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機翔のユア  作者: 本倉悠
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第八話 転ばぬ先の杖

 シズ・シティにはMAGパーツの専門店が4つあり、そのどれもが直接機体の持ち込みが出来るよう西側の滑走路沿いに建てられている。休日には中央区に住まう住人がMAG好きの子供たちを連れてエントランスに現れることも多い。

 店舗ではパーツの売買のみに留まらず、修理や換装、メンテナンスなども有料で請け負っているため、MAGの機士であれば必ず一度は訪れる場所だ。ヤハヴェイのような稀少機体のパーツを扱う店は限られているが、幸いブラン・メタリア社系列の店舗<アレグロ>だけは本店からパーツを定期的に仕入れているため、メンテナンスにも事欠かないで済んでいる。本場で学んできたと謳うだけあって店員の腕も確かだが、不具合が少ないがゆえに店を訪れたことは片手で数えられるくらいしかなかった。



「これでよし、と」


 テーブルの上に書き置きを残した理音は網籠を片手に持ち、未だ目覚めぬ少女を部屋に残して家を出た。目覚めるまで傍にいてやりたかったのはやまやまだが、こちらはこちらでやらねばならないことがあった。

 一方通行の道を進んで大通りに出ると、電子端末ターミナルから範囲電波を発信した。近くに空車表示のタクシーがいれば電波を受信し、目の前に駆けつけてくれる寸法だ。

 数十秒のうちに歩道に横付けしたタクシーに乗り込み、MAGの駐機場へ向かうよう頼んだ。タクシーの若い運転手はヒューと口笛を吹き、それから鼻歌を交えつつ車をかっと飛ばした。他の車線を走る車に追い抜かれることは一度もなかった。


 五分ほどで駐機場につき、キャッシュで料金を払った。

 理音が契約しているMAGの駐機場は、イメージとしては搬入用の大きなエレベーターがコインロッカーのように密集して並んでいるといった感じだ。その一つ一つにMAGが一機ずつ入っており、地下の二階に収納されている。コクピットに乗る時は地上一階からで、管理者がエレベーターを操作することでMAGが地上に上がってくる。

 ヤハヴェイに乗り込んだその足で、今度は近場にあるMAGパーツ専門店<アレグロ>へと赴いた。

 <アレグロ>のドックに乗り入れた理音は、予め連絡しておいた作業員にブレスレットキーを預け、キャスの網籠を手にコクピットを出た。今日は薄黒いジーパンと鳥の絵が書いてあるTシャツ、そして幾何学的な模様のジャゲットといったラフな格好だ。

 降りたその場で短いやり取りと簡単な動作チェックを済ませた後、男性係員にエレベーターの前まで案内された。


「ここってペットは持ち込み禁止だったっけ?」

「ええ、なんでしたら自分が終わるまで預かっておきますよ」


 係員がそう申し出てくれたので、理音は素直に好意に甘えることにした。網籠を手渡してから数秒もしないうちに、電子端末にメールが届いた。蓋を開けて見ると、送り主は籠の中にいるはずのキャスだった。


<コンカイワ、ワスレナイデクダサイネ>


 おそらくはわざとそうしただろうカタカナ文字を見て、理音が気まずげに鼻頭を掻いた。昨晩、譲の車のトランクに置きっ放しにしてしまったことを根に持っているのだ。夕飯については半ば本気で抜いてもいいと考えていたのだが、狭い場所に置き去りにしてしまったことは抗弁しようもない。

 謝罪の心を了解の二文字に込めて、返信した。


 

 真紅の絨毯が敷き詰められた高級感漂うエレベータに入り、最上階、7のボタンを押した。乗ったのは自分一人だけで、ドアが締まる直前に見送った係員が会釈したのが見えた。

 ついた先は小奇麗なオフィスといった内装。最新の機器を扱うだけあり、来客の出迎えは案内ロボットというハイテク振りだ。

 ここまでなら普段と何ら変わらなかったのだが、踏み入れた先はいつもと少し様子が違った。


 店内ロビーの空気は妙にギスギスとしていた。一目見て接客、商談用の席を埋め尽くしている男たちのせいだとわかった。日に焼けた強面(こわもて)は「暴力を飯の種にしています」と訴えかけている。そんないかにもな男たちに挟まれながら、店員と思しきスーツの男がおっかなびっくり対応している。見ているだけでも気の毒だ。

 極力彼らを見ないようにしながらも、ロボットに先導されて奥のカウンターへと向かう。反して、そんな心遣いをないがしろにするような多くの視線を感じた。子供が来る場所じゃねえ、と言わんばかりの。あるいは、自分の苛立ちの発散先を探している類の。目を合わせただけでトラブルになりそうだし、かといってあからさまに無視するのもまずい。そんな面倒臭い感じがあった。


