第二章 禁忌の真実
第二章 禁忌の真実
夜の森を駆け抜ける。
吐く息は白く、雪を踏む靴音が二つだけ続いていた。
「はぁ…はぁっ……凛夜……! もう、無理、足が……!」
蒼影が膝をつき、苦しそうに肩で息をする。
その身体は震えていて、体力が限界なのは明らかだった。
凛夜はすぐに振り返り、マントを外して蒼影の肩に掛けた。
「無理をするな。ここで一度休む」
「でも、教会が――」
「大丈夫だ。教会の追跡は撒いた。今は休め」
蒼影はおとなしくうなずくが、不安げに凛夜を見上げた。
「……僕、本当に狙われてるんだね」
凛夜は黙ったまま薪を組み、魔石に火を灯す。やわらかな炎が二人の影を揺らす。
「君は……何か知ってるの? どうして教会は僕を捕まえようとするの?」
問いかける蒼影に、凛夜は答えなかった。
知っている――だが、言えない。
蒼影自身がまだ知らない「力」の真実を。
蒼影は凛夜の沈黙に気づき、不安が混じった笑顔をつくる。
「……そっか。言えないんだね」
その笑顔が悲しくて、凛夜は唇を噛んだ。
「蒼影。信じてくれ。俺は――お前を守る。必ずだ」
「……うん。知ってるよ」
蒼影は小さく微笑んだ。
その笑顔は昔と変わらない。凛夜だけを信じてくれている。
だからこそ――凛夜は胸が痛かった。
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その夜、凛夜が焚き火の見張りをしていると、茂みがかすかに揺れた。
凛夜は剣に手をかけ、静かに問いかける。
「誰だ」
「よぉ、やっぱりここか」
現れたのは、一人の男――騎士団での同僚、**刹那**だった。
「……なぜここにいる」
「あんたが休暇届を出した後に査察局が動いたんだ。バレバレだろ。幼なじみを連れて逃げるってな」
凛夜は剣から手を離さないまま睨みつける。
「俺を止めに来たのか」
刹那は鼻で笑った。
「止める? 逆だ。渡すもんがある」
彼は懐から封筒を取り出し、焚き火の光の中へ放った。
「……これは?」
「教会の極秘資料だ。例の"魔法使い確保指令"の元データ。――お前のガキの名前がトップにある」
凛夜の目が鋭くなる。
刹那は続けた。
「それだけじゃねぇ。蒼影ってのはただの魔法使いじゃない。やつが持ってるのは――《禁忌魔導の核》だ」
空気が変わった。
焚き火の音だけがパチパチと小さく響く。
「……どういうことだ。説明しろ」
「簡単だ。あいつの力は兵器にも神にもなり得る。だから教会は狙う。だが同時に――存在そのものを封印する必要がある」
「……封印?」
「つまり、教会はこう判断してる。"
あのガキは生かして返すな
"ってな」
その瞬間、焚き火の熱が一気に冷たく感じられた。
凛夜は立ち上がり、刹那に詰め寄る。
その瞳は怒りで燃えていた。
――誰にも蒼影は渡さない。
刹那は肩をすくめた。
「助けたいなら急げ。教会は国境封鎖を始めてる。逃げ道はもうほとんど残ってない」
「……なぜここまで話す」
「……恩があるだけだ」
刹那は短く言い残し、背を向けた。
「それと、凛夜――」
去り際に、振り返りざま静かに言う。
「守りたいなら、綺麗事は捨てろ。誰かを殺す覚悟を持て。じゃなきゃお前は、大事なやつを守れねぇ」
残された凛夜は炎を見つめて立ち尽くしていた。
――守る。必ず。
そのためなら罪でも闇でも、何でも背負う。
凛夜はそっと眠る蒼影のそばへ戻り、冷たい指先を握った。
「……俺が絶対に、お前を守る」
その誓いは、静かに闇へ燃え落ちていった。




