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青騎士の失態  作者: 望月あん
8章
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澪標エゴイスト(2)

 隙のない歩き方、よく訓練された身のこなしだ。普段から主に警護や警備の任務についているのだろう、わたしたちを最大限警戒していながら不思議と不快には感じさせなかった。

 優秀な兵士であることはよくわかる。しかし明らかに人間の兵士がたったふたりとは、どういう了見なのか。わたしたちが丸腰だからか、それともわたしが大人しく案内されるはずと高をくくっているのか。わたしひとりを相手にするならそれでもいい。しかしここにはメテオラもいるのだ。どう見積もってもこちらに分がある。


 蒸気発電式の昇降機に乗り、二階、三階という表示を見守る。五階で降りると、ひとつきりしかないドアに兵士が声をかけた。


「お連れしました」


 返事を待たずに兵士はドアを開け、なかへ進むようわたしたちを促した。

 案内された部屋は、政庁という公の場には不釣り合いな、個人の居室の風情をしていた。木目のはっきりした濃い色合いの床材、壁紙は淡いクリーム色をして、壁際にはよく使い込まれたナッツ色のキャビネットが据えられていた。


 わたしとメテオラが部屋へ入ると、兵士らはついてこずにドアを閉めた。

 壁に掛けられた金属製の花器には可憐な白い花が一輪、小首をかしげてわたしをじっと見おろしている。


「いつまでそこにいるつもりだ。入ってこい」


 テオリアの声。アーチ型にくり抜かれた壁の向こうから聞こえた。わたしは大きく深呼吸をして奥へと進んだ。

 大きな窓から、たっぷりと陽光が差し込んでいる。

 青いタイルのキッチン、小作りの食卓、会議室にあるような大きな机には本や書類がうずたかく積み上がり、壁には剣のひとつも飾られることなく、奥のソファには上着やブランケットが乱雑に脱ぎ捨てられていた。

 そのソファに、テオリアの姿はあった。

 彼は手もとの本に視線を落としたまま、顔を上げようともしない。


「案外遅かったな。おまえの性格だから、すぐにここへ来るものと思っていたが」

「わたしにも都合がある。おまえにばかりかかずらってもいられない」

「都合?」


 テオリアは鼻でわらうと、本を閉じ、ソファから立った。


「百年も眠っていたおまえが、なにが生意気に都合だ」

「なんだと……? 望んで眠っていたわけではないぞ」


 わたしはそばにあった机を強く叩いた。


「そうしたのはおまえだろう!」


 書類が雪崩を起こして机からこぼれていく。テオリアはそれを冷たく眺めて、ため息をこぼした。


「死んでもその気の強さは直らないか」

「たしかにわたしはまだ目覚めて半月ほどしか経っていない。だがそんな短いあいだでも、たくさんの人に助けてもらってここまで来られたんだ。わたしの都合だけで、勝手なことはできない」

「それはそれは。結構なことで」


 テオリアは戸棚から親指ほどの大きさの壜を取り出すと、わたしを真下に見下ろせるところまで歩み寄ってきて、その壜をメテオラへと差し出した。


「受け取れ。約束のものだ」


 わたしは壜の行方を目で追ってメテオラを振り返る。

 そこには、俯きがちになりながら唇を噛むメテオラがいた。


「約束?」


 わたしの問いかけにもメテオラは苦しげに首を振るばかりで目を合わせようとしない。

 ここ数日ふくらみ続けていた違和感が、殻を破ってあふれてくる。それをあのへらへらとした笑顔でかき消してほしくて、わたしはメテオラの袖を掴んだ。


「どういうことだ。テオリアとなにを約束した」


 けれどメテオラは一切の抵抗をせず、わたしに揺さぶられるままになる。


「メテオラ、教えてくれ」

「……ごめん」


 メテオラは手で顔を覆って、消え入りそうな声で呟いた。


「ごめん」

「なぜ謝る。わたしは教えてくれと言ってるんだ。おまえに謝ってほしいわけではないし、そもそも謝る必要なんて」

「違うんだ、ごめん……」


 メテオラのやわらかな声は痛々しいほど震えている。


「なぜだ、メテオラ」

「あまりいじめてやるな、ルーチェ」


 笑いを含んだ声でテオリアが割って入ってくる。わたしは肩越しにテオリアを振り返った。


「おまえ、メテオラになにをした」

「人聞きの悪いことを言うな。おれはただこのハイブリッドに、約束した報酬を渡そうとしているだけだ。ルーチェ、おまえをここへ連れてくるという約束のな」


 テオリアの言葉がすぐには理解できず、わたしは呆けたようにテオリアを見つめ返した。


「聞こえなかったか?」


 問いかけに、わたしは心許なく首を振る。


「聞こえて、いる……。だが……」

「信じられない、か」


 わたしはうなずくことも悔しくて、ただテオリアを睨みつけた。それがかたちばかりの強がりだということは、わたし自身どうしようもないほど理解していた。

 テオリアはわたしのその悔しさや強がりを嘲笑うことなく、顔色ひとつ変えないまま受けとめていた。わたしの心の動揺を正しく測ろうとするように。


「ルーチェ。おまえにはこの壜の中身がわかるか」


 だからこれからテオリアが話すことは、かならずわたしを傷つけるものだ。そうとわかっているのに、わたしにはテオリアの口を塞ぐことはできない。

 メテオラが話してくれない真実を、わたしはテオリアに求めていた。


「この男がなにを犠牲にしても喉から手が出るほど欲しがったもの、と言い換えようか。ハイブリッドのこの男が、だ」


 テオリアは大きな机に腰をもたせかけながら、壜をゆらりと振った。


「特効薬だよ、ハイブリッド向けの」

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