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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第一話 解体屋さんの一日

「いやー、なんすかねこれ! 確変っすか、大フィーバーっすかっ! なんか変なもんに取り憑かれてるわけじゃないっすよね、まっさか二体も見つかるとは」


 いかにも愉快そうな声が右側から聞こえてきた。それを今度は、左側から発された平坦な声が追った。いつものことだ。


矢木(やぎ)、口ばかり動かしてないでちゃんと手を動かせ。地面が乾くまでに掘り出しておかないと後で泣きを見ることになるぞ」

「やだなぁクボさん。ちゃんとその目で見てから言ってくださいよ、今も休みなく働いてますでしょ」

「ああ、見ているともさ。さっきからほとんど同じ場所しか掘っていないからちょうど納得のいく説明を聞かせてもらおうかと悩んでいたところだ。まさか、大先輩の俺が休みなく働いている目の前で、マクロで楽している不届き者がいるとは考えがたいが、なあ?」


 多分に図星だったのか、狭いポイントを集中して掘削していたMAGが重々しい駆動音を伴い、そそくさと移動し始めた。戦車に鉄巨人の上半身を乗っけたような形状。ダークブラウンを基調とした機体の右腕、ドリルアームが鈍色に輝く。大きな車輪部分には肉厚のキャタピラが嵌められていて、多少の段差なら乗り越えられるようになっている。

 コクピットの内臓スピーカーから聞こえてくるやり取りに苦笑しながらも、灰がかった髪色の少年は、握っている二本の操縦桿を休みなく前後に動かしていた。それに合わせて、少年が搭乗している黒いMAGの泥に塗れた()き手が、ややぬかるんだ灰色の土を抉り、滲み出てきた少量の水と一緒に掻き出していた。


 辺りを見渡せば、露出した地肌や掘り進めた穴が其処かしこにあった。それに寄り添うように、掻き出した火山灰混じりの盛土もだ。ここ五日間、ここにいる三人が協力して掘り起こした跡だった。

 少年が操る黒い人型MAGは深さ7メートル、半径15メートルほどの――地表すれすれに顔をのぞかせることができるくらいの――クレーターの中にいた。

 足元にはつい先ほど掘り当てた、泥だらけの青いMAGが横たわっている。二時間前から作業して、やっと8割くらいは掘り出せただろうか。残すところは左胴体の一部のみとなっていた。

 そのMAGは少年のものと同じく人型だったが、下半身の大部分は失われていた。歪んだ切断面から鉄筋や、断線した色とりどりのケーブル類が剥き出しになっている様子が窺える。

 戦いの最中に側面から砲撃を受け、前のめりに崩れ落ちるMAGの姿が、少年の意識に投影された。



 昨日は正午から未明にかけての間、季節外れの大雨スコールが付近一帯に降り注いだ。とはいっても、最近は「季節外れの」という文言が常套句になりつつあった。

 異常気象と日常の垣根が狭まりつつある一方で、大干ばつや海面上昇はしっかりと深刻化している。実際、ここ十年くらいの間にも、南太平洋にある島のいくつかが水没した、と何日か前のニュース番組で取り上げられていた。

 急激な温暖化の進行は効率的なオゾン発生装置の完成によってひとまず収束した。

 けれども、二酸化炭素の発生量は百年以上も前から右肩上がりで、真綿で首を絞めるような温暖化は今もって進行中だ。その弊害が、昨晩のような大雨や真冬の台風といった形で表れている。

 人類存亡を懸けての、自然VS科学の際どい綱引きは延長戦に次ぐ延長戦で、一向に終わる気配を見せない。まったく人の欲望というものは、何年経っても妥協というものを覚えないようだった。


 なんにせよ、雨が降るのは悪いことばかりでもない。土砂災害レベルとなれば話は別だが、地面がほどよくぬかるんでいれば発掘作業がしやすくなるからだ。発掘作業が早いペースで進めば埋まっている兵器探索もはかどる。だから、解体屋は総じて雨を好んでいる。


 ややあって、少年を乗せた黒いMAGが、完全に掘り出された機体の周りをゆっくりと歩き始めた。遺棄された機体外装にスキャナーをかけ、弾薬や武器が搭載されていないかを調べているのだ。

 古戦場で掘り出されたMAGなどは、不発弾を搭載していることも往々にしてある。解体中に未使用のミサイルやグレネード弾を切り裂こうものなら、機体が損壊して商品価値が著しく下がってしまう。それどころか、物によっては己の身にまで害が及ぶだろう。ゆえに、この退屈な作業はもっとも綿密に行わねばならない作業のひとつでもある。

