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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第十八話 弊害

「うぅ、もうちょっとだったのに……」


 無念そうな声に後ろを振りかえると、先ほどとは打って変わってふくれた優鴉の姿があった。もしここがその辺の道端で、且つ足元に石やら缶やらが転がっていれば、すぐにでも蹴り放ちそうな雰囲気だ。

 テレビやイベントでお馴染みの起死回生、形勢逆転をもたらすサービス加点問題。最後にイベントを盛り上げるための仕掛けは、しかし順当にポイントを積み重ねてきた多くの参加者を舞台の外へ追いやった。それは優鴉も例外ではなく、上位10名の懸賞、500エル分の商品券を目の前にして敗退を余儀なくされた。

 強化ガラスのケースに入れられた深紅の石が、予選を締めくくる最終問題だった。怪しく輝く4種の宝石は、大人未満の少年少女が頻繁に見比べるようなものではない。二人共に似た色彩や透明度を持つガーネットやトルマリンに惑わされ、混じっていた正解(ルビー)を選ぶことができなかった。最終問題の時点で上位進出が望めなかった理音にしても、運頼みの理不尽な問題に思われた。

 MAGの装甲にも使われているクロムが、鋼玉(コランダム)と合わさることによって得られる赤の色彩。クロムではなく、微量の鉄やチタンが加わると青い輝きを得てサファイヤと呼ばれる。微細な鉱物の含有量が織りなす運命の悪戯に魅了された者は数多い。

 そんな解説を得意げに連ねている司会者を尻目に、二人はとぼとぼと会場を後にした。



 気分転換も兼ねて、オークションが行われる第三ホールへはムービング・スフィアに乗って向かうことにした。四人乗りの透明な球体は、離れている会場間を行き来するためのものだ。

 広い十字路を曲がり、各ステーションに設けられている階段を上がっていき、端末をかざして改札口を通過した。小じんまりとしたプラットホームには子ども連れが多くいた。普段あまり乗る機会のない乗り物に、子どもたちは待ち切れぬといった様子で体を左右に揺らしていた。

 数分も待ったところで、向かって左側から透明な球体が近づいてきた。環状の太いレールを走行するスフィアの中には、背もたれつきの椅子がボックス席のように配置されている。

 優鴉から先に乗るよう促し、後から理音も続いた。二人が腰を下ろしたところで、理音の肩に乗っていたキャスが、膝の上にひらりと飛び降りてきた。シートベルトが着用されているのを確認し、係員が間近にあった端末機を操作した。

 シュンと、スフィアの蓋が摩擦音を伴って閉じた。とはいっても、蓋の大部分は透明なので外の様子は丸見えだ。

 泡を思わせる球体が、動き始めてからわずか数秒で時速30キロにまで達した。スフィアのレールは地面と水平になるよう金属の骨組みで固定され、外周に大きな弧を描うように続いている。

 ガラス張りの外壁を貫く透明なチューブの中に至ったところで、けあらしに霞んだ海が目の前に広がった。行き交う貨物船の狭間の水面で、陽光が宝石のように輝いているのが見えた。優鴉の表情から険が取れたのを確認し、理音はひとつ息を継いだ。


「もうそろそろ始まるんだよね、理音が参加するオークション」


 突然問いかけられ、理音が慌てたように顔を上げた。いつの間にか、優鴉の瞳が海からこちらに向けられていた。


「あ、あぁ。俺だけじゃなくてシズ・シティ中から解体屋やMAG機士たちが集まると思う」


 物が物、金額が金額なだけに、MAGパーツがネット上で取引されることはごく稀だ。一時期は先払いの金を得た直後に雲隠れする出品者が後を絶たず、オークションサイト側と警察の折衝が幾度となく行われたそうだ。資金に余力のある操縦士ならともかく、不良品を掴まされるリスクも考えると、現物とデータを照らし合わせた上での購入でないと不安が残る。そういった事情から、MAGパーツのオークションは供給者と消費者を繋ぐ重要な場でもあった。


「一口にMAGのパーツって言っても色々あるけど、理音は一体どんなものを出品したの?」

「んー、そうだな。今回目玉って言えそうなのは、汎用MAGの脚部と銃器類くらいか」

「銃器って、それも発掘品?」

「あぁ、青木が原古戦場の竹やぶでたまたま見つけた多弾装銃(マルチ・ウェイ)だ。俺が持っていても無用の長物だからな」


 一般的な銃であればはした金にしかならないだろうが、MAGが持つ銃は生身の人間にしてみれば大砲や自走砲のような大きさだ。その分多くの金属が必要になるし、大工場でないと作れないようなパーツが数多く使われている。値段も製作にかかる費用に準じて大きくなるのだ。

 理音の説明が途切れたところで、優鴉がぎゅっと膝を握り締めた。


「ひとつ確認しておきたいんだけど、いいかな」

「なんだ、改まって」

「誰かに武器を売ることについて、理音はどういう風に考えているの?」

「どう、って?」

「例えば今回の場合、誰かに多弾装銃を売るつもりなわけでしょ。なんていうか、怖くないのかなって思って。だって、自分が発掘して売った武器でいずれ大勢の人が殺されちゃうかも知れないんだよ? ボクも、人のことを言える立場じゃないのはわかってるけど」


