カーヴェルの授業2
思想の授業
カーヴェルは円の一つに「どう生きるか」、もう一つに「どう終わらせるか」と書く。
「思想は“生き方そのもの”。『なぜやるか(目的)』『どうやるか(方法)』『どんな心で(態度)』を決める羅針盤だ。戦でも日常でも同じ。」
指で四本の線を空に描く。
「迷ったら、この四つを自分に問え。①“いま、誰を守る?” ②“未来、何を残す?” ③“代わりに何を手放す?” ④“約束は守れているか?”――これで、だいたい間違えない。」
レオナが手を挙げる。「正しいことと、勝つことが噛み合わない時は?」
「“勝つ”より“終わらせる”。被害を小さく終わらせるのも立派な勝利だ。昨日の海の主がいい例だな。退ければ十分、殺す必要はなかった。」
アンジェロッテが首を傾げる。「やさしいのが、つよいの?」
「優しさは弱さじゃない。“選べる強さ”だ。」
その言葉に、フェリカとロゼリアが静かに頷いた。
魔法の授業(基礎の見取り図)
黒板に大きく三語――「観る・編む・祈る」。その下に小さく(※子ども用の言い換え:感じる・まとめる・決める)。
「魔法はまず“観る”(世界の様子を感じる)、次に“編む”(力を束ねて形にする)、最後に“祈る”(どう働いてほしいか意思を渡す)。この三つが揃えば、属性は違っても通じる。」
彼は属性をずらりと書き出した。
土/火/水/氷/大気(風)/光/闇(重力・反重力・反物質・ダークエネルギー・ダークマター)/雷(光の仲間の電磁)/精霊/召喚/儀式…
Q&Aと小さな実演
Q「飛べる魔法、もっと上手になりたい!」
A「“重力いじり”はコツがある。重いものを力ずくで持ち上げるのは難しい。だから物の周りに“無重力の泡”を作る。泡になった物は、指でつつくくらいの力でもすっと動く。自分の体も同じ。泡+微風で浮く。――ほら。」
ティーカップの周りに薄い光の膜が生まれ、ふわりと浮いた。アンジェロッテが目を丸くする。
「ただし“落ちる”が一番の敵だ。泡が解けた瞬間に下へ引かれる。必ず退路(着地点)を先に決めること。これも思想だな。」
Q「闇ってこわい?重力とどう違うの?」
A「“闇”は怖さじゃなく“見えないはたらき”の総称だ。重力は“場の傾き”。斜面を転がる玉を想像しろ。反重力はその傾きを一時的に反対にする。ダークエネルギーは“広げる力”、ダークマターは“形を支える見えない梁”。反物質は危険だから扱わない――触れると両方が消える。理屈は教えるが、実施は禁止だ。」
Q「光の“干渉”で、幻を見せるのは?」
A「光は粒でもあり波でもある。波は重なって強くなったり、打ち消し合ったりする。それを利用すれば‘見えるもの’を編める。――やってみよう。」
彼が指をひと鳴らしすると、ラウンジに“もう一人のカーヴェル”が現れた。近づくと少し透けて、手を伸ばすと波紋になって揺らぐ。
「これが干渉像。匂いと影の“ズレ”で見破れる。昨日教えた“眼”を使え。」
Q「回復と防御の伸ばし方は?」
A「回復は“揺れを整える”魔法。体のリズム(心拍・体温・魔流)を正しい波に合わせる。だから声や歌が効く。防御は“形を先に置く”魔法。敵の攻撃を観てからでは遅い。『楯』『鐘』『膜』――名詞で形を決めてから魔力を流し込むと堅くなる。」
Q「複合、もっと自在に。火と風で爆炎、以外の組み合わせは?」
A「土+水=粘土(拘束)/土+火=ガラス(遮光・封印)/水+風=霧(隠蔽・冷却)/光+闇=重力レンズ(視界越しの“曲げ”)/氷+風=霜の刃(鈍重な相手に有効)。“目的→形→属性”の順で選ぶと外さない。」
Q「転移と儀式の安全策を。」
