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青騎士の失態  作者: 望月あん
2章
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甘辛ハイブリッド(3)

 地面に這いつくばったままの視界では、悪魔たちの腰までしか見えないが、それらに囲まれている小さな姿はよく見えた。


 人間でいうところの十歳前後の子どもだ。頭には子猫の耳のような小さなツノがふたつ付いている。手足を拘束され、頬を涙に濡らしていたが、その眼差しにはまだ生き抜く気概が満ちている。


「呪いだとか、特効薬だとか、貴様の話が事実なら、いまの時代はわたしが知るものとは大きく変わったのだろう。しかしそれは表面的なことのようにわたしには思える」

「どういうこと」

「いまわたしの目に映る景色は、戦時下のあのころとなにも変わらない」

「それはおれのことも言ってる?」


 はっとして、わたしはメテオラへ視線を戻した。まさか、とでも言えばいいのだろうが、とっさに言い繕うような器用さはわたしにはなかった。


「ルーチェはおれのこともエレジオだと思ってるね」

「状況的に、可能性はゼロではない」


「正直だね、ありがとう。ただ、おれがエレジオなら、ルーチェはあの洞から一歩も出られなかったと思うよ。きみを目覚めさせることはしただろうけど、それはきみの手足を拘束してからだろうね。もしかしたら足の腱を切ったりしたかも」


 話す内容とはうらはらに、メテオラの言葉は軽やかだった。だからこそ、ひどく冷たくも感じた。それはわたしに対する怒りであり、エレジオに対する深い嫌悪から来るもののようだった。


 わたしは彼の言葉の真意がわかるほど彼のことを知らない。ただメテオラが彼らへ向ける冷ややかな眼差しには迷いや躊躇いがなく、危ういほど澄み切っていることは、わたしの目にも明らかだった。


 おなじだと思う。

 聖女の護衛のためにわたしが率いていた小隊にも、メテオラがエレジオに向けるのとおなじように清澄な目で悪魔と戦う兵士がいた。彼らはみな信心深く、自分たちが戦うことは神の意志を継いだ崇高な行いだと信じて疑わなかった。そしてそういう兵士ほど戦場であっさり死んでいった。


 もしメテオラが言い訳がましく自分はエレジオではないと話していたら、わたしは疑いを深めていただろう。


 人はいくらだって嘘をつける生きものだとは思う。


 だがいまのメテオラの言葉を……、流星の眼差しを疑うことは、あの戦争で果敢にも死んでいった仲間のいのちをも軽くしてしまうことのように思えた。


 ……しかしなるほど、帝国のため、皇帝陛下のため、悪魔どもから地上を守るため、と部下に檄を飛ばしながら、当のわたしが誰よりもエゴのために戦っていたということだろう。

 だから百年後まで生き残ってしまった。


『フィオーレが聖女として戦いへ赴くなら、わたしは鉄の盾となってすべての災厄からおまえを守ろう』


 満天の星の下での誓いを思い出し、わたしは懐かしさと虚しさに唇を噛んだ。


「わたしの足の腱を切るだと? 丸腰のおまえがか?」


 力なく乾いた笑いをこぼす。そのとき不思議と、あれから百年経っているということが確かな事実なのだと感じられた。


 ひとを信じるというのは、こういうことなのだろう。これは信じるけれどそれは信じない、ということはできない。背負うときはすべてともにだ。


 メテオラはわたしの言葉や笑みをどう受け取ったのかわからないが、紋様のある頬をくしゃくしゃにして笑った。


「まあ、それもそうだね」


「で、あの子どもはエレジオに捕らわれていると考えていいのか」

「おそらく」

「その根拠は?」


 拘束されてるからというのは無しで、と付け加える。


 メテオラは視線を子どもへ向けて、考えをまとめているのかしばし沈黙した。

 たぶんだけど、たぶんだよ、たぶんねと、たぶんを三度繰り返して口をひらく。


「あれは東方の鬼の種族なんじゃないかと思う。ここからだと断定はできないけど。もしそうだとしたら、彼らはおとなになってもほとんど単独行動をしないというから、まあ、子どもならなおさらだよね。あとさ、やっぱ拘束されてるからね」


「単独行動をしないというのは、一族単位で、遊牧民的な暮らしをしているということか」


「むかし、おれが住んでた町にも来たことがあるんだ。彼らはサーカス団だったけど、聞けば一族ごとに多種多様な特技があるらしい。血の結束が強く、めったなことでははぐれ者は出ないって。あの子が鬼の子なら、親兄弟とはぐれたんだろうね」


「親は、捜しているだろうな」

「だね」

「なあ、メテオラ」

「無謀だよ」

「わたしはまだ何も言っていない」


「でもこの状況でルーチェが言いたいこととかすぐに想像できるし、たぶん間違ってない」

「いいから、それでも言葉にさせろ。そうしていないと、いつか通じなくなるんだ」


 おなじ道を向いていることを、つど確かめあわなければ、わたしたちは水面に浮かぶ木の葉のようだから、波や風に惑わされすぐに互いの方向を見失ってしまう。百年前、わたしもそうやって死んだのだ。


 わたしの言い方が大仰だったせいか、メテオラはなにか言いたげに口を開きかけたが、それでも静かにわたしを見おろした。

 わたしはスカイブルーの瞳をまっすぐ見据える。


「メテオラ、わたしはあの子どもを親兄弟のもとに帰してやりたい」

「例外的にあの子が家出小鬼だったとしても?」

「その時はわたしが責任を取る」

「おれとの契約はどうなるの」

「わたしが責任を取って、二度とあんな目に遭わないようあの子を鍛える。そのくらいなら契約には影響ないだろう?」


 メテオラは黙りこみ、不服げに眉を寄せた。


「算段はあるの?」

「なくはない」

「まあ……、なんとなく予想はついてるけどね。どうせルーチェが囮になるとかほざくんでしょ」

「ちがう。逆だよ」

「は?」


 首をかしげるメテオラに、わたしは寝ころびながら敬礼をする。


「メテオラ、貴様があいつらの気を引いておいてくれ」

 わたしは全身全霊をこめて、精いっぱい丁寧な笑顔を浮かべた。

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