第十二話 顔合わせ
旺盛な食欲を発揮する優鴉に、理音の手がスプーンを握り締めたまま空中で止まっていた。呆れていたというよりは感心に近かった。食べ方こそ丁寧で、咀嚼の回数も少ないわけではなかったが、箸が口と皿を往復する勢いが段違いだった。
ほどよく煮込まれた緑黄色野菜とソーセージが、息を吹きかけられるのもそこそこに小さな口の中へと誘われる。やはり熱いのか、ほのかに赤らんだ唇がはふっ、はふっ、と湯気を吐き出している。微笑ましいといえば微笑ましいが、火傷しないだろうかと心配にもなる。
「んー、最高っ! こんなに美味しいポトフ、生まれて初めて! 縁さんって料理とってもお上手なんですね」
「うふふ、ありがとー」
「へっへー、そうだろそうだろ」
手放しの称賛に縁がコロコロと笑い、譲までもが満足そうにうなずいた。
食卓にはトマトをベースにした冬野菜たっぷりのポトフ。ミズナと千切りダイコンのサラダ。ニシンの酢漬け(アボカドのムース添え)。そしてモッツァレラチーズ入りの半熟オムライスが並んでいる。別段高い食材が使われているわけでもないが、食材の良さを活かした手心尽くしの料理は老舗料理屋のフルコースにも劣らない。
創作料理が趣味なこともあり、縁の料理スキルはコック顔負けだ。見た目のこだわりもさることながら、優鴉の幸せそうな表情が料理の味を物語っている。潰れたトマトをすぐに転用できるのも、レパートリーが豊富にあることの裏付けだろう。
過去にはアルバイト先のコックがたまたま彼女が作った料理を口にして自信をなくし、失踪するといったこともあったらしい。譲がその話を優鴉に聞かせているさなか、本人は誇らしさとも後ろめたさともつかぬ表情を浮かべていた。
スープ皿が空になりそうなタイミングで縁がおかわりを奨めた。優鴉はもちろんとばかりに大きく二度うなずいた。
キッチンの方に消えた縁を見送ってから、優鴉は隣のオムライスに目を映した。半熟卵の包みを崩すのが少し勿体ないといった様子で、端の方からスプーンを立てた。切れ目から垂れてきたとろとろのチーズと、ケチャップと鳥ガラで味付けされたチキンライスを絡め、ふわふわの卵と重ねて一緒に頬張った次に見せた表情は、恍惚と表するに相応しいものだった。
唇についた卵白を舐め取る仕草に気恥ずかしさを感じた理音は、噛み締めていた鶏肉を呑みこみ、口火を切った。
「んじゃま、一応はこっちも自己紹介をしとくか」
「ちょっと待った」
「……譲さん?」
「なに、普通に自己紹介ってのも味気ねえ気がしてな、ここは三者がそれぞれを紹介するってのはどうだ?」
いきなりの提案に理音は腕を組み、ちらりと隣の方を窺った。表情から察する限り特に深い理由はなさそうだった。
「まぁ、特に異論はないけど」
「いい案ね。それで、どっち回りでやるの?」
キッチンでポトフをよそってきた縁が、優鴉に皿を差し出しながら訊ねた。
「無難に時計回りでいくか。俺はユカリンを、ユカリンは理音を、理音は俺を」
「わかったわ、理音くんはそれでいいかしら?」
理音がうなずいたのを確認し、譲がゆっくりと立ち上がり縁に手をかざした。釣られて、サラダにドレッシングをかけていた優鴉の視線が隣に座った縁に向いた。
「じゃあ、紹介させてもらおうかな、お嬢ちゃん。こいつは岸谷縁、俺こと岸谷譲の連れ合いだ。容姿端麗性格温厚家事万能と非の打ちどころがねぇパーフェクトレディさ」
「い、いやだわ、譲さんったら……。身内びいきも大概にしないと恥ずかしいわよ」
縁がロゼ色の紅が塗られた唇を隠すように手を当てて顔を反らした。こういった素振りだけでも男たちの顔は崩れてしまうだろう。
「あの、ボクの目から見ても縁さんはとても素敵な女性だと思います。それに、こんなに美味しい料理まで作れるんだもの。譲さんは本当にお幸せですよね」
「あら、お上手ね。優鴉さんみたいな可愛い子にまで持ち上げられたらその気になっちゃうわぁ」
