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策動

転移陣は、空の色がまだ昼の青に澄んでいるあいだに開いた。環状の光が地面を舐め、風景が水面のように撓む。光が弾けた瞬間、一行は王都・冒険者ギルドの正門前に立っていた。


「うおおお本当に一瞬で戻った……」「これが転移……!」


門番も職員も目を剥いた。瞬きの合間に百人近い人間が現れたのだ、無理もない。


受付のミールが耳をぴんと立てて飛び出してくる。「お、お帰りなさいませ! 討伐、殲滅、鎮圧、全部、ぜんぶ完了って報告でいいんですか!?」


「町の掃討完了、ダンジョンの飽和も解除。大ボスは——寝かして封じてある。」カーヴェルはさらりと答える。


「封じてある、って普通の語彙で言わないよな!」アルトルが半笑いで突っ込むと、ロビーがどっと笑いに包まれた。


ギルド本部長カリーナが奥から駆けてきて、勢いのままに抱きつき——ロゼリアとフェリカに両側からがっちり引き剥がされる。「距離、保って。」

「次は許しませんからね。」

「はいはい。」カリーナは舌を出して退いたが、目は満面の笑みだ。「全員、解散処理に入ります! 功績評価は最上位! 賞金とポイントは本日中に反映!」


歓声、口笛、拍手。汗と土埃にまみれた冒険者たちが次々に拳を突き出し、仲間と打ち合わせ、肩を叩き合う。何人もがカーヴェルの前に来て、頭を下げた。


「生きて帰れました。」

「半歩、忘れません。」

「……また、お願いします。」


「よくやったのは君たちだ。」カーヴェルは一人ひとりの視線を受け止め、短く、それでも必ず言葉を返す。「飯を食って、風呂に入って、寝ろ。英雄のやることはそれでいい。」


つかさが進み出て、深く頭を下げた。「助けていただいてばかりです。でも——半歩、ちゃんと踏めるようになります。」


「二歩目もな。」

「はい。」


ミーシャは敬礼し、口角に笑み。「団長として、正式に礼を。——そして個人的には、また“学ばせて”ください。」


「女神の宿題、忘れるなよ。」カーヴェルが片目をつむると、ミーシャは一拍置いてから頷いた。


アリエルは肩でジーンを小突く。「お前、あの肉の続き、またやろうな。」

「ぜったい勝つ。」

アンジェロッテが二人の手をむんずと掴む。「三人でやろ!」


ロビーの天窓から差す光が、埃の粒を金に染める。喧噪の中、カーヴェルはアンジェロッテを抱き上げた。少女は両腕を彼の首に回し、いつもの位置に落ち着く。


「パパ、帰ろ?」

「ああ。」


解散の鐘が鳴る。任務は終わった。次の戦いはどこで、いつか。まだ誰にも分からない。だが今日、この瞬間だけは——皆が胸を張って、足を緩めていい日だった。カーヴェルはギターケースの取っ手を指でつまみ、風の匂いを確かめるみたいに小さく息を吸った。


半歩、また半歩。次へ。



王都の風が運ぶもの/ヴァルディアの影が集う


王都の朝は、噂の匂いで湯気を立てていた。

最初にそれを口にしたのは、焼きたてのパンを並べる露店の娘だ。


「ねえ聞いた? 陛下って女神アルファエル様の血筋なんだって」

「また誰かの作り話でしょ」

「違うのよ、南門の伝令が“女神が降りて祝福した”って——ほら、鐘も鳴ったじゃない」

「……確かに鳴った。三回、間を置いて二回。感謝礼拝の合図だ」


通りの端で洗濯物を絞っていた婦人が耳をそばだて、衛兵は槍の石突きを鳴らし合図する。そこへ口の軽い行商が、両手を広げて参戦した。


「しかもだ、カーヴェル殿は女神の“お使い”なんだとよ。陛下と民を護るために遣わされたんだと!」


「お使い? じゃあ、あの魔獣千を塵にしたのも……」

「そう。女神の采配。——ほら、今日だけは税期日でも文句が出ない」

「そりゃあ、女神の孫に逆らったら罰が当たるもの」


昼には、街角の吟遊詩人が即席の叙事歌を奏で始めた。


> 王の血は光に連なり

使徒は風を掴みて走る

誓いは塔の鐘、響き渡り

祈りは麦の波となる




寺院の若い司祭は書架から古文書を引き抜き、血筋系譜の欄に挟まった空白へ、慈しむように薄墨の符丁を記す。老僧が眉間の皺を深くしながらも、正午の鐘をいつもより一息長く鳴らした。露天の占い師は女神護符を十倍の値で売り、香草屋は白百合と月草の束を“使徒の香”と呼んで軒先に吊るす。

夕暮れには、子どもらが路地で手をつなぎ、こんな遊び歌を回していた。


> ひかりの王さま てをあげて

つかいのひとは ぱっときて

わるいおばけを ころさない

でも とおくへ とばしちゃう




噂は足が速い。真実の二本足を追い越す四本足の獣だ。だが今回は、宰相アルビデールがそっと風向きを作っていた。書記局は「古き伝承抄」の抜き刷りを許し、文言は慎ましく、しかし“王家=女神の末裔”という芯は外さない。衛兵詰所には歌詞が貼られ、辻説法の僧には「感謝と節度」を語らせた。

結果——王都は、不安の代わりに一体感を得た。市井は笑いを取り戻し、志願兵の列は長くなり、夜警の目は優しくも鋭くなった。そして“カーヴェル様”の名は、祈りの文言と惚気の合いの子みたいに囁かれた。


「見た? 城壁で手を振ってくれたの」「私なんて、一瞬目が合ったのよ」「抱いてくださいって叫んだ子、昨日は四人」「や、やめなさいよ……(でも気持ちは分かる)」


ギルドの掲示板には変な落書きまで増えた——《女神のキス、ミーシャ団長におかわり!》——当の団長は真っ赤になって紙を剥がし、しかし翌日にはきれいに書き直された同文が貼り直される。笑いながらも、誰も怒らない。女神の話は、人々を少しずつ優しくしていた。

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