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神の雷

午後。村はずれの草地に全員が集まると、カーヴェルは指輪の状態をひとりずつ確認していった。

「今朝説明したとおり、各指輪には“二十万”すでに充填してある。つまり今日は“本番用の大技”も試せる。――だが村でぶっ放すわけにはいかん。移動する」


 彼が軽く指を鳴らす。視界が裏返るような転移の感覚ののち、頬を撫でる風が変わった。湿り気の抜けた高空の風――。


「……え?」

「……浮いてる……?」

 レオナが最初に言葉を見失い、ジェシカとサリエスは口をぱくぱくさせる。足もとに広がるのは、雲海の上に悠然と影を落とす“陸地”。遥か下方、切れ目から覗く海面が、絹布のように陽を返している。


「ここは空中大陸。訓練場にはもってこいだ」

「来たことあるからわかるけど、何度来ても“反則”だよね……」フェリカが肩をすくめ、ロゼリアもうんうんと頷く。

「すげー! ここで走っていい? 走っていい?」ジーンが跳ね回り、アリエルは両手を広げて「ご主人様、すごーい!」と風を飲み込むように笑った。

「パパ、どうして“落ちないの”?」アンジェロッテが素朴な疑問を差し出す。


「反重力と重力固定を組み合わせて、地脈にもアンカーを打ってある。――まあ一言でいうと“浮かべて、留めてる”。重量は“七百兆トン”だ」

「し、七百兆~ぅ!?」と合唱が起こる。

 セリーヌが眉間に指を当てた。「その質量を安定させる維持魔力……どれほどの消費が……」

「効率化してある。初動さえ終えれば、維持は思うほど食わないよ」とカーヴェル。

 レオナがぽつりと呟く。「あなたって……神、ですか」

「その質問は飽きるほど受けたな。女神と一緒に作った――それが答えだ」


 サリエスが腕を組み、首を傾げる。「ダーリンほどの力があれば、世界の全部を“支配”できちゃうのでは?」

「興味がない。支配は、すぐに“いくさ”を連れてくる。兵が死に、民が死に、孤児が生まれる。俺は、そういうのが嫌いだ」

 言い切られ、全員の肩から余計な力が抜けた。

「旦那様は私が思った通りの方だわ。誇りに思います」フェリカ。

「だから惚れたんだもの」ロゼリア。

「感覚で好きになったけど、やっぱり目は確かだったわ」サリエス。

「力があって、優しくて、誰も傷つけない戦い方……私が好きになった理由、改めてわかります」ジェシカ。

「もうその辺でいい。褒められると痒い」

 どっと笑いが起き、空の上の緊張がほどける。



「では――“反復”。午前でやった“蓄魔・放魔・継魔”を、足運びと同時に。発声なし、手印のみ。合図はこれだ」


 カーヴェルは手刀で空を切る。地平線まで続く緑野が、午後の光を跳ねながら震えた。

 まずは走りながらの“放魔”。フェリカは火の矢を、ジェシカは無音の衝撃波を、サリエスは転移標ビーコンを次々に刻む。ロゼリアは隊列後方に“防御幕”を重ね貼りし、セリーヌは全員に薄い“見えざるヴェイル”を配る。アリエルは筋肉の瞬間回復、ジーンは跳躍の補助。レオナは風の刃の角度を調整し、刃圧を落として“訓練強度”に留める術を覚える。


