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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第十九話 オークション開幕

 ムービング・スフィアのステーションは、オークション会場に指定されている第三ホールのすぐ隣にあった。改札を出た理音と優鴉はガラス管を連想させるエレベーターに乗り、ホール2階へと向かった。

 ホール内の扉を開けると、優鴉が少しだけ身を寄せてきた。鈍いものでもわかるだろう異様な空気が漂っていた。着席している者たちの眼差しが、刃物にも似た煌めきを宿していた。



 そこまでであればいつもの光景だったが、頭が警戒を促していた。なるべく表情を変えずに周りを窺った。知り合いがいないかを探しているといったふうに。

 会場は非常に広かった。天井からぶら下がっている巨大なシャンデリアにも似た照明が、ホール内をやんわりと照らしている。幕が下りているステージの中央は客席側に大きく突き出ており、そこに直径5mほどの円状の展示台が設けられている。兵器やMAGのパーツによっては、それくらいの幅がないとはみ出してしまうのだ。

 競売参加者の席は2階及び3階に設けられていて、段々になっている席のそれぞれに番号が割り振られている。収容数でいえば一階が最も多かったが、そこに座っているのはただの傍観者だ。入場料もしっかり取っていると聞いているが、金を出してでも非日常的なイベントの気分を味わうことを望む者は意外と多いようで、券の売り出しから数分で完売するらしい。あるいはめまぐるしく飛び交うエル札の幻想を、この会場に見出しているのかもしれない。実際にマネーゲームを体感する場としては、これ以上に相応しいところを探すのは難しいだろう。


 少し窮屈そうな1階と違って席同士の間隔は多分にゆとりがあった。備え付けの白い大テーブルにはオークショニアへの直通電話と、商品の外観やデータを把握するための立体投影装置が埋まっている。

 頭上にはカメラが備え付けられており、競売が佳境に入ると参加している者が手を挙げる度にステージのモニターで映し出される。いっそ電子ボタンにしてくれればいいのにと思わないでもなかったが、格式や古き良きといった言葉に魅力を感じている者たちにしてみれば、そんな味気ないオークションなどオークションではない、といったところのようだ。


 着席している客の中には見知った顔がいくつかあった。こちらが見るよりも先に自分に注目していた人物に気づき、理音が慌てて目礼をした。

 矢木元治は理音と、その隣にいる優鴉を見てぽかんとした。次いでにやにやと笑い出し、行儀悪く頬杖を突きながら小刻みにうなずき始めた。言わなくてもわかっているよ、というように。


「……絶対に勘違いされてる気がする」

「勘違いって、なにが?」

「いや、大したことじゃない。さてと、席はどの辺だったか」

「ようこそおいでくださいました、御柄様」


 傍らから発せられた高い声に、理音が足をとめた。振り返ると、黒い燕尾服を身に纏った女がそこにいた。背丈は理音よりも少し低いくらいで、優鴉よりは大分高い。背中まであるストレートヘアが空調で生じる風に靡いていた。見知ったオークショニアの一人だったが名前が思い出せず、相手が瞬きした瞬間を狙いって胸元の名札を確認した。何気なく理音の視線を追った優鴉がむっとした表情を作った。それから自分の胸元を見下ろし、溜息をついた。


「猪飼さん、でしたよね。今日もお世話になります」

「とんでもございません。素晴らしい品物をご提供いただきまして、まことにありがとうございます」

「数が少なくて申し訳ないですが、品質は工場のお墨付きです。できるだけ盛り上がってくれるといいんですけれどね」


 盛り上がって、と言う部分には高く売れて欲しいという意志を多分に込めている。出品する物は予め審査にかける必要があるが、例え出品の基準を満たしていたとしても食指が動かない物というものはままある。つまらない物を出せばオークションの盛り上がりに水を差し、場を白けさせてしまう。最低落札額や入札単位の設定も含めて、展示する商品の魅力には気を遣わねばならない。

