[001]王子様と呼ばれても嬉しくない
「なぁ?『県立賎宮高等学校には、思わず息を呑む王子様系女子、築地恵美がいる』って、君のことか?」
「ああ、おそらく……それは、私のことだと思う。」
「おお!!噂の王子様に、お会いできて光栄だよ!!俺の名前は、天野太陽って言うんだけどさ?王子様は、めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェって、女子知らないか?」
その再会は、突然だった……。
名乗られるまで、私は目の前に現れた、校内では見たことのない、長身のイケメンが誰か分からなかった。
でも……『天野太陽』という名前を久しぶりに聞いて、私はハッとした。
そして、私は確信するのだ。
八年間、封印し続けてきた私の想いを、解放する日が訪れてしまったことに……。
『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』という名前にも、私にはよく覚えがある。
「ああ、彼女か……久しぶりに聞く名前だ。彼女なら、八年前……ご両親が離婚されて、お母様と共に家を出て、転校してしまったはずだよ?」
「り、離婚……!?俺が転校するまで、そんな話……めぐみからも、聞いた記憶ないんだけどな?」
「なら……君が、海外に行った後じゃないか?」
何故、私が『天野太陽』、『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』の両名を知っているのか?
では、話を八年前に遡ることにしよう。
─_─_─_─_
八年前────
当時の私は、『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』という名前の日欧ハーフの九歳で、今とは真逆のお姫様系女子だった。
「おーい!!めぐみー!!」
「どうしたのぉ?太陽くんっ!!」
そして、我が家の近所に住む、幼馴染で同級生の男子『天野太陽』くんに、この頃の私は片想いをしていた。
「今日も、めぐみは可愛いな?」
「もうっ!!太陽くんたらぁ!!他の女子にも言ってるでしょ?」
「それはどうかなー?でも、めぐみが一番可愛いけどな?」
今思い返してみれば、私のほうが彼に向き合えていないだけだった気がする。
それまでに、彼と遊んだ日々を思い返せば、思い返すほど、私が溺れてしまいそうな程、愛の言葉を貰っていた。
彼とは両想いだったんだって、私が分かったのは、いつも通り遊んでいた、この運命の日だった。
「もぉ!!そんなことないよぉ!!」
「めぐみ!!あ、あのさ?お、俺……来週から海外に行くことになったんだ……。」
「いいねぇ!!太陽くん、海外旅行行くんだぁ?」
「ち、違う!!父さんの仕事の関係で、家族で海外に引っ越すんだよ!!だから、めぐみとは……もう逢えなくなるんだ……本当にゴメン!!」
日欧ハーフの私は、父親が外国人だったので、帰郷ついでの海外旅行にはよく同行しており、普通だった。
でも、彼の場合は楽しいものではなく、親の都合で強制的に海外赴任へ同行なので、楽しいものではない。
「え……。えっ……。」
これからも、私は彼との中学や高校での生活で、何れ……彼氏彼女の関係になれる未来を、想像していた。
それが、僅か九歳にして、私の描いた愛溢れる未来への道が、儚くも崩れ去っていく音が聞こえた。
──ガシッ……!!
