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レッスン

その朝は珍しく「全員」が休みだった。朝餉を片づけ終えると、カーヴェルは大きな楡のテーブルの前に皆を呼び集め、掌ほどの黒い箱をことりと置いた。蓋を開けると、中には光を吸ったような深紅の指輪が幾本も並んでいる。見た目はどう見ても上等なルビーの指輪だ。


「この指輪は俺が作った。――“魔力倉庫マナ・リザーバ”だ」


 最初に身を乗り出したのはロゼリアだった。


「魔力倉庫? 初めて聞きました」


「私もです、ダーリン。何ですか、それ?」とサリエス。


「普通の人間は、満タンになった魔力は体外に“こぼれる”。もったいないだろ。それを『貯めておく』ための魔具だ。蓄えた分は、あとから“指輪の魔力”として切り出して使える」


「それはすごい話ですね……今までの人生、どれだけ無駄にしてきたことか」ロゼリアが目を丸くし、


「つまり自分の魔力を温存したまま、まず指輪から消費できるってことですね」セリーヌが手短に要点を重ねる。


「そう。副作用も考えて、三つの安全機構を入れてある。①過剰充填の自動停止、②使用中の眩暈や魔力酔いのアラーム、③合図一つで供給を絶つ“非常切断”。合図は『切る』だ」


 カーヴェルは卓の上に一本を取り、指輪の内側に刻まれた極小の術式を指先でなぞって見せる。輪の内壁には“蓄魔ちくま放魔ほうま継魔けいま”の三つの符が組まれ、所有者認証の紋も光った。


「あと、貯めれば“上位魔術”の扉も開く。たとえば――こういうやつ」


 ぱちん、と指が鳴り、彼の輪郭がふわりと揺らぐ。次の瞬間、前に怒らせて回った“謎の豊満女冒険者”が、肘をつきながら悪びれもなく足を組んでいた。


「あーし、こういうのも余裕だし? 演技力さえあればね~」


「出たわね……!」ロゼリアとフェリカが同時に眉を吊り上げ、アンジェロッテだけが「すごい! パパが女の人になった!」と拍手した。皆が笑い出したところで、彼はすぐ元の姿に戻る。


「俺の変身は“原子”から組み替える。脳以外は全部。匂い、声紋、骨格、皮膚温……外からは絶対に判別できない。もちろん、これは無闇にやる術じゃない。だが“魔力が潤沢”なら、選択肢として持っておける」


 カーヴェルは一本ずつ指輪を配りながら、さらりと言った。


「目安の数値でいくと――ジェシカは“三千”前後、ロゼリアは“七千”前後、セリーヌは“一万五千”前後。個人の“自然回復速度”の差だな。指輪の最大容量は“二百万”。女神様は“三百万”。かなり拮抗する」


「二百万……!」サリエスが思わず飲み込むように呟く。「夢が広がりますわね」


「フェリカは“爆発力型”だから、まずは放魔の手触りに慣れろ。アリエルは“瞬発回復”の相性がいい。持久戦で効く。ジーンは指じゃサイズ合わないな……首飾り仕様に換える。ほら」


「おお、かっけー!」少年の姿のジーンが胸元のペンダントを両手で押さえ、得意げに胸を張る。


「アンジェロッテも、そろそろ“魔術の練習”を始めよう。――光、火、風、水。全部、芽が出てる」


「えへへ……パパに似たのかな」アンジェロッテが照れ笑いを乗せると、場の空気が一段明るくなった。



 まずは装着と同調の儀。指輪をはめ、深呼吸三回。内側の術式が薄く温むのを待つ。卓上の花瓶の水面が、誰のものともなくごくわずかに振動した。


「“蓄魔(灯)”に切り替える。周囲の魔素と自然回復分だけが、指輪へじわじわ入る。無理に吸わない――肩の力を抜け」


 言葉に合わせて、輪がほんのり温かくなる。ロゼリアは「あ、入ってくる感じがします……耳の奥がすうっと涼しくなる」と表情をほころばせ、ジェシカは「脈が落ち着いて、手の中に静かな流れが」と丁寧に言語化する。フェリカは「早く撃ちたい」とそわそわし、アリエルは「これ、すごい。走りながらでも溜まる」と目を輝かせた。


