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青騎士の失態  作者: 望月あん
3章
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星屑エスコート(3)

「これがわたしの知るテオリアだ。おまえが知りたいテオリアとは別人だろう?」

「興味深い話だったよ」

「ありがとう。で、おまえはどうして宰相の情報が欲しいんだ」

「知り合いに有名人がいるって聞いたら、プライベートはどんな人なのか気になっちゃうもんでしょ」

「はあ、まあ……」


 その心情は理解できなくはないが、あのときのメテオラの様子を単なる好奇心と説明するのはあまりにも乱暴に思う。呪いの衝動のためだと言われればそれまでだが……。

 わたしの不得心に気づいて、メテオラが観念したように乾いた笑いをもらす。


「うん……、嘘」

「嘘をついてまで話したくないことなら、話さないでいい」

「いや、おれね、いまちょっと訳アリで職場を無断欠勤してて」


 なんだって?


「おまえはばかかっ!」


 わたしは声を荒げて、メテオラを振り返った。メテオラは口もとに人差し指を立てて、あぐらを組んだ自分の足もとを指し示す。そこではシロカネがすぴすぴと寝息を立てていた。

 すまないと声に出さずに謝り、わたしは静かにもとの場所へ戻る。


「……だが、無断はよくない。おとななんだから連絡くらいしろ。ていうか、そんな状況でわたしの旅に付き合うなんて言うんじゃない」

「それは大丈夫。落ち着いたらそう連絡するから」

「いったいどんな職場なんだ」

「まあ、その話をするときの手土産になればいいなと思ったんだよ。たぶん別テオリア……言いづらいな、別リアでいい?」

「好きにしろ」

「別リアだとは思うけど、まあ、念のためね」

「仕事熱心なのかそうじゃないのか、わからんやつだな。……で? その、別……リアというのは宰相なのだろう? そんな人物の情報が世間話というのではなく手土産になるのは、たとえば一般的な商店や工房ではないだろう」

「そうだよね」


 微妙に噛み合わない相槌をして、メテオラは黙り込む。無理に聞き出したくはない。わたしもともに沈黙する。

 心地よかった風を、すこし冷たく感じるようになった。肩にかけていただけのメテオラの上着に、わたしは袖をとおした。

 冬ではないから油断していたが、火をおこしたほうがいいだろう。だがこの水辺で、はたして乾いた枯れ草があるものか。

 指先が冷えていたので両脇のポケットに手を入れると、左の人さし指をかすかに刺すものがあった。取り出してみると、ブーツの輪郭を象った徽章だった。裏にはスティヴァーリと彫られている。

 シロカネが話していた隊の名前は、たしか……。

 いや、それより火を。


「ルーチェ、伏せて!」


 メテオラの鋭い声。それと同時にわたしの頭上の木の幹に、ノコギリ状の刃をしたナイフが突き刺さる。


「な……っ」


 たまらず息をのみ、まばたきをした、そのほんの短い一瞬のうちに、わたしの目の前にはひとりの男がいた。

 勢い余ったようにナイフの柄を掴んで体を支え、鼻先が触れそうな距離でわたしを覗き込んでくる。燃え立つような赤いざんばら髪の隙間には虚ろな穴があいていた。それが顔の半分を覆う仮面だと気づくまでに数秒。その短いあいだに、わたしは後方の木へと首を押さえつけられてしまう。


「ぐっ……」


 男が腰に提げたランタンのガラスが、彼の服の金具とぶつかって涼やかな音を立てる。ランタンには赤や青の炎が揺れていた。


「は? 人間?」


 声変わりしたばかりの少年のように、高音と低音が混じったような声をしていた。おさなごがぐるぐると塗りつぶしたようなまだらの瞳がわたしを見ている。少年は首を傾げてしばらく考えていたが、まあいいやと、ナイフとおなじようにノコギリのような歯を見せてにこりと笑った。


「せいばーい!」


 木に突き刺さっていたナイフを抜く反動で、少年の体は大きくひらかれる。彼の首もとには長いスカーフが巻かれて、その結び目には長靴のかたちをした徽章があった。

 その喉元へシロカネの刀の鞘が突き出される。


「んぐっ」


 少年は池のなかへと吹き飛ばされた。すぐにざばーっと言いながら起き上がってきて、こちらを指差す。


「メテオラじゃん!」


 わたしは咳き込みながら背後を振り返る。メテオラは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、呪詛にも似た呟きを口のなかでもごもごと繰り返していた。

 少年は池から上がってきて、犬のように体をぶるぶると震わせる。


「なにあんた仕事サボって女と遊んでるとかまじ最低じゃん!」

「隊長は」

「やばいくらいキレてた! そばで見てるだけで縊られるかと思った!」


 けたけたと笑いながら、少年はナイフを構える。


「ジャック」


 メテオラは少年をそう呼んだ。


「いまは隊長と一緒か」

「ああ! なんか知らないけど転がってたエレジオに聴取してる! こっちにいのちの温度が見えたからおれだけ先に来た!」

「たしかにそうみたいだな」


 耳を指で摘まみ、メテオラは眼差しで対岸を示す。


「まじで!」


 ジャックは嬉しそうに池を振り返った。隊長こっちにクソ野郎がいるよと叫びながら大きく腕を振る。だがわたしには誰かがいるようには見えない。メテオラの耳では視えているのか。それとも本当に居ないのか。


「行くよ、ルーチェ」


 メテオラに腕を引かれて立ち上がる。気づいたジャックが楽しげに笑う。


「メテオラあ! あんた音速のジャックから逃げられると思ってんの!」

「思ってるよ」


 こんな状況でも相変わらず健やかに眠っているシロカネを抱えて、メテオラはわたしの手を引き走り出す。

 直後、うしろからジャックの悲痛な叫びが響いた。


「はああっ? おれの鬼火ちゃん濡れてしなしなじゃん!」


 さきほどまでランタンに灯っていた炎が、池の水で消えてしまっていた。ジャックは地面にぺたりと座り込んでランタンを抱き、赤んぼうのようにわんわんと泣いていた。

 よくわからないが、この様子ではすぐにジャックが追ってくることはなさそうだ。

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