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青騎士の失態  作者: 望月あん
4章
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ランチと魔女と蜜りんご(4)

 残されたわたしたちは晴れ渡った空を見上げながらそれぞれ、驚いた、クビかな、美しい声でしたねと呟く。


「なんだかいい匂いがする気がします」

「そんなこと言ってられるのもいまのうちだからね、シロカネ」

「そもそもおまえが無断欠勤などするから」

「過ぎたこと言ってもしょうがないし、隊長もお呼びだし、とりあえず隊の本部まで一緒に来てもらってもいいかな」


 それは構わないんだが。


「シロカネはともかく、部外者のわたしがいて邪魔にならないだろうか」

「部外者? ルーチェだって隊長から情報せびるといいよ。どうせひとりもふたりもおなじなんだから」

「まさか、そんなことはできない。わたしはシロカネのように一刻を争う事情とは違う。急いでないのだから自力で探すよ」

「くそまじめだねえ」


 その自覚はあるが、そうすることが筋なのだから仕方ないではないか。

 シロカネは刀をもとに戻し、涙でふやけた頬をこすりながら顔を洗ってきますと一階へ降りていった。

 わたしは平らげた皿を重ねて持ち、階段へ向かう。


「置いていっていいのに」


 うしろからメテオラに声をかけられる。


「おいしい食事をいただいたんだ。このくらいはしないと。こういうのは金を支払って済むことではないだろ。感謝の気持ちなのだから」

「ねえルーチェ、そんな考えばっかりで疲れない?」

「そんな、とは、どんなだ」

「誰にも頼らず、肩肘ばっかり張って。もっとまわりを、おれを頼ってくれていいんだよ」

「充分頼っている」


 昨日メテオラの手で起こされてからというもの、メテオラはもちろん、シロカネの勇気や愛らしさ、宿の女将さんの優しさや気遣いに支えられ続けている。


「頼りすぎなくらいだ。これ以上、どうしろと」

「こうするんだよ」


 背後から、まるでわたしを抱きしめたときのようにメテオラの両腕が差し出される。行く手を阻まれるようなかたちになり、わたしはたまらず立ち止まった。

 その隙に、両手から皿とグラスを奪われる。


「メテオラ!」

「シロカネと合流してて。巻きでお願いね」


 メテオラは皿を持ったまま軽々と階段を駆け下りていく。

 わたしだってメテオラに言ってやりたい。そんなに気を配ってばかりで疲れないのかと。


「巻きって……」


 本部はてっきりこの近くにあると思っていたのだが、三十分ではたどり着けない場所にあるんだろうか。

 一階におりると、メテオラの姿はすでになかった。シロカネも見当たらない。もう外へ出たのかとうろうろしていると、猫耳のある少女がわたしに気づいて小走りに駆け寄ってきた。


「蜜りんご、いかがでしたか?」

「とてもおいしかったよ。ごちそうさま」

「よかったです! あのジュース、前に採算との兼ね合いでお蔵入りになってたものなんです。ちょうど蜜りんごの季節だから作ってくれってメテオラさんが。久々だったからおいしくできたか不安だったんです」

「お蔵入りにするなんてもったいない。きっとお店の思う価格で売れると思うよ」

「ありがとうございます」


 少女は照れたように笑うと、わたしの目をじっと覗き込んできた。


「おねえさん、きれいな瞳ですね」

「そう、かな」


 近い。

 少女はわたしの両手に指をからめ、胸に寄せて抱きしめ、一歩、また一歩と、わたしへ迫ってくる。わたしは失礼にならない程度に後ずさった。


「お耳がそわそわしちゃいます」

「へ、へえ?」


 それはどういう意味なのだろう。

 かつんと、ブーツの踵が壁に行き当たる。少女の胸とわたしの胸のあいだ、……おもに少女の胸のあいだに二人分の手が飲み込まれる。

 メテオラといい、この少女といい、悪魔というのはみなこの距離感なのだろうか。あ、いや、シロカネはそうでもないな。だとすると地域性なのか?

 まあいい。近い。とにかくとても近い。


「だって、光に透かした蜜りんごみたい。舐めてみたい。そっか、それでメテオラさん急に……いたっ」


 少女は耳を押さえて体を縮めた。うしろにはメテオラが立っている。


「すぐ口説く」

「まだなにもしてないよぉ」

「してからじゃ遅いでしょ」

「させてよぉ」


 はいランチごちそうさまーと会話を断ち切り、メテオラはわたしの腕を掴んで店の外へ出た。

 とたんにメテオラは盛大にため息をつく。


「ルーチェはどうして粛々と舐められようとしてるの?」

「わたしは舐められるところだったのか」

「ほかの可能性の余地ある? あいつめっちゃストレートに舐めたいって言ってたけど?」

「それよりメテオラ、どうしてわたしは蜜りんごのジュースだったんだ。メニューにはないものだと聞いたが」

「んんんんん、おれの質問にも答えてほしいんだけどね」


 メテオラは黒く塗った爪を寝かせて、わたしの下まぶたに触れるか触れないか、ぎりぎりの距離まで寄せる。


「昨日、明るい場所で見たときに思った。おいしそうな蜜りんごみたいだなって」

「だからわたしの涙に触れたのか」

「いやそれはエレジオの」


 と言ったきり、メテオラは考え込んでしまう。ややしてから、かろうじて聞こえる声で言った。


「ゼロじゃない」


 カランとドアのベルを鳴らしてシロカネが出てくる。


「お待たせしました! ……あれ? メテオラさんどうかしたんですか?」

「なんでもない。行くよ」


 メテオラは顔を伏せて先に歩き出す。わたしはシロカネとともに首を傾げて、彼のあとに続いた。

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