表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/81

悪ふざけの代償

カーヴェルの村


庭先に、見知らぬ女が腰掛けていた。

陽に透ける小麦色の肌、絹のような黒髪をひとつに束ね、冒険者風の軽装――しかし布地は必要最低限、曲線は容赦なく主張している。長椅子に頬杖をつき、当然の顔で「ただいま」と言った。


「……どちら様?」ロゼリアが眉を吊り上げる。

「誰? ここ、私たちの家なんだけど」フェリカも腕を組んで詰め寄った。

謎の女は、気怠そうに伸びをしてから、にやりと笑う。

「あーし? カーヴェルの女。あーた達はメイド? それとも予備?」

「……はあ?」二人の声がぴったり重なる。

「じゃ、カーヴェルが帰ってきたらさ、あーた達も混ざる? 男と女がすることって決まってるじゃん――子作り」


次の瞬間、椅子が吹き飛んだ。

「ふざけないで!」ロゼリアの足払い。

「旦那様の名前を軽々しく呼ぶな!」フェリカの拳が追う。

謎の女は、紙一重――いや、髪の先を一枚撫でるほどの間合いで、ひょい、ひょい、とかわして笑う。

「当たらないねぇ、キャハハ!」


家の中ではアンジェロッテが「なになにー?」と首を伸ばす。ロゼリアは慌てて玄関を閉め、庭へ押し出すように三人は飛び出した。

外に出るや、女はさらに舌を出す。挑発の極み。

「二人とも、感情の先に足が出るタイプ。構えが綺麗すぎ。最初の半歩、合図になってるよ?」

ロゼリアの刃が閃く――寸止め、ではない。本気だ。だが女は踵を半分だけ浮かせ、重心を消す。ロゼリアの剣線は空を切り、フェリカの追撃魔法は軌道を読まれて瓦礫ひとつ焦がすのみ。

「ロゼリア、視線で突きのコースがバレてる。フェリカ、魔法の前に肩が入るクセ――予備動作が大きい。二人とも近い。近すぎる。互いの逃げ道、潰してる」


ロゼリアの頬が紅潮し、フェリカの呼吸が荒くなる。怒りが熱に変わり、熱が判断を鈍らせる悪循環――

女は一歩も攻めない。ただ一歩で、ふっと消える。目の前から。

「……瞬動しゅんどう!?」フェリカが舌打ちする。

「違う、重心移動だけ――でも速すぎる……!」ロゼリアの背筋に冷や汗が走った。


そこへ、ぱたぱたと小さな足音。

アンジェロッテが庭木の陰から顔を出すと、首を傾げ、まっすぐその女に駆け寄って、ためらいなく抱きついた。

「パパ!」

「……え?」ロゼリアとフェリカが石像になる。

女は肩をすくめて、降参とばかりに両手を上げた。光がほどけ、輪郭線が男のそれへ。艶やかな髪は短く、豊満なラインは均整の取れたしなやかな筋肉に。

「――バレたか。嗅覚、恐るべし」

「だってパパの匂いがしたもん」アンジェロッテは当然のように言って、抱っこをせがむ。カーヴェルは苦笑して受けとめ、頭を撫でた。


ロゼリアとフェリカが同時に叫ぶ。「「だ・ん・な・さ・ま!!!」」

「待て待て、叩くな、説明する。……動きで俺だと分かるかと思ったんだけどな」

「分かるわけないでしょ! 胸が、いや、胸が!」ロゼリアが耳まで真っ赤。

「私、ほんとに刺すところだったんですから!」フェリカも涙目で拳を握る。


カーヴェルは二人の前に立ち、深く息をついてから、いつもの落ち着いた口調に戻した。

「冗談が過ぎた。悪かった。……でも、測りたかったんだ。今の二人の“怒った時の”戦闘力を。戦場では感情が必ず乱入する。そこで崩れないための“現実”が必要だった」


彼は指先で地面に線を引き、さっきの攻防を淡々と再現する。

「ロゼリア――君の剣筋は教本のように美しい。それゆえに読みやすい。最初の視線、手首の角度、踏み込みの拍。どれも正確すぎる。だから“見える”。フェイントを起点にせず、“半歩の崩し”を起点に。半歩左へ膝を割る、そこから逆へ捻る。三角形で入れ」

