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共有の意図

夜。村の居間に家族全員が揃い、湯気の立つハーブティーが配られた。ロゼリアとフェリカは既に家則の羊皮紙を脇に置き、セリーヌがさりげなく茶菓子を補充する。アリエルとジーンはソファの背から身を乗り出し、アンジェロッテは膝の上でクッションを抱いた。


「――で、“重要な話”って?」フェリカが促す。


カーヴェルは頷き、指輪を見せ合う新妻ふたりに目を配ってから、全員を見るように声を落とした。


「三つある。ひとつ目は、公の段取りだ。王都にも魔族側にも、正式な婚姻の手続きをする。式はここ――村でやろう。空に近い丘で。みんなの故郷になった場所で、だ」


「賛成!」アリエルが手を挙げ、アンジェロッテがぱちぱちと拍手する。「ケーキ二段ね!」「三段!」とジーンが張り合い、セリーヌが「予算内で」と冷静に釘を刺した。


「ふたつ目は、護りの段取り。今日渡した指輪は“家の結界”と連動する。誰かが危機に陥れば、他の指輪が熱を帯びて知らせる。合図の言葉は――『月は満ちるか?』、応答は『必ず満ちる』。混乱時に本人確認ができるコードだ」


ロゼリアがさらさらと羊皮紙にメモする。「合言葉、全員復唱」


一同が復唱し、アンジェロッテも一生懸命口を動かす。カーヴェルは娘の頭を軽く撫でた。「よくできました」


「そして三つ目。これは――心の段取りだ」

彼は少し言葉を選んだ。「俺は“無敵”じゃない。今日も、誰かの不意打ちで、いつか躓くかもしれない。だから、俺が不在の時の“家の司令塔”を決める。第一夫人ロゼリア、日常運営と対外連絡。第二夫人フェリカ、作戦判断と財務。第三夫人ジェシカ、王都・領事館との軍事連携。第四夫人サリエス、転移網の維持と魔族側の調整。――異論は?」


「ないわ」ロゼリア。

「了解。旦那様のいない時、私が吠える番ね」フェリカが片目をつむる。

「責任、重いが……任せてくれ」ジェシカは指輪に触れ、頷く。

「ダーリンのために、国でも空でも走る」サリエスは拳を胸に当てた。


「よし」カーヴェルは息をつき、肩の力を抜く。「最後に“勝手に増やした”条項の件だが――」


「四回嘘をついた罰ゲーム?」ロゼリアがにやり。

「やっぱり却下だ」

「じゃあ“正直に嫉妬を言う”条項は残すわ。隠される方が面倒だし」


笑いが広がる。張り詰めた糸が、音もなく緩むような笑いだった。


ふと、ミーシャが転移でひょこっと顔を出し、「会議終わった?」と覗く。四人の指輪に気づき、頬を膨らませる。


「……やっぱり私もひとつ欲しい」


「“女神様から”もらいなさい」ロゼリアとフェリカが揃えて言い、部屋がどっと沸いた。


その喧噪の中、カーヴェルはそっと立ち上がり、窓を開ける。夜風が灯を揺らし、指輪の宝石が一瞬きらりと応えた。

――段取りは整った。あとは、守り、育て、笑って進むだけだ。


彼は振り返り、家族を――増えた家族を見渡した。


「さ、今夜はここまで。明日は式場の下見だ。丘の上、空の近くでな」


「はーい!」

「ダーリン、ドレスは?」

「“あなた”、エスコートを」

「ケーキ三段は譲らない!」

「予算内で」


笑い声が重なり、屋根に柔らかく昇っていった。夜空の星々は、四つの新しい灯りを歓迎するように、少しだけいつもより近く、明るかった。




 五人がすっぽり収まる幅の新しいベッドは、魔力の糸で編まれた薄金の文様を表に浮かべ、触れればほの温かい。カーヴェルが掌を滑らせるたび、寝台の縁に組み込まれた魔術刻印が一つずつ点り、最後の印が灯ると同時に、柔らかな沈みとともに体重を受け止めた。


「面白いものを見せてやる」


 そう告げて彼がフェリカの手の甲にそっと触れた瞬間――


「……えっ?」サリエスが身を起こす。「今、誰かに触れられたみたい」


「私も。ここ、手の甲……同じ場所」ジェシカが自分の手を確かめ、目を丸くする。


「旦那様、これは?」ロゼリアが問いかける。


「感覚共有だ。昔、ある医師が“問診だけでは痛みの質がわからない”って悩んでな。患者の苦痛を正確に受け取るために作った術式を、俺なりに改良した。感情の暴走を防ぐ“しゃ断”と、合図一つで切れる“安全紐”つきだ」


