表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機翔のユア  作者: 本倉悠
15/23

第十三話 譲の真意

「じ、尋問……?」

「譲さん、本気なの?」

「待ってくれ、警備機構(ギャリソン)だって?」



 三者三様の声が発せられた。譲は縁と理音を一瞥した。優鴉のことは眼中にないのか、見ようともしなかった。

 無視された優鴉は自分がどのように扱われるのかわからず、不安げに身を縮こませた。


「もちろん、冗談でこんなことは言わないぜ、ユカリン。んで、理音もか、何か不服があるのか? 今回お嬢ちゃんが従事していたっていう任務が、あろうことか俺たちに害を成すかもって言われてるのに?」

「いや、不服っていうか、彼女だって立場的に喋れることと喋れないことがあるだろうと……」

「予期せぬ形とはいえ、仮にも匿ってやっている俺らが説明義務を求めて何が悪い。これは相互間の信頼関係に基づく話で、守秘義務の一言で突っ撥ねていいことじゃないぞ。なあ、お嬢ちゃんはそう思わないか」


 譲が優鴉を見た。検察官が被告を問い質すような挑発的な目つきだった。一方の優鴉は耐え難い腹痛を我慢しているかのように、身を固くしていた。

 どんな判断基準に基づいて彼女を引き渡すと言っているのか。譲の説明は分かりやすく、それでいて優鴉の罪悪感に訴えかけるような論調だった。実際、優鴉の苦しげな表情を見ている限りでは、効果は覿面のように思われた。


 次いで譲が挙げてきたのはセントラルとイーストの敵対関係だった。つい先ごろまで抗争、もっと言えば内乱状態にあったリージョンが、お互いのリージョンに害を成そうとするのは至極自然な考え方だ。優鴉がスパイじゃないという保証はどこにもないし、ひいては貨物機の墜落が本当にあったのかも怪しい。三人に滔々と説明した譲に、理音は眉をひそめた。


「まさか、それはいくらなんでも考えすぎじゃないのか」

「理音、おまえさんは事の重大さをわかってねえ。もしもYブレインに企業連の技術開発室みたいな一面があるっていうんだったら、タテミネ社を始めとした軍需企業が開発した兵器の性能テストをしている可能性だって捨て切れないぜ」


 性能テストというキーワードにぎくりとした。昨日、ティアラスがレイグを相手にやらかした大立ち回りが頭の中で色鮮やかに蘇った。搭乗者の声を変えるボイスチェンジャー。ヴァイブレードとは一線を画した切れ味の剣。そして、ヤハヴェイを引きずるとんでもない出力を。

 ティアラスの性能が市販の物と違うのではないかと疑っていたのは、他ならぬ自分だ。これは先に確認するべき事柄だったのをすっかり忘れていた。理音は少しだけ椅子を引き、優鴉の方に向き直った。


「昨日、ヤハヴェイで戦場に駆け付けたとき、ティアラスを通して伝わってきた声が男性のものにしか思えなかった。そのことについて詳しく説明してもらっても、いいか」

「……うん。変声フィルターを通して声の波長を自在に変えられるんだよ。新型、旧型に限らず、タテミネ社で近年作られているMAGにはちらほらと導入され始めているの。マジックミラー型コクピットはどこのメーカーでも大分普及しているけど、それだけじゃ不十分だからって。その、戦地では女性が搭乗しているMAGが明らかに狙われやすいって統計が出ていて、実際に、せ……せ……」

「なんだ? 聞こえないからもっとはっきりと」

「……せ、性的暴行! ……じゃなくて、機士が捕えられてそういった被害に遭ったケースも、何件かあるみたいだから」


 優鴉がそう言ったきり俯いた。恥ずかしいことを言わせないで、と頬を膨らませることで示していた。

 理音は譲と気まずげな視線を交わし合ってから、話題を替えた。


「俺としては優鴉自身の本音を聞きたいんだが、おまえはこうして実際に俺たちと顔を突き合わせてみて、単なる敵国の住人、排除すべき対象だと考えているか?」


 優鴉は俯いたまま強く首を振った。


「それなら、最低限でいい、こちらが安心できるような情報を聞かせてくれ。もしもイーストが自国では試せないような、例えば細菌兵器のようなものを、セントラルに対して秘密裏に実験していたようなことはないと思っていいんだな?」