A「転移は“地図・印・代償”の三点。地図=座標の精度、印=到着点の錨、代償=魔力の支払い。どれかを軽んじると事故る。儀式は“みんなの力を合わせる仕組み”。だから約束を先に決める――誰が何をどれだけ出すか。ここを曖昧にすると、あとで心が傷む。」
Q「“せいれいさん”はどうやって来るの?」
A「呼ぶんじゃなく“お願いする”。精霊は“場所の気分”。気分のいい場所(きれい・楽しい・安全)にはよく来る。だから片付けて、歌って、みんな仲良くしておくのが一番の“精霊呼び”。」
アンジェロッテは胸を張った。「毎日お掃除する!」
Q「雷は光?風?」
A「どっちの道からも行ける。“光(電磁)”から作れば一直線で速い、“風(気流)”から作れば広くまとわりつく。敵の甲冑には点(光)、群れには面(風)で選べ。」
Q(カリキュラムを詰めるレオナ)「訓練の順番は?」
A「一日の“魔法筋トレ”の型を渡そう。
1. 呼吸(四拍で吸う・四拍止める・四拍で吐く・四拍止める)×5セット
2. 視線追尾(蝋燭の炎の揺れを目で追う)×1分
3. 微力操作(ティーカップを“泡”で上げ下げ)×30回
4. 形の言語化(“楯・矢・鐘・膜”を十秒で展開)×各5回
5. 片付け(精霊への礼)
“観る→編む→祈る→礼”。礼までが魔法だ。」
属性のまとめ(子ども版の言い換え)
土:積み木。形を作る・守る。
火:かまど。変える・動かす。
水:川。運ぶ・つなぐ。
氷:冷蔵庫。止める・保存する。
風(大気):手紙。運ぶ・拡げる。
光:ランプと鏡。見せる・探す・切る・育てる。
闇:見えない手。支える・軽くする・重くする。※反物質はさわらない。
雷:スイッチ。起こす・止める。
精霊:ご近所さん。頼るにはまず挨拶。
召喚:友だちに来てもらう。来てもらったら丁寧に扱う。
儀式:みんなでやる工作。道具と役割を決めてから。
カーヴェルは黒板の隅に小さく書き添えた。
「※“強い”は“乱暴にできる”のことじゃない。“細かくできる”ことだ。」
重力魔法の実地ミニ講義
「最後に、重力のコツをもう一段。」
カーヴェルは床にリンゴを置き、軽く手をかざす。「まず“泡”。――無重力の泡を、リンゴの外側に薄く。次に“レール”。――泡ごと動く道を、空中に一本、横へ引く。最後に“押し子”。――指先でちょん、と押す。」
リンゴはふわりと浮き、見えないレールの上をすべるように走った。
「泡・レール・押し子。三語で十分。飛ぶ時は“泡”を自分の体に、“レール”を行き先に、“押し子”を足元の風に割り当てろ。落ちる前提で着地点を先に決める――ここを忘れるな。」
ロゼリアが苦笑する。「理屈は簡単、実際は難しいやつね。」
「だから毎日一分ずつやる。積もれば山だ。」
しめくくり
「思想は“どこへ向かうか”、魔法は“どう歩くか”。どちらも、君たちが君たちであるための道具だ。」
カーヴェルがチョークを置くと、アンジェロッテが勢いよく手を挙げた。
「はいっ、きょうのまとめ! “やさしさはえらぶつよさ”! “おちるまえにおりるところ!”」
ラウンジが笑いに包まれる。アリエルがぱちぱちと手を叩き、ジーンは「泡・レール・押し子……よし覚えた!」と呟いた。レオナはびっしり埋まったノートを撫で、セリーヌは静かに目を細める。
小窓の外、海は滑らかな青のまま。
フェリーは王国へ向け、確かな思想と、新しく磨かれた魔法の手つきで、まっすぐに進んでいった。
フェリーのラウンジに笑いが弾けた。
フェリカが胸を張って、わざと低く太い声で言い放つ。
> 「――我ら王国軍の精鋭1500に比べれば、帝国三万などゴキブリの烏合の衆に過ぎぬ! さっさと家に帰り、恋人に慰めてもらえ! なんなら母の乳でも吸って出直してこい!」
ロゼリアがテーブルに突っ伏して肩を震わせ、アリエルは腹を抱えて床を転げ、ジーンは「母の乳!」のところで耐えきれず椅子からずり落ちた。アンジェロッテもつられてけらけら笑い、「パパの声そっくりだった!」と親指を立てる。
