討伐
朝日が昇る。東の空を黄金色に染めながら、村の一日は再び始まろうとしていた。
村の入り口には、七人の冒険者を見送るため、大勢の人々が集まっていた。子供たちは笑顔で手を振り、女たちは手作りの花輪を掲げ、老人たちは何度も頭を下げる。
「皆様……お気をつけて」
村長は深々と頭を垂れた。その声には感謝と畏怖が混ざっていた。
村人全員が、七人を英雄として送り出しているのだ。
「まっかせてちょうだい!」
「悪党ども、まとめてぶっ飛ばしちゃいますから!」
フェリカとロゼリアは妙に張り切り、胸を叩いて見せる。子供たちが笑い、少し緊張していた空気が和らいだ。
七人は村人に見送られながら、静かに歩き出した。目的地は西へ十キロ。その先に野盗の巣窟がある。
五キロほど進んだところで、道は細い参道へと変わった。両脇には木々が鬱蒼と茂り、鳥の声さえも遠のいていく。
その時、カーヴェルが立ち止まり、片手を掲げた。
その掌から、漆黒の影が舞い上がる。羽ばたくのは一羽の黒いカラス――しかしそれは魔力の霧から形を成した幻影だった。
「な、なんだそれは!」
アルファームが思わず声を上げる。
「こいつは偵察用のカラスだ。見たものすべて、俺の中に流れ込んでくる」
淡々と説明するカーヴェルに、仲間たちは驚愕する。
かつて勇者パーティーだった頃、彼らは軍の報告や行き当たりばったりの突撃ばかりで、まともな情報戦など不可能だった。
だが、カーヴェルが加わったことで――彼らは初めて「先手」を得たのだ。
(……もし敵だったら、とんでもない脅威だな)
ホフランは冷静に思う。だが同時に、心の奥で熱が生じる。
(だが今は仲間だ。これ以上、心強いことはない)
「さっすが、カーヴェル様!」
ロゼリアがきらきらした目で称賛の声を上げる。
「……様?」と仲間たちは首を傾げるが、彼女だけはチラチラとカーヴェルを見つめ続けていた。
(……なんなの、この人……いや、この顔……! 男?女? どっちでもいい! 微笑んだだけで、胸がドカンとする……)
自分の高鳴りに気づき、ロゼリアは真っ赤になって慌てて顔を背けた。
「俺の顔に、何かついているか?」
カーヴェルが訝しげに問う。
「な、な、何もないですっ!」
ロゼリアは耳まで赤くなり、仲間たちは苦笑を漏らす。
やがて、カラスが戻ってくる。
その瞳を通じて得た映像を、カーヴェルは淡々と告げた。
「……敵は百人前後。防御陣地を固めている。そして……奴隷を使役しているぞ。
間違えて手を出すな。剣を持って突っ込んでくる者だけを斬れ。
ボスは一番奥の屋敷だ」
全員が頷く。緊張が走ったが、恐怖ではない。むしろ士気は高まっていた。
「よし、行こう」
つかさが声を上げると、七人は堂々と歩き、敵陣へと侵入していった。
「てめえら、ここをどこだと思ってやがる!」
一人の野盗が叫び、剣を抜いた瞬間――
ドゴォッ!!
カーヴェルの拳が男の顔面を直撃。骨が砕ける音と共に、男の顔は歪み、壁へ叩きつけられて沈んだ。
「なっ……拳で!?」
アルトルが目を剥く。「魔術師じゃなかったのか!?」
その驚きも束の間、カーヴェルは無言で詠唱を開始した。
瞬間、七人全員の身体に光が走る。
防御魔法、攻撃魔法、身体強化、武器強化、経験値吸収の効率すら――
通常なら数十人の魔術師がかりで行う大規模強化を、カーヴェル一人が一瞬で施したのだ。
「……っ!? 体が……軽い!?」
つかさは驚愕した。疲労が消え、体が羽のように動く。
「剣が……これほど軽いなんて!」アルファームも叫ぶ。
「盾すら重さを感じねえ……!」アルトルは俊敏に跳躍した。
「す、すごい……」フェリカも魔法と剣を切り替えながら、次々と敵を斬り伏せる。
ホフランも、己では扱えないほど高度な強化魔法がかかっていることを一瞬で理解した。
「これは……桁外れだ」
敵の野盗たちは必死に反撃した。だが、もはや象と蟻。
勇者パーティー本来の実力に、さらに数倍の強化を上乗せされた七人は、圧倒的すぎた。
斬撃が閃き、盾が弾き、炎と氷の魔法が大地を焼き払う。
わずか十分足らずで、百人の野盗たちは全て制圧された。
残るはただ一人――首領の男。
屋敷の広間に踏み込むと、脂ぎった大男が腰を抜かし、叫んでいた。
「な、何なんだお前らは! 金が欲しいのか!? 分けてやる! だから命だけは……!」
「勘違いするな」
カーヴェルが冷たい瞳で見下ろす。
「お前に話をしに来たわけではない。討伐しに来たのだ」
その瞬間、男の体が宙に浮いた。必死にもがくが、手足は縛られたかのように動かない。
「た、助けてくれ! もう悪いことはしない!」
「領民を殺す前、彼らもそう懇願したはずだ。『助けてください』とな。……だがお前はどうした?」
カーヴェルの声は氷の刃のようだった。
「も、もう許してくれ!」
「そうか。お前にとっての許しとは――殺すことだったな」
カーヴェルが囁くと、男の手が勝手に動き、自らの刀を首へとあてがった。
「や、やめ――!」
悲鳴と共に、刃が走る。
――ゴトリ。
首が落ち、広間に血の匂いが広がった。
仲間たちはその光景を目の当たりにし、誰も言葉を発せなかった。
ただ、カーヴェルの背に漂う冷徹さに、戦慄と畏怖が混じる。
「……帰るぞ。こいつらに墓標はいらん」




