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初手

――王国・魔族領事館。

 ミーシャとジェシカは、軍務局の印を押した封蝋の束を積み上げる。

「募集は“軍人・冒険者・自警団”限定。一般への公開は不可。適性検査は剣・槍・弓・魔法・工兵・医療の六系統、志願理由と守秘誓約を添えること」

「志願者は三国混成小隊に配属、各隊に通訳と回復要員、補給兵を最低一名。――はい、カーヴェル様の標準編成案、写し終わりです」


 ミーシャは軽く笑ってみせる。「怖い、けど……女神様の啓示は“協力せよ”。やるしかない」

 ジェシカもうなずく。「必ず戻ってきてもらいましょう。誰も失わずに」



 ――黒礁海岸・建設予定地。

 潮が引く。荒い波音の上に、カーヴェルの声が重なる。「始める」


 杖も詠唱も要らない。足元の砂が低く唸り、地が反転する。地脈に指を入れたように、海蝕の崖が内側から押し拡げられ、凝土ぎょうどの基礎盤がせり上がる。

 次いで、稜堡りょうほと胸壁、弩砲台、魔導塔の“心臓”――転移妨害の反紋陣――が組み込まれる。沖には、連結杭と沈み鎖。鎖は帝国製の厚鋼、杭の頭部には魔族の破魔印。三国の技が一本の鎖に通う。


 マファリーが横で記録官に矢継ぎ早に命を飛ばす。「標準砦の図面を全工房へ。資材の規格を統一、継手は王国式、溶着は帝国式、封印はヴァルディア式で」


 第一砦【星落台】、第二砦【黒潮前牙】、第三砦【暁の弓】――三つの“最初の杭”が、その日だけで海に刺さった。

「三十日で十砦、九十日で“砦線”を繋ぐ」カーヴェルが言うと、海風が彼のマントを叩いた。


 カザンが黙って一礼した。「かつての非礼、剣にて贖う。ここは通さぬ」


「頼む」カーヴェルも短く返す。私怨は挟まない。ただ、勝つために最適を置く。それが彼のやり方だった。



 ――王都・財務院。

 三国共同の“防衛債”が発行された。王国は金融と造船を担い、帝国は鉄と鎖、魔族は魔石と工匠。

 刻一刻と資材の馬車が街道を走り、港には弩砲と梁を積んだ船が次々と入る。だが表向きの名目は「沿岸防備事業」「港湾拡張」。民は不穏を知らない。彼らが知るのは、ただ仕事が増え、賃金が上がり、海に新しい塔が建ちはじめた、ということだけ。