カーヴェルは苦笑して頬の後ろを掻いた。
「……まあ、あのときは“最善の毒舌”ってやつだ。ジェシカには悪かったな。現地で指揮を執る者の面子を俺が握り潰した形だ。けど、正面から真っ当に当たれば、あの戦力差は致命的だった。怒らせて、形を崩して、突っ込ませる――そこまで読んで、片側通行の転移を敷いた。」
レオナが頷きつつ、素早く羽根ペンを走らせる。
「士気を撹乱して“統制の拒絶”を起こす……父の書き残した戦訓にも似た一節がありました。“勝敗は衝突の前に決まる”。けれど、あれほどの規模で心理戦を主軸にするなんて……」
「衝突の前に決める、か。良い言葉だ。」
カーヴェルがレオナのメモをちらと見やり、目を細める。
アンジェロッテが首を傾げて、ぱちりと瞬きを二つ。
「ねえパパ、もし帝国の人がぜんぜん怒らなくて、ぜったい突撃しなかったら、どうしてたの?」
「すごいな、アンジェロッテは核心を突く。」
撫でる手に、娘がえへへと照れる。
「その場合は“見せる戦”に切り替える。いくら切っても起き上がるスケルトンの幻を見せる、って言ったろ。あれは冗談じゃない。『無為の消耗』を強いるのが目的だ。相手が損得の計算を始めた瞬間、攻勢の意思は死ぬ。」
セリーヌが静かに付け足す。
「幻術は“恐怖”で縛らない方が長持ちします。恐怖は反発を生みますから。“虚しさ”と“徒労”を染み込ませる……ご主人様の言う『無為の消耗』は、闇魔法と相性が良い。」
「そう。」カーヴェルが指を鳴らす。
ラウンジの窓の外、海の上に“灰色の軍勢”が現れた。斬れば倒れ、次の瞬間には何事もなかったように立ち上がる。音も血の色もない、ただ延々と続く“無駄”。見ているだけで胸のあたりが重くなる――そんな質感の幻だった。
「実戦でやる時は規模をもっと絞る。敵の先頭千人の視界だけを上書きする。後ろの兵は『何もないのに進まない』前列を押し、隊形は歪む。押し合えば、命令は届かなくなる。」
ロゼリアが横目でフェリカをつつく。
「ね、結局“言葉”も“魔法”も、相手の“心の形”を読むところからなんだわ。」
「だから旦那様は戦でも恋でも最強なのよ。」とフェリカが胸を張る。
「後半いらない。」カーヴェルが即答し、また笑いが起きた。
ひとしきり笑いが落ち着くと、カーヴェルは真顔に戻る。
「もう一つ、もし向こうの将がもっと冴えていたら――たとえば全軍を二段に割り、前段は“受け”に徹して絶対に乗らない。後段で回り込みを狙う。そう来たら、俺は“地形”で切る。重力で海霧を厚くして視界を落とし、足元だけを湿らせる。霧とぬかるみで“遅れ”を作り、前段と後段の連携を断つ。遅れは千金に勝る。」
レオナの瞳がきらりと光る。
「時間差を敵に押し付ける……!」
「戦は、間合いと時間の取り合いだ。」カーヴェルは指で小さな円を二つ描き、ずらす。「このズレを作るのが戦術。ズレを前提に戦略を選ぶのが将だ。――そして、ズレに“意味”を与えるのが、思想だ。」
アリエルが窓枠に肘をのせ、顎を手に乗せる。
「で、結局あの帝国の将は“ズレ”に気づかなかった、と。」
「気づかなかった、というより“見ないことを選んだ”。怒りは、都合の悪いものを見えなくする。だから挑発は効く。万能じゃないが、刃の一つだ。」
ふっと潮が強くなる。窓の外、紺青の海に白い尾が走った。
「……講義は終わり。あとは各自、頭と手を動かせ。」
カーヴェルがそう言うと、アンジェロッテがすかさず手を挙げる。
「はーい! きょうの“まとめ”! “むだを見せると、たたかわない”“おこった人はみえなくなる”!」
「だいたい合ってる。」カーヴェルが笑って頭を撫でる。