 静音と称して差し支えない案内ロボットの駆動音に気づいたのか、ディスプレイと向き合っていた受付がキーボードから手を離し、いらっしゃいませ、と顔を上げた。白いブラウスに紺色のジャケットを羽織り、長い髪をヘアバンドで纏めた若い女は、軽く会釈した理音を見て眉を上げた。



「あら、あなた確か、御柄くんだっけ? 随分とご無沙汰だったわね」

「あれ、俺のこと覚えてくれてたんだ。常連っていうほど来ていないのに」


 意外そうな顔を作った理音に、女が口元に手を当てて上品に笑った。


「そりゃそうよ、その年齢でMAGに乗っている子なんてこの界隈にはほとんどいないもの。印象に残らない方がおかしいわ」

「はは、そっか。それにしても、今日はいつもとちょっと雰囲気が違うね」


 理音が近くの客用テーブルに視線を走らせながら、なるべく嫌味に聞こえないように言った。それでも女はまいったという表情になり、ちらりと入口の方を窺った。誰も来ないことを確認してから、一般客に接するのとは違う、くだけた調子で話しかけてきた。


「やっぱり気になるわよね。ご覧の通り、胡散臭い団体様がうちに修理を頼みにきてるの。代金は先払いするって言ってるから無碍(むげ)に断るわけにもいかなくて。朝から何人かお客さん来てるんだけど、あれ見て引き返す人も多くてね。まったく、営業妨害もいいところだわ」

「なんというか、ご愁傷様です。ちなみに、胡散臭いっていうのは?」

「私も直に見たわけじゃないんだけど、何機かボロボロになったMAGを持ち込んできているみたいなの。機体には銃痕があちこちに残っているし、銃身は焼けついているしで、明らかに何者かと交戦したっぽいのよね。当の本人たちは仲間内で模擬戦をしただけだって言い張ってるけど」


 理音は女がその先に続けたかった言葉を理解した。その言い訳では無駄に殺気立っている理由が通らない。端から嘘だって認めているようなものだ。その上で、店側が断れないと踏んで修理を依頼しにきているということだ。

 ただ、どこかの犯罪者グループが犯罪の痕跡を隠蔽するために修理を依頼しているのだとすれば、対応した店側にも責任が及びかねない。理音の目を見て考えが通じたのを察したのか、女はカウンターをコツコツと指で叩いた。


「ああいう手合いが店に来るのは今回に限ったことじゃないけど、こっちとしても扱いに困るのよね。一応警備機構にも問い合わせてみたんだけど、ここ数日の間は被害届も出ていないらしくて」

「なら、別に引き受けたっていいんじゃない? どうせ後ろ暗いことをして稼いだ金だろうし、いくら絞り取ったって構わないでしょ」

「それを決めるのはあくまで店長だから、私ら下っ端の及ぶところじゃな――――お客様、本日はどういったご入用でしょうか」


 突然の営業トークに理音がきょとんとし、そしてすぐに納得した。女の背後、店の奥から中年の男性店員が歩いてきたのだ。女の変わり身の早さに理音は半ば呆れ、半ば感心しながらジャケットのサイドポケットをまさぐった。


「銃弾の補充とマガジンを新調したい。それから、そうだな、ステルス粒子の装填も頼めるかな」


 勿体ぶるような理音の言い回しに、女の唇がきゅっと結ばれた。怒っているというよりは、笑いをこらえているようだった。


「――畏まりました。こちらにパンフレットがございますが、最近のお薦めはこちらの大型――なになに? 誰かと喧嘩でもしたの?」


 再び口調が切り替わった女を見て、理音はポケットに手を突っ込んだまま辺りを見回した。渋い顔を垣間見せた男性店員の姿は既にどこにもなかった。どうやら店内の様子を見にきただけのようだ。

 理音は興味津々な面持ちの女に向き直ると、何食わぬ顔で応じた。


「意に沿えなくて残念だけど、単なる射撃の練習と銃の動作確認さ。たまに使わないとせっかく教習で覚えたことを忘れちゃうし。ああそれと」

「ん、他にも何か?」

「実は、空いているままになってたスロットに武器パーツを入れたいんだけど、こいつって取り寄せできるかな? 他の店に向かうのも面倒だから一緒に頼みたいんだ」


 ポケットから電子端末を取り出し、カウンターの上に置いて立体映像を映し出した。途端、女の目が大きく見開かれた。



 映画館を思わせる巨大なドッグに入る。と、ちょうど作業員の乗り込んだヤハヴェイがシャフトにぶら下がった球形の誘導器に従い、両足を踏み台に固定されるところだった。自分以外の人間がヤハヴェイに乗っているのを見るのはなんとも新鮮だった。