 ――志願者の目利き。

 ジェシカは真剣の眼差しで一人ひとりを見た。剣の軌道、足の運び、背骨の立ち方。虚勢の笑みを剥がし、恐れを正面から見つめさせる。

 ミーシャは“混成”の教育計画を練った。合図は“笛三種・旗三色・光二種”。言葉が違っても伝わる体系。

 ロゼリアは医療手順を標準化し、過労で倒れぬよう交代勤務を徹底。フェリカは魔法の“重ね掛け禁止”や射線管理を、声が枯れるまで叩き込む。

 セリーヌは避難図を引き、補給線に小屋と井戸を置いた。アリエルとジーンは空から砂州と潮目を覚え、標柱を立てる。

 アンジェロッテは伝令魔法の練習を始め、短い言葉で確実に情報を結ぶ術を覚えていく。



 ――三国合同参謀会議・黒礁前線司令部。

 長机に三つの旗。王国の百合、帝国の蒼剣、ヴァルディアの黒翼。

 王国代表は宰相代理、帝国はカイ、魔族はマファリー。カーヴェルは戦略顧問として席の端に座る。

「第一段は“働く砦”を九十日で。第二段は“繋がる砦”。第三段で“海を咬む砦”――沖の浮標と弩砲船を組む」

「偵察は空からの輪番。異常は“光一閃・音三打”で全砦に連絡」

「補給は日次定量、過剰な貯蔵は禁止。燃えるものが多ければ、それだけ危うい」


 書記官たちが一斉に筆を走らせた。

 会議の最後に、カーヴェルは短く言った。「“神の雷”は封印だ。俺たちは恐怖ではなく、信頼で守る」


 誰も異を唱えなかった。



 夜、前線の天幕。

 地図の上に灯りが揺れ、遠くで波が砕ける音がする。サリエスの念話がカーヴェルの脳裏に届いた。

『魔王陛下、やる気満々。工匠隊の編成完了。資材列車、明朝には動くわ。――ダーリン、無茶はだめ』

『了解。君もな』


 カーヴェルは立ち上がり、夜の浜に出た。潮の匂い。星は乾いた金属のように冴えている。

 彼は掌を地に置く。地中深く、静かに眠る“揺るぎ”に指を通す。砦の下で、目に見えぬ杭がさらに深く根を下ろした。

 彼の戦いは、敵を斬るためではない。守りを創るための戦いだ。

 やがて訪れるかもしれない嵐に備えて――世界が、誰も知らぬうちに、強くなっていく。




 ――前線司令幕、深夜。

 薄布の天幕を打つ潮風の音の向こうで、カーヴェルは静かに目を閉じ、女神カリスタへ念を送った。


『神器は、あとどれくらいもつ?』

『一〇〇日前後ね』と、女神は即答する。

『やはり戦力は一千万以上か』

『全軍で動くなら、そのくらいの規模になると思うわ。――でもそんなに船、あるの?』

『神器で“たくさん作った”みたいだ』

『なるほど』

『もしかしたら出番が来るかもしれない。その時は頼むよ。失敗したら、この三国が消え失せる』

『それって脅し?』

『事実だ』


 念が途切れても、幕内の静けさは戻らない。

 ――三国三十五万 対 蛮族一千万超。

 紙面の数字だけ見れば、勝ち目は薄い。だがカーヴェルは知っていた。戦は“数の掛け算”ではなく“地形と準備の掛け算”でもあることを。


 海岸線は狭く、上陸点は限られる。砦は数で海を噛み、潮と風は味方にもなる。敵は神器に依存する――ならば時間を稼ぎ、神器の魔力が尽きる瞬間を“迎え撃つ”のだ。



戦力比較と各国の反応


ヴァルディア魔族国(反応)


 黒礁海岸の軍議。

 魔王、マファリー、サリエス、そして将たちが石卓を囲む。壁には新設砦線の図、沖合いの沈み鎖、反転重力井戸の配置が赤い墨で記されていた。


「三国総兵力はおよそ三十五万。その内訳――王国十二万、帝国十八万、我ら五万。工兵・船匠・治療師を別にして、よ」マファリーが乾いた声で読み上げる。

「対する蛮族は一千万超。船は神器で量産。海の上での統率は拙いけれど、押し寄せる数の圧は軽んじられない」


 将たちの表情がわずかに陰る。その重さを断ち切ったのはサリエスだった。

「なら、来る場所を“こちらで決める”。砦線と沈み鎖で海を絞り、潮と風で裂く。ダーリン――カーヴェルの段取りはそこまで済んでる」


 魔王は頷き、命を下した。「港湾税を免ぜよ。工廠は昼夜で回せ。弩砲と鎖は帝国規格に合わせる。――三国の歯車を、今、噛み合わせるのだ」


 民の間では不穏の言葉を避けるため「沿岸防備事業」「港拡張」として告知された。夜毎、海岸に新しい塔が灯り、子らはそれを“海の灯籠”と呼んだ。恐れは胸の底に沈められ、代わりに働く手が増えていく。


王国(反応)


 王城の非常対策本部では、ジェシカとミーシャが連日の目利きにあたっていた。

 志願者の列は、軍人、冒険者、自警団の順に整列し、言葉少なに誓紙へ署名する。募集は“軍系統内限定”。市井では「海沿いに塔が建つらしい」「港が広がるらしい」と囁かれるだけだ。


「剣、足運び、背筋。虚勢も恐れも、今は剥がしましょう」ジェシカは一本一本の木剣の軌跡を見て、適性を振り分ける。

「混成の合図は“笛三種・旗三色・光二種”。言葉が違っても伝わるように」ミーシャは教範を手直ししながら、時折、窓外の砦の灯を眺めた。


 祭壇では大主教が若返った手で祈りを続け、広場では子どもらが木片で“砦ごっこ”をする。人々は“女神の末裔たる王と、その使徒カーヴェルがいる”という噂を、呪文のように胸で温めていた。


レーガー帝国(反応)


 新帝フロリアンは蒼剣旗の下、即日「海鎖計画」を布告した。

 鋼の鎖、沈み杭、弩砲の旋回台――鉄と油の匂いが港に満ちる。

「帝都の工廠は夜明けまで火を絶やすな。鉄は王国へ、鎖はヴァルディアへ。工兵三千は直ちに黒礁へ向けろ」

 母マリアーナは貴族院を回り、反対派の懐柔と資金の吸い上げを同時に進める。前線から届く“誰も死なせない段取りの名将”の名は、帝都の戦意を静かに上げた。


 彼らは恐れる――だからこそ動く。

 動けば、数字は地形と準備という“力”に変わる。



カーヴェルの戦力評価(簡略)


総数:三国野戦兵力 約35万(王国12万/帝国18万/魔族5万)+工兵・補給・医療 約6万


防衛増幅:砦線・沈み鎖・反紋陣・潮流誘導陣・砂州泥化術・重力井戸――地形補正で“×10”を狙う


制空:アリエル(飛行)+ジーン(竜翼)+伝令魔法網


指揮:混成小隊(14名基本)×数百。各隊に回復・通訳・補給を常備


政治:「神の雷」は封印。恐怖ではなく“信頼”で盟を保つ


蛮族:


総数:一千万超(戦闘可能 七~八割)


艦艇:神器による粗製の大船多数(帆走技量・統率は低い)


補給:神器依存。枯渇後は現地調達=暴食・略奪


弱点:言語不全/士官制無し/補給線の脆弱性/上陸点の制限




 勝ち筋は“砦線と潮で海を絞る”こと。“上陸前”に船を止め、“上陸後”は泥と杭で足を奪い、“上陸できた少数”を各個撃破する。神器が尽きるまでは“撃退しつつ、決戦を避ける”。尽きた瞬間、敵の統率は崩れ、補給も断たれる――そこが勝機だ。

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