「お世辞でこんな台詞はこっ恥ずかしくて口にできねぇよ。いつ見ても綺麗だぜ……、ユカリン」
「こ、困るわ、譲さん。……そんな目で見つめられたら、私……私……」
優しげな眼差しで縁を見つめる譲と、頬に手を当てて赤面している縁。この夫婦の仲睦まじさに当てられては、誰もが今の優鴉と同じ反応をするだろう。見ているだけでもむず痒そうな、身の置き所に困る表情をしている。あるいは、本当に縁を褒め称えるためだけにこんな提案をしたのではないかと勘繰りたいくらいだ。理音は気恥ずかしさを誤魔化すように大きく口を開けてオムライスを放り込んだ。
しかしながら、縁にまつわるモテエピソードについては枚挙に暇がない。海で少しでも彼女を一人にするとナンパ目当ての男共が群がって面倒なことになるらしいし、一緒に買い物に出かければ買った物より高価なおまけがついてくることもしばしばだ。
そんな引く手数多の彼女も昔は色々と苦労したらしいが、若かりし頃の譲が見せた男気にべた惚れし、押し掛け女房のように付き添うようになったらしい。理音も棚に飾ってある二人の写真を何度か見たことがあるが、確かに昔の譲は精悍な、それでいて取っつきにくそうな顔立ちをしていた。今の飄々とした印象とは真逆に近い。
しばらくして正気に戻ったのか、縁が優鴉と理音を交互に見た。顔は耳まで真っ赤に染まっていたが、敢えて指摘はしなかった。
「じゃ、じゃあ、今度は私の番ね。改めて紹介するわ、優鴉さん。彼は御柄理音くん、数年間海外に留学していたらしいんだけど、二年くらい前に譲さんの管理しているアパートに引っ越してきたの。年齢の割りに達観した風にも見えるけど、意外と茶目っ気あるのよね」
「ちゃ、茶目っ気すか? そんなのあるかな……」
目を細める縁に、理音はこそばゆそうに首を傾いだ。心の中では、この方式を安易に認めてしまったことを少しだけ後悔していた。他人に自分を紹介させる行為がこうも照れ臭いものだとは。普通の自己紹介であれば名前と年齢と趣味を語るだけで、譲に言わせれば味気ない無難なもので落ち着いたはずだった。
「へぇ、留学してたんだ。ねね、どこの国にいってたの?」
優鴉が興味を引かれたように身を乗り出した。
「アフリカ連邦。10歳までは普通に学校に通っていたんだけど、いつだったか知能テストを――そう見せかけたMAGの適正テストだったんだけど――全校でやらされてさ。後日になって、ブルーノット社が経営している専門学校に転校を奨められたんだ」
その話を持ちかけられた時のことはよく覚えている。休日の朝に担任がパイロットのような制服の男たちと一緒に自宅を訪れ、そう言った話が来ていることを母親共々聞かされたのだ。
正直に言ってかなり悩んだ。親しかった友達と別れるのが辛かったのはもちろん、抜け道を知り尽くしたくらいに慣れ親しんだ町から離れるのも気が引けた。無論、新しい環境に対する不安や怖さといったものも感じていた。
反して、MAGという未知の乗り物に好奇心をそそられていた、もっといえば憧れていたのも確かだった。TV番組ではしょっちゅう特集が組まれていたし、MAGに乗った子供を主人公にしたアニメなども頻繁に流されていたのも一因かも知れない。
省みれば、家を取り巻く事情を考えればすぐにでも入るべきだっただろう。今後の学費が一切かからないというのは母子家庭の家計にとって相当にありがたい話だったはずだ。それに加えて、学校に入ること自体が誉れとされていたため、亡くなった父方の親戚一同からも熱烈な後押しを受けていた。
巷では、MAGの操縦は戦闘機以上に難しいとも言われている。使用については厳しい制約があり、機体を購入しようにも安いもので数十万エルからということで、免許取得者の絶対数は限られている。
裏を返せば、一般人には到底持ち得ぬ免許を有しているということで、操縦資格を持つ人間は周りから特別視される風潮にあった。そういった虚栄心が親戚にあったかどうかは定かではないが、母の立場からすれば多分に断りにくかったはずだ。