 そういった客の心情はオークショニアも心得たもので、さもあらんといった感じでうなずいた。


「ご心配には及びません。何分手足のパーツは傷み易いですから需要はそうそう尽きませんし、一定以上の価格は保証されるでしょう。ところで」


 そこで初めて、オークショニアが理音の横に並んでいる優鴉に目を遣った。優鴉は視線をそらさず、胸を張った。まるで対抗意識を燃やしているようにも見えたが、それが何に対してなのか理音にはわからなかった。


「今日はお連れ様がいるのですね、2人用の席になさいますか?」

「ええ、出来れば。今から変更できるんでしょうか」

「もちろんでございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


 オークショニアが腰の前で手をかざし、ついて来るよう促した。そして、先を歩き出した。


「格好いい人だね。大人の女性って感じがする」


 ついていく途中で優鴉がそんなことを言った。褒め言葉を口にした割に、その口調には拗ねたような響きがあった。


「ああ、そうだな」


 理音が素っ気なく返事をした。意識と視線は周りに向いていた。ホール内を隈なく見回し、連絡を取り合っている警備員たちに。


「それにスタイルもいいし、包容力もありそうだし? やっぱ男の人ってああいう女性が好みなんだろうね」


 言葉に段々と棘が混じり始めていることに気づいた理音が、ようやく優鴉の方を向いた。


「どうかな、好みは人それぞれだろ。縁さんだって猪飼さんとはタイプ違うけれど人気あるし――なんだ、どうした?」

「なんでもない」


 なんでもなくなさそうな表情で、優鴉がぷいっと横を向いた。

 案内された三人掛けのゆったりしたソファーに座ると、猪飼が脇に抱えていた出品物リストを差し出した。

 受け取ろうとしたところで椅子が揺れ、びくっとした。すぐ隣で、優鴉が身を投げ出すように座っていた。猪飼は一瞬だけ優鴉に視線をやったが、特に何も言わなかった。


「飲み物はいかがなさいますか」

「こちらは、カクテルも頼めましたよね」

「はい、大方のものは取り揃えております」

「じゃあ、ミモザを2つ」


 立てられた2本の指に、猪飼が困った顔をした。理音がですよね、と肩をすくめた。


「コンクラーベをホットで2つお願いします。あぁ、それから」


 電子端末に着信が入り、理音が手元の画面を眺めた。私はミルクを、とテキストで表示されていた。


「こいつのミルクも。できれば平皿で」


 肩に乗っているキャスを指差しながらそう言った。キャスが空欠伸をしてみせると、猪狩が微かに笑みを浮かべた。


「かしこまりました。申し訳ございませんが、私はそろそろ下に降りなければなりませんので他の者がお持ちいたします」


 理音が了解の意思を示すと、猪飼は一礼してその場を立ち去ろうとした。


「その前に、ひとつだけお訊ねしてもよろしいですか」

「はい、なんでしょうか」

 猪飼が振り返りざまに返事をした。


「今日は、何か特別な出品物でもあるのでしょうか。それとも、よほどの賓客がいらしているとか」


 猪飼が口を開きかけ、一旦閉じた。それから、先ほどと変わらぬポーカーフェイスで小首を傾げた。


「前もってそういった話は聞いておりませんが、もしかしたらどなたかがお忍びで来られているかも知れませんね。以前にも何度かそういったことはありましたから」

「そうですか、わかりました。お引き留めしてすみません」

「いえいえ、では私はこれで。お2人共、どうぞごゆっくりお楽しみください」


 猪飼が立ち去ったのを確認し、理音が優鴉に悟られぬようキャスに囁いた。前回よりも武装している警備員の数が多い。周囲の状況を把握するようにと。

 キャスは頬をすり寄せることで同意を示し、テーブルの上に降りてから落ち着きなく歩き始めた。


 優鴉はそんなキャスにしばらく見惚れていたが

「ねぇ理音、根競べってなんのこと?」

 唐突にそんなことを訊いてきた。一瞬なんのことかわからなかったが、先ほど自分で言った注文を思い出して納得した。


「コンクラーベな。カクテルの名前だ。宗教の選挙かなんかが由来だったかな」

「そうなんだ。でも、カクテルってつまりはお酒のことでしょ。ボク、まだ未成年なんだけど」


 興味はあるが後ろめたさもある。そんな感じで優鴉が眉をひそめた。


「アルコールが入っていないものも結構あるんだ。有名なものだとシャーリーテンプルとかシンデレラとか。さっき頼んだのはオレンジジュースと牛乳、それに木苺シロップのカクテルだ。心配しなくても酒は入っていない」

