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被告カーヴェル

訓練の終わりに、全員でもう一度“回復と地整え”の術式を流す。焦げも乱れも、来たときより美しく整えてから帰る――それが空中大陸の掟でもあった。


「よし、帰るぞ」

 村の空気は夕餉の匂いをふくんで暖かかった。転移から戻った一行に、門番の青年が目を白黒させ、子どもたちが「おかえり!」と手を振る。

 ロゼリアとフェリカは顔を見合わせ、ふっと微笑む。

「――ねえ、旦那様」

「なんだ」

「“神の雷”、一生見なくて済むように。私たちが“段取り”、がんばるわ」

「もちろん。現場は任せて」ジェシカも力強く頷いた。

 サリエスはくすっと笑って、カーヴェルの腕に絡む。「ダーリンは“最後の最後”の切り札。……それなら、ずっと側で、その瞬間が来ないように、私もできることをする」

「私も」レオナが続ける。「風の角度を、戦の向きを、あなたが引き金に触れなくていいように」


「頼もしい相棒ばかりだ」

 カーヴェルは、皆の指に灯る小さなべに――“魔力倉庫”の穏やかな輝きを見渡し、目を細めた。

「さあ、飯にしよう。明日の予定は……“休む”も訓練だ」


 笑い声が、暮れかかる村に柔らかくほどけていった。



 夜更け。寝支度を終えた寝室に、またもや“彼女”が現れた。

「この度は飛んだ迷惑をかけて申し訳ありませんでした。お許しを」

 土下座。ぺたり。

「……なんかこれ、変」ロゼリアが眉をひくつかせる。

「こういう言葉づかいされると、許したくなっちゃうのが悔しい」フェリカが頬をふくらませ、腕を組む。

「じゃ、あーしもここで寝るし。謝ったってことで、ね? 寝よ寝よ~」 

その態度に、フェリカとロゼリアはプツンと切れる

「そこに座りなさい!!」

 ぱん、と空気が鳴った。フェリカの号令で“謎の女”――いや、カーヴェルは正座。変身がほどけ、しゅるりといつもの姿に戻る。


 ロゼリアがすっと立ち上がり、指を掲げる。

「これより“家内裁判”を開始します。裁判長はわたくしロゼリア、検察官はフェリカ、陪審はサリエスとジェシカ。――意義ある者は?」

「なし」×三。

「え~、なんで」カーヴェルが小さく手を挙げかけたが、即座に「却下」。

「問答無用。私たちをからかった罪は“ひじょ~に重い”のです」


 フェリカが咳払い。

「被告カーヴェル、罪状。第一条、謎の女になりすまして心拍数を無意味に上げた罪。第二条、過度の挑発発言で嫉妬心を煽った罪。第三条、土下座でしれっと逃げ切ろうとした罪。以上!」

「異議あり――」

「却下!」ロゼリアとフェリカのハモりは相変わらず完璧だった。


 判決は即日言い渡された。

「刑は“手洗い奉仕”。本日これより、大浴場にて四名の髪と身体を一人ずつ丁寧に洗浄。魔法の使用は禁止、すべて手で。怠慢の疑いあるときは、追加で肩もみ十五分を付す」

「それはちょっと……めんどくさいな」

「ダメです、ちゃんと遂行していただきましょう」フェリカがぴしゃり。

「旦那様に少し冷たいのでは……?」サリエスが小声で庇う。

「サリエスは黙ってなさい。そういう優しさはつけ上がるのよ」ジェシカがすかさず釘を刺す。

 うなずく三人。

「……はい。かしこまりました。真心を込めて、執行いたします」



 大浴場。湯気がやわらかく立ちのぼる。木桶に湯を張り、石鹸と香草油を並べると、カーヴェルは袖をまくった。

「では、順番に――まずは裁判長から」

「よろしい」ロゼリアが顎を上げ、椅子に腰かける。「手際、見せていただくわ」


 髪をぬらし、指の腹で地肌をマッサージする。円を描くように、こめかみ、耳の後ろ、首筋へ。

「……ふ、ふん。悪くないじゃない」

「力加減は?」

「そのまま。――そこ、もう少しゆっくり」

 柔らかい香りが立つ。泡が光を含んで、夜の灯のように弾けた。肩に流れる湯を手のひらで受けて、背へと伝える。

「裁判長、肩もみを併科すべき案件が発生しました」フェリカが笑う。

「では“追加刑”十五分」ロゼリアは勝ち誇った顔でうっとり目を閉じる。

「判決重いな……」


 次はフェリカ。

「検察官は厳しいぞ?」

「ええ、厳しくいきます。――そこ、もっと丁寧に。はい、肩甲骨の内側を親指で。そう、横に流して……うん、上出来」

 言葉は厳しいが、耳たぶまで桜色に染まっているのをカーヴェルは見逃さなかった。

「検察官、顔が赤いですが」

「赤くなんかないっ!」


 三番手、ジェシカ。

「……お願いします、あなた」

 おずおずと差し出された手を取り、指の間を一本ずつ洗う。手首から肘へ、ゆっくりと円を描きながら。

「くすぐったい?」

「ちょっと。でも……好きです、こういうの」

 髪を梳くと、ジェシカの肩の力がふっと抜けた。「仕事のこと、忘れられそう」

「忘れていい。今夜くらいは」


 最後にサリエス。

「ダーリン、優しくしてね?」

「もちろん」

 青みがかった肌に、香草油が薄い艶をつくる。肩を包むと、サリエスは目を細めた。

「……こんな刑なら、毎晩でもいいわ」

「前科を重ねる宣言はやめていただきたい」ジェシカがすかさず突っ込む。

「冗談よ~」


 四人分を洗い上げるころには、湯はとろりと肌になじみ、浴室いっぱいに甘い香りが満ちていた。

「よし、刑の執行、完了」

「合格。――減刑を認めます」ロゼリアがにやり。

「被告、よくやったわ。求刑取り下げ」フェリカも肩をすくめる。

「ダーリン、上出来~」サリエスが親指を立てる。

「ありがとう……あなた」ジェシカが小さく囁いた。



 湯上がり。寝室に戻ると、ふわふわの髪と柔らかな香りが布団を満たす。

「本日の裁判記録――“笑って終わった”」ロゼリアが枕元で書く真似をする。

「被告からの上告は?」フェリカ。

「取り下げます」カーヴェルが両手を上げると、くすくすと笑いが弾けた。


 灯りを落とす前、カーヴェルがまじめな声で言った。

「約束を一つ。――もう、意地悪な変身で驚かせたりしない。必要なとき以外は、ね」

 四人の目が、やわらかく細くなる。

「了解」「それなら赦す」「ダーリンなら最初から赦してた」「最初から……だけど、次は正面から来てね」


 布団が寄り合い、一つの温度になる。頬に落ちる髪の香り、指先に触れる鼓動、眠りに落ちる呼吸のリズム。

 裁判は終わり、判決は“平和”。

 夜は、笑顔のまま、静かに更けていった。

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