それでも母は、自分の好きなようにしていい、とそう言ってくれた。理音の、息子の選択だけを尊重すると。その心強さが子供心にも、一歩踏み出す勇気をくれたような気がした。
訪問から二週間後。理音は自分で考えた文面をメールにしたため、母に確認してもらった後で、送信ボタンをクリックした。
そして今は一人。母とも妹とも離れ、誰も自分のことを知らない土地で暮らしている。
あんな事件さえ起こらなければ、と何度そう考えたかわからなかった。
「解体屋、ですか?」
首を傾げた優鴉に、思い耽っていた理音がはっと顔を上げた。見事に会話の流れを掴み損ねていた。
まごついた理音をフォローするかのように、譲がグラスの中で白ワインを波立たせながら口を挟んだ。
「戦いで破壊された機体の中で、まだ使えそうな物を探し出して回収するんだ。それを解体し、工場でパーツ毎に分解し、市場で売り捌く。それで付いた名前が解体屋さ。
過去には盗人扱いで規制されていたこともあったんだが、最近は貴重な資材確保の人員として、土壌汚染を防ぐ掃除屋として、はたまた不発弾の撤去人として重宝されているんだから、ホント先はわからんもんだな」
はぁー、と感心したように、優鴉が息をついた。
「なんだか凄いね、ちゃんと仕事持って自立してるんだ」
「べ、別に大したことじゃねえよ」
「ふふ、そんなに謙遜することないのに、理音くんてば照れ屋さんなんだから」
「照れてませんっ!」
ムキになる理音をいなすように縁がひらひらと手を振った。彼女にだけはどうにも、この先ずっと頭が上がらなそうだった。
「そういえばつい先日、エキスパートの初期検定も無事修了したらしいじゃねえか」
譲の補足に、理音が口を開きかけた。が、優鴉の発した声にすべて遮られた。
「エキスパート! 嘘っ、キミって年齢いくつ!?」
わかりやすい優鴉の反応に、理音は誇るでもなく、15歳と返した。優鴉は信じられないとばかりにパチパチと瞬きを繰り返した。検定を受けるに当たっては必要最低限の搭乗時間が取り決められていることもあり、低年齢で資格を持っている人間は極々稀だ。優鴉も機士である以上は、そのことを知っているはずだった。
「それについては、字面通りに受け止めないで欲しいな。免許を取った後、企業連が主催している機士育成計画に参加してアフリカでMAGの操縦技術を学んでいたんだけど、電子戦専用機を選択するやつがクラスにほとんどいなくてさ。その関係で、乗機実習の時間が他の生徒たちよりも多くなったってだけだ。初期検定は必要最低搭乗時間が取り決められてるだけで、内容自体はスタンダードとそんなに変わらなかったよ」
どちらかと言うと十代そこそこの子どもは派手好きな傾向があり、攻撃機タイプのMAGを好む。次点で中長距離支援タイプ、電子専用機などは人気で言えば限りなくビリに近い。流行りのVRMMOで言えば、周囲のサポートなしに動ける騎士や忍者に人口が偏るのと同じことだろう。
理音はとにかくたくさんMAGに乗れるタイプがいいと訴え、その結果として人数が少ない電子専用機を専攻させられることになった。150名からなる子どもたちのうち、電子専用機の搭乗者は理音を含めてたった3名。各種攻撃機などが最多の82人であったことを考えると、ぶっちぎりの少人数だ。
実習ではMAGの数こそなるべく均等になるよう揃えてあったが、それでも平均的な子どもたちの3倍近くは乗ったはずだし、何より教官が付き添う時間が長かった。つきっきりの個人授業を受けて成果が出せなければ、逆に自らの不出来を恥じねばならないところだ。
シミュレーターの研修を終えて実機に触り始めた頃は、MAGという巨大な乗り物を操縦できるだけで嬉しかった。地上7メートル以上の高い視点から眺める景色は格別で、思い通りに動いてくれない機体を、どれだけ理想の動きに近づけられるか試すのが楽しかった。