 地上20メートルほどの金属製の高台では、ヤハヴェイの換装作業の様子が隅から隅まで見渡せた。腕を掲げたヤハヴェイの両手には一丁ずつ、巨大なハンドガンが握られている。そこに極太ワイヤー付きの巨大なスパナやドライバー、バーナーが殺到し、ネジを外したり火花を散らしたりしている。

 端末に接続された大きめのタブレットには、ヤハヴェイを縮小した立体映像が映し出されていた。隣にいる作業服を着た技術屋の青年が端末を叩くたび、ミニチュアに対する映像と同じ動きで、いくつもの機械の手がヤハヴェイに必要な作業を施していた。


「いやぁ、あの雄姿にはいつ見てもほれぼれするね。当時の技術の粋を集めて作られたってのが形からも滲み出てる。見てみなよ、あの肩の部分の滑らかさと言ったらもう、垂涎すいぜんものだ。合金板をあんな風に曲面加工するのって相当手間がかかるんだぜ。ヤハヴェイⅡやディスカルプもデザイン的には捨てがたいけど、やっぱり俺はこっちのが好きかな」


 理音の隣でヤハヴェイを見降ろしながら、技術屋が興奮気味に捲し立てた。所持している理音にも判別しがたいのだが、ヤハヴェイと次世代機のヤハヴェイⅡでは装甲の作り方が微妙に違うそうだ。


「てっきり、あんなのは鋳型(いれもの)に流し込んでガーって感じに作っているものだと思ってたけど」

「ちっちっち、そんな簡単に作れるなら苦労はしないよ。ヤハヴェイが失敗作のレッテルを張られてるのは伊達じゃない。何を隠そう、あの部分はサイズの違う金属板を何層も重ねてるんだ。より高度なステルスコーティングを施すためにね。その分厚みにムラが出来るけど、そこがヤハヴェイのよさでもある」

「普通、ムラはないに越したことはないよね。無理して球面にする必要性ってあるの?」

「そりゃもちろん、球面の真ん中を捉えるのってすごく難しいじゃないか。ビリアードやゴルフなんかを思い浮かべて欲しい。静止したボールをあれだけ時間をかけて狙い打っても、思い通りの方角に撃ち出すことが出来る人はほんの一握りだろ?」

「まぁ、ニュアンスは伝わってくる」

「そうだろそうだろ。付け加えると、的が常に動いているとなれば芯の部分、膨らんでいる部分に当たらない限り、加速ベクトルは周囲に分散してしまう。つまり、被弾時のダメージを最小限にできるのさ。初期投資は相当高くつくけど、後々のメンテナンス費は他の機体とそんなに変わらなくて済むし、ステルス機としてのコストパフォーマンスはむしろ良い方じゃないかな」

「……うーん、解体屋の仕事とはちょっと縁のなさそうな話だなぁ」

「やれやれ、ブラックボックス化が進むのも善し悪しかな。自分の所持品の価値くらいちゃんと知っておかないと、機体が泣いちゃうよ?」

「……むむ」


 ブラックボックスとは、どういった仕組みで動くのかがわからずとも扱える道具類のことだ。例えば、MAGについている空間モニターは子どもでもいとも簡単に扱うことが出来る。スイッチを押して映す映像を選択し、XYZの座標を設定すればおしまいだ。

 だが、どういった作用で二次元映像が空気中に映し出されるかを知る者はそれほど多くない。モニターの映写機の中にある基盤にどういった技術が施され、どういったパーツが反応し、どんな作用を及ぼしているのか、と問われて答えられる人間はほとんどいない。そして、そういった複雑な技術は年を追う毎に増え続けているのだ。


「ま、それはそうと頼まれた新しい武装のことなんだけど」

「ああ、アレ付けられそう? 他社製品だから少し心配だったんだけど」

「付けられないことはないけど……あんなものどう考えたって解体屋の仕事には使わないよね。急にどうしたの? 誰かと殺し合いでもするつもり?」

「こ、声が大きいってっ」


 慌てて窘めたが、時既に遅かった。周りにいた作業員の目が、一斉にこちらに向けられているのがわかった。

 理音は曖昧に笑いながら卑屈っぽく顎を前後させた。


「べ、別に使う予定があるってわけじゃあないんだけど、まぁその、最近物騒だから自衛のためにと思ってね」

「やっぱり何かあったっぽいなぁ」


 なかなか鋭いが、まだ何かが起きたわけではない。とはいえ、近い将来何かが起きる可能性については否定できない。


「誰かの恨みを買っちゃったとか、そういう系? 言いにくいことならこれ以上の追及は避けるけどさ」

「いや、そんなに大袈裟なもんじゃないんだ。ただ、ほら、この先いざという時が来るかも知れないからさ。うまく言えないんだけど、そう、転ばぬ先の杖的な?」


 どうとでも解釈できそうな歯切れの悪い説明に、技術屋たちは揃って怪訝そうな表情を浮かべた。

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