それぞれの反応
その頃、当の本人は――。
王都の片隅、旅籠の縁側で、カーヴェルはひっそり湯気の立つ茶をすすっていた。通りでは、新しい白百合の小旗を握った子どもが走る。
「……俺の名前が踊るのは、どうにもむず痒いな」
肩にぽんと小さな手。アンジェロッテが無邪気に笑う。
「パパのせいじゃないよ。みんな嬉しいだけ」
「そうか」
「うん。じゃ、約束の“釣り”、ちゃんと守ってね」
「はい、総司令。」
“刃を濡らさぬ勝利”は、国の名を変え、街の匂いを変え、人の口癖を変えた。
そして何より――“次の戦い方”を、世界に覚えさせた。
三国同盟の布告 — 人々の胸の内
フロリアン(新帝)
蒼剣の柄頭に指をかけたまま、地図の三角に視線を落とす。
「南(王国)、東(魔族)、そして我ら。背中の風が止む……」
安堵と同時に、自らが選んだ“剣を納める政治”の重さが骨に沁みる。あの男に恥じぬ即断即決で、徴発の緩和と捕虜返還を命じる。母へ——「もう、あなたは泣かなくていい」と。
マリアーナ(新帝の母)
胸元の白布を強く握りしめた。
“あの子は、血でなく徳で帝になった”。
かつて奪われたものは戻らない。けれど、これから奪わない国へ。カーヴェルに深く一礼する心で、離宮の礼拝堂に蝋燭を灯す。
クロップ侯爵(降将)
“敗れ赦された”記憶が、ひざまずかせる。
「白百合の誓いに、我が家名を賭す」
領内の穀倉を開き、前線孤児院へ送る手配を走らせた。剣を洗い、鍬を取る覚悟はできている。
ガレス(帝国軍司令)
戦術教範の改訂案を広げる。
“殺さず崩す”を体系化しろ。
敵情・士気・退路・降伏の言語——すべて新しい章が必要だ。教練場に響く号令も、今日から変わる。
セイラ(帝国文官)
条約文の仮稿に、震える手で“友邦”の二字を書き足す。
同じ羊皮紙に、敵国の名を書ける日が来るなんて——。
法とことばで、戦を縛るのが自分の戦場だと知る。
カイ(帝国使者)
“連れて来たのは俺だ”という密かな誇り。
しかし、目の前の大河は自分の櫂では動かない。
せめて——最初の三国連絡使節は自分が、と拳を握る。
王ハイドリヒ(王国)
玉座の影に、長い影が落ちる。
「余は幸運だ。女神の血筋が試されたとしても、答えて見せる」
猜疑は消えたわけではない。だが、信頼は疑いよりも統治に効くと、初めて腑に落ちた。
宰相アルビデール
孫が喜ぶ顔と、歳月が戻った膝の軽さを思い出し、口元が緩む。
“奇跡の上に制度を”、老獪な現実主義が仕事を始める。
通信・関税・往来・紛争処理機構——三国事務局の骨組みを一夜で起草。
つかさ(勇者)
嬉しさと、置いていかれる心細さが胸の中で喧嘩する。
“今は隣に立てなくても、いつか先生の背中を追い越す”
刀の鞘に掌を当て、深く息を吸う。
アルトル(大盾)
「やっと、守る盾になれる」
突撃を受けることばかりが仕事じゃない。
道を繋ぎ、人を通す盾——その重さは、誇らしい。
アルファーム(槍)
槍を立て、穂先を空に向ける。
戦わぬ強さこそ技。師の采配の“間”を、身体でなぞる。
次に来る戦は、槍が並ぶ前に終わるはずだ。
ホフラン(魔術師)
三国で知の同盟が組める。
魔石汚染のデータ共有、術式規格の統一、安全祓いの標準手順——やりたいことが山ほどある。目が輝く。
ロゼリア(妻)
「旦那様が世界の旦那様になっちゃう……」
半分呆れて、半分誇らしい。
“帰って来る場所”を、誰より美しく、誰より温かく整えておくのが私の戦い——そう決める。
フェリカ(妻)
嫉妬はある。あるけど、世界に誇れる人の妻だ。