 優鴉が仄めかした内容に、理音が顔をしかめた。当然のことながら、武器は誰かを傷つけ、何かを破壊するためのものだ。自分の売った武器が、周り回ってイーストの兵たち、優鴉の同胞たちに向けられる。これは可能性として、十分に起こり得ることだろう。

 差額で儲けを得る転売業者は別として、武器を欲する人間は誰かを傷つける可能性を常に想定している。一昨日パーツ屋<アレグロ>に赴いた理音とて同じことだ。取り寄せを頼んだ武器はもちろん自衛のために使うつもりだが、使用する状況を想定していないわけではない。高い金を払う以上、襲われたら躊躇なく使用するつもりだった。

 それと同じく、自分の売った武器がどういった使われ方をするかは理音にもわからない。イーストとの戦争が再び繰り返されれば、イーストの兵士たちを殺すための武器として使われたとて不思議ではない。


「優鴉は、どう思ってるんだ?」

「……ボクが、何を?」


 一瞬、優鴉の顔がほんのりと赤くなった。理音は些細な変化に気づくことなく、二の句を継いだ。


「おまえだって、任務の一環として、Yブレインで作られたMAGを他リージョンに運んだりしていたわけだろ? MAGだって武器と同じくらいには危険な代物じゃないか。俺はイーストの人間がどういった価値観を持っているか、セントラルの住人をどう思っているかなんて想像もつかないけどさ」

「うん、……そう、だよね。そういった不安はいつも頭の隅にあったけど、なるべく考えないようにしてた。正直言って――もちろん今まで受けてきた教育のせいでもあると思うけれど――セントラルの人たちに対しては、偏見を持っていたから」


 優鴉が大きく息継ぎして、理音とキャスを交互に見て、笑った。困ったように。


「でも、理音に危ないところを助けられてから、どうすればいいのかわからなくなっちゃった。もしかしたら理音や譲さんたちだけが特別なのかもと思っていたけど、今日道ですれ違った人たちも、イーストの人たちとほとんど変わらない、本当に普通の人にしか見えなかった。

 それだけじゃない。もしも、理音や譲さんたちが、自分が運んだMAGのせいで危害を被ったら。そう考えると、すごく嫌だなって思えて」


 優鴉の意見がいくらか好意的だったことに、理音は少しだけ嬉しさを感じた。それを顔を出さぬように努め、ふとMAGの在り方を考えた。


 元々、人類の宇宙進出を加速するために作られたMAGは、その足掛かりとなるはずだった機動エレベーター――高度10万キロメートル以上の宇宙開発用建築物――の建設中止により、使い道に大幅な修正を余儀なくされた。

 とある画期的な鉱物の発見。それに付随した大事件によって、宇宙開発事業がさほど注目されなくなってしまったのが理由の一つとして挙げられる。

 そもそも主要各国が宇宙開発に乗り出したのは人口飽和と資源枯渇の問題解決を図り、資源の奪い合いに終止符を打つという遠大な目的があってのことだった。石油を、ガスを掘り尽くした人類に待っていたのは、少ない資源を奪い合うパワーゲームであり、それによって人類の進歩が大きく後退するのは目に見えていた。宇宙に資源を求めたことに、昂然と意義を唱える者はいなかった。

 だが、軌道エレベーターの建設には莫大な費用が必要だった。各国が提供する建設資金の割当てでなかなか折り合いがつかず、建設は何度も中断した。今世紀初頭には財政難に陥った国々が次々に武力を持ち始め、計画の頓挫は時間の問題だったと言える。そして、ある鉱物の発見がその引き金となった。

 第三次世界大戦が始まってからというもの、軌道エレベーターの建設を進めていた国々は揃って手を引いた。たとえ完成させたところで、防備に莫大な金を注ぎ込む羽目になる状況が露呈したためだ。巨大な建築物は軍事作戦、テロを問わず格好の標的になりやすい。仮に軌道エレベーターが根元から破壊されでもしたら、人命、金銭を問わず、被害が計り知れないレベルになることはわかりきっていたのだ。


 戦争が勃発してからほどなくして、宇宙開発用に作られていたはずの多機能性装甲。当時MGと呼ばれていた機械は軍に配備されるようになった。戦闘用にカスタマイズされ、あるいはそれ用の兵器が開発され、果てに真ん中に兵器アームを表すAの文字を入れられた。

 いつしかMGはMAGと呼ばれるようになっていた。災害救助活動に役立ちそうなスペックを持つ半面、二階建ての家くらいなら難なくぺしゃんこに出来てしまうことを考えれば、兵器への転用を考えない方が不自然だ。



「信じてもらえるかはわからないけれど、もし無事イーストに戻ることができたら、こういった任務から外させてもらおうかと考えているの。だからというわけじゃないけど、できれば理音にも、やめて欲しいかなって」


 ばつが悪そうな優鴉の物言いに、理音が膝の上で丸まっているキャスと顔を見合わせた。はっきりと何をやめろと口にしたわけではなかったが、会話の流れから何を言おうとしたのか予想はついた。

 スフィアが停止していることに気づいたのは、それから間もなくだった。

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