 カーヴェルは指を二度鳴らす。空気に薄い弧が走り、四人の指輪と寝台の文様が一瞬だけ共鳴した。次いで、フェリカが握ったカーヴェルの手の温度が、遅れも歪みもなく三人の掌に「同時」に沁みてくる。


「……本当に同じ温度」ロゼリアがゆっくり息を吐く。

「心拍もわかるわ。安心してる鼓動」ジェシカは頬に指を当て、眉をほどく。

「へえ、面白い。じゃあ――」フェリカは横向きのまま、空へ手を伸ばすふりをして、指先だけでカーヴェルの掌に円を描いた。


 それは、三人の掌にも同じ軌跡となって伝わった。くすぐったい、優しい線。


「ふふっ……同時にくすぐったいって、新鮮」サリエスが声を漏らす。


「まずは“どこまで共有するか”を決めよう」カーヴェルは軽い調子ながら視線は真剣だ。「初回は触覚と脈、呼吸だけ。痛み・疲労・羞恥は遮断。合図は『切る』の一言で即座に遮断する。嫌だったら遠慮なく言ってくれ」


「了解」ロゼリアが即答する。

「賛成。試す順番と場所も決めましょう」ジェシカが軍務の癖で手短に整理する。

「じゃ、最初は――こう」フェリカは皆から見えるように両手を胸の上で組み、軽く押し当てる。「“抱き締められてる”の、共有」


 四人の胸元に、同じ圧と温度がやわらかく重なる。重すぎず、軽すぎず、抱擁の真ん中だけを切り取って渡したような、優しい圧。


「……ああ、これは……落ち着くわね」ロゼリアの声がふわりと緩む。

「ずるい。私からも――」サリエスはうつ伏せになり、枕へ頬をすり寄せる。ふわふわの感触が、三人の頬にも同時に広がった。「あったかい」


 ジェシカは静かに手を挙げた。「私からは、これを。――『十分、ここにいる』って気持ち」


 感覚ではなく、呼吸の調子と鼓動のリズムを媒介に、張り詰めた糸のような緊張がほどけてゆく感覚が、共有の糸を通って届く。焦燥が少し後ろへ退き、皆の胸に“同じ速度”の静けさが寄り添った。


「上手い」カーヴェルが小さく頷く。「感覚共有は本来、手当と連携強化の術だ。今みたいに“安心”や“落ち着き”を渡せれば、戦いでも暮らしでも強い」


 軽く指を鳴らして遮断が機能するかを全員で確認したあと、カーヴェルはサリエスへ視線を向けた。彼女はわずかに緊張した面持ちで、やがて覚悟を決めたように頷く。


「……試してみても、いい?」


「もちろん」彼はサリエスの肩を抱き寄せ、額を寄せる合図だけを先に送る。共有の糸がそっと太くなり、次の瞬間、彼がサリエスに交わした“深いキス”の温度と、そこに込めた「嬉しい」「大切だ」という静かな情感だけが、他の三人の唇と胸の奥へ、薄い光の膜となって届く。


 熱にまぎれた過剰な刺激や、羞恥の痛点は――術式がきれいに取り除いてくれた。ただ、抱きしめる腕に宿る確かさ、鼓動が近づいたときの安堵、触れる前に交わす視線の合図。その“核”だけが、四人の内側で同時に重なる。


「……やさしい」ジェシカの睫毛が震え、吐息がほどける。

「ね、ねえ、これ……反則級にずるいんだけど」フェリカが枕に頬を埋めながら笑う。

「はい、完全に負けました」ロゼリアが明るく降参を示す。

「ダーリン……好き」サリエスは小さく、しかしはっきり言った。


 カーヴェルは共有の糸を一度細め、皆の表情を確かめてから、囁く。


「合図一つで、いつでも切れる。――続ける?」


 四人は顔を見合わせ、同時に頷いた。


 その夜の寝室は、からかい半分の笑い声と、合図を確かめ合う短い言葉で満ち、やがて灯が落ちると、感覚共有の糸は必要な分だけ細く残った。互いの安堵と、あたたかな呼吸のリズムだけを分け合いながら、重なっていた緊張がふわりと解けていく。


 外では虫の合奏が続き、窓からは細い月が覗いている。誰かが寝返りを打つたび、四人の胸に同じ静けさが撫でていった。やがて――囁きは寝息に変わる。感覚の糸は、最後に小さく灯り、朝までの見守りへと役目を移した。


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