ランチと魔女と蜜りんご(7)
「あいわかった。無期限の休職、認めてやろう」
「ありがとうございます」
「だが、ひとつ条件がある」
コルダ殿は煙管で壁を示す。そこには色褪せた地図が貼られていた。わたしは吸い寄せられるように地図の前に立った。
ブーツのように突き出た半島、北側に広がる大陸、砂漠を越えた先の東国。
おなじ地図だ。わたしが知っているものと、おなじ。
「メテオラ、ヴェントは? この街はどこだ」
「青いしるしがあるところだよ」
となりに並んだメテオラが指さしてくれる。半島の西側、悪魔が暮らしていた禁足地。かつてテオリアが話していた場所だ。
「そしてさっきから話に出てるアルトロがここね」
メテオラはヴェントから南へずっと下ったブーツのつま先にあたる場所を示した。
「魔帝都アルトロ。戦後あらたに置かれた首都で、そのむかし地下に宮城があったところ」
わたしは、あそこか……と呟く。
百年前、半島西側の海路は塞がれていたため、帝国軍は中央の山脈沿いに南下をして地下宮城を目指した。敵に警戒されないために、地下へおりる際はごく少数の部隊を編成し、アルマさまを先頭にして踏み込んだ。隣にはフィオーレがいて、殿にはテオリアがいた。
地下宮城……、いまは魔帝都アルトロ。つまりそこはわたしがテオリアに殺された場所でもある。彼らのその後を知ろうとするなら、まず訪れるべき場所になるだろう。
「首都を移したのか。それでは帝都はどうなった」
「いまは旧都って呼ばれてる。昨日話した、人間だけの特区だよ」
「そうなのか」
ロッソの家は帝都からほど近い場所にあった。いまはどうなっているだろう。
ふと、荒れ果てた屋敷の様子が思い浮かんで、わたしはぞっとした。
「突端に首都なんて防衛上ありえないって話があったとかなんとか」
ですよね隊長、とコルダ殿に話しかけるメテオラの声が遠い。
おそらく今朝見た夢だ。はっきりとしたことは覚えていないが、妙になまなましい夢だった。わたしの不安が見せたものなのだろう。実際の屋敷はああでないことを祈るばかりだ。
地図には、ヴェントとアルトロのあいだにピンが打たれていた。
「これは?」
「それがわたしからの条件。休職前最後の任務ね」
「ここは……、すこし前から噂になってた砦ですか」
「そう。秘密の晩餐会が開かれてると噂の」
秘密の晩餐会というのは、つまりエレジオの集まりということだろう。
「でも隊長、ここって管轄的には向こうになりませんか」
「まあ、ぎりぎり」
「いいんですか?」
「だからしばらく使い物にならなくなるおまえにやらせようとしているんだよ」
コルダ殿はきゅっと目を細める。メテオラは上官殿の意図を察し、顔をおさえて深いため息をついた。
「つまりジャックを借りることはできないんですね」
「おまえが抜ければあのカブが主力になる。政庁の部隊ともし鉢合わせにでもなったら、どう責任をとるつもり。もちろんカルチェレも貸し出しはできない」
ですよね、とメテオラは眉尻をさげて笑う。
わたしはメテオラの腕をかるく引いた。
「どういうことだ」
「あー、どう説明しようかな」
メテオラは地図を眺めてしばらく考え込んだあと、ふたつの街を南北にわけるようにピンのそばに指で線をひいた。
「スティヴァーリは政庁の非公認組織なんだけどね、まあ戦後すぐからあるし、国民にも馴染みがあるからってことで活動に目をつむってもらってるんだよ。ただし、そうしてもらえるのはこの北側だけ。南側は国軍の部隊が見回りをしてる。境界の線引きはあいまいなんだけど、まあ……ざっくり雰囲気で? むかし何度かおなじ現場に鉢合わせて、三つ巴の戦闘になって地獄だったみたい」
「スティヴァーリのほかにもそういった組織があるんだな。まあそうか、国として取り締まりをおこなうのは当然だろう」
「でもでもスティヴァーリ隊のほうがすごいんですよ!」
シロカネはわたしに激突しそうな勢いで視界に滑り込んでくる。
「政庁のひとたちは軍隊って感じで規模が大きいからいつもエレジオに逃げられちゃうんです。その点スティヴァーリ隊は少数精鋭の一騎当千ですから、取り逃がすこともないんです」
まるで自分のことのようにシロカネは誇らしげに語る。ここはまさしくその本部で、そばにいるのがスティヴァーリ隊の隊長と隊員だということを忘れてるのではなかろうか。
「そうなのか?」
「おおげさだけど、まあだいたい合ってるよ」
ただねえ、とメテオラはピンそばを指ではじく。
「おそらくここはあちらさん向きの場所だとは思うんだよね」
「砦と言っていたな」
「森みたいなのと比べて規模が大きくなるから、人海戦術で制圧したほうが理にかなってるよなあと」
メテオラはコルダ殿のほうへ顔を向ける。
「だから隊長は手を出さないんだと思ってました」
「わたしだってそのつもりだったんだけどね、待てども待てどもあのクソどもが動かないから」
コルダ殿は吐き捨てるように言いながらとびきり美しく微笑んだ。言葉と笑顔の隔たりが深すぎる。
「その晩餐会、次はいつ開かれるんです」
「十日後、日没の頃より。だそうだよ」
「わかりました」
メテオラはわたしの肩に手を置いた。
「ルーチェごめん。そういうことだから旅に付き合うのはあとすこし待ってもらってもいいかな。シロカネの手伝いをしてあげて」
「あ、ああ。わたしは構わ――」
「ばかもの。誰がおまえひとりでと言った? わたしはおまえとルーチェ、ついでに狐も連れていきなさいと言ってるの」
「は?」