「じゃ、次は“放魔(灯)”。自前の魔力は極力動かさず、指輪から薄く出す。セリーヌ、模擬シールドを一枚」


「了解です。――“薄氷うすらひの壁”」


 セリーヌが掌を滑らせると、空間にうっすらと青白い膜が張った。普段なら消耗を伴うはずの防御が、指輪の供給でふっと軽い。


「体感、消費“一割”ってところでしょうか」セリーヌが即座に評価する。「これは……戦場の“継戦力”が桁違いになります」


「続いて“継魔”。これは“渡す”だ。隣の仲間へ、指輪同士を通して必要分を無線で供給できる。重傷者の応急や、術者の底支えに使える。――ホフラン……そういえばホフランは居ないか。なら俺が受ける」


 カーヴェルが受け手にまわり、サリエスとジェシカが送り手の役目を担う。微かな糸が空中で絡み、供給線が繋がる感触が伝わった。


「面白い……これは“連携”が楽しい」サリエスが小さく笑む。「私、転移の連発が現実的になりますわ」


「私は“護り”を切らさずに、攻撃へもう一手……」ジェシカは視線を落とし、可能性をひとつずつ数えていた。



「さて。――アンジェロッテの初等レッスンだ」


「はい!」椅子から飛び降りたアンジェロッテに、カーヴェルは四つの課題を出した。①親指の先に“豆粒の光”をともす。②指先で“ひとかけらの風”を起こす。③空中に“栗の実くらいの水球”を作る。④蝋燭の火を“消さずに揺らす”。


「魔力は“押す”んじゃない。糸を“撚る”。ほら、胸の真ん中に“糸車”を思い描け」


 カーヴェルは昨夜の感覚共有の術式を、ごく薄く“誘導”にだけ使ってやる。アンジェロッテの胸の奥に、静かに回る輪っかのイメージが芽吹く。ふっと、親指が白く光った。


「ついた!」彼女は満面の笑みで、指先の光を見せびらかす。続く“風”はさらに早かった。前髪が、ふわりと弧を描いて揺れる。


「うまい。――水は“集める”。部屋の湿り気を借りるつもりで」


 アンジェロッテは真剣に唇を結び、小さな水玉を空中に生んだ。完璧な球には遠いが、柔らかな“雫”が浮かんでいる。


「よし。最後は火。これは“触らない”練習だ。揺れを知り、距離を守る。――いいか、火は友達にもなるが、甘やかすと指を噛む」


 蝋燭の炎が、彼女の息遣いと指輪のほの温かさに合わせて、きゅっと小さくなり、すぐ戻る。消えはしない。テーブルの大人たちから、自然と小さな拍手が起きた。


「アンジェロッテ、合格だ」


「やった!」彼女は跳ね、そのまま父の腹に飛びつく。カーヴェルは笑いながら受け止め、指輪の縁を軽く叩いた。


「今日は休みだ。午前はここまで。午後は“指輪の扱い訓練”の続きと、座学。“指輪に頼りすぎない”ための、基礎もやる。――いいな?」


 皆が頷いたところで、フェリカがにやりと手を挙げる。


「ねえ、上位魔術の“お手本”もう一個だけ。今度は……『位相盾フェーズ・シールド』を見たい」


「需要が現実的でよろしい」カーヴェルは苦笑し、指輪の放魔を薄く開いた。「見てろ。“重ねる”んじゃない。“ずらす”。攻撃の位相を半刻はんときだけ滑らせて、実体と噛み合わないようにする」


 彼が空中を撫でると、畳半畳ほどの透明な層が重なった。レオナがそっと指で突くと、指先は確かにそこに触れているのに、触れていないような奇妙な感覚が返る。


「……これ、帝国で見たどんな防御とも違う」レオナが息を呑む。「“遅らせる”という発想……戦場が変わります」


「だから言ったろ、指輪に溜める価値はある。だが――繰り返す。棒立ちで盾を信じるな。考えることをやめた瞬間に、魔術は“敵”になる」


 全員の視線が引き締まる。カーヴェルは満足げに頷くと、最後に場を和ませるように肩を竦めた。


「それと、俺の変身でからかったことは謝っておく。――お詫びは夜、きちんと」


「聞いたわね?」ロゼリアがにっこり、フェリカが「逃がさないから」と笑い、ジェシカとサリエスも頬を染める。アンジェロッテは首を傾げ、「夜の勉強会?」と無邪気に問うて、皆に一斉に頭を撫でられた。


 庭には陽が差し、風鈴の音が小さく鳴る。新しい“指輪”が、各々の指で微かな赤を灯し、これからの戦いと日々に、確かな余裕を約束していた。

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