 とはいうものの、紫外線カットの透過壁から差し込む陽光は柔らかで眠気を誘う。集中せねばと心では思っていても、温かさとはまた別の、抗いきれぬなにかを感じる。

 我慢しきれず、少年が操縦桿から手を放し、口元に持っていった。


「おーおー、でかいあくびかましてんな。だらしがねえぞ、御柄(みづか)


 名を呼ばれ、反射的に口を閉じると、モニターの中で天パの青年が得意げな顔をしていた。先ほど注意されたばかりのやつに言われたくない、としょぼついた目で返す。

 相も変わらず愛想がねえな、と矢木が肩をすくめてみせた。

 <セントラル>東端の町、<シズ・シティ>で解体屋を始めてから足掛け二年。御柄(みづか)理音(りのん)はいつもと同じようにMAGに乗り、仕事仲間と共同で発掘作業を行っていた。


 MAGを操縦するには両手両足をフルに使わねばならない。内側にある二本の操縦桿で姿勢制御と腕の動作を。その外側、左手側にあるスロットルレバーで出力調整。右手側にあるタッチパネルや正面手前の機器類で通信やカメラの調整、装備の換装などを行う。

 足元に目を移せばフットペダルが三つ。右から順にアクセル、ダイヴ、ブレーキングとある。

 車の操作が二次元的だとするなら、MAGの操作は三次元的。オートマ化が進む昨今において、ここまで煩雑な操作を要求される乗り物は他にほとんど例を見ないだろう。


 理音が作業している穴から見て左手。率先して土砂を運び出している人型のMAGは俗に<ランディ>と呼ばれている。持久戦、電撃戦を問わず幅広い戦闘状況に対応でき、噴射翔動(略称:<SDスラスターダイヴ>)が使えるため場所を限定せずに活躍することができる。拡張性にも富んでおり、多少の知識があればあれこれといじくり回せることもあって一番人気の機種だ。


 紺色のMAG機士はこの道十年以上のベテラン、窪塚くぼづか忠彦ただひこ。真面目な職人肌で、西側で徴兵されている折に寝る間を惜しんでMAG免許を取得した苦労人だ。

 その逸話を裏付けるかのように頬が痩せこけていて、まだ四十手前のはずなのに頭頂部は心許ない。だからなのか、よく効くといわれている整髪料を片っ端から試している。などというもっともらしい噂の被害を被っている。

 採掘技術は言うに及ばず、戦闘技術に関してもかなりのものらしいが、残念ながら実際に戦っている姿を目撃したことはない。


 右手にいる、どちらかといえば戦車に似た幅広のMAGが<タンカー>。重心が低く、姿勢の安定性と平均推力はランディを上回る。より重量のある高火力武器を搭載可能であり、割りに値段が安いのも魅力だ。

 欠点としては、脚部がついていないために<SD>が使えず、旋回性能も回転プレートに乗っている上半身以外はよろしくない。なので、悪路や起伏の多い場所での運用には難がある。


 タンカーの機士は自称元ラリーレーサー、矢木やぎ元治もとはる。よく言えば人当たりがよい。悪く言えば八方美人。こちらも操縦技術は標準以上だ。

 色黒でハンサムで上背があるので黙ってさえいれば女にモテる。はずなのだが、浮いた噂はとんと聞こえてこない。その点について理音は、吹けば飛びそうな口の軽さが災いしているのでは、と踏んでいた。

 ふさふさに見える茶髪はときに窪塚の攻撃本能を煽ることもあるようだが、水に濡らすと意外とたいしたことはないとのことだ。


 解体屋は他にもいるが、チームを組んで作業を行うときはこの二人がメインだ。矢木は他の同業者ともちょくちょく組んでいるようだが、窪塚や理音は専ら単独で行動している。仕事は仕事。プライベートはプライベート。さっぱりとした付き合いを好む理音にとって窪塚と矢木はうってつけの人物と言えた。



 解体屋の基本的な仕事の流れとしては、過去の戦場記録を閲覧することから始まる。交戦があったポイントから候補地ある程度絞り込み、探索、発掘したい区画を組合に申請する。それが受理されたところで現地に赴き、遺棄されたり土砂に埋もれたりしている兵器やパーツ類を探し始めるのだ。

 前提として、この作業は意気込みが報われるタイプの仕事ではない。むしろ探しても空振り、徒労に終わることの方が圧倒的に多い。

 今回の発掘にしても五日目、つまり今日になるまで、三人はろくな成果を上げられていなかった。つい最近まで手付かずだった、町から遠く離れた窪地を重点的に掘り進めていたものの、四日間掘り続けて出てきたのはひび割れたシリンダーが1個だけ。もし明日出なかったら諦めようかという相談までしていた。


