ベテランの窪塚ですらもその域には達していない。この仕事を初めて二年足らずの理音がおいそれと手を出せる領域ではない。

 なので、炉を見つけ出したときには扱うことが出来る解体屋に連絡を入れ、回収された後で儲けの何%かを受け取るのが通例となっている。超一流の技術を持つ解体屋は発掘現場近くの町に事務所を構え、録音機能つきの通信機器を繋ぐだけで食っていけるのだ。


 忘れてはならないのが各種武器やジェネレーター、高感度カメラや光学式センサーなどのパーツ類だ。これらは損傷がなければ、売る以外に自機で使用できることもある。発掘品でMAGの性能を向上させることは、解体屋の楽しみのひとつだ。素晴らしいパーツが手に入った暁には、誰もがほくそ笑み、もしくは口笛を吹き、あるいは小躍りしていることだろう。

 とはいうものの、戦闘においては真っ先にこういった部分を狙い、敵機の動きを制することが多いので、無傷なものが見つかることは極々稀。せいぜい年に二、三度といったところだろう。

 また、そのまま使えそうな機体は例外として、どれほど凄腕の解体屋であってもコクピット付近には手をつけない。戦った末に息絶えた機士に対する敬意なのか。それとも後ろめたさなのかはわからないが、それが解体屋の不文律として通っている。理音もそれについては多分に同意できるところがあったので、彼らの流儀に従っていた。



<スペリオル、恐れながらお耳にお入れしたいことが>


 順調に左関節部分を切り離したところで、頭上から女性の畏まった機械音声が聞こえた。操縦桿を動かしながら、理音は、サイドポケットに置かれていた網籠に目線を走らせた。


 白いクロスがはみ出している部分に、毛むくじゃらのものが二つはみ出していた。桃色の肉球がついた小さな前足だ。

 後頭部で蓋を押し上げ、ひょっこりと顔を出したのは猫に似た、薄茶の毛色をした動物だった。一応キャスティウォーカーという長ったらしい名前もあるのだが、ご近所からはキャスという愛称で親しまれている。

 毛足が短い愛嬌たっぷりの顔。琥珀色のぱっちりした釣り目。猫以上、兎未満の長い耳が特徴的だ。これで小首を傾げてみせようものなら、通りがかりの人たちは産まれたばかりの我が子を慈しむような優しい眼差しを向け、ぷにぷにとした肉球の感触を確かめようと競うように手を伸ばすこと請け合いだ。


 そんな同乗者に、理音は顔色を変えることなく、はっきりとした目線を向けた。キャスは、耳をぴくぴくと上下に動かしてみせた。


「起きていたのか、どうしたんだ?」

<現在捕捉中の機体群についてです。先ほどまでは武装勢力同士の小競り合いかと思っておりましたが、どうも様子が。実は、他の機体が特定の一機を包囲するような動きを見せておりまして〉


 理音の眉がわずかに上がった。理音もキャスと同じく小競り合いだとばかり思っていたのだ。

 もし本当に、相手に襲ってくる気があるのなら一息に向かってくるか、そうでなければ簡単には逃げられないように町側への退路を断った上で接近してくるだろう。奇襲をかけるのであればステルス粒子を使うはずで、こんな遠方からレーダーに索敵されるとは考えにくかった。


「それはつまり、たった一機に他の連中が手玉に取られているってことか?」


 興味を示すような理音の口調に、キャスは顎を上げて目を瞑った。


<必ずしも、そうとは断定致しかねます。光点の動きからして速度差がさほどあるとも思えませんし、このまま留まっていればいずれ撃破されるのではないかと。しかしながら、狙われている機体が一向に戦線離脱する様子がないところから察しまするに>

「動力系統に支障をきたしているか、何かしらの事情でその場に居続けなければならないのか、あるいはその両方、といったところか」


 ふいに、トランペットとホルンの断続的な和音に続いて、オーケストラのフィナーレを思わせる盛大な合奏がコクピットに鳴り響いた。ティンパニのロール音がシンバルに断ち切られたところで、理音が口を開いた。