「め、めぐみ!!よく聞いてくれ!!お、俺は……めぐみの事が大好きだ!!愛している!!」
「えっ……あ……あぁ……。はい……。」
「だから、戻ってきたら結婚しよう。お、俺が……絶対、めぐみのこと探すから!!いいか?」
「は、はいっ……。」
この直後、彼を探しに来たご両親に、連れられていってしまい、夜になっても家には戻って来なかった。
その日を最後に、彼は小学校に来なくなり、担任の先生からは、既に転校したことを告げられた。
タイミングが悪かったのだろうが、『私も太陽くんのことが、ずっと大好きでした。』と、私からは彼に言えずじまいだった。
それから間もなくして、父親の不倫が原因となり、私の両親は離婚することになった。
勿論、理由が理由の為、母親が私の親権を得た。
そして、私は母親と共に父親の元を去ると、全く知らない場所で、二人きりの生活を始めた。
通っていた学校へは行かず、引っ越した先の小学校へと転校することになった。
それを機に私は、長かった髪をバッサリと母に切ってもらった。
それは、いつか私を迎えに来る彼の為に、それまでは男子っぽく振る舞うという、決意表明だった。
─_─_─_─_
現在────
もうお分かりだとは思うが、私は『めぐみ・ジュセフィーヌ=ブランシェ』の成れの果て『築地恵美』だ。
そんな私の目の前で、そんな愛しの彼女の情報を、聞き出そうとしている彼こそ『天野太陽』くんだった。
転校生が来るとは聞いていたが、まさか彼だったとは……正直、私もビックリしている。
「は!?何で、俺が……海外行ったの知ってるんだよ?!」
「噂になってたからね?『太陽がめぐみちゃんを捨てて、海外に行った』ってさ?」
実際には、『ご家庭の事情で転校しました』としか、担任の先生からは説明されていない。
だから、彼が海外に行ったことは、本当は誰も知らない。
でも、『太陽がめぐみちゃんを捨てた。』と、暫く噂になっていたのは、事実だ。
「俺が海外行ってたって話、誰にも言わないでくれないか?」
「君と私だけの秘密ってこと……だよね?」
「もし、王子様が『誰にも言わない』って約束してくれたらさ?俺、一つだけ何でも言うこと聞くよ。」
こんなにも早く、私にとっての千差一隅のチャンスが到来するとは、夢にも思わなかった。
既に、私の答えは決まっている。
「では……私『築地恵美』は、誰にも言わないとここに誓おう!!」
「それは、本当に助かる!!ありがとう!!」
「いえいえ、こちらこそだよ。それと、早速で悪いのだけど……私と、友達になってくれるかい?」
これだけ会話しても、彼は私だと分からない。
それに、彼から……王子様と呼ばれても嬉しくない。
せめて名前で呼んで欲しかった私は、まず友達として近づいて……いつか気付いて貰おうと思った。
──スッ……
「じゃあ、今日から宜しくな?恵美さん。」
「うん。太陽くん、これからも宜しくね?」
──ギュッ……!!
「いっ……。」
「あっ……手、痛かったか?」
見た目こそ王子様系ではあるが、私は女子だ。
彼が握手を交わそうと、手を差し出したので私もそれに続いた。
男子同士の握手のつもりで、彼は手を握ってきたたのだ。
彼も握りしめた瞬間、私が声を漏らしたので分かってくれたみたいだ。
「一応、私も……女子だからな?痛いものは痛いよ。」
「ごめん!!それにしても、困ったな……。俺、めぐみと……約束してるんだ!!」
「えっと、それは……私ではなく『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』のこと、だよね?」
「うん!!だから、俺……王子様のことは『恵美さん』って……呼ぶって決めたんだ。」
結局、『めぐみ』も『恵美さん』も私なのだ。
ただ、誰もその事実を知らないだけだ。
あの日の約束を、彼は……本当に覚えていてくれている?
そんな疑念が私の頭をよぎってしまった。
でも……私のこと、そこまで想っていてくれたなんて、嬉しすぎて……今にも彼に抱きついてしまいそうだ。
「私の呼び方……考えてくれたこと、感謝するよ?それにしても……それは、どんな約束なんだい?」
「絶対、笑うなよ……?」
言い忘れていたが、私が『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』だということを、知る生徒は誰もいない。
ただ、『めぐみ・ジョセフィーヌ=ブランシェ』というハーフのお姫様系女子が、賤宮小学校に居たことは皆知っている。
進学校で知られる県立賎宮高等学校は、私と彼が住んでいた賎宮学区にあり、一緒に行こうと約束していた。
だから、私は彼がいつでも戻ってきても良いように、一生懸命勉強して入学することができた。
そして、今日……再会という意味とは違ったけれど、また彼に逢えたのだ。