 そんな矢先での二連チャンとなれば、心踊らぬわけがない。三人がかりとはいえ、一日に二体の発掘は大当たりと言って差し支えない。一月に一機でも見つかれば恩の字なのだ。

 最初に見つけた一機は外装が錆だらけだったが、内装型のセンサーや弾倉などは問題なく使えた。先ほど理音が掘り出したもう一機は下半身がなかったが、錆びにくい金属が使われていたためか、上半身以上の保存状態はかなり良かった。


 たかが廃棄品と侮るなかれ。外装に使われている金属の質によっては、腕一本で10000エルを超えることも珍しくない。中古の電気自動車が一台買えてしまうのだ。

 掘り出した二体の損傷や経年劣化の度合いから鑑みると、一人頭15000エルは固い計算だ。MAGのメンテナンス代や燃料代を差し引いたとしても、ざっと三月はのんびりと過ごせる額だ。

 実際、挙動や言動からでも仕事仲間たちのうきうき具合は読み取れた。普段なら矢木のサボりに対する窪塚の突っ込みはもっと厳しいし、矢木にしても鼻歌交じりで作業している様子が見て取れる。

 かくいう理音も、もちろん悪い気はしなかった。これでしばらく食うには困らないし、劣化してきたパーツも交換できそうだ。殺風景な住まいに機能的な家具を購入するのも悪くないし、コクピットの固い椅子をリクライニングに挿げ替えるのもいい。そうすれば、耳触りのよい音楽を聞きながら紅茶を飲んだり、などと気取ったこともできるというものだ。


 妄想はさて置き、大型の機械類は特にだが、そのまま工場に運び入れるのは現実的ではない。そのため、掘り出した場である程度の大きさに切り分ける必要がある。

 そうやって処理を終えた機体は工場に持ち込まれ、更に細かなパーツ類に分けられる。そして、それを競り市で売り捌いて儲けを出すという運びだ。

 解体屋は、持ち運びしやすいように解体した物を工場に搬入することから付けられた名だが、今はその一連の仕事の大部分を一人ないし仲間内でやってしまう者も増えている。


 補足すると、自分たちだけでは到底処理しきれなそうな大物を掘り出した場合には有料で応援を頼むこともできる。

 しかしながら、ここ最近ではそういった機会に巡り合うことはまずないそうだ。大きな物であればそれだけ発見もされやすく、解体屋の仕事が世間に認められ始めたころには、そのほとんどが回収されてしまったらしい。



 理音がこの地に流れ着いたのは二年ほど前のことで、泥沼化していた内戦がやっとひと段落した時機だった。<シズ・シティ>の寄合所で出会った情報屋と意気投合し、住居を世話してもらったりしているうちに、世間話の流れからMAGの免許を持っていることをポロリと漏らした。その結果、廃棄機体の解体作業という仕事を紹介された、というわけだ。


 仕事内容は地味ですが儲かります、という触れ込み。必要なのがMAGの操縦資格のみというのも魅力だった。

 町の中心部にある職業斡旋所に赴いた理音は、身分証明書と、空欄を埋めた数枚の登録用紙を窓口に提出した。その二カ月後には、晴れて解体屋という社会的地位を獲得していた。

 戦闘機などの製造費が一機当たり安くて1000万エル以上かかっていることを考えれば、廃棄機体から無事なパーツを切り出して有効活用することには大いに意義がある。ただ、廃棄機体は大きさや形状に応じて解体に時間がかかる。また、不発弾を積んでいることもざらなため、作業するにあたっては細心の注意を払わねばならない。MAGを己の手足のように動かす操作技術はもちろん、兵器や燃料に関する知識も多少は必要となる。


 ちなみに、18歳未満、未成年がこの手の、危険が付き纏う仕事をやる例はほとんどない。情報屋の口利きがなければ――たとえ二か月の試用期間の出来を見てからという条件つきであっても――斡旋所員を納得させることはできなかっただろう。

 唯一、二か月の試用期間内にきちんと成果を出せたのは他ならぬ自分の頑張りであり、控えめに胸を張ってもいいとは思っている。そして、その試用期間こそが、今自分が乗っている機体を手に入れるきっかけにもなっていた。



 懐かしい記憶が頭をよぎった直前、警戒を促す電子音が鳴り、理音の意識が現実に舞い戻った。よもや、そのチープな音が非日常への序曲だったとは、知る由もなかった。

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