「三国の大使たち? 礼儀作法と笑顔の魔法、私に任せて」
旦那様の体調管理表に“睡眠”を太字で追加。
カーヴェル
三角形の頂点は、風を四方から受ける。
それでも——“誰も死なせない仕組み”は、今なら作れる。
アンジェロッテの小さな手の温度を、未来の温度に重ねて、静かに笑う。
ミーシャ(魔族領事 大使)
任地の旗竿に、王国旗と魔族旗、そして帝国旗のリボンを結ぶ。
「女神様、見ていてください。私は外交官として、彼の剣に“言葉の鞘”をつける」
胸の奥のときめきは仕事の燃料に変える。
マリア、サーシャ、アン、クロエ、ナーリア(女騎士)
マリア:剣を磨きながら、未亡人が減る国を思って目を細める。
サーシャ:国際合同演習の夢を書く。いつか魔族の槍衆と並んで行進したい。
アン:大剣を肩に、力の見せ場が“壊す”から“護る”へ移るわくわくを噛みしめる。
クロエ:槍の隊形研究ノートに“混成縦深”の頁を増やす。
ナーリア:弓の弦を弾き、対空・対獣・群衆制御、非致死性矢の開発計画を立てる。
カリスタ(=女神の器)
「ふふ、よくやったわ、マルス様」
誇りと、少しの悪戯心。
奇跡は人が運用して初めて制度になる。彼が制度に変えた。なら私は、時々“風”を足すだけでいい。
アリエル(フェンリル)
「群れが広がる。嗅げる匂いが増える」
ご主人様の匂いを一番近くで嗅げる権利は誰にも譲らない——と、耳をぴんと立てる。
ジーン(ワイバーンの少年)
「三つの空を飛べる!」
空路の地図を勝手に描き始める。王都の屋台、魔都の肉串、帝都の飴。食べ物の記憶で線が繋がる。
アンジェロッテ(娘)
小さな紙に三色の旗を描き、「パパのはた」と得意満面。
「もう泣かない人が増えるんだよね?」
頷く父の頬に、音の大きなキス。
セリーヌ(元レイス)
冥きものとして見てきた“死の潮”が、少し引いた気がした。
「未練は、減らしてあげられる」
闇魔法は、守るためにこそあると静かに微笑む。
ジェシカ
胸の誇りと甘い痛み。
“彼の剣になり、同時に鞘にもなる”
嫉妬は飲み込み、職務の刃を研ぐ。必要な時、自分の命運も迷わず賭けるつもりだ。
レオナ(人竜族の娘)
地図上に正三角形を描き、三頂点の安定性を数理で検討する。“三支点は一支点より倒れにくい”。
「戦を終わらせるのが戦略」——亡き父と同じ言葉を、今、胸の真ん中に置く。
魔王
「面白い。牙を剥かぬ獣は、牙を忘れたわけではない」
好敵手の出現は、国を鍛える鏡だ。
側近に命じる——条約を盾に、内政を磨け。恥をかくのは弱い行政だ。
マファリー(魔族十三師団長)
敗北感は、尊敬に変わった。
「知の勝負は、同陣にいる方が楽しい」
領都に情報院‐王国係・帝国係を新設。密偵ではなく、公式の“窓”を増やす。
サリエス(魔族将)
胸いっぱいに“甘い匂い”。
「同盟が続くなら……合法的に、会える」
姉に睨まれて「はいはい、仕事します」と笑いながら、化粧台の前でリボンを白百合色に結び替える。
カザン(魔族最強剣士)
あの一突きは、己の未熟の記憶だ。
「護る剣を、やり直す」
条約護衛の第一剣を志願。剣は、破るためでなく、破らせぬために振るう。
村の長老
「戦が減れば、若いのが畑を捨てずに済む」
倉の鍵を撫で、春蒔きの相談を始めた。
村の祭礼に、三国の歌を一つずつ増やそうと提案する。
村の人々
朝市に、見慣れない布地と香辛料。
「これが同盟の味か」
子らの遊びは“騎兵隊ごっこ”から“旗持ちごっこ”へ。大人たちは笑って見守る。




