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青騎士の失態  作者: 望月あん
5章
26/53

死にたがりにピリオドの雨(2)

 芳醇なお茶の香りが部屋に広がる。

 テーブルにポットと四人分の不揃いなカップを置くと、メテオラは彼女のとなりには座らず、雑誌が積みあがっていた踏み台を引っ張ってきてそこに腰かけた。


「こいつはおれの幼馴染みでサキュバスのソルジェンテ。そっちの小さいのが狐のシロカネ、彼女はルーチェ」

「名前とか別にいいんだけど」

「誰って訊いたのはそっちでしょ」

「そういう意味じゃないし」


 ソルジェンテさんは冷たく言い捨てて、ポットから紅く透き通った茶を注ぐ。わたしはその姿のうつくしさに目を奪われた。小さな顔、華奢な肩、すらりと伸びた手脚、ガラス細工のように繊細な指先。そしてなにより所作がうつくしかった。


「お茶、冷めるからあなたもこっちに来たら?」

「ああ……、ありがとう」


 わたしはソルジェンテさんに促されるまま、彼女のとなりに座った。

 それを待っていたように、ソルジェンテさんがわたしの腕を掴む。


「メテオラに訊いても埒があかないから、あなたから教えてくれる? 端的にあなたはメテオラのなんなの」

「えっと、仲間だと思う」

「なか、ま? なんの」


 なんの?

 わたしは助けを求めるようにメテオラを見た。だがメテオラは声に出さずに唇の動きだけでがんばれと言って、よい笑顔を向けるだけだった。

 これはもう、はじめから説明するしかなさそうだ。


「話すと長くなるんだが……」


 そう言い置いて、わたしは百年前の戦争で斃れたこと、昨日メテオラに救い出されたことなどをかいつまんで話した。

 話し終えるころには、カップのお茶はもうすっかり冷めてしまっていた。


「頭痛くなってきた」


 ソルジェンテさんはソファの背もたれにぐったりともたれかかって、うつくしく整えられた眉を険しくした。


「あなた、悪魔の契約がどういうものかわかってる?」

「あー……、いや」

「人間同士のちょっとした約束事とはわけが違うの。それぞれの存在をかけたものなの。それってなんだと思う。つまり魂よ」


 そんな話は初耳だ。


「いやしかし契約の内容はそう深刻なものではなく……」

「あー、だめだめ。契約の詳細は他のひとに話さないで。あなたたちだけのものだから」

「そう、なのか。すまない」


 それも初耳だ。


「ほんとになにも知らないのね……」


 ソルジェンテさんは大きなため息を吐き出して、メテオラを睨みつける。


「あんたは人間の脆さをよく理解してると思ってたんだけど」

「契約成就の前に人間の寿命が来ちゃうって話? そんなのいつまで生きられるかわかんないのはおれだっておなじだよ」


 ハイブリッドなんだから、とメテオラは頬の紋様を歪めてわらう。そのにやついた顔に、ソルジェンテさんの投げたクッションが命中する。


「いつまでそんなこと言ってんの、ばかなのっ?」


 たまらず立ち上がり、ソルジェンテさんは声を荒げた。


「それに、そんな気持ちで契約を結ぶなんて無責任すぎる。この人にも失礼だと思わないのっ?」

「ソルには関係ないことでしょ。これはおれとルーチェのあいだのことなんだから。契約には魂を捧げるべしってやつも強制力はないんだし、神経質になる必要ある? ……まあおれはかならず成就させるけどね」


 投げつけられたクッションを胸に抱えて、メテオラは煩わしげに目を伏せた。


「そんなことよりおれは仕事の話がしたいんだけど」

「は? なによ……、そんなことよりって、なによ」


 ソルジェンテさんは白い手を強く握りしめて立ち尽くす。彼女がいまどんな表情をしているのかわたしの場所からは髪が邪魔をして見えない。

 やがてソルジェンテさんは何事もなかったかのようにソファに腰をおろした。


「仕事ってなに」


 手帳とペンを取り出して、髪を耳にかける。その横顔には感情によるブレのようなものがひとつもない。不自然なほど整った横顔をしていた。


「十日後の夕方に正装する必要ができたから、その準備と当日の仕度を手伝ってほしい。経費と報酬はうちの隊長に請求してくれればいいから」

「正装って、燕尾にすればいいの?」

「おれはタキシードかなんなら黒スーツあたりでも充分。シャツかジャケットか、どっちかはいつもどおりフーディで脱ぎやすいやつにして。で、ルーチェなんだけど」


 メテオラとソルジェンテさんの視線がわたしへ集まる。

 正装、正装か……。


「わたしにとって正装は軍の隊服なんだが」

「話になんないわね」

「ルーチェはロングドレスで、比較的動きやすそうなのをお願い。狐のファーだけ決まってるから、それに合うように」

「了解。十日後の昼にここへ来ればいい?」

「ありがとう」

「で、あんたのその剥がれた爪はどうするの」


 ソルジェンテさんはペン先をメテオラの指先へ向けた。メテオラの爪はクッションを抱える左手の中指だけ黒い装飾がなく、自爪が見えていた。


「ソルはいつできるの」

「三日後ならあいてるけど」

「じゃあそのとき」

「わかった。準備の経過報告も三日後にできるようにしとく。あとは採寸か」


 ソルジェンテさんはペンを巻き尺に持ち替えて立ち上がり、メテオラを睨みつけた。


「あんたなんなの、なにぼんやりしてんの」

「なにが」

「サイズ変わったの?」

「変わってないと思う」

「だったら男たちは部屋を出て。いまから彼女の採寸するから」


 ほらはやく、とソルジェンテさんはメテオラの腕をひく。


「痛い、わかったから。シロカネ、買い出しに行くよ」

「はーい」


 ルーチェさん行ってきますとシロカネは手を振って部屋を出ていく。メテオラはソルジェンテさんを見ることもなく、なにも言わずに行ってしまった。

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