ロゼリアは唇を噛み、うなずいた。

「フェリカ――魔法は速い。でも“肩”。詠唱の前に肩が合図してる。魔法も剣も“最初のゼロ”が大事だ。無音の溜めを作れ。あと、ロゼリアと縦に重なる癖がある。横のずらしを、耳じゃなく足裏で感じる練習をするぞ」

フェリカは目を丸くしてから、悔しそうに笑った。「……ぜんぶ、図星」


「それと二人とも――感情の沸点が低い。怒ったら動きが直線化する。だから今日みたいな挑発で、わざと怒らせてみた。ほんと、ごめん」

「……謝るなら最初からやらないでください」

「でも、ありがとう。私たちの穴がよく分かったわ」

ロゼリアとフェリカは顔を見合わせ、ふっと笑う。怒りは、いつの間にか悔しさとやる気に置き換わっていた。


「アンジェロッテ」

「なあに?」

「セリーヌとジーンのとこ行って、クッキー分けてもらっておいで。パパ、二人に大事な話がある」

「はーい!」アンジェロッテは元気よく手を振り、セリーヌに手を引かれて小道の先に消えていく。(セリーヌは最初から塀陰で苦笑していたらしい。「ご主人様、やり過ぎですよ」)


三人だけになった庭に、風の音が戻る。

カーヴェルは改めて二人の手を取り、指の節をそっとさする。

「本当に悪かった。……埋め合わせは、ちゃんとする。訓練メニューは俺が組む。明日から毎朝、十分の型、二十分の足運び、十分の無拍。昼は連携、夜は自由稽古。弱点は必ず消える」

「“埋め合わせ”は訓練だけじゃ納得しません」ロゼリアが意地悪く目を細める。

「そうです、“埋め合わせ”は別途たっぷりと」フェリカも頬を染める。


カーヴェルは、ほんの少しだけ困ったように笑う。

「……分かった。今夜は、訓練の後で。長い夜になるぞ」

「望むところですわ、旦那様」

「覚悟しててください、旦那様」


夕餉の灯がともり、笑い声が家の奥からやわらかく漏れる。

星の出るころ、三人は並んで灯りを落とした。


しかし、ロゼリアが煮え切らない、そして何か思い描く「よし、家庭内裁判を実施する。」


「家庭内裁判って何だ?」カーヴェルは後退りする。


家庭内裁判:概要


カーヴェルが女装変化して妻たちを試した“悪ふざけ事件”は、即座に家庭内裁判へ発展しました。以下はその詳細です。



---


裁判の構成


被告人:カーヴェル


裁判官/検事:ロゼリア&フェリカ


証人:ジーン、アンジェロッテ、アリエル、セリーヌ


罪状


1. 女装して家族を欺き、挑発的発言を連発した。



2. ロゼリアとフェリカに本気の戦闘行動を取らせた。



3. 娘アンジェロッテを巻き込み混乱を助長した。




証言の主な内容


アンジェロッテ:「最初からパパだってわかった。匂いでわかるもん!」


ジーン:戦闘中の動きは明らかにカーヴェルで、女装しても気配は隠しきれていなかったと証言。


アリエル:家族を試す意図は理解できるが、方法が過激すぎると苦言。


セリーヌ:変身術は見事だが、妻たちを怒らせた責任は免れないと指摘。




弁護


カーヴェル本人が弁護。


目的は「怒りによる戦闘力と冷静さの確認」。


近い将来に本物の戦場で感情が乱れたときの対応を見たかった。


被害はなし、むしろ訓練として有益だった。




判決


有罪。

ただし、動機は防衛上の訓練目的と認め、刑罰は軽減。


刑罰内容:


ロゼリアとフェリカの髪と頭を、風呂で“丁寧に洗い上げる”こと。

さらに、謝罪の言葉を添えて一人ずつマッサージ付き。


ロゼリア:判決後も「もう一回やったら今度こそ斬る」と釘を刺す。


フェリカ:髪を洗われながら「手つきは合格。でも次はない」と赤面。



結果的に家族は笑顔で収まり、カーヴェルは“罰”を通して妻たちの信頼を再確認。

事件は「庭先女装事件」として、後に家族の間で長く語り草となりました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