「へー、ちょっとそれ美味しそうだね。それとシンデレラって、ガラスの靴の?」

「そうそれ、確かレシピは――」



 他愛ない話をしながら待つこと数分。シルバートレイを持った男性の係員が、2人の会話を邪魔せぬように湯気立つマグカップを2つテーブルの端に並べていった。

 優鴉が息を吹きかけながらカップに口を付け、目を丸くした。それから、カップを先ほどより気持ち傾けた。どうやらお気に召したようだった。

 そうしている間にも、理音はキャスを通じてホール内の状況を把握しつつあった。ホールの大まかな見取り図が電子端末にダウンロードされ、一番近い出口や非常口が緑色にマーキングされた。その後で、三階にはより大勢の警備スタッフがいることも知らされた。どうやらかなりの影響力を持つ人物が主賓として招かれているようだ。

 以前猪飼が説明してくれたことを思い出した。オークションの格式はどういった顧客をどれだけ抱えているかで決まる。世界的な名士がリストに名を連ねていれば、それはそのまま信用に繋がるのだと。彼が参加しているのであれば安心だ、といった具合に。

 格式の高さは多くの競売参加者を呼び込み、取引の数はオークションを主催する会社の利益にも直結する。今三階にいる人物は、今回行われるオークションの顔として招かれたのだろう。

 合点がいった理音は、キャスにミルクの入った平皿を差し出した。それからもう温くなっているカップに口をつけた。


 ややあって、大きな壁掛け時計の長針が12に差し掛かった。開幕のベルがけたたましく鳴り響き、照明がぐっと絞られた。ホール内が薄闇に包まれ、会場内のどよめきが急速に収まっていった。



『レディース&ジェントルメンッ!』


 発音のいい、はつらつとした声がホール内を駆け抜けた。四方からのスポットライトが中央に集中し、ステージが浮かび上がった。

 深紅の蝶ネクタイと上下スーツ姿の女が映し出され、会場内がどっと湧いた。待ってましたとばかりに。


「え、あれってさっきの人?」


 ステージを指差して固まっている優鴉に、理音がうなずいた。テーブルに備え付けられていたミニモニターが通電し、そちらでもオークショニア猪飼の姿がはっきりと映し出された。

 猪飼は手を宙に向かって掲げると、二階席からでもよくわかるくらい大げさに頭を下げた。会場の一角から拍手が湧き上がり、それが瞬く間にホール全体へと広がった。

 色とりどりのスポットライトがホール内を縦横無尽にひた走る。ワインレッドのリップで艶めく唇にマイクを近づけ、注目を一身に浴びたオークショニアがホール全体を見回しながら軽妙なトークを展開する。


『皆様。本日は遠方からご足労いただきましてまことにありがとうございます。私、本日のオークションを進行させていただく猪飼千夏と申します。今回で27回目を数えます当オークションでは、多くのお客様により魅力的な品物を数多く提供いただいております。目の肥えた方々のお眼鏡に叶う品物があることを願ってやみません。それでは、準備も整ったようですので』


 猪飼が地面からゆっくりと立ち上がってきた機械式の壇上に目を移し、乗っていたものの片割れを手に取った。高々と振り上げられたハンマーがサウンドブロックに2度叩きつけられ、オークション開幕を告げる。


『これよりジッフェル社主催、第27回オークションを始めさせていただきますっ! 皆様、どうぞ奮ってご参加くださいっ!』

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