「毎回思うんだけど、それ、ただの正解音にしてはちょっと大袈裟すぎないか」

<そうですか? 私としてはスペリオルを称える機会になかなか巡り合えないので奮発しているつもりなのですが〉


 その皮肉めいた物言いには流石にむっとしたが、こういうやり取りはむきになった方が負けだ。理音はキャスを無視してレーダーに目を移した。そこで、先ほどあったいくつもの光点が、どこにも見当たらないことに気づいた。

 広域ボタンを二度押しすると、目盛が段階的に縮小されていった。モニターの端にしっかりと、機体の位置を表す光点が確認できた。

 9つの光点の動きを目で追っていると、なるほど。孤立した1機を囲むように他の8機が陣形を組んでいるようにも見える。ふと、そこで違和感が頭をよぎった。


「おいキャス、さっきは反応点何個あったっけか」

<11個でございます。スペリオル>

「だよな、ってぇことは」


 この十数分ほどの間に2機が戦線離脱したか、あるいは撃破されたのだ。それも、たった1機のMAGを相手に。

 自然と口元が綻んでいた。単機で複数のMAGを相手に立ち回るとは、狙われているMAGがよほど高性能なのか。それとも、機士の腕が一流なのか。

 にしても、みっともないのは囲んでいる側である。たかが単機を仕留められないという以上に、たとえどのような経緯があるにせよ、大勢でよってたかって狙い撃ちとはスマートさの欠片もない。



 ほどなく、理音が操縦桿を動かす手を止めた。先ほどよりもヴァイブレードの切り口が雑になっていた。

 物思いにふける理音を見て、キャスが琥珀色の釣り目をこれ見よがしに瞬いた。


<行かれるんですか? 様子を見に>


 意外そうなニュアンスに、理音が首を傾げた。そうして欲しかったからわざわざ声をかけたのではないのか。そう訊き返すと、キャスは気まずげにあさっての方を向いた。


<それはまぁ、はたから見ていると解体作業って退屈にすぎますし、たまには突発的なイベントに参加するのもよろしいのでは、などとは常々思っていますけれども>

「そんなこといってるとあまり長生きできないぞ。好奇心は猫を殺すってことわざ、知ってるか? まんま、おまえのためにあるような言葉だぞ」

<生物分類学上、私は猫ではありません。オセロットでございます、スペリオル>

「……俺の記憶が確かなら、一週間くらい前に点心にがっついて火傷したときには、私は猫舌なんだからちゃんと冷まして出してくれ、と」

<解釈の相違ですね。それに、あなただってしょっちゅう被っているじゃないですか>


 理音は一瞬呆気に取られ、「何を?」と聞こうとして、思い留まった。生意気なことに、以前よりも切り返し方が巧妙になりつつある。


<まぁでも、あれですね。あまり思惑通りにいきすぎると、かえって不安になってしまいますね>

「……なんだかおまえ最近、ますます人間じみてきたな」


 理音がそう言うと、キャスはまんざらでもなさそうに首を後ろ足で掻き始めた。照れているときの仕草だった。どちらかといえば侮蔑のつもりだったのだが、変に蒸し返すこともないだろう。あえて何も言わず、右手をタッチパネルの上に乗せた。

 ここと交戦地点とはそれなりに距離がある。今から急いで向かったとして三十分弱。果たしてそれまで持ちこたえてくれるかどうか。



 いくか。そうと言葉を発することで、自らの背を後押しした。

 ピアノを弾くように軽快にタッチパネルを叩いていき、現在座標をナビに登録。やや遅れてヴァイブレードが腰に収納された。

 左手で操縦桿を外側に引っ張りつつ、右足でアクセルを踏み込んだ。MAGがくるりと転身し、うず高く積まれていた土砂の裏に回り込んだ。そのまま両手を差し出し、目の前にある土砂の山を、掘り出したばかりの廃棄機体に向かって突き崩した。

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