「そ、そんなことは絶対にないよっ!」

「でも、そんならどうやって俺たちに害をもたらすんだろうな」


 譲が口を挟むと、優鴉は再び黙り込んだ。だが、今度は譲も二の句を継がなかった。優鴉からは何かを懸命に考えているような雰囲気が伝わってきていた。


「……答え方が、ううん、答と言えるかも微妙だけど。ボクたちの運んでいた物がいずれどこかしら被害をもたらすかも知れないことは、どうしたって否定できないよ。でも、それは他の企業連だって――きっとセントラルだって例外じゃない――多かれ少なかれやっていることだと思う。……ボクの口から言えるのは、これがぎりぎり」


 理音たちにとってはそれで十分だった。運んでいたものがいずれ害をもたらすということは、十中八九兵器関連だろう。どこの企業連でもやっていることとは、すなわち武器の製造と輸送だ。たとえ相手が敵であっても利益を貪るために武器を売るのが軍需企業であり、古くから死の商人と言われる由縁だった。もちろん、それを直接確認するような作業は避けた。


「だが、まだ足りねえな。貨物機の事故が本当にあったかどうかを証明するものはないのか?」

「そ、そんな都合のいいものがあるわけ」

「ある」


 と、理音が短く言った。譲と優鴉の目の色が変わった。

 譲がその話の根拠を理音に求めた。自分や縁がちゃんと納得できるように、とも付け加えてきた。


「優鴉が乗っていたティアラス――見つかるとまずいから引き倒して茂みに隠しておいたけど――その機器類に表示されている戦闘記録が証拠になる。それから、コクピットから彼女を連れ出す際にたまたま戦闘開始からの累計時間を見た。これも状況証拠になるはずだ」

「累計時間?」

「22時間36分って表示されていた。一昨日の雨の日からほとんど丸一日、ぶっ通しで戦っていたってことだ。ちなみに救助後のごたごたでティアラスがガス欠になってもいる。

 俺があそこにいったのは興味本位というか、ただの偶然に類するものだ。いつ援護が入るかもわからない山中でガス欠ぎりぎりまで戦う馬鹿なスパイはいない。あるいは、戦闘時間の長さそのものが証明になるとも考えられる」

「……なるほど、実にわかりやすいな」


 譲は理音の言わんとしていることを正確に理解したようだった。これからスパイをしようという人間がそれだけ長い間戦闘をして目立つとは考えにくい。そして、まともな人間であればまる一日も強い緊張状態を保って戦えるはずがない。

 おそらく優鴉は操縦の合間に興奮剤や覚醒剤に類する物を服用していたのだろう。それが事実であれば、熱射病が収まった後になかなか目覚めなかったのも、無理して徹夜した反動があったからという仮説が成り立つ。ティアラスが近くにない以上、現状で提示できるのはすべて状況証拠の積み重ねにすぎなかったが、信ぴょう性はあるように思われた。


 説明を終え、再度譲と話し合った結果として、ひとまず優鴉の処遇は保留するという形に落ち着いた。とりあえずはそれで満足だった。




「あの、お手洗い借りてもいいですか?」

「もちろんよ。そこの廊下を玄関の方に歩いて行って、右側ね」


 ありがとうございます、と優鴉が縁に会釈し、いくらかリラックスした様子で退席した。

 譲はその背中を見送ってから頭の後ろで手を組み、背もたれに寄りかかった。


「ユカリンは、理音の説明を聞いてどう思った?」


 お茶を啜っていた縁が、え、なんで私? といったような困惑の表情を浮かべた。譲は苦笑いしながら許しを請うように片目を瞑った。


「いや、女性の目線でどういう印象だったかも耳に入れておきたくてさ」

「ええと、そうねぇ。筋はそれなりに通っていたと思うわ」

「本当ですか? よかった」

「女の子にあんな台詞を言わせるのは減点だけど」

「す、すみません」


 理音がテーブルに両手を突いて平謝りした。縁は笑いながら、あらいやだ、と言わんばかりに手を振った。


「優鴉ちゃんは、少なくともスパイじゃないわよ。なんていうか、全然らしくないし」

「らしくないって、例えばどういうところが?」

「端的に言うと、表情が豊かすぎるところとか、性っていう言葉にあれだけ敏感に反応しちゃうところとか?」


 それら全てが計算づくの演技だったとしたらお手上げだけど、と縁が冗談めかして笑った。自分が気づけなかった鋭い指摘に、理音は内心で拍手した。隣を見ると、譲も似たような面持ちだった。