どれだけ速く目標地点に辿り着けるかのテストなどには一生懸命になった一方で、ミサイルで標的の撃破数を競ったりということにはあまり興味が湧かなかった。
誰かと戦う必要なんてない。そう疑っていなかったからだ。
「……じゃ、じゃあ、あのときヤハヴェイⅡに乗っていたのって……キミだったの?」
「何? おまえさん、まだちゃんとお嬢ちゃんに成り行きを説明してなかったのか?」
譲がしょうがないなと眉をひそめた。理音は説明する機会がなかったんだ、と肩をすくめた。
「たまたま近くで仕事していたんだけど、レーダーに感知された機体反応が固まっているのを見て変だなって思ってさ。駆けつけてみたらティアラスが囲まれてたから」
「そう、だったんだ」
そう言ったきり、優鴉は面映ゆそうに俯いた。
「さ、紹介も終わったことだし料理が冷めないうちに――」
「てめ、理音、俺のことをスルーする気満々か」
理音は脇腹を抓ろうとする指から逃れると、真打ち登場とばかりに譲を両手で示した。
「斎藤、この人は岸谷譲って言って」
「あ、あの」
「ん、なんだ。やっぱ譲さんの紹介は不要か?」
「マ、マジでか?」
譲ががっくりと項垂れたのを見て、優鴉が慌てて手を振った。
「ちがっ、違くてっ! その、斎藤っていうのも仰々しいから、呼ぶ時は名前でいいかな、とか思ったりしただけ、なんだけど」
「名前ってつまり、優鴉って呼べばいいのか?」
「う、うん、それでいいよ、同い年みたいだし。その代わり、ボクもキミのこと、理音って呼ばせてもらおうかなって。駄目……かな」
優鴉がもじもじと指を絡めながら言った。別に反対する理由もなかったので、理音はわかった、とうなずいた。ただそれだけのことだったが、一瞬優鴉がはにかんだのを見て、妙に胸が騒ぐのを感じた。こうして年頃の少女と面と向かい合うこと自体、慣れていないのだから無理もない。
「ええ、と、んじゃ続けるぜ、もう優鴉も十分に思い知ったと思うけど、譲さんと縁さんは相思相愛で――」
「――いやだもう、理音くんたら、本当のこと言ったって何も出ないわよ?」
全力で肯定する縁に、譲が口を窄めながら首の後ろを掻いている。どうも、自分たちで愛を語らうのとは違う恥ずかしさがあるようだ。
「元々はウェスト・リージョンで軍医をしていて、海外の紛争地域で活躍していたらしいんだけど、ええと、何年前だっけ?」
「……五年前、だな」
「そうそう、五年前に縁さんを連れ立って帰国してからは医者として、シズ・シティに居を構えてからは情報屋として飯を食ってるらしい」
「へぇー、お医者さんなんですか。頭いいんですねー」
「そんな大したこたぁねえよ。医者ってのは人を救って何ぼの職業だからな。なるだけならそんなに難しいこっちゃねえ。なってからどれだけ救えるか、どれだけ多くの死と向き合えるかで価値が決まる。……その意味で、俺は医者失格さ」
聞き慣れぬ自虐的な発言に、理音が眉をひそめた。見れば譲だけでなく、優鴉の隣にいる縁もどこか気落ちしている様子だった。
こういった雰囲気になるのはこれが初めてというわけではない。二人の過去に何かあっただろうことは大分前から察していたし、興味がないと言えば嘘になる。
ただ、自分にも聞かれたくないことがあるだけに、それを聞き出すような真似は避けたかった。
沈黙の帳が降りそうになったところで、譲がおもむろに顔を上げた。頭を切り替えたのか表情は明るく、陰りらしきものはどこにも見当たらなかった。
「さて、三人の紹介を終えたところで、だ。念のために優鴉ちゃんの所属先を聞いておこうかな」
優鴉が手に持ったままのスプーンをそっと皿に置き、背筋を伸ばした。
「イースト・リージョンのYブレイン学府1年です」
「Yブレイン、学府?」
「学府っていうのは、こっちでいう学校のこと。Yブレインってとこは、航空機やMAGの操縦者養成所の顔も持っているんだ」
「じゃあ、おまえが乗っていたティアラスも」