「よし、広域攻撃の実技に移る。まずは基本の“ライン”。フェリカ」

「はい。“火柱の線条ライン・ピラー”」

 フェリカが空を撫でると、単線の火柱が一気に三百メートル走った。指輪からの供給により、消耗は溜息ほど。

「次、エリア。サリエス」

「“星火雨スターフォール・訓練出力”」

 きらきらと星粒のような光が降り、足もとで淡く弾けては消える。

「レオナは“風の膜”で散布の偏りを均して」

「了解です。“匂い”を見るつもりで……こう?」

「いい角度だ」

「ロゼリア、回復。――“輪”。走りながら“回る”」

「“巡る恩寵メリーゴー・グレイス”」

 ロゼリアの手首が踊るたび、全員の皮膚の下を清水が駆けるような感覚が巡り、疲労が綺麗に流れていく。


 続いて、カーヴェルが三つの新しい術を伝えた。

 一つ、“連鎖治癒リンク・キュア”。誰か一人に施せば、“繋がった”仲間に薄く分配される。重傷者だけを厚く、他は薄く――指輪の継魔がここで活きる。

 二つ、“位相壁・陣形版”。午前に見せた位相盾を、半径二十メートルの円陣で展開する。敵の矢や火球の“位相”を半瞬ずらし、勢いを丸ごと奪う。

 三つ、環境修復の初歩。“地肌を痛めない範囲出力”の訓練だ。広域魔法を使ったあと、風と水で焦げ跡を抑え、土に微生物を呼び戻す。

「壊して終わり、は、二流だ。壊しても“戻せる”のが一流」


 汗がにじむ頃には、全員の動きが目に見えて洗練されていた。レオナは風の刃を“紙一枚分”で止められるようになり、ジェシカは剣線と無詠唱の圧縮衝撃を完全に重ねる。サリエスは転移標を踏み台に縦横へ跳ぶ虚歩シャドウ・ステップを獲得し、フェリカは火線の温度を自在に落とせるようになった。ロゼリアとセリーヌの“守りと整え”は、もはや芸術の域だ。


「仕上げに――一個だけ、俺の“大技”を見せておく。これは“見学”だけ。使いどころを間違えるなよ」

 小型の黒い眼鏡が一人ずつ配られた。

「“サングラス”。魔力光を減衰させるフィルタだ。――南を見ろ。海しかない空域へ向けて撃つ」


 アンジェロッテがサングラスを掛け、きゅっと鼻を押さえた。「真っ暗で何も見えない……」

「それでいい。目を焼かないためだ。――アンジェロッテ、よく見とけ。もし敵が“数十万規模の大群”でもうどうにもならん、という状況でだけ使え。できれば、一生使わないで済むのが最善だ」


 カーヴェルの頭上、数メートル――空に、直径五メートルの魔法陣が一枚、すっと現れる。赤。続けて、黄色。最後に金。三層が逆回転で重なり、紋様の線が噛み合うたび、甲高い鈴のような音が空気の奥に鳴った。

 色が一瞬“白”に跳ねた。


「――“神のディウス・ヴォルト”」


 光が“放たれた”という記憶より先に、世界から音が消えた。

 指差す先、二百キロ離れた海上に“昼の太陽”がもうひとつ生まれ、すぐに萎み、そして遅れて“吠える”。風が遅れて頬を叩き、空気の層が二、三回、山彦のように大陸を揺さぶる。海面は巨大な盃のように一度沈み、丸い縁を作って再び寄せ、白い“きのこ雲”がゆっくりと立ち上がった。


 誰も動けなかった。誰も、すぐには息を吸えなかった。

 ロゼリアとフェリカは、顔を見合わせて小さく震えた。

「あれが……“神の雷”」

「魔獣を“十秒あれば倒せる”って、そういうこと、なんだ……」

 ジェシカは握った拳を胸もとに当て、唇を結んだ。サリエスは眼鏡の奥で目を大きくし、レオナはただ、海のはるか先を見ていた。ジーンは「やべぇ……!」としか言えず、アリエルは「ご主人様、ほんとに……」と頬を染める。セリーヌは無意識に珠算のように指を弾き、出力と減衰の推算をしながら、最後にそっと息を吐いた。


 カーヴェルはサングラスを外し、皆に向き直る。

「今のは“光”と“火”の融合。位相と屈折率を組み替えて、遠距離で焦点を“結んだ”。――繰り返すが、これは“最終手段”だ。できれば使うな。これを使わずに済むよう、段取りと交渉で終わらせろ。それが俺たちのやり方だ」


 長い沈黙ののち、アンジェロッテが小さく手を挙げた。

「パパ。……使わないで済むように、がんばる」

「そうだ。約束だ」

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