「ところで譲さん、なんだってあんな刺々しい言い方をしたんだ? カマをかけるにしたって、もっとやり様はあっただろ?」


 少々不満げな顔を作ると、譲は歯を見せて笑った。


「ひひ、おまえさんも少しは察しが良くなってきたじゃねえか。ま、あれでも頑張って優しくした方なんだけどな」

「でも、警備機構とか尋問官とか言い出す必要はなかったんじゃないか」

「そうやって突っかかればおまえさんが絶対に庇おうとするって思ってたからな。そんでもって、案の定そうなった。質問者の立場が複数あった方が、お嬢ちゃんから聞き出せる情報も多くなると考えた、それだけだ」


 それだけ、と言い捨てた譲に理音が溜息をついた。人が悪いにもほどがある、というように。敢えて悪役を演じることで庇う役に――自分を好意的に扱う人物に――依存したい心を引き出そうとしたということだ。実際、理音に対して提供された情報は多かった。譲は得意げに短い顎髭を抓んでみせた。


「駆け引きに使えるならなんだって利用するべきさ。事実、貝みたいに閉ざしていた口も少しは緩んだみたいだしな。企業連なら当たり前にやっていること。貨物機に乗せていたのは兵器開発の資材か、実物ってところだろう」

「やっぱり、譲さんもそう考えていたのか。降りてきたのが彼女のMAGだけだったってことは、残りはどこかに引き渡してきたって考えるのが自然かな」

「どこかにっていうか、99%ウェスト・リージョンかセントラルの反体制勢力だろうな。そうじゃなきゃああいう言い方にはならんだろうし」


 セントラルに害を及ぼす可能性についての話だろう。理音が目で同意した。実際、敵対しているリージョンが頭越しに中立リージョンと兵器の輸送をしているとなれば、それほど安穏と構えていられる事態ではなかった。


「このことは俺が出所不明にした上で、警備機構に伝えておく。向こうがそれを悪戯と判断するかどうかはわからんが、一応義理は果たしておかなきゃならん」

「でも、ウェストだってセントラルに負けないくらいイーストと仲が悪いはずなのに」

「表向きはな、得てして人ってやつは手が届く場所にいる敵を憎んじまうもんさ」


 譲の何気ない言葉に、理音が心中で同意した。お隣同士か否かというだけで、好奇心や敵愾心の度合いは明らかに変わるものだ。過去、<和国>を制圧し、大量殺戮兵器を使った某国とあれだけ良好な関係を保てていたのはそれに因るところが大きいはずだ。


「とにもかくにも、当面は現状維持ってことでいいのね」


 縁が口を挟むと、譲が温くなった茶を飲み干しながら言葉を返した。


「根はいい子みたいだしな、大人しくしている分にゃ居てもらっても一向に構わねえ」

「いい子、ねぇ。二人とも見た目に騙されてるけど、本性はすんごい凶暴だぞ」

「本心からそう思っていたら、おまえさんも庇ったりしないだろ?」

「べ、別にっ、庇ったつもりはない。俺は、常にちゃんと納得したい、そう思っているだけだ」


 言葉を濁した理音に、譲と縁が微笑みを交わし合った。



「それで理音くんは、今後優鴉ちゃんをどうするつもりなの?」

「……帰る場所があるなら彼女のことを心配している人だっているはずだし、できるだけ早くゲート)まで送ってやらなきゃとは思ってる。とはいえ、今しばらくは賊に警戒されているだろうし、ほとぼりが冷めるまでは動けないだろうな。当面はいつも通り仕事をこなして、いけそうな時を見計らっていくさ」

「ま、それが無難だな」


 本気とも冗談ともわからぬ口調で、譲が意味ありげに笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