「うん、学府が管理している機体だよ。詳しいことは守秘義務があるから伏せさせてもらうけど、基本的にはボクもキミと一緒。イーストの企業連がバックボーンとなって、優秀なテストパイロットとなり得る子どもたちをYブレインで募集しているんだ。それでもって、ボクも12歳で適性を見出されたってわけ」
「へぇ、……譲さんはこの話?」
「まぁ、噂くらいには聞いていた。MAGの操縦は敷居が高いし、優秀な操縦士の育成は各機関で急務とされているからな」
ということは、嘘を並べ立てているわけではないということだ。理音は一口スープを啜り、舌を湿らせてから口を開いた。
「その、Yブレインっていうところでは他にも何かやってるのか?」
「うん、試作した戦闘機やMAGの動作テストをしたり、戦闘状況に耐えられるかの実戦的な適応テストも行われてる」
優鴉は箸で器用にニシンの身と骨を選り分けながら続けた。
「もちろん、軍需に偏ってばかりじゃないよ。人間の潜在能力の探求から、難病に対する新たな取り組みまで手広くやっているんだ。いわゆる薬研治験ってやつだね。実験的な、って言うと気味悪がる人もいるけれど、実際にそれで難病を克服した人も大勢いるの。厳しい基準が設けられているし管理体制もしっかりしているから目立った事故は、起きていないし」
詰まるところ、より高度な技術を開発することに注力した、企業連お抱えの研究機関といったところだろう。それなら守秘義務があるのも合点がいく。産業スパイに話が漏れれば膨大な利潤を生みだす特許技術を失いかねないからだ。
ただ、前置いた割りにはあまりにも話が滑らかすぎるような気がした。気にしすぎだろうか、と理音は首を傾げた。
「じゃあ、本題に入るぜ。貨物機に乗っていたところを撃ち落とされたって話だったが、その貨物機で一体何を運んでいたんだ?」
言葉を途切れさせた理音に変わり、譲がニシンを丸ごと咥えながら訊ねた。
「申し訳ないですが、それについては黙秘させてもらいます」
「ふむ、ここで黙秘ね。なら、お嬢ちゃんがティアラスで貨物機を離脱したのは命令か? それとも独断か?」
優鴉は小さく首を振り、先ほどと同じ言葉を繰り返した。譲は理音に目配せした。
「じゃあ、俺もひとつ訊きたい。確か昨日、MAGでの交信の中でどこからか帰還中みたいなこと言っていたよな。どこに行っていたんだ?」
優鴉は一瞬しまったという表情を浮かべたが、やはり返ってくる言葉は一緒だった。
隣でぼりぼりと、頭を掻き乱す音が聞こえた。料理の並んでいる前ではやめて欲しいと視線で訴えてみたが、譲は気にする風でもなく再び話に加わった。
「取りつく島もねえな。そんなら、貨物機を撃たれたことと任務の関連性はどうだ。これくらいは聞いても問題ねえよな」
優鴉は譲の質問に思考を傾けるように宙に視線を彷徨わせた。ややあって、口を開いた。
「それは、多分ない、と思う。貨物機が高度を下げたのはたまたまだし、その偶発的な瞬間を狙っていたとは考えにくいもの」
「よし、じゃあ最後の質問だ。今回お嬢ちゃんたちYブレインが行った輸送任務によって、俺たちシズ・シティの住人が実害を受ける可能性はあるのか」
優鴉の肩が微かに震えた。黙秘とまでは言わなかったものの、口を結んで俯いている。これではほとんど肯定してしまったようなものだ。
理音は眉間に手を当てながら、譲と優鴉を見比べるように視線を動かした。
「黙っているなら、イエスとみなすぜ」
「……あ」
顔を隠すように垂れ下がった髪が、小さく揺れた。いや、揺れているのは心も一緒だろう。返答次第ではこの場所を追い出されかねないことくらい理解しているはずだし、イーストの彼女にとって異国同然のこの町にアテがあるとは思えない。
そして、そのような展開は理音も望むところではなかった。無意識のうちに、優鴉に肩入れしてやりたいと思ってしまっていたのだ。
明らかに逡巡している様子の優鴉に、譲は重い溜息を吐き出し、ふいに縁の方へと視線をずらした。
「ユカリン、警備機構に今すぐ連絡。尋問官に引き渡して洗い浚い吐いてもらう」